メアリーさんからの連絡によると組織に動きがあったようで、最近は少々近辺が慌ただしい。
どうやら暴力団の泥惨会の関係会社が拳銃密輸をしていたらしく。
その件の証拠を組織に握られてしまったとのことだ。
関係会社が組織に脅されて金銭的取引をする羽目になった可能性があるらしい。
黒の組織からしたら泥惨会の取り巻きが渡す金なんて端金でしかないだろうに、なんでこんな小金稼ぎに精を出しているかと言うとだ。
恐らくはバックにいるであろう泥惨会自体に圧力をかけるのが狙いなのだろうという見方が強いとか。
これは霊基が回した思考から読み取ったものなので、おそらくは真実なのだろう。
まったく、相変わらず回りすぎて頭痛のする思考速度である。
取引は明日。
今回は俺の方で特に手を出すつもりはない。
後で泥惨会のほうの拳銃密輸は潰すが、この取引自体は潰したところでどこにもダメージにならないからな。
肘掛け椅子に深く座りながら霊基の荒波のような高速思考を回していると、すっと緑川君が紅茶を差し出してくれた。
「ありがとう、緑川君」
「甘いものも必要だろう、スコーンを焼いたんだが、食うか?」
「助かるよ。せっかくだから貰おうかな」
「よかった。今持ってくる」
緑川君もつくづく有能な執事である。
彼が努めてそう振る舞っている、というのもあるだろうが…それ以上に潜入捜査官のサガというのがあるのだろう。
何事も完璧にこなさなければならない強迫観念に支配された、組織潜入員の悲しいサガだ。
明日といえばだ。
蘭ちゃんとデートに行くのだと工藤君から聞いたんだっけな。
最近は俺の家に入り浸るようになった工藤君だが、今では何くれとなく俺に相談事をする仲になっている。
工藤君がいると急に霊基がきちんとした大人ぶりはじめるので、俺としてもありがたい限りだ。
コカインを求めて部屋をイライラと彷徨かなくなっただけでも大収穫だし。
キラキラと尊敬してます感を隠さない工藤君に、緑川君も将来性を感じたのだろう。
暇を見て鍵開けのコツだとか情報を引き出す会話術だとかを叩き込んでいるのをこの間目撃したりもしていた。
将来公安に勧誘するつもりなのが透けて見える教育熱心さである。
というか、素朴な疑問なんだがこの子いつコナン君になるんだ?
俺の知識では、「名探偵コナン」について知っていることはごくごく僅かだ。
工藤新一が小さくなってコナン君になるということぐらいか。
あとは敵が黒の組織であるのは知っている。ジンとウォッカだろ。
アニメの初めの方を子供の頃数話みた記憶がある。
それにしても若返りって魔術的観点から見ても超高難易度なんだが、まったく埒外な科学力を持った組織である。
確かに、いくつかの情報を通して見てみれば、かの組織は「不老」の神秘にまで片足を踏み入れている気配が見受けられる。
組織幹部ベルモットなんかがそうで、FBIからも驚きの言葉と共に「信じがたいかもしれないが確かなことだ」とか言って連絡が来たこともある。
FBI捜査官の一人であるジョディ・スターリングの証言があるとかなんとか。
にわかには信じられないことだ。
とはいえ、不老が実現しているからと言って若返りにまでなると難易度が段違いになってくる。
ほぼ聖杯レベルの偉業だ。
そうそううまく行くはずがないのだが……この世界は「名探偵コナン」なのだからそういうものと割り切るしかないか。
ホームズのそれと俺の思考が渾然一体となり、両手を合わせて沈黙していると、ふと気になることが思考を掠めた。
まさかと思うが、工藤君のデート先ってトロピカルランドじゃないよな?
霊基が「それ以外どこだと思っていたんだ?」としらっとした冷たい視線を俺へと向ける。
同時に思考が回転し、彼のデート先がトロピカルランドだと結論づけるまでの推理過程が流れるように脳裏をよぎった。
う、頭が痛い。
というかえ、え、マジで?うそだろ?どういう奇跡的なタイミングでデート行くんだあの子らは!
ガタリと立ち上がって時計を確認すれば、もう時刻は夕方を過ぎている。
今から行っても間に合わないだろう。
何故言ってくれなかったんだ霊基は!
工藤君のことを憎からず思っていたのは霊基とて同じだろう!
そのようについ非難してしまえば、霊基は面白そうにくつくつと笑うだけだった。
───君の知識と合わせて考えるのなら、きっと面白いものが見られるだろう。
───あえて言うなら、予定調和と言うべきかな?
そのような思考に、俺はストンと着席した。
この言い方。
絶対いつもの「危険だが命は無事なので説明しなかった」パターンだ。
ああ、この性悪め……明日あたり、彼の家へ無事の確認だけでもしに行くとするか。
俺は大きくため息をついて、大きな暖炉のある居間の肘掛け椅子に行儀悪くずるずるともたれかかるのであった。
工藤新一の、幼い頃からの変わらぬ夢。
「平成のシャーロックホームズになりたい」
「あの人のようになりたい」
そう思いはじめたのは随分と昔のように覚えている。
今日。
幼馴染とのデートでトロピカルランドへと行って、そこで黒づくめの男たちの怪しげな取引現場を目撃した。
ありていに言えば、新一は失敗したのだ。
無様にも後ろから警棒で殴られ、毒薬を飲ませられた。
運良く生き残ったものの幼児化してしまい、幼い姿の己を阿笠博士に信じさせるのすら難しい有様だ。
誰も己の言うことを信じてくれなかった。
いつも己の話に耳を貸してくれた警察も、幼い頃からの付き合いである阿笠博士すらも。
新一にとって、未だ深いトラウマとなっているこの経験が警察に駆け込むことを躊躇させたのだろう。
なんとか流れで毛利探偵事務所に転がり込むことができたが、これがいい判断だったのか新一にもわからない。
ホームズさんに助けを乞うことも、考えなかったわけではない。
でも己のちっぽけなプライドがその選択肢を否定した。
憧れのあの人にこんな馬鹿な姿を晒すことが許せなくて、幼馴染を騙してまでこんな無様な共同生活を選ばせたのだ。
そうして、今。
工藤新一改め、江戸川コナンは毛利探偵事務所の大きな窓から夜空を見つめたのだった。
・コナン君
地味に「自分の言ってることが信じてもらえない」のがトラウマ。
だからこそ蝶ネクタイ型変声機の存在は渡りに船となる。
・ホームズ(真)
ふんわり名探偵コナン原作知識あり。
こうしてああして、転生者の魂からチョチョイと知識をな。
幼児化!なにそれ面白そう!!