凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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穏やかな日々08

 トゲドゲボーの茂みを掻き分けながら、シェフィルはアイシャの手を引いて走る。

 普段、シェフィルは狩りの最中以外で全力疾走などしない。走ればその分筋肉を働かせる事となり、全身から大量の電磁波を発する。電磁波を放出すれば周りの生物はそれを感知し、獲物はさっと逃げ出し、危険な捕食者は集まってくる。更に長時間走り回ればその分エネルギーを大量に消費し、破断した筋繊維を再生する事で細胞が消耗してしまう。

 獲物探しの際は静かに歩くのが基本。しかしシェフィルは今、この基本を無視して走っていた。走る方がメリットが大きく、デメリットはほぼないと判断した結果だ。トゲドゲボーの掻き分け方も荒々しく、隠れる気など毛頭ない進み方をする。

 そしてシェフィルが無視している『狩りの基本』は、この星に生息する全ての生き物にも当て嵌まる。

 よくよく考えてみれば、直前に出会ったあのガルルはおかしい。何故アイツは()()()()()()()()()()()のか。いくらシェフィルが警戒していたとはいえ、あんな簡単に察知出来るほどガルルは迂闊な種ではない。周りに無数のトゲトゲボーが生え、小さな生き物達の活動による電磁波もあって姿を隠しやすい環境なら尚更に。

 ガルルは隠れていなかったのだ。そして隠れていないのはガルルだけではない。

 シェフィル達を取り囲む茂みの中は、普段とは比にならない賑やかさだった。何千何万もの生命が蠢く、津波のような気配の流動が感じ取れるほどに。

 

「ひ、ひぇええぇええっ……!?」

 

 気配、つまり生体が放つ電磁波を感じ取ったであろうアイシャが慄く。身を縮こまらせ、防御的な身体状態に変化している。

 平時であれば、正しい反応だ。

 例えば今、シェフィル達のすぐ左横……シェフィルの感覚では恐らく三メートルも離れていない……位置から、強力な電磁波が放たれている。それも二体並んだような。高さ三メートルを超えるトゲドゲボーに阻まれて姿は殆ど見えないが、きっとプリキュ達だろう。

 背後からも気配がする。数は一体。この気配はつい先程感じたばかりのものだから、正体はすぐに分かった――――ガルルだ。放たれる強力な電磁波が、ハッキリとその居場所を示す。

 そして右横。これはもう、トゲドゲボーに隠れてもいない。何故なら体長六メートル近い、超大型生物なのだから。二足歩行をしているが、人型ではない。シェフィルは知らない事だが、かつて地球に生息していた生物・大型肉食恐竜(アロサウルス)に似た体躯の生物だ。アロサウルスとの違いは全身を覆うのが鱗ではなく、不気味に波打つモザイク柄の表皮である事。それと頭部がイソギンチャクのような、無数の触手で形成されている点だろう。

 これはモゾゾという群体型捕食者だ。

 個々の体長は一ミリ以下で、その身体は細長くて手足のない(アイシャなら「ミミズのような」と例えるだろう)非力なもの。しかしこれが数百万〜数億と集まる事で、地域最大級の巨体を作り出す。群体なので定まった形はないが、最終的に今シェフィル達の横にいるような恐竜型になる事が多い。恐らくこの形態が、モゾゾ的に最も力を活かせる姿なのだろう。

 特徴的なのは、群体故にその『巨体』には神経系や臓器などの弱点となる器官がない事。たとえ真っ二つにしたところで、群体が再度集まって結合するため殆ど消耗なく再生する。しかも群体なので、その気になれば自由自在に形態を変える事も可能。極めつけは一体でも生命活動自体は可能なので、完全に倒すならそれこそ一匹残らず潰さなければならない。無論、巨体相応の強さもある。

 強さと不死性を兼ね備えた、惑星シェフィルの中でも指折りのインチキ生物。この平原に生息する頂点捕食者の一種でもある。

 プリキュ、ガルル、モゾゾ。いずれも危険な捕食者だ。特にモゾゾは自分よりも小さければなんでも食べる生物であり、ガルルやプリキュさえも獲物として喰らう。ところが今、この三種は互いに牽制し合う事すらしない。まるで相手の存在に気付いてもいないかのように、一直線に走る。

 無論シェフィル達の事も、奴等は気に留めていない様子。

 なら、自分達の方も相手を気にする必要はない。シェフィルはそう思っていたし、そうすべきだと考えていた。アイシャのように怯え、警戒する必要はない。

 

「アイシャ。気持ちは分からなくもありませんが、そんな浮ついた状態ではちゃんと走れません。急がないといけませんし、コイツらの事は無視してください」

 

「そ、そ、そうは言うけど! でも、もし襲い掛かってきたら……と、特にあの恐竜に襲われたら一発で終わりじゃない!?」

 

「きょーりゅーというのが何かは分かりませんが、心配はいりません。そもそも気にするにしても、この三体だけを意識したって仕方ないでしょう」

 

