凍結惑星シェフィル   作:彼岸花ノ丘

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第八章 星の継承者
星の継承者01


 宇宙空間。

 無限に等しい広さを誇り、数え切れないほどの星が浮かぶ領域。惑星シェフィルの外側に広がる『世界』について、その存在ぐらいはシェフィルも知っていた。とはいえシェフィルの力では星の外に飛び出す事など出来ず、知識でしか知らない場所でもある。

 そんな場所に今、シェフィルは浮かんでいた。

 一切の重力がない空間。前後も左右もない領域に最初はちょっぴり興奮と不安を覚えたが、一分も浮かんでいれば慣れてくる。シェフィルを此処に連れてきた母が触手で巻き付けている(掴んでいる)状態なので、虚無の世界に放り出される心配もない。悠々と宇宙の旅を楽しんでいた。

 ちなみにアイシャも一緒にいて、シェフィルと同じく母の触手に巻かれている。宇宙に来た直後はぎゃーぎゃーと騒いでいたが、今ではすっかり大人しい。

 

「……宇宙でも平気な自分が恐ろしいわー」

 

 ただし気持ちの整理はまだ付いてないようで、そんな言葉(電磁波)を呟いていたが。

 しかし論理的に考えれば、自分達が宇宙でも平気なのは当然の事である。惑星シェフィルの環境は宇宙よりも過酷かつ、宇宙と同じく真空であるが、自分達はそこでなんの問題もなく生きているのだから。

 そしてその事は、宇宙に飛び出してすぐ、アイシャが騒ぎ出した時にも伝えている。

 

「もー、さっきも言ったじゃないですか。何時も暮らしている星の方が、宇宙よりも過酷だって」

 

「理屈は分かるけど感情が受け付けないの! なんで宇宙よりも星の方が過酷な環境なのよ!」

 

「今更それを言います?」

 

 もうどれだけの時間、あの星で暮らしているのか。なのに今になって、そんな事を言い出す理由が分からない。

 アイシャの事が大好きなシェフィルでも、アイシャのこの『人間的』な思考は時々理解出来ない。嫌いではないし、全て分からない訳でもないが、ちょっと面倒臭いと感じる事も多々ある。合理的でないがために、話が通じないように感じてしまう。

 それを意識すると、シェフィルは少し憂鬱な気持ちになった。

 

【二人とも、そろそろ艦隊と遭遇しますよ】

 

 母が言うように、これから()()()()()()()()()()がやってくるのだから。

 

「……そう言えば、人間の船団との交渉を頼まれたんだっけ」

 

【厳密には、今回宇宙に来たのはあの船団を見るためです。あなたが状況を理解出来ていなかったようなので、直接見に来ました】

 

 思い出したようにアイシャがぼやき、それを母が訂正・補足する。アイシャはため息(勿論吐き出されるのは気体ではなく電磁波だが)を吐きつつ、気持ちを切り替えたように表情を引き締めた。

 もうすぐ人間達が乗る宇宙船団が、惑星シェフィルにやってくる。

 ……と思われる。人間の〜という部分は母達の推測であり、もしかしたら全く別の種族が操る船かも知れない。惑星シェフィルに近付くのも、単に進路上にあるというだけで、適当な場所で迂回するかも知れない。

 宇宙に出た切っ掛けは、アイシャが家で叫んだ「何も理解出来てない」という言葉だ。しかしやってきた宇宙船が本当に人間の船かどうか確かめるためには、どの道アイシャに見てもらわねばならない。そう考えるとアイシャがあの時話を理解したところで、やっぱり宇宙に連れ出されたと思われる。

 そしてあの時の母の話が正しければ、もうすぐ件の艦隊は姿を現す筈。

 

「……むむ?」

 

「ん? どうし……うわ」

 

 そう考えていた時に、シェフィルは電磁波を感じた。アイシャも遅れて気付き、そして呆れたような声を出す。

 電磁波は宇宙の彼方から飛んできている。これ自体は別段、今になって言う事ではない。惑星シェフィルのような特別なものを除き、星はどれも電磁波を発している。光は電磁波の一種であるし、核融合で発するガンマ線などの高エネルギー放射線も分類上は電磁波なのだから。満天の星空こと無数の恒星だけでなく、恒星の光を反射している惑星だって電磁波を放つ。故に宇宙空間は何処もかしこも ― シェフィルの目には ― 電磁波だらけだ。

