「志保…!」
「お姉ちゃん!!!」
ベッドから身を起こす宮野明美は、飛び込んでくる妹を強く強く抱きしめた。
ずっと涙ぐんだままだった妹の宮野志保は、その幼い姿に大粒の涙を溜めて、姉の両腕に縋り付く。
宮野明美の姿は痛々しく、頭は円形の固定具によって骨がずれないように守られている。
それがまた涙を助長するのか、宮野志保は姉の入院着を涙で濡らすばかりだった。
姉の容体は幸い悪くはない。
幸い頭蓋骨骨折とは言ってもひび割れにとどまり、脳の損傷は少ないらしい。
首も痛めたようで器具でしっかり固定されているが神経に障りはない。
残念ながら片耳の聴力がひどく落ちたらしいが、あのこめかみを狙ったヘッドショットを思えば生きているだけで十分すぎる成果だろう。
念のため阿笠博士の発明品を被せてはいたが、俺も一瞬死んだんじゃないかと思うレベルの有様だったからな。
頭から迫真の血飛沫を撒き散らしながら倒れる宮野明美は、脳震盪を起こしたのか意識もなかった。
至近距離にいたはずのジンも鼻を鳴らして「あっけねえ最後だったな」などと吐き捨てたぐらいだ。
そりゃもう迫真の死にっぷりであった。
だからこそ、この感動の再会が身に染みるわけだが。
心配してついてきたコナン君も優しい表情をしている。
きっと彼は彼で目の前で宮野明美が撃たれたことを心の傷にしていたのだろう。
姉妹の再会をただ静かに、わずかな笑顔を浮かべて見守っていた。
コナン君がそっと口を開く。
「これからどうする?灰原も阿笠博士のところにいるのも悪くはないけどさ。明美さんと一緒にいたいかもしれないし、そのあたりとか」
「本人の意向を尊重したいが……彼女が追われる身であることを考えると、姉妹を一カ所に集めるのはリスクが高くなりすぎるという懸念もある。特に……」
俺は言葉を切って顎に手をやった。
宮野姉妹を預かるのも一度は考えたんだが、やっぱり危険すぎると思うんだよな。
「私は組織に狙われている身だ。正体がバレずとも、幼い彼女の身が危険に晒されかねない」
「っそれは…!」
コナン君が思いもかけない、と言う様子で目を見開いた。
どうやら知らなかったらしい。そういや言ってなかったな。
最近は少なくなったとは言え、組織からの毒殺未遂やら狙撃やらはまだ続いている。
そうでなくとも世界中からヘイトを集める身なので、別件の暗殺未遂は山ほどある。
その意味では宮野明美もここに置くのは危険なのだが……ここ以外に妹に会えるいい場所がないからな。
いくら資産家とは言え、これ以上人のいい阿笠博士に面倒をかけるのも気が引けるし。
コナン君が少しばかり悩んだ後、ピンと人差し指を立てた。
「僕の家に住んでもらうってのはどう?阿笠博士とはお隣同士だし、ホームズさんのところで働くとして、必要な書類は随時郵送か僕が取りに行けばいい」
「なるほど。あくまで外部事務員とすれば危険は最低限になる、か」
思いの外いい案かもしれない。
まあ、10億円の強盗を実際に達成した生え抜きの剛の者である宮野明美なら多少の危険は切り抜けられるかもしれないが…やはり念には念を入れて。
途中から話を聞いていたらしい宮野明美がこちらを向いて、困ったように微笑んだ。
腕の中にはしとどに涙をこぼす灰原哀を抱きしめたままだ。
「ありがたい申し出だけれど、本当にいいの?私たちを匿うのがどれだけ危険か…コナン君だってわかってるんじゃないかしら」
「乗りかかった船、ってね。僕だって、この体を小さくした毒薬の手がかりを逃したくはないって下心もあるよ」
「……そう。でも、本当にありがとう。私たち姉妹は貴方達に助けられなければ死んでいたわ」
灰原哀こと宮野志保が顔を濡らす涙を拭って俺を見た。
随分と表情が柔らかい。
「私も礼を言うわ。お姉ちゃんを助けてくれてありがとう。この恩は一生忘れない」
「構わないとも。そも、これはとある人物からの依頼でね。宮野明美を助けてくれと、そう依頼があったから動いたまでだ」
「依頼?一体誰から…」
疑問符を浮かべたコナン君に「守秘義務があるから詳しくは言えないがね」と釘を刺す。
ちなみに、降谷零についてだが、一度部下をここに確認に寄越しただけで、見舞いも何もしていない。
いや、一応見舞いの花を郵送で送ってきてはいたか。
今頃はジンに押し付けられた任務のためにドイツに飛んでいる頃だろう。
彼も実に忙しい男だからな。
そういえば彼とライこと赤井秀一の確執はまだ続いているらしい。
MI6がスコッチを救出する際に一悶着あってから、降谷零は赤井秀一をひどく恨んでいたようだとMI6のNOC、スタウトから情報をもらっていた。
もう諸伏景光生存の件については知っているはずだが…そう言う問題ではないらしい。
ふとした拍子に話題に出るだけで凄まじく粘着質な殺気を放つらしく、その根の深さがうかがえる。
人間関係、ままならないものだ。
依頼人について気になっている様子のコナン君を適当に煙に巻き、俺は病室の外に出た。
そこには緑川君が控えて待っていて、「宮野姉妹の様子はどうだ?」と声をかけてきた。
「しばらくは2人でいさせてやるべきかな。積もる話もあることだろうしね」
「そっか。これで多少はゼロも安心するといいんだが」
そう言って、俺たち2人は途中で合流するコナン君と一緒に待合室でぼんやりTVを見るなどしてしばし時間を潰したのだった。
その一週間後のこと。
阿笠博士がボウガンで撃たれたという速報が俺の事務所に入ってきた。
・赤井秀一
将来コナン君の家で恋人と二人暮らしをする勝利者。
相変わらずバーボンには恨まれている。
次は14番目の標的です。