 アイシャの心配を、言葉によって否定するシェフィル。

 気持ちは理解出来る。しかし無駄な行いだ。何しろ連中はシェフィル達の事など気にも留めていない。見向きもしていない存在を突然襲う事などあり得るだろうか? 油断を誘うための演技という可能性は否定出来ないが、ここまで近付いてまだやり続ける意味があるとはシェフィルには思えない。

 加えて、気配はこの三体だけではない。

 近くに大きな気配(モゾゾ)がいるので分かり難いが……少し離れた位置には、無数の小さめな電磁波(気配)がいる。体長数十センチ程度の生き物だろう。そしてその数は、短時間では数えきれないほど多い。それどころか今も増え続けているように感じる。大きさの割に強い気配と、シェフィル達に匹敵する機動力からして、この小さな気配も捕食者として生きる種だろう。

 あらゆる捕食者が、一直線に進んでいる。そうとしか言えない状況だ。

 シェフィル達が進む先には数多くの、捕食者以外の生物がいた。餌を食べていたオオトゲイモ、ゴワゴワの群れ、休んでいたミミミ……捕食者の大群を前にしたこれらの生き物は、動ける種は逃げ出すが、イモムシ型のように動きの鈍い種はその場に留まって構えを取る。走力で劣るからこそ、待ち構えて対処する方が僅かでも生存率が高いと算出したのだろう。

 ところがどの捕食者も、動かない『獲物』を襲わない。意識こそ向けているが、戦うどころか迂回するものまでいる始末。

 捕食者達は何を考えているのか? シェフィルには予想が付く。奴等は他に優先すべき目標があり、他の生物に構う暇などないのだ。周りに意識を向けるだけでも、情報処理にエネルギーを使う。その分のエネルギーを走力に回し、〇・一秒でも早く目的地に辿り着く……この方が合理的だと判断したのだ。

 シェフィルも同じ考えだ。今は目先の獲物より、『あれ』のいる場所に向かうのが先決。

 

「それよりも急がなければ。何時まであの生き物がいるか分かりません……恐らく周りの生き物達も、それを察しているのでしょう。こっちに目を向けてる余裕なんてないのですよ、みんな」

 

「な、なんで、そんなに急いでるの? 一体何を……」

 

「説明したいのは山々ですが、見た方が早いですね。あと、そろそろ着く筈です……!」

 

 戸惑うアイシャに対するシェフィルの言葉は、自分の感覚を根拠にした予測。

 無論、こんなものでアイシャが納得するとは露ほども思わない。しかし他に言葉を持ち合わせていない。シェフィルも自分の感覚を信じて走っているだけで、確たる証拠は何一つないのだ。

 だから自分の言葉に反論せず、共に走ってくれるアイシャに対し心の中で感謝する。

 幸いにして、シェフィルが感じたものは決して出鱈目ではなかった。トゲトゲボーの密度が、明確に低下し始めたのである。それはシェフィルが予想した『あの生物』の存在を、確かとは言えないが物語る証拠の一つだった。

 そしてトゲトゲボーが減れば隣を走る獣達の姿が見え、シェフィル達の姿も相手に見えるようになる。

 今や周囲にいるのは、プリキュやガルルだけではない。甲殻に身を包んだ多脚イモムシ・キバイモの一種、左右に広げた翅を自由に動かして刃のように振るう細長い生物・ケンバネ、全身を覆うように生えた無数の棘で獲物を突き刺す球体生物・マルトゲ……多種多様な、見える範囲だけで何十種もの捕食者がシェフィル達の傍を駆け抜けていく。

 見えた直後は捕食者達から視線を向けられたものの、それはほんの一瞬の出来事。やはり捕食者達は気にせず走る。シェフィルも怯えるアイシャの手を引き、前だけを見て走る。

 ついにトゲトゲボーは疎らとなり――――開けた空間が現れた。

 正しくは、環境の様相が変化した。今まで大地を覆い尽くしていたトゲトゲボーの代わりとばかりに、小さくて細いもの……黒い『芝生』と言えばシェフィル以外の人間には理解しやすいだろう……が無数に生えている。生えているものは大きくても長さ五センチほどしかなく、踏み付ければ簡単に曲がる程度には軟らかい。走るのに支障はなく、シェフィルの足が遅くなる事もない。

 アイシャだけは、更に驚いたのか少し足取りが鈍くなった。表情も僅かに強張る。これまで暮らしていた土地の環境が一変して、不安を抱いたのだろう。

 

「な、なんなの此処……なんでトゲトゲボーが生えてないの?」

 

「分かりません。ですが想像は出来ます。恐らく此処にあったトゲトゲボー達は、原種返りによって跡形もなく吹き飛ばされたのでしょう」

 

「原種返りに? ……え!? まさか此処……」

 

「はい。私達の住処だった、あの洞窟があった跡地だと思われます。まぁ、証拠はないですけどね。あの時抉れた地面も、土壌生物の動きでとっくに均されているでしょうし。でもそう考えると色々辻褄が合います」

