凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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穏やかな日々04

「はふぅ。一旦お腹は満たせましたが……この感じだと、すぐに食べ物探しをしないといけませんね」

 

 捕まえた小型種を食べ終えたところで、シェフィルは無感動に独りごちる。次いでちらりと、アイシャの方を見遣った。

 アイシャは、返事をしない。虚ろな目で虚空をぼんやりと眺め、半開きの口が言葉を紡ぐ事はない。

 アイシャが何を考えているかなど、心を読めないシェフィルには分かりようがない。だからあくまでも受けた印象であるが……何か、不安がっているように感じられた。

 本当にそうなのかは分からない。当たっているとしても、具体的な内容なんて分かりようがない。

 分からないなら、訊くしかないだろう。

 

「アイシャ? どうしたのですか? 何か不安な事がありますか?」

 

「え? う、ううん、なんでもないわ」

 

 シェフィルが尋ねると、アイシャは笑みを浮かべつつ否定を示すように手を横に振る。今までなら、そう言われたらシェフィルは納得しただろう。誤魔化すという事は、話したくない事。だったら追求しないというのがシェフィルの考え方だった。

 けれども、今のシェフィルはその言葉を素直に受け入れない。

 むしろぷくっと頬を膨らませ、不満を露わにする。

 

「アイシャ。隠し事はしないでください」

 

「別に、隠し事はうにっ」

 

 まだ誤魔化そうとするアイシャの頬を、シェフィルは両手で抑え込む。

 逃さない。それと、一人で抱え込まないでほしい。その想いを込めた眼差しは、果たしてアイシャに伝わっただろうか。

 伝わらなくても良い、とシェフィルは思っている。

 

「悩んでいるなら、私にも教えてください。私はあなたのつがいであり、あなたの事を愛しているんです。アイシャが苦しんでいるところは、見たくありません」

 

 想いというのは言葉に出さなければ伝わらない。

 アイシャが言葉で教えてくれたから、シェフィルは愛を理解出来たのだ。何も言わなくても伝わるなんて、そんな『非合理』な事は考えない。

 シェフィルが想いを伝えると、アイシャは僅かに目を逸らす。けれどもやがて、シェフィルの方を見つめてきた。熱を帯び、嬉しそうな眼差しだとシェフィルは思う。

 これでも話さないなら、その時はやはり無理強いは良くないと諦めるつもりだったが……

 

「分かった。ちゃんと話す」

 

 アイシャは明かしてくれる方に心が傾いたようだ。シェフィルは頬から手を離し、アイシャが語り出すのを待つ。

 しばし流れる沈黙。

 アイシャは気持ちの整理をしているのか。シェフィルが何も言わずに待っていると、やがてアイシャは熱のこもった声で話す。

 

「あ、あの、私達……散々、繁殖行為してきたじゃない……?」

 

 話の出だしは、事実の確認だった。

 

「? ええ、そうですね。プリキュに襲われてから、割と交尾ばかりしていたと思います」

 

「それで、あの、あれだけやってたら、その、で、出来てるかも、でしょ……赤ちゃん」

 

 アイシャが絞り出すような声で語ったのは、妊娠の可能性。

 確かに、その可能性はあるだろう。というより(あくまで繁殖行為本来の『目的』で言えば)そのためにしている。人間は一回の交尾では中々妊娠しないらしいが、確率的にはゼロではないのだからあり得ない事でもない。ましてやプリキュを倒してからの間、シェフィルとアイシャは一回どころでなく愛を交わらせている。そろそろ子供が出来ても、なんらおかしな話ではないだろう。

 シェフィルは口を挟まず、静かに頷いて肯定を示す。アイシャはまだ躊躇いがあるのか、少し口ごもり、だけど話を続けた。

 

「に、妊娠、していたら、やっぱり、たくさん食べなきゃ、いけないでしょ?」

 

「そうですね。自分だけでなく、子供の分の栄養も必要ですから」

 

 繁殖戦略次第ではあるが、一般的に大きな子を産む生物は交尾後に積極的な食事を行う。体内にある受精卵を発育させるために大量のカロリーと栄養素……特にタンパク質が必要だからだ。

 殆どの生物は本能として行動するが、人間であるアイシャはそれを知識で理解している。そしてまだ妊娠が確実でないのに、早くも意識してくれていた。

 シェフィルとしてはとても嬉しい。自分の遺伝子を増やせる本能的喜びも大きいが、何より愛しいアイシャと自分の子供が間もなく産まれるかも知れない事が嬉しかった。きっとアイシャも同じ気持ちだ。

