ひゃっふい!事務員君サイコーだよ!!
雇った組織員の事務担当、日色ヒカル君は実に優秀であった。
掃除洗濯その他家事全般から書類整理に事務手続きまで。
万能に全てをこなすオールラウンダーさはまさにおかんさながらだ。
一人暮らしの自営業だとどうしても必要な作業が多くなってしまうからな。
経理に関しては専門家を雇って外部に丸投げしてはいるものの、それ以外の処理は全て自前で処理せねばならない。
機密書類の整理、処分に係る外部委託の契約の締結と更新、企業に貸している土地の地代請求確認。
などなど、やることは盛りだくさんだ。
こういう処理になると途端に霊基は「あーダル、めんど」みたいな思考になって全然働かなくなってしまうからな。
一般的な家事もやる気ゼロ、体が鉛のように重くなる有り様だ。
そこでなんとか俺が無理やり体を動かして部屋が書類まみれの埃まみれにならないように掃除を頑張っていたのだが、それもまた苦労しきりであった。
「ホームズのちょっといいとこ見てみたい!!」と飲み会にワトソン君を混ぜ込んで必死で霊基に呼びかけてみたりもした。
そこに追い打ちをかけるように「そろそろ服薬の時間では???」とヤクを求めるダメ人間がホームズなのである。
無論だが健康に長生きしたい俺は違法薬物はやっていない。
コカインもやってないしなんならタバコもできる限り控えている。
メディアに露出するにあたりイメージ戦略でパイプタバコをふかすことはあっても、常用はしないと決めているのだ。
……しないったらしないんだよ!オイそこの霊基!コカインを求めて立ち上がるんじゃねぇ!
俺は教授の脅威を取り払った後、カナダでまったり一軒家を建てて大型犬を飼うんだ。
こんな変なところで病院暮らしになってたまるかってんだ。
とまぁ、何はともあれ日色ヒカルと名乗る事務員のことだ。
彼の優秀さには大助かりだ。
今まで俺が苦労して霊基を宥めながら行っていた家事の類がすっきり丸ごと解決したからな。
ピカピカに磨かれた窓、埃ひとつない事務所内には手入れの行き届いたおしゃれなアンティーク家具が照明の光を反射し鈍く輝いている。
すっかり生まれ変わったキッチンは清潔で今風。
百均の整理アイテムを駆使して綺麗に整えられ、白を基調としたそこは使いやすそうだ。
ちなみに、自家製炭酸水メーカーが部屋の端に置いてあるが、あれは霊基のホームズの趣味である。
どうやら生前にも愛用していたらしく、今は主に酒を割るために使っている。
そんな昔からあったんだな…炭酸水メーカー。
ガソジンとかいうらしいが。
俺実は炭酸はどちらかといえば苦手な方だから、正直いらないと思っているのだが。
先ほどから料理中であった日色君がキッチンから出てきた。
手には美味しそうな香りを放つペペロンチーノが二皿ある。
「ほら、どうぞ。春野菜のペペロンチーノだ」
「流石は日色君、毎度毎度よくそんなに凝った料理が作れるな。申し訳ないぐらいだ」
「凝ってなんていないぞ?天下の名探偵に振る舞うには少々物足りないぐらいだ」
実に美味しそうで、レストランで出ても遜色ない見た目だ。
食事にあまり興味のないホームズと、食べるのは好きだが作るのは嫌いな俺のタッグだったからな。
これまではどうしても自然と外食が多くなりがちだった。
そこに出現した一条の流星のような料理人、日色ヒカルである。
あっという間に俺達の胃袋を掴み、皮肉屋で辛口のホームズも納得の料理を提供する日色には感謝しきりである。
まぁ、男に胃袋掴まれてもな…などと思いつつ、この甲斐甲斐しさが業務上の理由から来たものだと考えるとちょっとした虚しさも感じざるを得ない。
悲しいことだ。
向こうだって何が悲しくて毎日男に手料理振る舞わなきゃならないんだって話だよな。
美味しく春野菜のペペロンチーノをいただけば時間もあっという間に過ぎ。
日色が空の皿をシンクに運びながら声をかけてきた。
「で、今日の分のセッティングは済んでるぞ。どうする?」
「ふむ。ならそろそろ腹ごなしに行くとしようか」
隣の部屋は仕事部屋として使っており、いつもはこの男の手によって美しく整えられている。
ただし、今は少々毛色が違ったりする。
ドアノブをひねれば、一面に書類を貼り出したような異様な光景が目に飛び込んできた。
部屋中所狭しと張り出された資料は足場がギリギリある程度に整然と並べられ、そのどれもが一望できるようになっている。
この量をパズルのように並べるのは苦労したろうに、流石地頭もいいだけのことはある。
これはホームズの霊基が「このようにしてほしい」と要望した書類の並べ方である。
どうも本の形でパラパラ捲るよりこのように一度に視界に入れた方が考えがめぐるらしい。
俺には無秩序で分かりにくくも見えるが、やはり本物の天才たる霊基は一味違うのだろう。
「では、始めようか」
部屋の中をゆっくりと彷徨く。ぱた、ぱた、とスリッパをだらしなく引き摺りながらゆっくりと。
革靴でないのでこう言うところがちょっとばかり格好が付かないんだよな。
するり、と目を開く。
この事件は12/20、都内で起こった70代男性の殺人事件。
一人暮らしで、初めは物取りの犯行と思われていたが不審な点があり───。
あちらの事件は去年四月。
山口県で起きた詐欺被害で、息子を騙る男に高齢女性が現金810万円を騙し取られ───。
ありとあらゆる情報が脳内に蓄積されていく。
踊りくるデータの嵐に視界すらあやふやになる、凄まじいまでの思考速度。
点と点が結びつき、一つの大きな影を映し出すその景色は、蝶の羽化にすら似ているだろう。
がん、と大きく頭が痛む。
ホームズならぬ身で思考を回したツケだ。全くもって碌でもない。
俺は振り返り、「終わったよ。片付けと処分を頼む」と日色君へと笑いかけた。
日色君はちょっぴり引いたような、若干の驚愕と戦慄を声色に混ぜ込んで口を開く。
「何回見ても凄いな、この量の情報を一目見て覚えた挙句メールに推理を起こすなんて。一体どうやってるんだ?」
「視覚と脳に任せているだけで、私は何も特別なことはしていないさ」
そう言って、冷えてしまったコーヒーの残りを口にかっこんだ。
まさに本当のことだ。俺じゃなくて霊基が勝手にやってることだからな。
ふむ。最近メアリーさんが来ないのは日色がいるからか。
ということは、この男は公安警察である可能性が高いな。
また高速回転する思考にズキズキと脳が痛む。
いや、これは脳ではなく魂の痛みだ。
俺と言う凡人が「明かす者」たる思考に引き摺り回されて痛みを発しているのだろう。
ほとんどワープみたいな速度で思考が飛ぶからな。意味わからん。
机に手をついて痛みのウェーブを流していると、「大丈夫か?」と心配そうに日色君が近寄ってきた。
どうやら俺が偏頭痛持ちだと思っているらしい。
あながち間違いではないから「頭痛薬を取ってくれないか」と言って彼に指示を出す。
先ほど見た書類を総合して考えると、少々きな臭い動きが見え隠れしている。
頭痛はもう勘弁だが、もう少し調べてみる必要はあるだろう。
俺は持ってきてくれた頭痛薬を水で飲み込んでから、内心大きなため息をつくのであった。