目暮警部が動いてからの流れは早かった。
監視カメラを総浚いして、俺が声をかけた不審な男を特定。
その姿を毛利探偵とこれまでの被害者……妃弁護士や阿笠博士、辻さんに聞いて回ったのだ。
その結果、辻さんは男を知っていたとのことで。
男はソムリエの沢木公平。
知り合いであるものの、辻さんは殺される動機に覚えがなかった。
とはいえ、辻さんは見た感じ生粋の陽キャ、パリピの類の様子。
知らず知らずのうちに買った恨みは星の数ほどありそうだ。
それはともかくとして。
沢木公平の自宅に踏み入った警察が発見したのは、なんと大型の商業施設を粉々にできるほど大量の爆弾であった。
今は沢木がテロを計画していたんじゃないかと大騒ぎになっているらしい。
一応、沢木自身は容疑を否認している模様。
すでに目薬から見つかった指紋は沢木のものと一致しているから言い逃れは苦しいだろうが……。
その上違法な爆薬と来れば、送検はそう遠くあるまい。
コナン君の方も、これ以上身の回りの人物が傷つけられる可能性がなくなって安堵していたようだった。
……のだが、同時にその顔は事件の呆気ない幕引きを悟ってしょぼしょぼとしていた。
表情が正直すぎる。
というか、かなり恨みがましそうな目で見られてしまったからな、俺。
「また全部わかってて先回りしてたんでしょ」みたいに言いたそうな顔であった。
残念ながらマジで今回は棚ぼたというか、ここまでうまくいくとは思っていなかったんだがな。
と、そんなわけで本日も警視庁への協力を終えて緑川君と家に帰ると。
夕暮れの路地と車のフロントライトに照らし出されたのは、家の前の塀に寄りかかっている一人の女性であった。
覚えのある顔は間違いなくメアリーさんだ。
緑川君がスマートに車を止めてくれたので、そのまま俺だけ先に助手席から降りておく。
メアリーさんは軽く体を起こし、ふぅと小さく息をついた。
「やっと帰ってきたか。まぁ、そこまで待ってはいないが」
「予定は入っていなかったはずですが?」
「急用だからな。まだ連絡は来ていないだろうから、まずは中で話といこう」
軽く背中を払って、メアリーさんが先導する。
俺の家だと言うのに顔を出しすぎてもはや我が家みたいな態度である。
しかし彼女がこんな風に事前連絡もせず来るということは、よほど緊急の事態が起こっていると言うことだろう。
最近は俺との折衝のため日本とイギリスを行ったり来たりしているメアリーさんだが、娘さんを一人イギリスに残したままだと聞く。
まだ高校生だと言うし、俺のせいでなんとなく申し訳ない気がしてならない。
俺は暗くなる思考を振り払うように簡単な雑談を切り出した。
「そういえば、宮野明美には会っていかなくていいのかな?」
「生きているならそれでいい。今はお前の保護下だと言うし、早々死ぬこともあるまい」
「……それはそうだが」
返事はなんとも淡白なものだった。
というより、「今更親戚でしかない自分が現れてもな」と思っているのかもしれない。
今まで知っていても助け出せなかった……否。
助けださなかった後ろめたさみたいなのがわずかばかり滲んでいる。
いつも使っている客間に案内すれば、何も言わずにメアリーさんは足を組んで深く座った。
相変わらず麗しい姿である。
弛まぬ鍛錬と有事の実践で鍛えられた体幹に、モデルのような張りと存在感。
三児の母とは思えぬ美貌だ。娘息子とは会ったことがないが、これなら子供達もかなりの美男美女なのだろうな。
などとくだらない事を俺が考えていることなど露知らず、メアリーさんは真剣な顔で主題を切り出した。
「スタウトから連絡があった。ピスコが動く、と」
「……」
ピスコ。
社交界の重鎮にして調整役であり、黒幕として人脈を四方八方に伸ばす財界の大物。
だからこそその活動は常のことであり、態々「動く」と評すると言うことは別の意味があると考えていい。
俺の回らない知性を補助するように、霊基がわずかにため息をつきながら「つまりこう言うことだ」とばかりにその膨大な思考を叩きつけてくる。
ずきりと痛む魂に、あらゆる論理的思考が流入する。
「ッまさか!」
俺は痛みに呻きながら眉を顰めた。
動いた、の言葉がもしピスコ自身が組織の命令によって通常無い動きをせざるを得なかったとしたら。
ピスコはもしや、組織のボスから切られたのか。
確かに、組織内で派閥を作成する動きは前々から危険視されていた感はある。
ただ、それ以上にピスコの国内大手自動車会社会長としての人脈が有益だったから見逃されてきた。
だが、近年組織は拡大の一途を遂げ、その財界に対する繋がりも広く深くなってきている。
だから相対的にピスコの価値が低くなった?
それとも他に何か……。
メアリーさんが背を椅子に預けてわずかに天井を見る。
「我々(MI6)が掴んでいる事実としては、ピスコが暗殺の実行役として選ばれたと言うことのみ。その真意は定かではない」
「そうか。貴重な情報、感謝する。これからは組織内のバランスが大きく崩れることが予想される。また何かあったら教えて欲しい」
「勿論だとも。MI6は、小説から抜け出してきた名探偵を同胞として丁重に迎え入れた身だからな」
「ははは」
メアリーさんが片目を開けて茶目っ気たっぷりに笑って見せたので、俺も白々しく笑って返す。
良くしてもらっているのは事実だが、割と強かに俺を利用してきているからな、MI6の皆様は。
この前もさらりと国家間陰謀の舵取りをさせられそうになったし。
だが、暗殺の実行なんて危険な役目をピスコのような重鎮の裏方役にさせること自体奇妙なことだ。
たぶん「ピスコは死んでくれ」って意味だろうが、リスクも大きいやり方だ。
直接処分するには立場が大きすぎたのだろうが、処刑役が無駄にピスコ派に恨まれることになるぞ。
いや……それこそ、処刑実行役をジンにすればいいだけの話か。
などと考えていると、客間の扉がキィ、と小さく開く音がした。
第三者の気配を感じ、弾けるようにメアリーさんが体を起こして足に力を入れて立ち上がりかける。
扉から覗いた小さな影は、こてりと首を傾げてあどけないふりをして言葉を発する。
「ねぇ、誰を暗殺するかはわかってるの?」
そこにいたのはコナン君だ。
パタパタとスリッパを鳴らして歩き、俺の前までやってくる。
さっき玄関を開けて入ってきたのは魔術機構で見えていたからな。
いつでも来ていいと言ってあったし、よく俺がいない時も帰りを待っていたこともあったから問題ないんだが。
なんともまぁ、実にピンポイントなタイミングで来る子である。
メアリーさんが「あの身分証の少年…!」と目を見開いている。
江戸川コナンの身分証を作る時に一緒に顔写真も渡してあったからな。
流石に気づいたらしい。
コナン君はすっかり板についた子供っぷりでメアリーさんに笑いかけたのだった。
「僕の身分証をありがとう、MI6のお姉さん!」
・メアリーさん
まだ子供化という現象に見舞われていないため、目の前の子供が工藤新一だとは気づいていない。
そろそろ拠点を日本に移そうか考え中の今日この頃。