凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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凍える星の姫君07

 大気のないこの星で、声は決して届かない。

 『音』を媒介するものがないからである。どれだけ大きな肺活量を持とうと、莫大なエネルギーを生み出す筋肉を持とうと、伝えるものがなければ広がりようがないのだ。

 だからこそシェフィル達は電磁波で会話を行う。電磁波ならば自ら飛んでいく事が出来、捉える事が可能だ。しかも範囲を絞れば内緒話だって出来る。

 

「ほぎゃああああああああああっ!?」

 

 そしてアイシャが上げた大絶叫も、難なく聞き取る事が出来た。

 放出する電磁波の出力が上がった訳ではないのに、耳がキンキンする……聴覚的な異常を覚えたように錯覚するほどの、大きな叫びである。

 普通の人間も中々やりますねぇ、等と暢気な感想を抱くシェフィル。それから視線を、アイシャが見ていたものに向けた。

 此処は、アイシャが乗ってきた宇宙船が落ちた場所。

 痕跡は今も残っている。大きなクレーターが出来上がっていて、尚且つ雪が薄っすら積もっていた。墜落時の発熱で一度全てが溶けたものの、気温が元の低さに戻ったのでまた積もり始めたのだ。即ち熱源が完全に失われた事を意味する。

 ただし冷えたのではなく、物理的に消えたのだが。

 もう宇宙船の姿は跡形もない。精々小さな金属のパーツがちらほら転がっている程度だ。ぐしゃぐしゃの装甲も、折れた翼も、何処にも見当たらない。

 何故なら、宇宙船があった場所に集まる無数の黒い存在――――母と同じ種族の生物が、全て食べてしまったがために。正確には現在進行形で、残った小さな残骸も身体に取り込むようにして食べている。彼女達の背中から溢れ出す小さな粉が、かつてアイシャをこの星に運んできた乗り物のなれの果てだった。

 

「ありゃりゃ……間に合いませんでしたか」

 

【待機要請は五千秒だけでしたからね。追加待機要請はしていませんでしたし】

 

「なんで宇宙船食べてんのよアイツらぁ!? というかなんでナノマシン装甲を平然と食べてるの!? 密閉式核融合炉エンジン部分なら十億度の熱にも耐えるのよ!? 生物に消化出来る訳ないじゃない!?」

 

【他のシェフィルから分解工程に関する情報は受け取っていますが、難分解性の物質は特になかったようです。我々からすればただの金属の塊ですね】

 

 母は特段大した事はしてないと言いたげだが、アイシャは納得いかないと言いたげな表情を浮かべている。シェフィルはどちらの言い分もよく分からないので、ぽけーとした表情を浮かべるだけだ。

 ともあれ、宇宙船は全て食べられてしまったらしい。これでは件の『きゅーなんしんごー』とやらは送れないと、シェフィルにも理解出来た。

 

「ううぅ……なんで宇宙船を食べるのよぉ……食べられる事はこの際無視するけど、食べる理由なんてないじゃないのぉ……」

 

【影響圏外から入ってきた物質は我々にとって貴重な資源です。シェフィルの繁殖行動促進のためにも、積極的な分解と取り込みを行います。基本的に例外はありません】

 

「勝手に資源扱いしないでよぉ!」

 

 ぶつぶつと疑問(というより起きた出来事への不平不満か)を呟きながら落ち込むアイシャ。彼女の気持ちを察していないであろう母はその疑問に淡々と答え、アイシャはまた激情を露わにする。

 シェフィルにはアイシャと母の会話内容はとても難しかったが、どうやらアイシャは助けを呼べないという事は理解出来た。人間がこの星に来ないのは、たくさん人間が来てくれると思っていたシェフィルからすると少しガッカリだ。

 しかしアイシャが何故ここまで動揺しているのかは、正直よく分からない。

 シェフィルには『寂しさ』を感じた事がなく、また『故郷』の概念もない。状況によって住処を変える事、不可抗力で住処を追われる事など、シェフィルからすればよくある出来事に過ぎないのだ。だからこの星から出られない現状の何が問題なのか、よく分からない。

