森の奥に入るや、アイシャは早速近くのトゲトゲボーを掴んだ。掴んだ後は手首を回すようにしてトゲトゲボーの曲がり方を確かめる。
だが折らない。すぐに手放しては次のトゲトゲボーを掴み、また離して新たなトゲトゲボーを掴む。これをひたすら、何度も繰り返す。視界の端でシェフィルとプリキュ達の戦いは見えているが、それでも道具作りを始めない。
何故なら今、アイシャは素材の選別をしているからだ。
道具というのは、設計図や作り方が分かれば出来るというものではない。素材の質が悪ければ、ろくなものが出来上がらないだろう。いや、正確には道具の用途に合った品質の素材が必要、と言うべきか。
アイシャが作りたい武器に必要なのは、ある程度の力を込めると曲がるしなやかさ。しかしあまり簡単に曲がるようではいけない。かなり強い力を入れても折れず、少しだけ曲がるようなものが理想だ。緊急時故に完璧を求めるつもりはないが、だとしても最低限の水準を満たさねばゴミが出来上がるだけ。貴重な時間を無駄遣いしないためにも、『妥協』する訳にはいかない。
「(これは、硬過ぎる。これはしなやか過ぎる……!)」
掴んだトゲトゲボーを曲げ、それぞれの感触を確かめていくアイシャ。されど目当ての材質は中々見付からない。
トゲトゲボーはとても種類が豊富だ。幹の硬さや手触りの違いだけで、何十種類はあると分かる。棘の大きさや香りなどで分別すれば、更にもう何百種かに分類出来るかも知れない。この多様性は、何処かに目当ての性質を有した種があるという希望になるが……同時にアイシャを酷く焦らせる。
何故なら、これらトゲトゲボーの種類は見た目だと殆ど区別が付かないから。全く違いがないとは言わないが、それで分けられる種類は精々五種ぐらい。手応えからトゲトゲボーの多様性がもっと多いのは明白で、見た目だけで分類するのは不十分だ。加えて生物には個体差がある。同じ種だとしても、育ち方や病気の有無などで材質に差が生じる事は十分あり得る。結局一つ一つ触れて確かめなければ何も分からない。
だが触れば棘が掌に突き刺さる。しかも曲がり方や強度を確かめるため、それなりに強く握らねばならない。当然棘は深々と突き刺さり、肉を切り裂く。中には防衛反応なのか、折れてもいないのに強酸や強アルカリの体液が染み出すものまでいる始末。アイシャの手は段々傷付き、血塗れになっていく。
だが、休む訳にはいかない。シェフィルがどれだけ強くとも、二対一ではそう長く持たない筈だ。
「(焦らない。落ち着いて、見逃しがないように)」
逸る気持ちを抑えながら、アイシャは次々とトゲトゲボーを触り……
ついに、理想の硬さと柔軟性を持った種を見付けた。
「! これだわ!」
すぐにアイシャは根本からトゲトゲボーを折ろうとする。しかし強く握れば、その分棘は深く肉に食い込む。
触って質感を調べていた時よりも強い痛みにアイシャは顔を顰め、手の力が緩んでしまう。おまけにトゲトゲボーはしなやかさもあるため、ちょっと力を入れたぐらいだと曲がるだけだ。
これをへし折るのは一苦労どころの話ではないだろう。アイシャの脳裏に、その辛さと痛さが過る。
「ぐ、うぅ……!」
しかしそんなネガティブな考えは、プリキュに引っ掛かれて顔から血の流すシェフィルの声を聞けば一瞬で吹っ飛んだ。
「(こんな軽い怪我で何を痛がってんのよ! こんなの、蚊に刺されたようなもんじゃ、ない、のぉ!)」
顔を顰めながらもアイシャは渾身の力を込める。吹き出す血を無視して強引に捻じ曲げ……ついに一本のトゲトゲボーを根本からへし折った!