 だからこそ解せない。

 自分の遺伝子を受け継ぐ、愛する人の子が出来るかも知れないのに、一体何が不安だと言うのか。

 

「……私、ちゃんと産んであげられるかな」

 

 疑問は、シェフィルが尋ねる前にアイシャの方から明かしてくれた。

 

「? ちゃんと産める、とは?」

 

「だ、だって、毎日ご飯を食べられるとは、限らないじゃない。何日も満足に食べられない時も、あるかも知れないでしょ」

 

「そうですね。勿論私は頑張りますけど、でも絶対とは言えません」

 

 どんなに優れた捕食者でも、必ず獲物を得られる訳ではない。獲物となる生物は、その優れた捕食者から逃げ延びた個体の末裔なのだから。

 ましてや人間という種は、惑星シェフィルに暮らす生物としてはそこまで優れたハンターでもない。確かにシェフィルはこれまで多くの獲物を仕留めてきたが、必ずしも成功した訳ではない。先程行った大物狩りのように、四連続で失敗する事もザラだ。

 時には十回二十回と狩りに失敗し、空腹でピンチを迎えた事もある。これらの危機はどうにか乗り越えたが、今後も乗り越えられるとは限らない。また、この土地の環境や生態系が変化し、シェフィルのやり方では獲物が捕れなくなる可能性も十分あり得る。

 そうした異常事態がアイシャの妊娠中に起きない保証なんて、何処にもない。もしも妊娠中飢餓に見舞われたら、お腹の中の子は栄養不足に陥る。その結果子の身体が小さくなるぐらいならまだマシで、流産してしまう可能性もある。実際、受精したが栄養不足で正常に発育せず、産卵出来ないという事態は野生の世界において珍しくもない。

 

「それだけじゃない。産んだ後は、子供の分も獲物を取らないといけないわ」

 

「そうですね。人間は子育てをする生き物みたいですから、少なくとも独り立ちするまでは三人分の食糧が必要でしょう」

 

「……だけど、今の私達は二人分の食事を用意するのもいっぱいいっぱい。こんなんじゃ、産まれた子供を育てられるか分かんない……」

 

 アイシャは自分のお腹を擦り、そのお腹を見るように俯いてしまう。

 アイシャが何を不安に思っているのか。ようやくシェフィルにも理解出来た。

 確かに、アイシャの言い分はどれも尤もなもの。今後アイシャのお腹に二人の愛の結晶が出来たとして、必ずしも元気に生み出せるとは限らない。育てられるとも限らない。我が子を死なせてしまう可能性はどうしても付き纏う。

 懸念は理解した。理解した上で、シェフィルは思う。

 

「(別に、そんな事どーでも良いと思うんですけどねぇ)」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 惑星シェフィルの生物は、自分の遺伝子の増殖を史上目的としている。故に産んだ子について、子育ての戦略を採用している種であれば大切に育てる。時には天敵から子や卵を守るため、自分の命を投げ出す事さえある。

 しかしそれは我が子を愛おしく思っているのではなく、そうする方が自分の遺伝子を多く残せるからだ。

 より多くの子孫を残せるのなら、惑星シェフィルの生物は躊躇いなく自分の子を殺す。例えば勝ち目のない強大な捕食者に襲われた際、幼い子供を連れているなら、大半の種はその幼い子を天敵の方に差し出すだろう。何故なら幼い子供……まだ自然界を一体で生き抜く力のない個体を逃がしたところで、どうせすぐに死ぬのだ。だったら親が生き残り、また繁殖して子供を産んだ方が、子孫を残せる可能性が高い。

 他の例としては、親が子(主に卵)を食べてしまう事もある。これは飢餓により、栄養状態が悪い時に見られる行動だ。食べ物がない時に子を育てても、それが成体になる可能性は低い。なら餌として利用し、次の繁殖のためのエネルギー源にする方が合理的だろう。

 我が子を守れば遺伝子を増やせるほど、野生の世界は甘くない。我が子の命すらも合理的に計算した上で、適切に判断する事が重要だ。

 言い換えれば、自分の子供の命の『価値』など数学的に判断すれば良い。自分達の子供が死んだところで、さっさと次の子を産めば良いだけ――――

 