 それに、もっと気にすべき事があるだろう。

 

「ところで一つ質問なのですが、アイシャはこれからどうするつもりなのですか?」

 

「どうって……宇宙船がないんだからどうにも出来ないわよ! 広い宇宙の中で偶々助けが来てくれるのを期待したって、そんなの無駄よ! このままずっとこの星で暮らすしか――――」

 

 シェフィルが尋ねると、アイシャは大きな声で怒鳴る。

 されどその声はすぐに止まった。

 次いで感情の昂りからかほんのり赤らんでいた顔が、一気に青くなる。今になって、最悪の可能性が脳裏を過ぎったと言わんばかりに。

 

「……あ、あの……此処って、その、文明なんかは……」

 

【ないですね。知的生命体と呼べる生物体は我々とこのシェフィルだけですし】

 

「ぶんめーってなんです?」

 

 母の容赦ない否定、それとシェフィルの無邪気な問い。

 一切悪意のない返答により、アイシャは膝を付き、四つん這いの姿勢となるように崩れ落ちた。

 

「ど、どうやって電気を得ればいいのよぉ!? 宇宙服の電池が一ヶ月しか持たないのにぃ! 文明があればまだ何か出来たかもなのに!」

 

【疑問なのですが、船があればどうにかなったのですか?】

 

「なったわよ! 宇宙船には物質合成機(レプリケーター)があったの! あれさえあれば元素から燃料分子をいくらでも作れるから、それで充電出来たのに!」

 

【成程。助けが来るまではそれで乗り切る算段でしたか。残念でしたね】

 

「元凶に言われたくない! ふしゃーっ!」

 

 船を食べたのと同じ種族だからか、アイシャはすっかり母を敵視した様子。獣のような唸り声を上げた。尤も、それを気にする母ではないが。

 シェフィルもアイシャが抱く母への敵愾心にあれこれ言うつもりはない。流石にあれはちょっと母達の配慮がたりないと思う。

 ただ、今のアイシャの興奮状態は見逃せない。

 シェフィルはこの興奮状態が、追い詰めた獲物達が見せる攻撃性に似ていると思ったのだ。本当は逃げたい、戦いなんてしたくない、だけど戦わないと生き残れない……だから本心を塗り潰すほどの攻撃性を発揮する。それと同じ雰囲気を感じる。

 アイシャも本心は別にあるのだろう。しかしその本心を隠すため、とりあえず怒りを発揮しているのだ。

 しかしアイシャの興奮状態は、お世辞にも『上手』なやり方ではない。

 この星の生物は常に冷静沈着で、攻撃性を露わにしている時でも合理的判断を優先する。というより基本的に感情がないため、攻撃性の高さが「攻撃行動を優先する」状態でしかない。だから状況が改善するなどして攻撃の必要性がなくなれば、あっさり攻撃を止め、そそくさと逃げ出す。

 対してアイシャはただただ感情的で、周りもろくに見えていない様子。本当に今の気持ちを誤魔化すためだけに怒っているのだろう。これではただのエネルギーの無駄遣いであるし、何より怒りを発露する事に集中し過ぎて隙だらけだ。隙を見せれば、この星の生物達は何時襲ってくるか分からない。つまり何時殺されてもおかしくない。

 とりあえず、落ち着かせた方が良い。

 

「アイシャ。落ち着いてください」

 

「これで落ち着ける訳が……!」

 

「ぶんめーが何かは分かりませんが、私はそんなものがなくても生きています。赤ん坊から、こんな立派な大人になりました。ちゃんと生きていけますよ」

 

 興奮(怒り)の理由は、シェフィルにはよく分からない。だからまずは、アイシャの言うものがなくとも大丈夫だと伝える事にした。

 アイシャの声が詰まる。

 けれども表情は強張ったまま。まだ納得はしていないのだろう。だから話を続ける。

 

「他の生き物も同じです。みんなこの星で生きています。勿論死んでいく生き物もいますが、全てではありません。なら、どうしてアイシャだけが駄目という事があるのです?」

 

「……私、助かるの……?」

 

