4月29日、火曜日。
俺は東都大建築学科の教授にして名建築家、森谷帝二の主催するパーティに出席していた。
やってきた俺を出迎えたのは完璧なシンメトリーの美しいイギリス建築の屋敷だ。
流石は名のある名建築家の住まい、広い庭は手入れが行き届き、切り揃えられた緑が噴水と調和して美しい。
確か、彼の専門は英国建築、特に古典建築───イギリス17世紀ステュワート朝時代の建築が得意だったか。
霊基の生きていた時代にも数多く残るそれは、ホームズ自身の記憶を喚起して「懐かしい」と言う感覚を覚えさせる。
だからこそ俺の屋敷の設計を任せたんだが、その腕に間違いが無いようで何よりである。
パーティは裏庭で行われているらしい。
正面玄関を通って裏へ回れば、既にパーティに来ていたらしい客が思い思いに歓談していた。
有名音楽家やらトップモデルやら大企業社長やらが勢揃いだ。
流石にそう言った人物たちは日本ではやや控えめである俺の評判も聞き及んでいたのだろう。
俺の周りに幾人かが集まり、「これはこれは、かの名探偵エドウィン・ホームズさんじゃありませんか!」とニコニコ笑顔で話しかけてきた。
この手の歓談は霊基の嫌うところなので、霊基は無言で奥へ引っ込んでいく。
英国紳士なんだからこう言う機会は生前でも結構あっただろうに。
……なるほど、好き好んでやってたわけでは無いと。俺と言う面倒ごと押し付けマシーンが手に入って最高だと。
これぞ霊基という感じである。
客たちを適当に捌いて、お勧めされる手作りのクッキーやスコーンを適当に頬張る、前に一緒に来ていた緑川君が素早く毒味。
そんなことしなくても良い、とは言っているのだけれど「命を救われた借りぐらい返させてくれ」と俺のボディーガードみたいなことを止めようとしないのだ。
薬物にもある程度耐性があるし、と。
ちなみに、俺が実際毒殺されかけたことは今年だけで既に8回ほどあったりする。
うち1回は緑川君の毒味に引っかかり、彼が救急搬送されることになった。
これで俺の代わりに緑川君が毒殺されたりしたら俺がトラウマを抱えるハメになるのでやめておくれ…などと思う今日この頃である。
一応常に「仮説推論」を張り巡らせて毒には警戒しているけど、やはり限度があるからな。
緑川君がうん、と頷いて他の客に不審に思われないように「こっちのクッキーがおすすめだ。しっとりしてよく出来てる」と渡してきた。
と、その辺りでまた客が来たようだ。
後ろから複数人の足音がして振り返れば、そこにはコナン君と毛利探偵御一行の姿があった。
コナン君の顔にパッと光の散るような歓喜が浮かぶ。
「あ!ホームズさんに緑川さん!」
「コナン君と…お久しぶりですね、毛利探偵。最近のご活躍は私の耳にも入っております」
「なははは!それほどでも…コラ坊主、ホームズさんに迷惑かけんじゃねーぞ」
豪快に笑って毛利探偵はわしゃわしゃとコナン君の頭をかき回した。
コナン君、実に迷惑そうな顔だ。
蘭さんも「ホームズさんと緑川さんはお変わりありませんでしたか?」と優しく問いかけてくる。
執事然とした様子で緑川君が優雅に礼をした。
なんというか、蘭さん達の様子はTHE幸せ家族という感じで微笑ましい限りだ。
コナン君が暫く俺と一緒にいると言うので、適当に了承して「コナン君は私が面倒を見ますので、毛利さんたちはパーティを楽しんでください」と言っておく。
蘭さんなどは申し訳なさそうだが、コナン君の様子を見るに二人っきりで話がしたい様子だったからな。
彼らには暫く席を外してもらいたいのだ。
適当に言いくるめて「コナン君、大人しくしてなきゃダメよ!」と心配そうな蘭さん達の後ろ姿を見送る。
「で、何かあったのかな?」
「それが……ホームズさんならいい案が思い浮かぶかなって思って…」
心底困った様子で話をするに、なんでも来週の五月三日に、蘭さんとオールナイトの映画を見にいく約束をしてしまったと言うのだ。
デートかよ。
いいねぇ青春だねぇ、などと思えど工藤新一は今出撃不可である。
ちなみに、五月四日はライヘンバッハの日だ。
魔術的に変な類感効果が出かねないので、俺としては大人しくしておきたいところ。
しかし居ないはずの工藤新一の代わりを務める何かを考える、か。
一応霊基の宝具である「空家の冒険(エンプティー・ハウス)」を使えば俺が工藤新一に変装できなくも無いが。
「うん。無理だね。大人しく断って蘭君に怒られると良い」
「!?それができないから相談してるのに!」
「例えば何者かが君に変装して蘭君とデートに出かけたとする」
「デ、デデデデートってわけじゃ無いです!!」
コナン君は真っ赤になって叫んだ。
話が進まねぇから落ち着いて聞きやがれ。
「蘭君はその偽物と手を繋いだり、甘い言葉を映画館の暗闇の中で囁き合って良い雰囲気になるわけだ」
「ぐっ……」
俺の言わんとしていることがわかったのだろう。
コナン君が唇を噛んだ。
即ち、なんとかしたとしてお前は彼女が誰かに取られて耐えられるのか、と言う意味だ。
しょぼんと肩を落としたコナン君がもそ…もそ…とクッキーを貪りはじめた。
「なんか、こう、俺が元に戻れる薬とかさ…」などともごとご呟いている。
可哀想に、そんなんが出来たら苦労はしないのである。
横で緑川君がすっとコナン君におすすめのスコーンをとってきて渡している。
気の利く執事ですことよ。
と、その時俺のスマホが軽快に着信音を奏でた。
どうやらメアリーさんからのようだ。
「こちらホームズ。どうした?」
「江戸川コナンの身分証明資料の作成が完了した。来週末に手渡しするが、予定はどうだ?」
「問題ない。助かったよ」
「おまえに貸しを作れると思えば、この程度やすいものだ。英国への協力楽しみにしているぞ」
にやり、と電話越しにメアリーさんが笑う気配がした。
一応、工藤君のご両親と相談して設定を詰めておいたから変な齟齬は出ないとは思うが。
この後コナン君と詳細を確認し合う時間を作るべきか。
そのように思案していれば、メアリーさんがやや口調を訝しげにして俺へと問いかけてくる。
「お前がそんなふうに我々に借りを作るなんて、その少年によほど重要な何かでもあるのか?」
「まぁ、そうだね。単なる勘でしかないよ」
「つまり?」
「事態が大きく動き出す可能性がある、と。そのように考えている」
息を呑むメアリーさんに「では、身分証の到着を楽しみにしている」と言って電話を切る。
コナン君が視線を鋭くして俺のスマホを凝視している。
好奇心を隠しきれていないというか、そんな目で見られるとスマホに穴が空きそうだ。
「なにかあったの?」
「君の身分証ができた。こちらに届いたら君に渡すから、来週末は空けておいて欲しいんだが」
「ほんと!?」
ありがとうホームズさん!とニコニコ笑うコナン君は年相応───小学生という意味で───に見えて、俺はちょっと微笑ましい気持ちになった。
・緑川唯(諸伏景光)
もう4年近い付き合いになる。
ホームズ主が頭脳の機械仕掛けさとは裏腹に意外と善性だと気付き、純粋に助けてもらったことを恩義に思っている。
自分磨きに余念がなく、執事スキルをガンガン上げる今日この頃。