 しかし此度感じ取った電磁波は、星々の放つものとは毛色が違う。

 まず出力が大きい。星が放つ電磁波は、総量自体は莫大なものだ。だがどの星も最低でも数光年……何十兆キロと離れている。電磁波は距離の二乗に比例して弱まる(厳密には拡散すると言うべきだが)ため、これだけ離れていると殆ど他の星には届かない。そのため星から感じる電磁波は、どれも極めて弱い。

 ところが此度感じた電磁波は、星が放つ電磁波よりも遥かに強い。何倍なんてものではなく、何千何万倍もの強さだ。とはいえこれは星の数万倍の出力があるのではなく、発信源がそこらに浮かぶ星よりも遥かに近いからだろう。

 そしてもう一つの特徴が、その大きな電磁波がシェフィル達の方に近付いてきている点だ。

 

「うーん。この感じは、大体秒速百三十キロぐらいの速さでしょうか。あとこの感じだと、距離は此処から二万キロほど離れていますかね。発信源も多数ありそうです」

 

【ええ、大凡その計測結果で間違いないでしょう。それに一見して均一な速度ですが、頻繁に微調整をしていますね】

 

「よくそんな正確な事まで分かるわねぇ。私には近付いているって事しか分かんないわよ……いや、それが生身で分かるだけでもアレなんだけど」

 

 それぞれの意見を述べながら、シェフィル達は件の電磁波を見つめる。

 距離と速度が分かるのは、電磁波の周波数変化を感じ取れるから。電磁波は発生源が移動する事で、周波数に変化が生じる。

 シェフィルは知らない事だが、これを人間の言葉でドップラー効果と呼ぶ。救急車のサイレンが、近付いてくる時と離れていく時とで鳴り方が違うように聞こえるのと同じ原理だ。速度が速ければ速いほど変化の仕方も変わるので、計算すれば距離や速度を算出出来る。

 普通は観測・計算に高性能なコンピューターが必要だが、演算能力に優れる惑星シェフィルの生物ならちょちょいと暗算可能だ。並行して電磁波の発生源について思考を巡らせる事も難しくない。

 

「(母さまが言っていた通り、大船団ですね)」

 

 近付いてくるとハッキリと分かる。数は凡そ五十。互いに付かず離れずの距離を保ち、母が言う通り速度を頻繁に調整していた。

 これだけで、対象が隕石などの自然物ではないと分かる。

 宇宙には隕石などがいくらでも飛んでいるが、それらは常に等速直線運動を行う。大気が存在しない宇宙空間では空気抵抗もなく、よって自ら加減速しない限り速度は変化しないからだ。実際には放射圧(電磁波を浴びた際に受ける圧力)や、僅かに漂う水素原子などの『空気抵抗』により速度は変化するが……これらの値は極めて小さく、数年単位や数億キロ単位なら兎も角、それより小さい規模での計算なら誤差は無視出来る。何より周りと合わせるような、小刻みの運動量変化を起こすようなものではない。

 何かしらの『意思』がある運動だと考えるのが自然だ。よって生物または人工物で間違いない。それが果たして『人間』によるものであるかまでは、シェフィルには判断出来ないが……間もなく明らかとなるだろう。

 件の船団が、肉眼でも見えるところまで接近してきたのだから。

 

「アイシャ、船が見えてきましたよ。どうです? あれは人間の船ですか?」

 

 そして判断を行うのはアイシャ。

 電磁波を用いた計算は兎も角、肉眼、つまり光による見え方ならアイシャとシェフィルに大きな差はない筈。自分の目に見えるところまで来たなら、アイシャにも見えているとシェフィルは思った。

 ところがアイシャは、シェフィルの問いに答えない。

 いや、答えようとはしているのだろうか。アイシャは口をパクパクと動かしている。しかし電磁波()が出ていない。声を出すという簡単な事さえ出来ないぐらい、混乱しているかのように。

 

「……………嘘」

 