「絶対とは言いませんけど、ちゃんと生きるための方法はあると思いますよ?」

 

 包み隠さず、思った事を正直に。シェフィルはアイシャに伝える。

 するとアイシャは、シェフィルに跳び付いてきた。

 

「え? アイシャ?」

 

「ほんとに、ほんとに私、助かるの……? 死ななくて済むの?」

 

「え? それは……」

 

 断言出来ない。自分ですら度々死にかけているのだから、アイシャが死なずに済むとどうして言えるのか。

 そう考え訂正しようとするが、シェフィルは思い留まる。

 恐らくアイシャの本心は、死ぬのが怖い、なのだろう。

 本来その死は避けられるものだった。『きゅーなんしんごー』とやらで呼んだ人間達に助けられ、この星から脱出すれば達成出来た事なのだ。この星の外、アイシャの暮らしていた場所がどんな環境かシェフィルには分からないが、恐らくこの星よりは人間にとって安全に違いない。どんな生物だって環境に合わせて進化するのだから、故郷が一番過ごしやすいに決まっている。

 なのに宇宙船を食べられてしまい、『きゅーなんしんごー』を送れなくなった。助けは決して来てくれない。何も知らないこの星で生きていくしかないが、生きていける自信がない……その不安に飲み込まれるのを防ごうと、怒りで気力を保っていたのだろう。

 シェフィルもアイシャの心理は理解する。しかしその対応は正しくない。ただ誤魔化しであり、全く合理的ではない。生存の可否は実際の行動こそが重要だ。

 そしてアイシャはとても幸運だ。

 

「生きていくための手助けが必要なら、私が手伝います。ですからまずは落ち着いてください」

 

 シェフィルという『同族』が、その生存を手助けする気満々なのだから。

 抱き着いてきたアイシャは、嗚咽を漏らし始めた。更にぎゅっと、腕に力を込めてくる。痛くも痒くもない力であるが、ぷるぷると震える姿を見れば力は抑えていないだろう。

 シェフィルはそっと、アイシャの身体を抱き締め返した。

 どうしてこのような行動に出たのか、シェフィルにも上手く説明出来ない。母にもこのような行動はされた事がなく、頭の中にこんな選択肢は浮かばなかった。ならばこれは自分の身体に僅かながら残る、人間の本能なのだろう。きっと人間とは抱き締められたら、抱き返す生き物なのだ。

 しばし抱き合っていたシェフィルとアイシャは、やがてアイシャの方から離れようとした。シェフィルとしてはまだまだ続けていたかったが、相手が離れようとしているのだから仕方ない。大人しくアイシャと距離を取る。シェフィルの支えがなくなったアイシャは、ぺたりとへたり込む。

 すっかり気持ちが解れたようだった。

 

「う、その……あ、ありがとう……少し、落ち着いた」

 

 アイシャはシェフィルから目を逸らしながら、顔を赤くして感謝の気持ちを伝えてくる。シェフィルは笑顔でこれを受け、こくんと頷いた。

 

「元気になったなら良かったです。元気じゃないと、ちゃんと生きていけませんから」

 

「あはは。そうよね、まずは元気じゃないと何も出来ないわね。うん、元気元気!」

 

 アイシャはそう言うと両腕を上げ、肘を曲げる。力瘤を作る体勢が何を意味するか、シェフィルは知らないが……元気だと伝えたいアイシャの気持ちは理解した。

 尤も、そんなポーズよりも電磁波と共に飛んできた「ぐきゅうぅ〜」という『音』の方が、シェフィルには元気さの証に思えるのだが。

 アイシャはお腹を両手で押さえるような仕草を取る。その行動に意味はないだろうが、アイシャとしては隠したいものらしい。

 シェフィルには意味が分からない。お腹の要求に応える事は『生存』に不可欠な要素ではないか。積極的に解決こそすれ、無視するなどあってはならない。先程まで死を怖がっていた癖に、なんともチグハグな反応である。

 

「お腹、空きましたか。なら食べ物を探しませんと」

 

「ご、ごめんなさい。なんか催促したみたいになっちゃって……」

 