 

 驚くアイシャに対し、シェフィルは納得したように呟く。

 一体どういう事か? アイシャは説明を求めるように見てくるが、申し訳ないが話すよりも『目標』を探す方が優先だとシェフィルは判断する。

 何故なら、既に先客がわんさかいるからだ。

 捕食者達……ガルルなどがあちこちで暴れ回っている。右も左も正面も、乱痴気騒ぎと言うしかない盛り上がりようだ。巨大群体生物モゾゾも何かを拾うように、地面に無数の触手を伸ばしては口許に運んでいる。

 捕食者だらけのの場所に踏み込むのは、普段なら自殺行為でしかない。シェフィルの強さは同等の体躯の生物に対して互角が精々で、二対一になれば簡単に負ける程度なのだから。

 しかし今であれば話は別。シェフィルはアイシャを連れ、開けたこの空間の奥へと突き進む。奥に行けば行くほど捕食者の数は疎らとなり、黒い芝生の密度が減っていく。

 ほんの少しずつ、だけど刻々と変化する環境に、アイシャは更に不安そうな顔になる。それを励ますようにシェフィルは繋いでいる手を強く握りながら、しかし前に進むのは止めない。更に大地の先へ、捕食者達がまだ訪れていない領域へと向かう。

 そして、

 

「! 見付けましたっ!」

 

 シェフィルはついに目当ての生き物を発見した。

 途端、アイシャはびくりと身体を震わせる。何か恐ろしいものがいるのではないか……そんな不安を抱いたのかも知れない。

 しかしシェフィルに言わせれば、そんなものは無用だ。そいつは安全安心な生き物であり、どう転んでも脅威とはならない。

 アイシャと繋いでいた手を離す。離れた途端アイシャはますます不安そうな顔になり、シェフィルとしても申し訳ないと思う。けれどもそいつは中々の大きさで、捕まえるには両手で掴まねばならない。片手で持てなくもないが、持ち難いのは確かだ。

 両手を伸ばして捕まえたそれを、ぐっと持ち上げる。丁度アイシャは背中側にいたため、シェフィルが捕まえた生き物の姿は見えていない。

 

「アイシャ! これが目当ての生き物です!」

 

「ひゃあっ!?」

 

 アイシャが跳ねるほど驚いたのは、今の今まで生き物の姿が見えていなかったからだろう。未知を怖がり、警戒するのは自然な判断だ。

 そして正体が分かった途端、恐怖の表情が呆けたものに変わるのも自然だ。その生き物の姿から脅威を感じ取れというのは、シェフィルですら無理筋だと思うのだから。

 シェフィルが両手で抱えている生き物の姿を一言で例えるなら、『丸い』だろう。

 ただし球体という訳ではない。ぺちゃっとほんの少し潰れたような体躯だ。それはこの生物の身体がどれほど軟らかいかを物語る。実際触っていると分かるが、シェフィルが持っている生物はとても軟らかな……アイシャの柔肌よりもずっと柔軟だ。重力にすら敵わず、故に潰れている。

 体色は黒。一応この地に生えている『芝生』と同じ色合いにはなっている。しかし潰れた身体は体高二十センチほどと存外大柄。横幅は三十センチ以上あり、此処ら一帯を埋め尽くす芝生型生物の中にいても隠れてすらいない。遠目からなら多少保護色になるだろうが、近くで見るとバレバレで、無意味とは言わないが気休め程度の効果しかあるまい。

 そしてその身体には、ろくな『器官』が見当たらない。足のようなものさえなく、移動は身体の下側を波立たせて行う。お世辞にも力強い移動方法ではなく、シェフィルは勿論、アイシャでも逃がす事はないだろう。触角どころか目や耳も人間に視認出来る大きさのものはなく、感覚器はないか、あってもかなり貧弱である事が窺える。

 口はこの真っ黒な身体の正面にあるが、『顎』と呼べるものはなく、ただ小さな穴が開いているだけにしか見えない。実際その通りで、硬いものを噛み千切るための構造は備わっていなかった。背びれも尻尾もなく、体節構造すらもない。

 生命と呼ぶには、あまりにも単純な構造。口をパクパクと動かし、身体の下側をもぞもぞと蠢かさなせれば、生命体だと認識するのも困難だろう。

 しかしシェフィルはこれが生き物であると知っている。どんな生態を有しているのか、どうして捕食者達が群がってきたのか……かつて母から教わったため、誰かに説明出来る程度には理解していた。勿論、何故自分がこれを捕まえにきたのかについても。

 だが、そうした小難しい話をするよりも前に、アイシャに伝えておくべき事がある。

 それはこの生き物がなんて名前で、如何に無力であるか。

 

「これはマルプニ。私が知る限りこの星で最も脆弱で、恐らく遠からぬうちに絶滅する生き物です」

 

 捕まえた生き物を優しく撫でながら、シェフィルはマルプニについてそう紹介するのだった。

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