本日。
工藤優作氏にお呼ばれするのは幾度目かだが、こうして家に招かれるのは初めてのことだ。
邸宅の並ぶ高級住宅街の中に立つ、立派な洋館風の工藤邸はそれだけで古式ゆかしい探偵小説の舞台のよう。
チャイムを鳴らせば、すぐに玄関からやや小さな影がこちらへと走ってきた。
この間会った中学生の工藤君だ。
こちらを確認するなり、工藤君は「とっ、父さん呼んできます!」と顔を赤く染めて家に引っ込んでしまった。
乙女かな?
実際、この霊基のイケメン顔と合わせて世界中にファンは多い。
アイドルでもないのにファンクラブもあるし、イギリスではドラマの出演の依頼まであったほどだ。
霊基は興味なさそうだったので断ったが、やはりイケメンであることは気分がいい。
ピャッと隠れてしまった工藤君の代わりに出てきたのは、口髭を蓄えた世界的有名小説家、工藤優作氏だ。
「これはこれは、よく来てくださいました」
「こちらこそお招きいただき感謝します、ミスター工藤」
握手をして部屋に入れば、奥方が「まぁっ!」と後ろで黄色い悲鳴をあげた。
今回呼ばれたのは俺の解決してきた事件を聞きたいと言われたからだ。
守秘義務があって多くは語れないが、それに抵触しない程度なら小説のネタになるのも悪くなかろう。
なにせ工藤優作氏は日本警察への影響力が強い。
これから黒の組織と対決するにあたり、優作氏の日本警察との連携ノウハウは必要になってくるだろう。
ちなみに、すでに俺をモデルにした連載が優作氏によって単行本化もしている。
確か「機械仕掛けの探偵譚」シリーズだったか。
近未来世界でアンドロイドが探偵役として様々な事件と相対していく、一風変わった推理小説だ。
なんで俺がモデルでアンドロイドやねん、と思いつつ。
「ホームズ」たる霊基の影響が強く出た俺の印象を思えば仕方ないか。
特に頭のいい人の第一印象が最悪だからな、俺。
機械じみているというか、感情の無い推理マシーンみたいに誤解されがちなのだ。
ちなみにこの意見はメアリーさんから聞いたものだ。
「私も初めはお前のことを誤解していた」なんて言われては悲しみに暮れるより他ない。
客間に通されてまったりと最近あった事件を一通り語り終えれば、少年のように目を輝かせた優作氏は驚きと興奮に頷いていた。
「山口県で起きた資産家殺人事件に関しては私の息子も関わったとか」
「ええ、現場でご子息とは顔を合わせました」
ふむ、と顎に手を当てて考える素振りを見せた優作氏は、しばらく悩ましげにした後こちらをチラリと見た。
「どうです、息子は?」
なんとも答えづらいことを聞くものだ。
彼が息子のことを溺愛しているのが伝わってくるようだ。
息子本人には敵視されているようだが、それも含めて可愛いのだろう。
親バカめ。
「将来有望でしょうね。着眼点の基礎ができている。これで順調に経験を積めばいい探偵になれるでしょう」
「!あなたにそう言ってもらえるなら、新一も将来が楽しみだ」
もちろんこれは霊基を通して見た人物評として何一つ嘘のない言葉だ。
流石は名だたる推理漫画の主人公。
ホームズの霊基から見ても「いい探偵になる」との評価なのだから流石の一言である。
ぱあっと嬉しそうにした優作氏は、しかしそれを本人に伝えることはないのだろう。
本人が増長しないようにというのもあるのだろうが、どちらかといえばこれはいたずら心からか。
そんなんだから敵意を持たれるのだというのに。
ごほん、と優作氏が咳払いした。
「ところで、とある事件についてあなたのご意見を伺いたいのですが」
「ほう?」
後ろの棚からするりと取り出されたのは分厚いバインダーだ。
そこの後ろの方、古い殺人事件の項を開いて机へと広げて見せる。
これ部外者に見せていい奴か?と思えど優作氏のことだから事前に許可ぐらい取ってあるか。
というか見覚えがあるな、この事件。
前に警視庁から送られてきた優先度の低い事件の資料だったか。
別に俺が覚えていたわけではないが、霊基がその時の記憶を瞬時に励起させるから思い出さざるを得ないのだ。
ああ頭が痛い。
どうも資料が古くてこれだけでは推理も行き詰まらざるを得ない。
だが気になる点がいくつか発見できた。
「私としてはこの血痕の位置が気になりますが…確かこれは現場の状態が悪く他の資料が残っていないんでしたね」
「ええ。それが、実はつい最近被害者の友人の携帯電話から新たな写真データが発見されたようでして」
「っなるほど!拝見しても?」
「どうぞ」
渡された写真を見て数秒、あらゆる思考と思索が嵐のように脳内に吹き荒れる。
犯人の取ったであろう行動。被害者の抵抗。現場に残された遺留品の意味。
頭痛……というか、常人たる俺では吐き気を催すような思考の回り具合だ。
やや遅れて精神が推理に追いついてくる。
何がどう、あー、そういうことか。
ホームズたる霊基は自然と独りごちていた。
「なるほど。これは美しい謎だ」
「この写真を見て答えを得るまで数秒ですか。流石、世界に冠たる諮問探偵だ」
うんうん、と満足げに頷いて優作氏が笑った。
「私の推理が間違っているとは思わないのですかな?」
「まさか!美しいと、そう評したこと自体が答えでしょう」
で、なんでこんな解明済みの謎を俺に見せたんだ?
俺の苦しみ損じゃないか。
クイズか何かか?
俺の疑問が伝わったのだろう、じろっと見れば優作氏は実に上機嫌そうに頷いて見せた。
「いやはや失礼。あなたの推理する姿を間近で見学したかったのですよ」
「小説家としての興味、というものですか」
「ええ。世界最高の探偵として名高いあなたの推理を、この目でね」
滔々と、優作氏が俺の功績を歌い上げる。
イギリスの連続幼児バラバラ殺人事件、カナダの女生徒監禁立てこもり事件。
世界中を飛び回り数々の難事件を解決する姿は、ICPOの最終兵器とも称される。
俺は若干息をつき、視線を逸らした。
そりゃ、ホームズは名探偵に違いないが、一般人をそう持ち上げられると困るんだがなぁ。
俺は霊基の手前謙遜もできず、言葉を若干迷った後、するりと前のみを見つめたのだった。
「──ただ、私は謎を解くだけですよ」