想像以上に彼女の生存を望む声が多かったのでルートを変更してみた
〈条件〉
・降谷零がホームズに助力を求める(ホームズとの縁ができる)
→「宮野明美生存ルート」に移りました。
ピンポーン、と玄関チャイムが来客を知らせる。
監視カメラを確認すれば、コナン君が来たらしかった。
あれから数ヶ月。
俺の方は平和そのものだったが、コナン君はいくつか事件に巻き込まれていた。
一つは月影島で起きた連続殺人事件。
詳細は聞いていないが、コナン君は随分と落ち込んで塞ぎ込んでいた。
なにくれとなく俺の家に来たのに、机でアイスコーヒーを眺めたままぼんやりしてばかりだったし。
その上「ホームズさんは、推理のせいで犯人が死んでしまったことはある?」とか重そうな話ばかりするのだ。
自殺する犯人とか組織系犯罪だと割とよくあるから俺は別に気にしないが。
情報を持ったまま死なれると都合が悪いので、極力計算して自殺はされないようにしているぐらいのものだ。
というか、俺に回ってくる案件って物凄いクソ野郎が計画する大規模組織的テロばかりだからな。
悲劇的な個人復讐劇がほぼ皆無というか、柄の悪い反社の下っ端が使い捨てられてる系が多いのでその辺淡白になりがちだ。
さて、それで二つ目は10億円強奪事件。
今日コナン君がここを訪れたのはこちらの件に関してだろう。
迎えに行った緑川君がセキュリティシステムを操作してから玄関扉を開き、執事然とした様子で迎えにいく。
さほども経たないうちに緑川君はコナン君を連れて客間へとやってきた。
「ホームズさん、こんにちは」と育ちの良さそうな所作でコナン君が挨拶する。
公式には工藤新一は一代限りの成功者同士の結婚で生まれた子供だとされている。
世界的小説家にまで上り詰めた工藤優作と、大女優藤峰有希子だ。
だが、証拠はないものの工藤家の系譜にはもう少し何かがありそうな予感がするのだ。
もともと資産家の感はあるのだが、そうではなく。
緑川君が一礼して部屋を出ていく。
俺達に出すためのコーヒーを用意しに行ったのだろう。
「どうだいコナン君。毛利探偵事務所ではよくやっていけるかな?」
「うん。事件も舞い込むようになってきたし。順調といえば順調だと思うよ」
ぽすりと椅子に座ったコナン君は、幼い見目を裏切る怜悧な瞳でまっすぐにこちらを見つめた。
「──宮野明美さんを助けてくれてありがとう。僕だけじゃ、助けられなかった」
「いや。私としても都合があったから助けただけさ。礼には及ばないとも」
10億円強奪事件。
実はその事件が起きる結構前に、あの降谷零から連絡を受けていた。
……助けたい人物がいるから協力してほしい、と、あのプライドの高そうな人物が直々に頭を下げたのだ。
外部の干渉を嫌う公安、そしてそれ以上に難しい立場ゆえに他に助力を求められない潜入捜査官が、それをおしてでも俺に助けを求めたのは、彼自身のこれまでの無力感が故か。
彼から詳しい話を聞いていけば、彼の助けたい人物───宮野明美というらしい───が俺と長らく付き合いのあるメアリーさんの血縁だという事実に気がついた。
まったく、その時は酷く驚かせられた。
こんなところに縁が繋がっているものなのか、と感慨深い気持ちになったのを覚えている。
これならMI6のエージェントであるメアリーさんに個人的な貸しが作れるし、いい話だと前向きに返事をしたのは1ヶ月前。
前に諸伏景光救出の件で借りができた時は、MI6から代わりに随分と面倒な案件を押し付けられたからな。
今後のことを思って貸しは貯めておいたほうが都合がいい。
そんなわけで公安と協力の元、宮野明美死んだふり作戦が決行されたのだ。
その結果、宮野明美は肋骨数本と頭蓋骨骨折という重傷を負いながらも無事生存を果たした。
意外と執拗だったジンの動きにヒヤヒヤしたが、成功して何よりだ。
特にコナン君経由で知り合った阿笠博士の時間軸を間違えているとしか思えない超科学が彼女の生死を分けたのだ。
博士の作った「被った上から変装もできる!超薄型ヘルメット君!」の性能はほぼほぼ防御魔術の域だったし、これがなければ間違いなく宮野明美は死んでいた。
コナン君に関しては俺の動きを知らないまま自力で事件を紐解いていたが。
一歩間に合わず目の前で死んだふり作戦が結実。
目の前で宮野明美が死んだと思ったらしくて大きなショックを受けていたな。
後日生きているとネタバラシした時は流石の彼もポコポコ怒っていたが、それ以上に喜んでもいた。
「この後、宮野さんはどうするの?」
「彼女の希望もあるが、もし望むなら私の家で経理系の仕事を任せようかと考えているよ」
緑川君がコーヒーを持って戻ってきた。
俺のはホットだが、コナン君のために別途アイスコーヒーも用意したようだ。
コナン君がブラックのアイスコーヒー派だと知ってからいつものことだ。
目の前に香り高いコーヒーが並べられる。
そして匂いも味も専門店さながらと来た。
俺たちに給仕してから、緑川君は再び一礼して部屋の後ろで直立不動になった。
執事すぎるだろ……。
まあそれはいいとして。
宮野明美を経理に迎えようとしているのには理由がある。
どうやら彼女、組織から出たら独り立ちするために経理・法律系の資格をとって隙間時間に企業の事務所でバイトもしていたようなのだ。
実に勤勉。
経験自体はまだ薄いようだが、その辺は俺がカバーすればいい。
コナン君がアイスコーヒーを口に含んでそっと笑った。
「そっか。なら安心だね」
「死んだはずの人間を二人同じ場所に置く懸念もなくは無いが……目の届く場所ならば救えることもあるだろう」
「もし何かあったら僕にも教えてよ。どれくらい力になれるかは分からないけど、全力を尽くすから」
「ははは。頼もしいな。平成のシャーロックホームズ君」
瞬時にかあっと彼は頬を赤く染めた。
恥じらっているというより、揶揄われていると思われたか。
「待って待って待ってそれはTVが勝手に!というかホームズといったらホームズさんの方でしょ!」
「名探偵の席は実力によってのみ開かれる。君がホームズになれる道は十分にあるはずだとも」
「だったら余計に僕よりホームズさんの方が相応しいよ。世界一の名探偵、イギリスの産んだ探偵小説の具現」
視線が左右にブレた後、コナン君は頬の熱を冷ますようにアイスコーヒーをもう一度飲み込んだ。
そして、にやっと挑戦的に笑って見せる。
「でも、いずれ越えてみせるから」
「……楽しみにしているよ、コナン君」