バーボン虐が捗る。
善は急げ、とおもむろに緑川君は己のスマホを取り出し、親友の降谷零に電話をかけ始めた。
あっ、や、やめた方が……!
などと止める間もなく電話をしてしまったらしく、俺はハラハラとことの成り行きを見守った。
機密事項もあるだろうから、少し距離を取って緑川君の様子を観察する。
「よお、久しぶりゼロ───おいおい、俺だってば───だから違うって、落ち着けゼロ、あのだな!」
おお、なにやら怒られている様子だ。
遠目から見ても、電話越しの相手がキレ散らかしているのがわかる。
そしてそのままぶちりと電話を切られたらしく、緑川君は肩を落としてとぼとぼとこちらへと帰ってきた。
「ブチ切れられた…」
「だろうね。まず間違いなく『安室透の正体を知った何者かが脅迫のために電話をかけてきている』と誤解しただろう」
ただの電話で生存を信じられるほど、MI6と俺の共同作業による死亡偽装は甘くない。
現場からは激しい爆発で死体は出ていないという体だが、『人のものらしき骨片やバラバラの死体の一部』が発見されたことは正式な報道も出ている。
だからバーボンの立場からすれば、彼の正体が公安警察だということを掴んだ第三者の……「からかい」として、諸伏景光の声が使われたと思ったことだろう。
もっと言うとベルモットの手のもの、もしくは本人が関わっていると思ったはずだ。
つまり、場合によっては組織にも己の正体がバレていると向こうは考えるはず。
早く誤解を解かねば先走った行動を取りかねない。
俺も降谷零に電話をかけたいと願い出れば、緑川君は降谷零の番号を教えることに良い顔をしなかった。
まあなんの番号にかけたにせよ、潜入捜査官に直通の電話なんて機密以外の何者でもない。
不要不急の緊急事態が発生してしまったのは俺にも責任があるし、無理を言って電話番号を教えてもらうこととする。
電話番号を入れて、コールが一回、二回。
それはすぐに繋がった。
『……誰ですか?』
「私はエドウィン・ホームズ。先ほどは諸伏君が失礼した」
『ッ!』
激情をなんとか抑えて言葉を飲み込む気配。
電話越しでもわかる凄まじい怒気だ。
根本的に感情の振れ幅が激しいタイプの人間なのだろう、と霊基の「天賦の見識」が伝えてくる。
短気で喧嘩っ早いと言い換えられる。
だとしたら、その上で潜入捜査官を五年以上も務め上げるほどの自制心を持っているということだ。
まさに尊敬に値すると言っていい。
しかし先ほど怒りのあまり電話を切ってしまったのは失敗だった。
ついつい判断を誤ったのだろうが、自分の正体を掴んでいるものの連絡をみすみす絶ってしまっている。
本人も電話を切ってから後悔したはずだ。
そのため、今回はおそらく俺から目的を聞き出すまでは短慮を起こしたりはしないはず。
激情を理性で抑え込んだ、凍えるような声が電話から漏れ聞こえてくる。
シンプルに怖ぇんだよなぁ!
『その妄言は聞き飽きました。それで、僕への要件は?』
「まず前提を擦り合わせよう。私は組織の人間ではない」
『……なるほど。だから僕はまだ鉛玉をぶち込まれていない、と。あなたはどこの所属で?』
「無所属だ。君が信じられるかは別としてだが」
『ハッ、単なる一個人が僕の情報を得られるなど、あなたは随分と大嘘つきのようだ』
鼻で笑う降谷零は、その裏で高速で思考を巡らせているはずだ。
ここで俺が何を言っても信じてはもらえまい。
日没まであと二時間。
一応東都環状線の対応は警視庁に任せているが、森谷はおそらく最後の目標として米花シティビルの爆破も目論んでいることだろう。
話は早い方がいい。
俺は頭痛を堪えながら思考をまとめ上げた。
「では要求に移ろう。三十分後に米花シティビル裏に集合してくれ。君の現在位置からすれば少しタイトかもしれないが、問題ないだろう?」
『……なんのつもりですか。そんな人気の多い場所を密会場所にして。一般人を盾にしようとでも?』
「まさか。話を早くするためさ。集合時間に遅れるのは、君のためにもお勧めしない」
『………』
「それと」
俺は言葉を切った。
まず間違いなく来るように、少しの挑発も兼ねて声に笑いを含める。
「君の友、諸伏景光も連れていく。君たちが無事再会できることを祈っているよ」
『……ッ!!!』
電話越しだと言うのに、凄まじい殺気が俺に向かって叩きつけられた。
ちょっと挑発しすぎたかな。
だがこのぐらい急ぎであることは事実。
なにせ大勢の人が利用する米花シティビルの爆破が企てられている。
爆破決行がいつになるのかは分からないが、東都環状線爆破なんて派手な動きをしたのだ。
向こうも逮捕を恐れて行動を早める恐れがある。
電話を切ると、実に心配そうな顔で緑川君が話しかけてきた。
「ゼロ、怒ってたよな。大丈夫だったか?」
「ああ。ひとまず三十分後に米花シティビル前に呼び出すことができそうだ。向こうは拳銃を携帯しているだろう。我らも気をつける必要がある」
「うっ…ゼロ……」
申し訳なさそうな顔で緑川君がしょぼくれている。
彼の様子だと油断すれば開幕銃を突きつけられる展開も十分に考慮すべきだろう。
この忙しい時に面倒なことだ。俺の蒔いた種だけど。
東都環状線の爆弾除去作業の指示をしているのだろう目暮警部が慌ただしく病室から走り出ていくのが見える。
まぁこちらも大勢の命がかかっている。
疑念やら駆け引きやら感動の再会やらは飛ばして、早いところ本題に入らせてもらおうか。