男泣きする降谷零を調べておいたすぐそこに見える喫茶店に案内して、俺たちは一息つくこととなった。
目の前の米花シティビルが見える、いい立地だ。
これから爆破されるとは到底思えないざわざわと賑やかな日常が広がっている。
俺の話を一通り聞いた後、降谷零は声を潜めたまま叫ぶという器用なことをした。
「自分の美意識にそぐわなかったから!?そんなバカな理由があり得るのか!?」
「まあ、そう思うのも無理はない」
いくら若い頃の自分の作品が未熟だからって、人のいる建物を爆破するとか頭がおかしいとしか言いようがない。
だが一番可能性が高いのがこの推理である以上、ただの常識論で否定できるものでもない。
時刻はすでに夕方の五時。
スマホで確認すれば、東都環状線に走る全線の無事はネットニュースで速報が流れている。
コナン君達も無事に東都環状線の爆破を止められたようだ。
恐らくコナン君も今回の東都環状線爆破の真の狙いが「アシンメトリーだった橋の爆破」だと気づいている頃だろう。
涙のせいで未だ赤さの残る目元を鋭利に細めながら、降谷零が口を開いた。
「では、僕たちは森谷を引っ張ればいいんですね」
「そうなる。恐らくまだ変装道具も持ったままのはずだ。米花シティビルの件も急ぎだったろうし、彼の屋敷には爆弾や指紋に類する証拠が残っている可能性も高い」
「ならばまずは爆発物処理班を動かします。同時に別班を森谷に当てることにしましょう」
「少し気をつけるべきは、あの手の類はプライドが高いことだ。捕まるくらいなら、と自爆用の爆薬も隠し持っていると思われる」
「………別班にはまずそちらを探させたほうがいいでしょうね。助言感謝します」
上手く情報の伝え方を調整して彼の動きを誘導する。
これでコナン君とは現場でかち合うことも無いはずだ。
コナン君も降谷零も優秀だが、どうも相性が悪そうで現場でかち合えば諍いが起きかねないからな。
根本的に信念の部分が相反するのだろう。
段階的に事件を解決していき、丁寧に協力関係を結べれば別だが……そんな偶然があるはずもなく。
しばらく打ち合わせした後、ほんの数分だけ諸伏君と降谷零は歓談を楽しんだ。
本当に嬉しそうな諸伏君の姿に、俺も自然と笑顔になる。
二人だけの会話に俺が同席するのもなんだし、トイレを言い訳に少しばかり席を外すことにする。
諸伏君も毎日変装詰めで疲れていただろうし。
きっと彼も気分転換にもなることだろう。
しばらくして。
俺が戻ってきた頃には、既に降谷零は喫茶店から出て行った後だった。
彼からすれば一分一秒が惜しい場面だ。
それに今回の失態で俺に合わせる顔もない、と考えていたのかもしれない。
「では、私たちも帰ろうか」というと、やや意外そうに諸伏君がパーカーで顔を隠したまま話しかけてくる。
「米花シティビルは見張ってなくていいのか?」
「我々がいても爆発物処理班の邪魔になるだけだろうさ」
「でも、爆弾の設置場所にも目星がついてるんだろ?」
レジで会計して車の助手席に座れば、自然な様子で諸伏君が運転席へと乗り込んでエンジンをかけた。
するりと車が発車する。
「それはそうだが、確証が弱い。つまり喋れないので私がここにいても意味のない話だ」
そのように返答して、俺はなんとなしにほとんど吸わないパイプタバコをふかして思考を巡らせた。
工藤新一への敵意と今日が工藤新一のデート日だということ、蘭さんを招いての雑談の機会があったことを総合して考えて。
恐らく───米花シティビル映画館。
そこに爆弾がある。
頭痛が再び俺の魂を苛む。
考えることが多い時はこれだから困る。
痛みを紛らわせるための甘いタバコの匂いが車内に充満して、諸伏君が眉間に皺を寄せた。
「車の中で吸うなよな」
「失礼。だがもう頭痛薬は飲んでしまったからね。見逃してくれ」
仕方ないな、という顔をして諸伏君は息をついた。
優しい表情だ。よほど親友との歓談が心に沁みたと見た。
交差点で車が止まる。
諸伏君が俺の方を向いて微笑みかけた。
「ゼロに会わせてくれてありがとう。ずっと心残りだったんだ。最後に見たあいつの顔が、あまりにも苦しそうで」
「かまわないよ。私も頃合いだと思っていたからね」
優しい沈黙が車内を満たす。
信号が変わり、車が走り出した。
あとは電話で適宜助言して森谷を確実に捕まえるだけだ。
詰将棋のターンと言えるだろう。
江戸川コナンの助言を受けた捜査一課と、
ゼロの指示で動く警視庁公安部。
読み通り、一時間後にはコナン君から電話もかかってきた。
『ねぇホームズさん、さっき森谷邸から怪しいスーツ姿の人たちが出てきたんだけど。ホームズさんの差金?』
「正確には公安部の人間だね。森谷は逃走中だろう?」
『うん。屋敷の爆弾も米花シティビルの爆弾も解除されたと分かったらしくて。いま警察が追ってるとこ』
「なら計画通りか。君は捜査一課について逃走する森谷を頼むよ」
『……森谷を引っ張る証拠は公安部で用意する、ってことだね。あーあ、全部ホームズさんの手のひらの上かぁ』
悔しそうな声は気落ちしていて、やはりこの事件は彼自身の手で解決したかったのだろうということがわかる。
許してくれたまえ、多くの人の命がかかっている場面だったからな、仕方なかったんだ。
「それより、君は蘭君に断りの電話を入れたのかな?」
『…………アッ』
オイオイオイ、死んだわコイツ。
誕生日デート直前キャンセルとか、空手都大会優勝者の全力の正拳突きを腹に喰らいたいのかよ。
つか俺の常識だと破局確定だろ、と思えどホームズの頭脳は二人の関係性がこの程度では終わらないと理解している。
これで許してくれるとか女神の化身か何かか?
「幸運を祈る」
『待って待って待ってくださいご助言を、ホームズさん俺このままじゃホント』
「はっはっは、青春には障害がつきものだろう?」
『ホームズさんんんんん!!!!』
などと電話越しに戯れつつ。
双方の尽力により、逃走中の森谷帝二が確保されたのは午後9時半のことだった。
次回、シェリー編。
【速報】宮野明美死亡済み【確定】