「(……ああ、いや。これ言っちゃいけないやつですね、多分)」

 

 と、合理的な考え方をしていたシェフィルだったが、その言葉を発するのは止めた。

 合理的に考えれば、子供の命に大した価値はないと判断出来る。だが、そう考えた途端に心の奥底……『理性』の部分で嫌悪感を抱いた事に気付いたのだ。

 合理的ではない衝動。愛に似た、不合理な考え。

 きっと愛を知らなければ、気付きもしなかった感覚だろう。どうやら人間という種は、自分の子供に対し非合理的な感情を抱く生物らしい。

 その事に気付くと、アイシャの気持ちを本当の意味で理解し、そして共感出来た。シェフィルも自分の子供が死んでほしくない。どれだけ『非効率』な事をしてでも、自分の子供が無事に産まれ、大人になるまで育ってほしいと思う。

 だから一緒に考える。

 

「そうですね。私もこの星で長く生きてきて、色んな生き物を見てきました。子育てに失敗する生き物は、とても多いです。私達の子がそうならないとは限りません」

 

「……うん。そう、よね。自然の中で子育てなんてしたら、必ず上手く育てられるとは、限らないわよね」

 

 まず、正しい『現状』を伝える。アイシャを余計不安にさせてしまうのは心苦しいが、しかし事実認識が誤っていては先には進めない。対策は、現実に対して行わねば意味がないのだから。

 そしてこういった対策は、先人に習うのが効率的だ。シェフィル達は遺伝子で言えば純粋な人間ではないが、思考や生態は人間をベースにしている。なら人間の子育て戦略を模倣すれば、我が子の生存率が上がるだろう。少なくとも何も知らず、純粋な惑星シェフィルの生物を参考にするよりは格段に。

 ちなみに、戦略が優秀かどうかはこの際あまり考えなくて良い。人類文明は数多の星に広がり、今も個体数(人口)を増やしている事は以前アイシャから聞いた。いくら技術が発展していても、繁殖戦略がどうしようもないならそうはなるまい。我が子が生き残り、次世代を繋いでいける戦略を採用している事は疑う余地もないのだ。

 

「ですがやりようはあると思うのです。ほら、例えばアイシャは人間社会で暮らしていた訳じゃないですか。だったら子供をちゃんと育てられるような、そういうやり方があるんじゃないですか?」

 

 人間社会を知るアイシャは、そのための知見を持っている筈。

 シェフィルが期待を込めて尋ねると、アイシャは驚いたように目を見開く。次いで、困惑しているのかちょっとシェフィルから離れるように仰け反る。

 

「そ、それは、そうかもだけど……でも、この星で使えるか分からないし」

 

「まぁ、完璧に真似は出来ないでしょうけど。でも中途半端でもやっていれば、少しは子供の生存率が上がるかも知れません」

 

「確かに、そうかもだけど……」

 

「でしょう? 人間の戦略が優秀だから、数を増やせているんです。数を増やせているのなら、私達の子供が生き残る可能性も高いという事です」

 

 シェフィルの励ましを受け、不安げだったアイシャの顔が少しずつ綻ぶ。

 

「そ、そうよね。人間流の子育てをちゃんとやれば、私達の子供だって生き残れるわよね。うん」

 

 アイシャは笑みを浮かべ、自分に言い聞かせるように話す。まだ少し不安は残るのだろう。口調はちょっと早口で、動きはやや忙しない。

 そんな精神的不安定さはアイシャ自身も自覚があるのか。恐らくこの後ぽろっと漏らした言葉は、アイシャ的には軽い冗談だったのかも知れない。

 

「上手くいけば、地球みたいに人口一千億人ぐらいまで増やせるかもー……なんてねっ」

 

 だが、シェフィルとしては聞き逃がせない発言だった。

 

「……いっせんおく?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ。今の地球人口は一千億以上。惑星全体を人間の居住域にした甲斐もあって、ここまで増えたのよ」

 

 アイシャとしてはただ人類の常識を語っただけなのだろう。キョトンとしながらシェフィルに説明してくれる。

 だが、事実だとすれば尚更シェフィルは驚いた。

 一千億。

 この凄まじい個体数に驚いた、のではない。確かに資源さえあれば生物は何処までも個体数を増やす。実のところ天敵(捕食者)の有無はあまり関係ない。一般的には天敵の繁殖力よりも、喰われる側の繁殖力の方が上だからだ。食い殺される数より産まれる子の方が多いのだから、個体数が減る訳もない。精々、個体数の増加速度をゆっくりにする程度である。

 では、生物の総数を制限する最大の要因は何か?

