黒いヘルメットを被った不審な男にボウガンで撃たれたとの一報が来たのは昼頃のことだった。
上着だけ急いで羽織り、緑川君の運転する車で病院に駆けつけてみれば。
うつ伏せのままだらだらと病室のベッドでテレビを見る阿笠博士の姿があったのであった。
「おお!ホームズ君か!」とダブルピースする元気な姿付き。
「無事で何よりです。阿笠博士。貴方ほどの逸材は私としても無くすには惜しい」
「はっはっは!いやぁ、危ないところじゃったわい!」
高らかに笑う姿に大丈夫みたいだな…と瞬時に警戒を解く。
後ろでほっと緑川君が肩の力を抜いているのが見える。
様子を見た限り、あの位置であれば重要な臓器にも刺さっていないだろうし、不幸中の幸いと言ったところだろうか。
短期間のうちにここまで警察病院に縁があるとは、なんとも縁起でもないものだ。
「しかし、こういうことがあるのなら全身をしっかり守れるようなアイテムがあるといいのぉ」
「博士ぇ、それ前にも言ってて中世騎士甲冑作ってたよな。あんなん重くてとても動けねぇっつの」
「新一の鍛え方が甘いだけじゃわい。それに隙間も特殊な素材で埋めてあって、至近距離の爆発からも身を守れる優れものなんじゃぞ!?」
コナン君からの非難を気にしたのか、阿笠博士は「でも次は『薄型ヘルメット君』の素材を使って軽量化するとして…あのときは女性がつけるということで気を遣って軽くしたからのぉ」などと呟いている。
相変わらず科学力のおかしい人である。
超軽量防弾チョッキタイプとか作ってもらえば、殉職する人もグッと減るような気がする今日この頃。
だが軍事目的で使われたら困るのでMI6にも紹介できない、ジレンマである。
ベッド脇でリンゴの皮を剥く灰原さんが「博士、そっちが博士の分よ」と申し訳程度のカケラを阿笠博士に渡している。
「えっ、哀君、そんなぁ……」
「これを機に病院食で健康的な体型になるべきよ。今のままじゃ遠からず生活習慣病になるわよ」
「そ、そこをなんとか!」
哀れ、間食を取り上げられた阿笠博士はしおしおと萎んでいった。
コナン君が横の椅子でぶらぶらとスマホニュースをチェックしながら半笑いしている。
「それと、江戸川君。貴方の分はないわよ」
「元太じゃあるまいしそこまで食い意地張ってねーよ」
「あら、どうせ昨日は夜中まで推理小説を読んでいて寝坊したせいで、ろくに朝ごはん食べれてなかったんでしょう?」
「うっせ。一応蘭から貰ったパンは食ったよ」
コナン君は目を逸らしながらもスマホに注意を向けたままだ。
どうもボウガン狙撃事件の続報が入ってないかチェックしているらしい。
穏やかな会話をしていつつも目が本気なあたり、どれだけ阿笠博士が慕われているかが分かるというもの。
灰原さんも思ったより暗い雰囲気ではないが、うっすら影が見える。
やはり阿笠博士のことを心配していると同時に身近な人を亡くすのがトラウマになっているのだと思われる。
博士を撃った人物は未だ逃走中。
するり、と目を細めれば高速で霊基の頭脳が動き出す。
未だ真剣な顔でスマホ画面を見つめるコナン君に、俺はそっと声をかけた。
「ABC事件の可能性も高いが…君はどう考える?」
「僕もそう思うよ。これはトランプのカードになぞらえた連続殺人未遂だ」
コナン君は鋭く怜悧な眼差しで同意してみせた。
ABC殺人事件は、かの「ミステリーの女王」アガサ・クリスティの作品だ。
そこではアルファベット順に人が殺されていくという謎めいた事件を描かれている。
含意としては、そのABC殺人事件に合わせて、すなわち「トランプに合わせた殺人は真の狙いを隠すためのミスリード」という意味である。
俺の後ろで病室の壁に背を預けていた緑川君が、難しい顔をして首を捻った。
「普通に毛利探偵を狙った犯罪じゃないってことか」
「うん。現場から発見された紙製の短剣や花は、トランプのマークを示してるんだ。目暮警部ならキング、妃弁護士ならクイーン、阿笠博士ならジャック、ってね」
「阿笠博士がジャック?……あー、士の文字を十一に分解したのか」
ぽん、と手を叩いて得心を得たように笑顔で頷いた。
そして奥から灰原さんが俺達分の椅子を持ってこようとしていたので、あわてて緑川君が椅子運びを引き継ぐ。
こういう細かい所作にいい人さが滲み出てるんだよな、緑川君。
組織では育ちの良さがバレないよう相当苦労しただろうに。
「今のところ毛利のおっちゃんの関係者を狙ってるみたいだけど、未遂に終わっても気にせず次を狙ってるし。たぶん本命は毛利のおっちゃんじゃない」
「未だ犯人の姿は見えず、か。だが時間の問題だろうさ。気にするほどのことでもない」
連続殺人はひたすらに証拠が残りやすい。
しかもこんな大都会での行いなのだ。
防犯カメラもあちこちにあり、人の目も多い。
その全てをかわそうとすれば膨大な労力が必要になる。
本命を殺されるのを防ぐのは難しいが……逮捕自体は容易かろうよ。