 ややあって出てきた言葉は、さながら自らの認識を否定するかのよう。

 その言葉が出るという事は、件の物体はアイシャの『予想』を超えていたのだろう。何故アイシャがそう思ったのか、シェフィルも知りたい。

 とはいえ今のアイシャを問い詰めても、答えは得られそうにない。仕方ないので、シェフィルは自分の目で『それら』の正体を確かめようとする。

 まず、大きさ。

 どれも大きさは二百五十メートルほど。宇宙に移動する前、母が話していた通りの大きさだ。外装はいずれも銀の光沢を放ち、金属質であるように見える。

 形状はなんとも特徴的だ。円錐形をした『本体』の後方部分から、大きく曲がった角のような突起が三本生えている。角は長さ二百四十メートル近くあり、本体の進行方向と同じ方角を向いていた。先端部分は細くなっていたが、先端には小さな(といっても一メートル近くありそうだが)穴が空いており、何かが出てくるための構造のように見える。

 表面は滑らかで、凹凸は殆ど見られない。いや、全くないと言っても過言ではない。槍やナイフぐらいしか道具を作っていないシェフィルであるが、それでも表面を滑らかに加工するのが如何に難しいかは分かる。これだけ大きな物体なら、多くの部品を繋ぎ合わせて作っている筈だが、繋ぎ目すら見えないのはどうやっているのか……想像も付かない。

 また、近付いてきて分かったが、表面には強力な電磁波の膜が存在しているようだ。あまりにも強力なもので、恐らく小さな隕石程度なら簡単に弾くだろう。『電磁防壁』の類のようである。この電磁防壁で、宇宙空間を飛び交う小石などを防いでいるのか。

 文明など知らぬシェフィルでも、極めて高度な技術の産物だと分かる。そのようなものを作れる存在など、人類文明しか知らない。

 しかしシェフィルが知らない、高度文明がある可能性も否定出来ない。だからこそアイシャの意見が聞きたいのだが……彼女は呆然とするばかり。

 

【アイシャ。そろそろ落ち着いてください。あなたの話がなければ先に進めません】

 

 先に痺れを切らしたのは母。触手でつんつんとアイシャの頬を突き、反応を促す。

 アイシャの柔らかな頬を母に弄ばれ、シェフィルはちょっとムッとした気持ちを抱く。それが『嫉妬』と呼ぶ感情である事をシェフィルは知らないが……本能的な独占欲には抗えないし、抗うつもりもない。

 

「アイシャ。アイシャー」

 

 アイシャの名を呼びながら、シェフィルもアイシャの頬を指先で突く。母よりもちょっと強く、連打気味に。

 母とシェフィルのダブルアタックを受け、アイシャは我を取り戻す。「ええい鬱陶しいっ!」と言いながら二人を押し退けつつ、アイシャはまたため息。

 

「……あれは人間の船よ。間違いない」

 

 ようやく、母が投げ掛けていた質問について答えた。

 

【成程。では一旦シェフィルに戻りましょう。話し合いはあの人類が降り立ってきた時にすれば十分です。近くをうろつくだけなら、こちらから接触する必要もありません】

 

「そうね……話し合いをしてくれるならまだ良いわね」

 

「アイシャ? どういう意味です?」

 

 シェフィルは首を傾げながら、アイシャの物言いに疑問を持つ。

 まるで話し合いすらしない可能性があるかのよう。

 なんらかの目的がある時、必ずしも相手と話し合う必要などないとシェフィルは思う。しかし無闇やたらに攻撃する必要はもっとない。攻撃にはエネルギーと資源を使うため、過度の攻撃は自分達の繁栄を妨げる。話し合いで争いが回避出来るなら儲けものであり、大繁栄している人類がそれを分からぬ筈がない。

 なのにどうしてそんな懸念を抱くのか? そんなシェフィルの疑問に、アイシャは答えない。答えられない、という方が正しいかも知れない。アイシャの中でもあくまで懸念であり、確信はないのだろう。

 そう、確信なんて持てない。

 

「あれは軍の戦闘艦……戦うための船よ。いきなりアレが来るって事は、ただ調査に来た訳じゃないと考えるべきじゃない?」

 

 戦うための道具を伴って来ただけでは、まだ相手の『本心』は分からないのだから――――

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