手に入れたトゲトゲボーの長さは三メートル以上。これでは少し長過ぎる。丁度良いところで折らなければ、目指す武器の形にはならない。大体二メートルぐらいの長さが丁度いい。
もう一度折って手頃な大きさにしたいが、しかし上手く折れず、必要以上に短くなってしまったら……またトゲトゲボー探しから始めなければならない。この一本を見付けるのに多くの時間を使ったのに、また同じだけの時間を掛けるのは流石に不味い。
失敗は出来ない。アイシャは呼吸を整え、強く鼓動する心臓を抑えるように胸に手を当てる。一旦平静を取り戻してから、アイシャはトゲトゲボーの先端を掴み、端を足で押さえながら曲げた。これがどれぐらい硬いかは、折った時の手応えで覚えている。或いは、それだけが頼りと言うべきか。
過剰にならないよう、だけど一切手加減なく、トゲトゲボーを力いっぱい曲げる。するとトゲトゲボーはポキリと音を立てて細長い身体の途中からへし折れた。
急いで手を離し、アイシャは折れ方を確認。断面は汚いが、長さは一見して丁度良い。それでも念のため、一回トゲトゲボーを掴んで構えた。少し長いかも知れないが……これなら許容範囲。
「よし!」
望んでいた長さを手に入れたら、次の素材を求める。しかしこれが恐らくこの道具を作る上での最難関。
欲しいのは紐だ。
それもただの紐ではない。ある程度の長さがあり、尚且つ強度が必要だ。だがそんな紐は、これまでこの星で暮らしていて見た覚えがない。
新しい素材を探さなければならない。もしくは他のものを加工して作り出す必要がある。
「(紐さえ、紐さえあれば……!)」
トゲトゲボーの繊維を解せば、紐として使えないだろうか?
試そうとしたが、すぐに駄目だと分かる。トゲトゲボーの身体は強固な繊維質により形成されているが、一つ一つの繊維は非常に短いのだ。
ならばと、身近なところにいた小型種を素手で掴み、潰してみる。トゲトゲボー以外の種であれば、都合良く繊維質が取れる可能性があるのではないか……縋るような気持ちで実行した結果は、ぐちやわぐちゃの汁が得られただけ。紐どころか糸にすらならない。
「(だ、駄目……! 紐なんて、何処にもない……!)」
探せど、作れど、紐は得られず。
紐がなければ目当ての道具は作れない。必死に、血眼になって使えそうなものがないか探し回るが、多様性に溢れた大自然は応えてくれない。
最初から素材の宛てがなかったのだから、このような結果になるのは必然と言えよう。
やはり無謀だったのか。だがトゲトゲボーで作った槍なんかでは、どうやってもプリキュにダメージなんて与えられない。石なんかを上手い事トゲトゲボーに先端に嵌めたところで攻撃力の足しにもならないだろう。あるものだけで作れそうな武具では、プリキュ達を倒せない。
「ご、がっ……!?」
だが苦しむシェフィルの声からして、のんびりじっくり探し回る猶予もない。
やはり、自分には何も出来ないのか。
自然界なんてろくに知らない、文明人である自分ではシェフィルの力になれないのか。
次々とアイシャの脳裏に浮かぶ後ろ向きな考え。そんな考えが浮かぶ事自体が、アイシャがこの星の生存競争において二流以下の存在である事を示す。一流の、この星に適応した生物ならば、最適と確信した結果を疑うなんて無駄な真似はしない。確たる数学的根拠に基づいて行動し、考えを変える時は論理的情報を下敷きにする。
一時の感情で右往左往なんてしない。情けなさを感じて、負の感情の処理という無駄もしない。ましてや心配のあまり、殴られたシェフィルの姿を目で追うなどという無意味な事もしない――――
「……………ん?」
しかしアイシャに情報を与えたのも、無意味な筈の行動だった。