「何故謝るのです? お腹が空くのは生き物として当然ですよ」

 

 俯きながら謝るアイシャに、シェフィルは手を差し出す。アイシャは少し考え込んだ後、その手をしっかりと掴む。

 シェフィルは掴まれた手を引き、アイシャを立ち上がらせる。金属の服を着ているアイシャはそれなりに重いが、シェフィルの腕力ならば問題ない。軽々と持ち上げ、アイシャは再び大地に立つ。

 

「じゃあ、早速食べ物を探しましょう!」

 

 そしてシェフィルがそう提案すると、アイシャはキョトンとした顔を浮かべる。

 次いで、わたわたと慌てふためく。

 

「えぁ、あ、そ、そうよね。文明がないなら、自分で食べ物を取らないと……」

 

「? むしろ今までどうやって食べ物を取っていたのです? 少なくとも此処では自分で食べ物を探さないといけませんよ」

 

「そ、そうよね……あの、大変不躾な申し出なのは承知しているけど、もし余裕があれば分けてもらうなんて事は……」

 

「まぁ、それでも構いませんけど。さっき大物も仕留めましたし。でも、まずは一緒に探してみませんか? やった事がないなら、尚更練習は必要ですよ」

 

「う、うん……分かった。頑張る」

 

 ぎゅっと握り締めた拳を構えた、独特なポーズを見せるアイシャ。頑張る事を伝えるポーズなのだろう。

 やる気があるのは結構。とはいえシェフィルはそこまで気張らなくても良いと考えていた。

 

「そんなに緊張しなくてもいいですよ。食べ物そのものは、今でしたら割と簡単に見付かりますから」

 

「あ、そうなの? ……え? でも植物とか動物とか、周りに全然見当たらないけど」

 

 キョロキョロと、アイシャは辺りを見回す。

 確かにアイシャが言うように、今、この近くに生き物の気配はない。身を隠せる遮蔽物がない、平坦な大地で影も形も見られないぐらいだ。船の落下に加え、母達の一族が集まっているため他の生き物達は遠くに逃げたのだろうとシェフィルは考える。それに今の『時期』はそもそも生き物が少ない。

 しかし全くいない訳ではない。

 

「いえいえ、生き物はいっぱいいますよ。この地面の下に」

 

「地面の下?」

 

 首を傾げるアイシャの前で、シェフィルはその場にしゃがみ――――足下の地面に腕を()()()()

 雪こと固体窒素や固体酸素の層を抜け、砂と石の堆積層へとシェフィルの腕は侵入。長年動物達によって踏み固められた地面は、しかしシェフィルの腕力ならば粉砕する事など容易い。地上から二十〜三十センチぐらいの深さの領域を砕きながら、弄るように探してみれば……目当ての感触にすぐ出会えた。

 シェフィルはそれを掴むと、軽々と引っ張り出す。

 出てきたのは、体長二十センチ超えの『蛆虫』。

 手足どころか頭すらろくに見られない、単純な形をした生命体。体型は丸々と太っており、最も太いところの幅と厚みは十センチぐらいあるだろう。身体はぶよぶよとした肉質で、体色は雪と同じ白色をしているように見える。ただし体色は、厳密には体組織の色。半透明な皮の奥に、うぞうぞと蠢く体組織の姿が観察出来る筈だ。今はシェフィルの手から逃れようと、もぞもぞぶよぶよと中々に激しく全身を動かす。

 アイシャはそれを見て、身体が固まっていた。ぎこちない動きで、ゆっくりと、シェフィルが掴む蛆虫を指差す。

 

「……何、それ」

 

 恐る恐るといった様子で、アイシャの口から疑問が漏れ出す。

 

「はい! ウゾウゾです! 栄養満点ですよ!」

 

 質問されたシェフィルは満面の笑みを浮かべながら、巨大蛆虫をウゾウゾと説明した。栄養満点(食べ物)であるという情報も付け加えて。

 次いでそのウゾウゾを、アイシャの顔面に突き出す。

 直後、アイシャの身体はぐらりと揺れて……仰向けにパタンと倒れるのだった。

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