メアリーさんはすっと目を細めてコナン君を睨み据えた。
「ほう。賢しらな小僧だな。躾が足りていないんじゃないか?」
「生憎と私はこの子の親兄弟ではなくてね。彼の探偵のサガを見込んで相談に乗っているに過ぎないよ」
「知りたがりは早死にだ。こんな案件に首を突っ込んでいれば早々に命を失うぞ」
厳しい言葉の中に真摯なトーンを覗かせて、メアリーさんは子供を睨みつけている。
その「知りたがり」で夫を亡くしたが故にこそ、彼女は眦を強めているのだろう。
それが本気の忠告だと感じ取ったのか、コナン君も同じく瞳に怜悧さと真摯さを宿して言葉を返す。
「それは身に染みて知ってるよ。でも、それで懲りるようなら探偵なんてやめた方がいい。そうでしょ?」
「……馬鹿はどこまで行っても馬鹿ということか。まったく、だからこの手の人種は嫌いなんだ」
ため息とともにメアリー・世良は首を振った。
そんな熱病に浮かされる姿にこそ惚れ込んだがために、同じ類の人間に複雑な思いを抱いているのだろう。
「このこまっしゃくれた小僧が事態を大きく動かす、か。悪い方向にでないといいんだが」
「さて。良し悪しとは後の世が決めることだ。我々は最善を尽くすしかないでしょう」
メアリーさんがピシャリと批判的な言葉を投げかける。
俺もそれに苦笑いで返事するが、まぁそこまで心配するような事態にはならないはずだ。
彼は輝ける主人公君。
よっぽどなことがない限り、物事は少年漫画的な意味で良い方向に向かっていく。
つまり山あり谷ありピンチあり犠牲あり。
それをどこまで最善へと近づけられるかは俺の腕次第というわけだ。
俺がコナン君をよしとしているという態度が伝わったらしく、メアリーさんは軽く肩をすくめて「伝えるべきことは伝えた」と立ち上がった。
どうやら帰るつもりらしい。
コナン君を見据え、捨て台詞じみた様子でメアリーさんはコナン君の正面に立った。
「それと。君が私の姪を保護したと聞いている。一応感謝だけは伝えておこう」
「…えっ!?」
それだけ言って返事もせずさっさと出ていく後ろ姿を、コナン君が鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見ていた。
そのままぎぎぎ、とギクシャクした様子で俺を見る。
「え?姪?誰!?まさか灰原って…」
「そういえば伝えていなかったか。彼女の名はメアリー・世良。エレーナ・宮野とは姉妹の関係になる」
「宮野……灰原のお母さんか。道理で似てると思った」
はわわ、と手を口に当てるコナン君は小学生さながらのあどけなさで目を見開いている。
この子ほんと小学生に馴染んだよな。
と、灰原さんの話はいいとして。
「それよりピスコの件、君はどう動くつもりかな?」
「……さっきのお姉さんに聞いても情報は教えてもらえなかったけど。ホームズさんは教えてくれる?」
「彼女が言わないものを私が伝えるわけにもいくまい」
「だよなー……あーもー、もどかしいな!餓鬼だから信用されてないのか!?」
「いや。彼女は相手が高校生探偵でも同じ反応だったろう。MI6も公安ほどでなくても排他的だからね」
「そっか……」
コナン君ははあ、とがっくり肩を落として小さくなってしまった。
どうにも落ち込んだ小型犬じみた後ろ姿にほっこりしてしまう。
「そういえば、私の家に何の用だったのかな?」
「いや。学校帰りにジンの車を見つけたから盗聴器を仕掛けたんだけど、見つかっちゃってさぁ」
!?!?!?
さらりと答えられた組織案件に思わず目を見張りそうになったので、慌てて平静を取り繕う。
どんな確率なんだよこの子の事件運は。
学校帰りにジンの車とエンカウントって正直神がかった確率だし、そこで盗聴器を仕掛ける行動力も謎すぎる。
霊基のホームズが面白そうに片目を開け、「ほう」と興味津々でコナン君を見ている気配を感じる。
巡り合わせも探偵の素質のうちということか。
「盗聴器はどうなった?」
「潰されちゃった」
「なら製造法からの深掘りはないと見ていいか。相変わらずジンは迂闊というか大雑把というか。会話の方はどうだい?」
「18時ちょうどに米花シティホテルに来る標的を狙うって言ってた。別れの会になるとも知らずに、とか何とか」
コナン君の言葉で情報の糸が脳内で瞬時に結ばれ、一つの像を描いてゆく。
脳がずきりと痛む。
痛みに呻きそうになりながら、俺は口を開いた。
「呑口議員か。既に記者に囲まれている状況で殺すとなると、かなりの難易度になりそうだ」
「呑口議員?収賄疑惑で最近ニュースになってる?」
「ああ。今日の米花シティホテルなら、映画監督酒巻氏を偲ぶ会だからね。彼も来るはずだ」
俺も招待カードが送られてきていたので、一通り情報収集はしている。
なにせこの会にはクリス・ヴィンヤードが来る予定になっていたからな。
MI6からの依頼が忙しかったので断ったが、一応アンテナは張ったままにしておいたのだ。
「ッなら止めないと!」と走り出したコナン君があっというまに部屋から出ていってしまう。
流石にスケボーに乗って米花シティホテルまで突っ走るのは危険だからか、するりと横の部屋から出てきた緑川君が声をかけているのがここまで聞こえてくる。
「君、乗ってくか?スケボーじゃ人目に付くだろ」
「なら米花シティホテルに!急いで!」
「了解!」
やけに楽しそうな声色だ。
あんなふうに突然無茶振りする人物に覚えがあるかのような様子に俺は首を傾げた。
俺か?いや違うな、俺は基本先回り先回しで切迫した依頼はあんまりしないし。
俺がこちらへ来る様子がないのに緑川君が不審そうに「いいのか?」と声をかけてくる。
「私は別にやることがある。二人で行ってくるといい」
「……なら少し留守にするよ。もし遅くなりそうなら連絡する」
「ありがとう」
そのまま、緑川君はコナン君に急かされる形で車へと向かってゆく。
俺は客間の椅子に深く腰掛けたまま、天井を見上げてパイプタバコを取り出した。
客間では吸えないから事務室に移動すべきだろう。
まぁ、この事件に関してはコナン君に任せるとするか。
あまり彼の経験の機会を奪ってもなんだし、彼だって名探偵の一角なのだからこのぐらい楽なものだ。
じじじ、と思考にホームズの霊基が侵食する感覚が背筋を侵す。
───呑口議員とて、失われてそう惜しくない命だ。彼の経験のためなら問題ないだろう。
・諸伏景光
コナン君の勢いが若かりし頃のゼロに似ててにっこりしてる人。
根本的に人のために尽くすのが好きなタイプ。