まだ、何が情報なのかも分からない。だからアイシャはシェフィルを、今度は不安などではなく情報源として観察する。
シェフィルは死闘を繰り広げている。戦いの経験がないアイシャであるが、格上を二体も相手にして、奮闘しているシェフィルの強さはなんとなく分かる。プリキュが無理をしない気質なのもあるが、防戦一方という状態ではない。
それでも全てを防ぐ事は出来ず、時折顔や腹に打撃を受けていた。防御出来ればまだ良いが、直撃すればシェフィルは大きく吹き飛ばされる。仰け反る動きに合わせて、誰よりも綺麗な白髪が揺れ動く
「っ! あった!」
それを目の当たりにし、アイシャはついに最後の素材を見付けた。
髪だ。髪を束ねれば、紐のように使える。強度には不安が残るが、この星に適応した身体能力を思えばかなり丈夫な筈。
数学的に情報を処理出来るシェフィルやこの星の生物ならば、もっと早く気付いたかも知れない。自分の頭の遅さに嫌気が差すが、後悔に浸っている場合ではない。すぐにアイシャは自分の髪の毛を紐へと加工する事を決めた。
無論問題もある。
長さが足りない点だ。シェフィルの髪は長く伸びているが、あれでも理想の長さには足りない。ましてやアイシャの髪は、この星に来たばかりの頃よりは伸びたものの、シェフィルよりも短い有り様。梳かしても精々胸の辺りまでしかなく、こんな長さでは使い物にならない。
折ったトゲトゲボーを更に短くして、髪の長さに合わせるか? 悪くないアイディアかも知れないが、作ろうとしている武具は小さくなればその分攻撃力も落ちてしまう。どれぐらいの火力なら十分か分からない以上、使い勝手以外の理由で小さくはしたくない。
なら紐を長くするしかない。だが髪の毛を自分の意思で伸ばす事は出来ない。今あるものを活用するにはどうすれば良いのか。
「(駄目で元々! とりあえず、試す!)」
考えるよりも直感を信じ、アイシャは自分の髪を手で鷲掴みにして――――力いっぱい引っ張った。
恐らく、今のアイシャの腕力ならば普通の人間を殴り殺す事は造作もない。それぐらい彼女の身体能力は高くなっている。
その力を全力で振るっても、髪の毛は中々千切れない。期待通りの頑強さに嬉々としながら引っ張り、ついにアイシャの髪はブチブチと
しかしこれは髪が切れた音ではない。抜けた音だ。髪の強度より、毛根の活着力の方が弱かったのだろう。引き抜いた髪をアイシャはすぐに確認し、全てではないにしろ多数の毛根が付着しているのを見る。
その毛根付きの髪の毛を束ね、細く伸ばすように捩っていく。
これで長い紐を作るというのが、アイシャの思惑だ。普通の毛髪でこんな事をしても紐になんてならない。捩る事で多少は纏まるが、すぐに解けてバラバラになるだろう。丁寧に、三つ編みでも作るように結べば作れるかも知れないが、膨大な時間が必要となる。どう考えても今から作るのは無理だろう。
しかしアイシャの、この星の生物の体毛ならば話は別。
引き抜いた毛根部分の細胞はまだ生きており、
異常な再生をした毛根は、髪同士の隙間に入り込むように増殖していく。再生した毛根の細胞は髪を包み込み、さながら接着剤のように髪同士を接着。無数の毛髪が、段々一体化していくのがアイシャの目にも見えた。
「や、やった! これならいける!」
成功の確信を得れば躊躇う必要はない。
アイシャは次々と自分の髪を引き抜き、紐の材料にしていく。多少頭の毛が薄くなったが、生きていればそのうち生え揃う。
抜いて、束ねて、一体化して。
時間にして数十秒もすれば、アイシャが望んでいた長さの紐が出来上がった。日常生活中なら万歳しながら喜びたいが、今はそんな暇などない。
