凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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恋する乙女達03

 地力で勝る相手を捕獲する。

 言葉で言うのは簡単だが、では具体的にはどうすれば良いのか。まず、馬鹿正直に追い駆けるのは論外だ。追ったところで逃げられ、簡単に距離を開けられてしまう。仮に互角の速さを出せたとしても、身体能力が上なら持久力も上だろう。この人間離れした身体能力の扱い方に関しても、シェフィルの方が遥かに経験を積んでいる。先に疲れ果てるのがどちらかは言うまでもない。

 ならばどうするか? こういう時こそ、自然(生物)を見習うべきだ。

 自然界に捕食者は数多存在しているが、全ての種が俊敏という訳ではない。例えば地球の生物であるカエルは、獲物であるハエなどの素早く飛び回る昆虫と比べて俊敏とは言えない。跳躍に適した脚は歩行に向いておらず、普通に追い駆けっこをしても勝負にはならないだろう。しかし野生のカエルは多くの昆虫を食べ、絶滅する事なく生き延びている。

 彼等はどうやって、自分よりも素早い獲物を捕獲しているのか。その疑問は既に解明されている。

 ずばり、待ち伏せだ。

 

「ほげー……」

 

 という訳でアイシャはぼんやりと待つ事にした。自分が組み立てたトゲトゲボーの家の前で、ぺたんと座り込んだ体勢で。

 『獲物』が来るまでじっと待つ。カエルなどが行うこの手の狩りは、人間からすれば間抜けで下等な方法に思えるかも知れない。だが実際は違う。動かないため無駄なエネルギーを使わず、長時間待ち続ける事が出来る。おまけに自分は安全な場所に潜んでいられるので敵に襲われる心配がない。合理的で高等な狩りの手法なのだ。

 そしてこの方法であれば、獲物の方が素早さで勝っていても問題なく捕獲出来る。相手が十分近付いていれば逃げる間もなく肉薄出来るからだ。おまけにこちらから積極的に襲う姿勢を見せないため、獲物達に警戒心を抱かせないのも利点と言えるだろう。

 シェフィルはアイシャの事が大好きになっている。恋した乙女が好きな人を前にして、近付かずにいられるだろうか?

 否である(注:アイシャの個人的見解)。

 好きになったら相手の傍にいたいに決まっている。確かに相手が近付こうとしてくれば、或いは振り向いて目が合えば、その嬉しさ(衝撃)で我に返り、込み上がった恥ずかしさによって逃げ出すかも知れない。だがこちらから近付かなければ、その衝撃を受けないため少しずつ歩み寄ってしまう。無意識であるがために、本人さえも気付かぬうちに。

 そして手の届く位置まで来たところで、がばーっと襲い掛かって押し倒す。完璧な作戦である。

 ……割と大真面目に、アイシャはこの作戦が通用すると思っていた。まともな恋愛はこっ酷く振られた初恋以来。身体は成人済みでも、彼女の恋愛経験は中学生レベルで止まっている。尤も、アイシャが中学生ならシェフィルはそれ以下なのだが。

 

「(来たわね!)」

 

 一応歳上なアイシャの思惑は成功した。

 トゲトゲボーの茂みの中から、シェフィルが顔を出したのだ。正確にはまだ茂みの中にいるのだが、顔がトゲトゲボーの隙間から見えるぐらい近付いてきている。好奇心旺盛な子供のような近付き方だが、赤らみ蕩けた顔は恋する乙女のそれ。

 美形であるシェフィルがそんな表情を浮かべるものだから、アイシャはちょっと生唾が出た。音を出したくないので飲み込まないよう我慢しつつ、にちゃりとほくそ笑む。

 

「(くくく……これぞ人間の叡智というやつよ……)」

 

 思惑通りシェフィルが現れ、アイシャは自信を深める。ついでに普段使った事もないような言い方で、心の中で自慢していた。

 とはいえまだ油断してはいけない。過酷なこの星で長年生きてきた、シェフィルの気配察知能力は極めて優秀だ。変な笑い声を出すのは禁句であるし、堪えるような素振りも彼女に『罠』の存在を勘付かせてしまう可能性が高い。

 ここは大人しく、まるで気付いていないように振る舞うのが得策だ。待ち伏せ型の狩りをする野生動物も、獲物が射程距離に入ってくるまではあまり動かない。動いたらこちらの存在(思惑)がバレて、逃げられてしまうからだ。

