ふいに、病室に緊迫感が満ち満ちた。
工藤新一のスマホに電話がかかってきたのだ。
「……もしもし?」
コナン君が慎重に電話を取る。
素早くスピーカーモードにされたそこから、犯人と思しき男の変声機で歪んだ声が漏れ聞こえてくる。
曰く、東都環状線に五つの爆弾を仕掛けたと。
午後四時以降に時速60km未満で列車が走行すれば、爆弾が起動。
中の乗客たちはお陀仏になる。
また、日没までに爆弾を解除できなかった場合も同様だ。
爆弾を仕掛けた場所のヒントは××の×。
せせら笑うような犯人の口調は態とらしく変えてはいるものの、ホームズの「天賦の見識」で見れば逃れようもなくただ一人の人物を想起させた。
つまり、この爆破テロの犯人は森谷帝二だということだ。
俺は再び思考を回転させて、頭痛の波を流しながら今後の流れを思案した。
この頭脳はおよそ常人を置いてけぼりにして答えを導き出す。
今のところ、この事件の犯人が森谷帝二だと分かっているのは俺だけ。
理屈としては十分に足りているから、あとは警察が動くための物証が必要だろう。
「『××の×』ってどこだ!?」「毛利君!何か閃かんのかね!」などと議論の中、一応ブレインストーミング的に意見が出ていく。
「警部!やはり『座席の下』か『網棚の上』ですよ!あらかじめ犯人はそこに爆弾を置いていったんです!」
「車体の下、という可能性もあるんじゃないか?」
ううむ、と唸る目暮警部に対し、アイデアは出せるだけ出そうという顔をした緑川君が「車体の上、便器の中、紙袋の中、車両の間…」などとひたすら呟いている。
緑川君の目が本気だ。
そりゃ元公安からしたらこんな大規模テロ、許されるものじゃないからな。
俺は思考を切り替えて、ゆっくりと口を開いた。
「ポイントは日没、もしくは時速60km以下で走行したら爆発、という部分だ。初歩的なことだよ諸君」
「なにか分かったのですかな!?」
すごい迫力の目暮警部がにじり寄ってくる。
こんな大事件、防げなかったら警察の面目丸潰れだから仕方ないだろうが。
俺はニコリと笑って、実に余裕そうに見えるように口を開く。
「速度と日没を一つのシステムで賄ういい方法があるではありませんか。即ち、車体で太陽光が遮られる「線路の間」という場所が」
「っそうか!光センサー!」
俺のヒントに勢いよく食いついたのはコナン君だ。
先日の黒川邸の件も恐らくは同一犯。
オクトーゲンを盗んだ犯人も同一の可能性が高いとなると、必要とする爆薬の量としてあとの狙いは米花シティビルか。
ぐるぐると思考が回転する。
今後の展望、幾つもの想定線、犯人の逃走経路、工藤新一へとわざわざ挑戦してきた理由。
俺の頭痛を察したのか、緑川君が少し失礼、と言って俺を病室の廊下へと連れ出した。
「これ、頭痛薬。あんまり人に見られるのもなんだろ」
「………助かるよ」
いつもの頭痛薬を飲み込んで、俺は多少のため息をついた。
「もう犯人もわかってるんだろ?」
「ああ。だが物的証拠を押さえるのが難しくてね。抵抗を許すと自爆する危険性が高い」
「自爆?」
つまり建物ごと自分を爆破するって意味で比喩表現を抜いた、まんま自爆だ。
罠にかけたりこっそり侵入したりすれば別だが、法的根拠に則って正しく捜査した場合、なかなか森谷を安全に捕らえるのが難しいのだ。
思い悩む俺に、ずるずると霊基の思考が侵食してくる。
視界が明滅する。感情が麻痺していく。
───謎を暴くのが探偵の仕事だ。そのあとは警察に任せればいいだろう。
そうとも。真実を白日の元に晒すこと以外に目的などありはしな………霊基め!
また俺を侵食しやがったな!
強く目をつむってから数度ゆるりと首を振り、俺は額に手を当てた。
舌打ちした霊基が中でぶすくれている。
おそらく俺があまりに悩んでいるから哀れに思ってやったのだろうが。
俺まで社会不適格者サイコパス探偵になったら社会的な名誉が死ぬでしょうが!
ワトソン博士はいないんだぞちくしょうめ!!
ドスドスと霊基を肘打ちする気持ちになりながら、俺は緑川君に一通り説明することにした。
放火された黒川邸その他。
キャリーケースの爆弾が止まった理由。
隅田運河の橋の上に爆弾があるだろうこと。
全て説明し終えれば、緑川君は納得と共に悔しそうに歯噛みした。
「……ゼロに連絡がつけばこのことを伝えられたんだが。あの警部さんたちが悪いわけじゃないけど、動きの早さを加味してやりやすいのは公安の方だからな」
「ふむ。君の幼馴染か、それとも警察庁刑事企画課か。どちらを指すにしろちょうどいいか」
そろそろ組織もスコッチの件を過去へと変えただろうし。
彼を幼馴染に会わせるのも悪くはなかろう。
ついでにおそらく途中で真実に気づくだろうコナン君と足並みを合わせて、うまく情報を統制して現場で森谷帝二を押さえ込んで。
目の回りそうな予定表だ。
しかし、いつもお世話になっている緑川君のことを思えば俺も頑張る甲斐があるというものだ。
こんな大規模テロなんだ。公安が動くには十分だろう。
ここは異国、日本。
メアリーさんのところのMI6と違って手足のように動かすとはいかないが、それでもやれることはある。
俺は胸元からパイプタバコを取り出して、手の中でくるくると回した。
……地味にこのパイプ、メーカーが森谷と被ってたんだよな。
次からは別のを使おう。
・降谷零
このあと、仕事中に突然死んだはずの幼馴染から電話がかかってきて情緒がぐちゃぐちゃになる人。
・ホームズ
割と親切心で洗脳してくる。
そんなに背負いこんでも苦労するだけだ。