すぐに紐を使う。丁度いい長さに折ったトゲトゲボーを軽く曲げた状態で固定し、その両端に髪で作った紐を結び付けていく。単に結んだだけではすっぽ抜ける可能性が高いので、引っ掛けられる場所を加工しておく必要がある。ここで役立つのが調理用のナイフ。武器にはならなくても、トゲトゲボーを切るぐらいは出来た。
丁度いい窪みを作り、そこに紐を引っ掛けて結ぶ。幸運な事に、紐は結んだ後にも癒合・一体化し、縛るよりも頑強な状態で固定してくれた。更にトゲトゲボー自体も再生し、窪み部分を埋めるように復元。紐とトゲトゲボーが互いに相手を包む形となり、これならすっぽ抜ける心配はない。
何度か紐を引っ張り、想定通りの動きが出来るか確認。思いっきり引っ張っても壊れず、千切れず。
ついにアイシャは、思い描いていた武器を完成させる。
「か、完成したわ……弓が出来た!」
作り上げた武器の名は、弓。
弓であれば遠距離からの攻撃が出来る。それに弓というのは存外高火力の武器であり、例えば大型の弓の一種である和弓は、高校生程度の力で扱っても十分な殺傷能力を持つ。単に遠くを狙うだけなら三百メートルは飛ぶとされており、非常に優秀な武具と言えるだろう。
その分構造は棍棒などより遥かに複雑だが、しかし剣や槍ほどではない。紐と棒さえあれば作れるこの武具は、原始生活を営む原住民のメインウェポンだ。
「(矢は適当なトゲトゲボーで良い!)」
そこらに生えていた、細くて小さなトゲトゲボーをへし折る。そして末端部分にナイフで切れ込みを入れ、紐に嵌まるように整えておく。
これを十本分作る。本当はもっとたくさん作りたいが……
「ぐ、が、か……!」
一体に首を絞められ、もう一方のプリキュに背後から尻尾で痛め付けられているシェフィルの姿を見たら、もう我慢ならない。
十本作った弓の一つを、弓の
しかし今はこれで十分。
矢と弦を掴んで、アイシャは力いっぱい引っ張る。強靭なトゲトゲボーの幹がしなり、一体化した髪の毛がギチギチと張り詰めていく。
アイシャは自覚していない。今、自分が用いている力であれば、人間用の弓矢なら耐えきれずに破損していると。合成繊維の紐が弾け、弓はバラバラに砕け、無傷のまま呆けて立ち尽くす羽目になっていただろう。
されど惑星シェフィルの生物を材料にして作り出した弓は、アイシャの怪力を受け止める。ただ殴るだけでも十分殺傷力があるエネルギーを、全体で受け止めて蓄積していった。具体的には弾性エネルギー……弓全体の『しなり』という形で。
後はアイシャが矢を手放せば、弾性エネルギーが解放され、それが運動エネルギーとなって矢が飛ぶ。人類製の弓矢では到底出せない、火薬式銃弾よりも苛烈な一撃だ。おまけにシェフィル達の戦いにより、周囲のトゲトゲボーは大半が砕かれている。直径十メートル程度の『戦闘区域』内に視界を遮るものはなく、狙いを付けるのは造作もない。
懸念があるとすれば、アイシャはこれまでの人生で弓なんて全くの未経験である事。どう撃てばどう飛ぶかなんて何も知らない。だが心配性なアイシャの心の中に、この事実に対する不安は微塵もない。むしろ不敵な笑みまで浮かんでしまう。
何故なら、分かるから。
どう傾ければ、どの程度強く引けば、シェフィルを苦しめているプリキュ達の脳天に矢を叩き込めるか全部分かる。とはいえ、突如として秘めた力に目覚めた訳ではない。この星の生物は演算が極めて得意であり、運動エネルギーや速度などの計算が十八番というだけ。
アイシャという人間の脳は、本人が自覚しないうちに惑星シェフィルの一員となっていた。
「アンタみたいな下等生物が、私以外の奴がシェフィルに触ってんじゃないわよッ!」
尤も、叫ぶ言葉は極めて
放ったトゲトゲボー製の矢は、寸分違わずシェフィルの首を掴んでいたプリキュの脳天に命中するのだった。