 ここからは根気比べ。先に近付いた方が負けだ。

 しかしアイシャは、その勝負はすぐに終わると考えていた。肉食獣の狩りであれば、獲物側も最大の警戒をしているし、そもそもこちらに寄ってくるとは限らない。対してシェフィルがどうかと言えば、向こうからこちらに近付いている状態だ。おまけに色ボケた頭は演算能力が著しく低下している筈。

 離れていく事も、警戒される事もない。こちらは悠然と構えているだけで勝利条件が整うのだ。

 

「(さぁ、何時でも来なさい。こっちの準備は万端よ!)」

 

 見た目は全力で油断しながら、アイシャは内心を引き締めて待つ。

 ……一分が経った。まだシェフィルは茂みの中で動かない。じっとこちらを熱い眼差しで見ているので、勝負はここからだとアイシャは気を引き締め直す。

 ……また一分が経った。しかしシェフィル、やはり動かず。身動ぎもしていない気がして、あれ? と思いながらもアイシャはもう少し待つ。

 ……更に一分が経った。シェフィル、不動。一歩どころか前のめりにすらなっていない。

 まさかこちらの思惑に気付いたか? 疑問に思ってアイシャはちらりと視線を向けてみる。シェフィルは熱く呆けた表情を浮かべながら、頭に乗った体長二十センチほどの蛆虫型生物(幅広な体躯の左右にヒダがある姿形をしている)にちゅーちゅーと血液を吸われていた。蛆虫型生物の鋭い口先が刺さっている額から血が流れていたが気にしていない、というより恐らく気付いていない。こちらの思惑に気付いているとは到底思えなかった。

 ここぞとばかりに五分ほど待ってみる。頭どころか腕や肩にも大小様々な生き物が集まり、齧られていたが、シェフィルはそれよりもアイシャを見る事に夢中な様子。

 アイシャは確信に至る。

 

「(こ、この子あれかぁ!? 見ているだけで満足しちゃう系の女子か!?)」

 

 シェフィルが想像以上のお淑やかさの持ち主であると。

 まさか『野生』の世界でそんな子に育っていたとは予想外。彼女が普通に人間社会で暮らしていたら、お淑やかで奥ゆかしい淑女となっていたのだろうか。「見た目だけなら超絶美少女だからドレスとか似合いそうねぇ」――――等という呑気な思考が一瞬挟まり、我に返ったアイシャは首を横に振る。

 そう、振ってしまった。結構思いっきり。

 

「ぴやぁ!?」

 

 予期していなかったであろうアイシャの動きを見て、シェフィルが驚く。その驚きはシェフィルに一瞬の理性を取り戻し、自分がアイシャを何分も見つめていた事実を想起させた事だろう。

 大慌てで、シェフィルは再びトゲトゲボーの藪の奥に身を隠してしまった。首は振れども座り込んだ体勢のままであるアイシャに、シェフィルの後を追う事は出来ない。

 

「……次の作戦、考えないと」

 

 シェフィルの姿が見えなくなるのと同じくして、アイシャも作戦変更を余儀なくされるのだった。

 

 

 

 

 

 次の作戦を、と考える前に、アイシャは最初の作戦の何がいけなかったのかを思案する。原因が分からなくては、同じ失敗をする可能性があるのだ。急がば回れと先人達も語っている。

 下手な考え休むに似たりということわざもあるので、分からないならとりあえず再チャレンジも一つの手だが……此度に関して言えば答えを導き出すのは簡単だ。野生児シェフィルが想像以上に奥手な乙女だった事。のこのこ近付いてきてくれる事を期待していたが、それが甘い目論見だっただけに過ぎない。

 やはり『獲物』は自分で捕まえに行くべきだろう。そもそも人間という種は待ち伏せ型の狩人ではなく、しつこく追跡するタイプのハンターだ。積極的に動いた方が成功率は高い筈である。

 

「(今更だけど獲物って言い方はどうなのかしら……そりゃ肉食系とかいう表現もあるけど、なんかこう、やらしいわね)」

 

 脳裏に浮かんだ言葉で赤面するアイシャ。或いはそう考えてしまう自分がやらしいのか。

 色々な考えが浮かんできてしまうが、どれも今の本題ではない。再び頭を振りかぶって、頭の中をスッキリさせてから改めて考える。

 兎も角、シェフィルとの距離を自分から積極的に詰める。それが次の作戦の基本方針だ。

 無論それが簡単に出来ないから、一度目は待ち伏せ作戦をやっている。考えなしに追い駆けても疲れるだけ。自称知的生命体の人間らしく、一工夫して近付かなければならない。

 そこでアイシャが試みたのは、一旦姿を消す事だ。

 

「……ふんふふん-ん」

 