 それは『資源』の総量だ。

 

「……私の勘違いかもですけど、確か、地球の生き物ってこの星の生き物より繁殖能力とかは低いのですよね?」

 

「そうね。どんな植物の生産性もトゲドゲボーほどじゃない。生態系最下層の生産性が低いから、それを食べる生き物の繁殖力も高くないわ」

 

「なら、どうやってそんなたくさんの人間が生きていけるのです? あっという間に星中の生き物を食べ尽くしてしまうじゃないですか」

 

 生き物が生きていくには、様々な資源が必要だ。食べ物がなければ飢えてしまうし、身を隠せる場所がなければ天敵に食べられてしまう。安全な産卵場所がなければ卵が死に、巣を作るにしても材料がなければちゃんとしたものが出来上がらない。

 だが『資源』は無限にあるものではなく有限だ。有限だから個体数が増えれば、何処かで何かが足りなくなる。不足した個体は全て死ぬ。

 これこそが生物の個体数を抑制する真の要因だ。生物は常に資源の争奪戦をしており、その争いに負けた種は絶滅している。資源争奪の競争自体を避けるように進化する事もあり、例えば猛毒の生き物を好んで食べる、排泄物を食べる、特定生物の血液だけを飲むなどの例が挙げられる。他の生物が使わない『資源』を独占する事で、確実に自分の子孫を残すための戦略だ。逆により多くの資源を使おうとすれば、それだけ多くのライバルと競争を繰り広げ、打ち勝たなければならない。

 地球における人間は、きっと全ての競争に打ち勝ち、あらゆる資源を独占したのだろう。だが、だとしても一千億もの数を養えるものだろうか。何か特別な方法を使っているのだろうか。

 そんな様々な疑問からシェフィルはアイシャに尋ねた。するとアイシャは答えようと口を開き――――何故か、そのまま固まってしまう。

 

「……アイシャ? どうしましたか?」

 

 シェフィルが呼び掛けても、アイシャは動かない。

 これは、何か考え込んでいるのか。

 体調を悪くした訳ではないだろうが、急に動かなくなるとちょっと心配になる。しばらくはそっとしておいたが、しかし中々アイシャは動き出さない。思考の邪魔をするのも申し訳ないが、そろそろ声を掛けようか。

 

「そうよ! その手があったわ!」

 

 そう思っていたら、急にアイシャは立ち上がって叫ぶ。

 顔に浮かぶのは笑顔。それも自信満々で、喜びに満ちたものだ。

 アイシャが笑ってくれたのは勿論嬉しい事だが、突然の事にシェフィルは少し呆けてしまう。その間にアイシャはシェフィルの方を振り向き、この星に来たばかりの頃を彷彿とさせる、ちょっとばかり自信家な雰囲気を見せた。

 

「シェフィル。人間が一つの星に一千億人も暮らしていけるのは、食べ物がそれだけたくさんあるからよ」

 

「? まぁ、それはそうでしょうけど。でも地球の生き物の繁殖力は、トゲトゲボーより弱いって話では?」

 

「ええ。だけどね、人間は自分で食べ物を作る方法を編み出したの」

 

「食べ物を作る?」

 

 アイシャの説明に、シェフィルは首を傾げる。

 食べ物を作るとはどういう事か? 食べ物というのは自然界で繁殖する生物である。だから食べ物は自然の中で作られるものであり、人間が作れるものではない。料理やらなんやらは人間が作るものだが、あれは元々ある食べ物を加工しているだけ。栄養効率を良くする事は出来ても、生み出すという意味の『作る』ものではないだろう。

 それがシェフィルの認識であり、考え方である。だが、人類文明の技術や発明は、幾度となくシェフィルの考え方を覆してきた。ならば今回も自分にはない考えが出てくるのではないか……その期待にアイシャは応えてくれると、シェフィルは確信している。

 何しろアイシャは待ってましたと言わんばかりに、不敵に笑っているのだ。

 

「農業と畜産。料理に次いで文明を発展させた、古来より続く人間の営みによってそれを可能としたのよ!」

 

 自信に満ちた言葉と共に語られたものに、シェフィルは目を輝かせながら耳を傾けた。

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