 鼻歌を歌いながら、アイシャはトゲトゲボーの茂みへと向かう。ただしシェフィルがいる方ではなく、その反対側だ。

 アイシャの行動を怪訝に思ったのか、茂みに潜むシェフィルが僅かに動いたのをアイシャは気配で感じ取る。そして茂みを掻き分け、今までアイシャがいた家の傍まで出てきた。きょろきょろと辺りを見回し、不思議そうな顔をしながらアイシャの後を追う。

 思惑通りだとアイシャはほくそ笑む。シェフィルは自分から近付くつもりはないが、しかしアイシャの姿が見えるぐらいの距離は保ちたいのだ。「見ているだけで満足」というタイプは、言い換えれば見る事以外では恋愛的満足感を得られない。見えなくなる事が一番のストレスであり、その解消を最優先にする。

 勿論このままアイシャが移動しては、単に一定の距離を保つだけである。しかしそこでトゲトゲボー達が役立つ。

 完全にトゲトゲボーの中に入ったら、アイシャはそこで立ち止まった。今までシェフィルがアイシャの姿を遠目に観察出来たのは、建材とするためトゲトゲボーを伐採した家周辺にアイシャが留まっていたため。新たなトゲトゲボーが生えつつあるとはいえ、その密度は未だ低く見晴らしは良い。

 対して家の周辺に生えるトゲトゲボーは巨大で、密集し、そして膨大な数によって森を作り上げている。このトゲトゲボーの森に入れば、隠れる事は極めて容易い。トゲトゲボーの隙間から覗き込んでアイシャの姿を確認するには、相当接近しなければならないだろう。

 そして身を隠してしまえば、アイシャが立ち止まっている事は外からだと分からない。シェフィルは見えないアイシャを追おうとしてトゲトゲボーの茂みに入り……その入り口付近で待ち構えているアイシャに迂闊にも近付く。『射程圏内』に入った瞬間アイシャはシェフィル目掛けて跳び出し、抱き着き、そして話す。

 名付けて、『押して駄目なら引いてみろ作戦』……古典文学(テンプレラブコメ)より伝わる、由緒ある恋愛技術の一つだ。

 

「(さぁ、来なさいアイシャ。言っとくけど私は好きだと分かった相手には素直に抱き着きたくなるタイプの女よ!)」

 

 一体誰に向けての宣言なのか。心の中でカミングアウトしつつ、アイシャはその時が来るのを静かに待つ。

 ……待つが、シェフィルが来ない。

 生い茂るトゲトゲボーに隠れてアイシャの姿が見えないという事は、アイシャからも外の景色は見えない。しかし覗き込もうとすれば、動きで自分の位置をばらしてしまう。それに自分から見えるという事は、相手からも見えるという事を意味する。不安に駆られて短絡的な方法を取れば、シェフィルはたちまちアイシャの作戦を見抜いてくるだろう。そうに違いないと思うぐらいには、アイシャはシェフィルの『優秀さ』を信じているのだ。

 そこでアイシャは『耳』を澄ます事にした。

 耳と言っても音を聞くのではない。空気がないこの星に、音なんてものは存在しないのだから。されど足踏みをすれば地面に振動が伝わり、筋肉が動けば電磁波が生じる。この星の生物の遺伝子を組み込まれ、形質を発現しているアイシャはそうした電磁波を視覚や聴覚として感じる事が出来る。最初は慣れない感覚に戸惑いを覚えたが、今では普通の人間だった時に持っていた五感と同じぐらい自然に電磁波を感じ取れた。

 その感覚により、どうやらシェフィルは茂みの前で足を止めているようだと分かった。少し戸惑ったように身体が揺れ動いていたので、茂みの奥を覗き込もうとしているらしい。

 だが、決して前には出ない。

 

「(……これは、私が奥までは行ってないってバレてる感じね)」

 

 電磁波を感じ取るのは、アイシャだけの特別な力ではない。シェフィルも電磁波を感じる事が出来、その精度はアイシャよりも上だ。何しろシェフィルにとっては、生まれた時から備わっているも同然の感覚なのだから。

 これを誤魔化すには更にもう一手策が必要だろう。どうしたものかと考えて、アイシャは一つ妙案を閃く。

 それは、足踏み。

 アイシャは移動せず、足踏みを行った。ただし普通の足踏みではない。徐々に踏む力を弱くしていく足踏みだ。

 音だけで相手の移動を判断する時、段々小さくなる『足音』からどのような動きが連想出来るか? 幾つかの可能性はあるだろうが、一般的にはこの場から離れていくように歩いている筈だ。勿論今アイシャがやっているような、その場で足踏みしているだけの行為という可能性もあるが……普通はそんな無意味な行動なんてしない。

 常識という名の盲点を利用し、先に進んだとシェフィルに思わせるのだ。

 

「……アイシャ……何処へ……?」

 

 何時ものシェフィルなら微かなおかしさを感じ取り、策を見抜いただろう。しかし今のシェフィルにとって重要なのは、アイシャを見逃さない事。多少怪しくてもアイシャを追わずにはいられない。

 シェフィルの発する本物の足音(電磁波)から位置を把握。腕を伸ばしながら跳べば掴める……そのぐらい距離が縮まるまでアイシャは待とうとした。

 待とうとはしたのだ。されど邪魔が入る。

 ぽとりとアイシャの頭の上に、何かが落ちてきたのだ。何を? と思いつつも今はシェフィルが最優先。アイシャは頭の方に逸れた意識を再びシェフィルに向けようとする

 直後、ぶすりと何かが額に刺さる。

 トゲトゲボーの棘、ではない。鋭い針のようなものであるが……先端が蠢いている。肉を切り裂くかの如く交互に。それでいて痛みを感じさせないのは、妙な液体を注がれているからか。

 それは先程シェフィルの額から血を吸っていた、蛆虫型生物だった。

 

「みぎゃあああああああああっ!?」

 

 正体を知らなければ「なんか頭が痒いわねー」と我慢も出来たが、アイシャは吸血生物の姿を見ている。あれに血を吸われていると思うと、嫌悪感が堪えきれなかった。

 叫びながら茂みから跳び出し、頭の上にいるであろう生物を手で払う。『攻撃』を受けた蛆虫型生物は身体を曲げ、一気に伸ばす事で跳躍。華麗にアイシャの頭上から跳び去っていく。

 危険 ― 後にアイシャは知る。あの虫はチモチモと言い、ちょっと血を吸うのと痒くなる以外は害のない、見掛け倒しな生き物だと ― な生物を追い払ったアイシャは肩で息をするほど興奮。

 

「あ、あの、アイシャ……大丈夫ですか……?」

 

 その興奮は、シェフィルの声で別のものへと変わる。

 シェフィルが話し掛けてくれた。

 それだけで自分の心臓が鼓動を強めたと、アイシャはハッキリと感じた。告白する前までなら、自分の気持ちを否定するように首を横に振っただろうが……今なら受け入れられる。瞳が潤むほど、嬉しさを感じてしまう。

 もっと話したい。ちゃんと話したい。そして同じ想いだと伝えたい。アイシャはすぐに声の方、シェフィルがいる場所へと振り向く。

 そうすれば心配した眼差しでこちらを見つめるシェフィルと目が合い、

 

「ひゃ、ひゃひひひゃひひぃ!?」

 

 今にも炎が吹き出そうな勢いで、シェフィルは顔を赤くした。

 

「あ、シェフィ」

 

「だ、大丈夫そうですね! あれに噛まれても痒くなるだけですので! で、では!」

 

 呼び止めようとするも、シェフィルは早口で捲し立てるや脱兎の如く逃走。この場から逃げ去ってしまう。

 そのままシェフィルはトゲトゲボーの茂みに入り、こちらの姿が見えるギリギリの位置に隠れてしまった。

 二つ目の作戦も、失敗に終わったと言わざるを得ない。

 

「(良いところまでいったんだけどねぇ……)」

 

 不可抗力とはいえ、茂みの中から跳び出したところを見られた以上、アイシャの作戦がどんなものかシェフィルは理解した筈。恐らく同じ手は通じない。

 また新しい作戦を考えなければならない。シェフィルを自分の下に誘き出し、捕まえられるぐらい至近距離まで肉薄する方法は他にないものか。胡座を掻き、腕を組んで考え込む事数十秒……

 二つの案を閃く。閃くが、一つは正直気乗りしない。それはシェフィルの『善意』を利用するものであり、恋した相手にやるのは良心が痛む。

 ただ、確実にシェフィルを自分の下に呼び寄せられる。どんなに怪しくても、きっと。同時に浮かんだもう一つの、穏健なやり方よりも確実に。

 

「……やりましょ」

 

 なら仕方ないと割り切れてしまうのは、きっと合理的でなければ生きられないこの世界に適応した結果なのだろう。

 尤も、選びたくないという感情もあるにはある。

 だからまずはより穏健な作戦を選んでしまう辺り、まだまだ私もこの世界に適応しきれていないわね――――自分の『甘さ』に自嘲しつつも、恋を大事にしたいアイシャは意気揚々と次の作戦に着手するのだった。

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