世界はまだ僕達の名前を知らない   作:coconat_21

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05th.03『死体』

 

 

 

 

 

 全部、思い出したのであった。

 

「……………………」

 

 朝、窓から注ぎ込む陽光に照らされ覚醒したトイレ男は、上体を起こすや否や目を手で覆ったのであった。

 

「……………………」

 

 動く気力が無かった。

 

「おぉーい、そろそろ朝飯出来るぞー……って、どした?」

 

 そこへ、先に起きていた友人氏がやって来る。エプロンを着けた彼は手に顔を埋めるトイレ男を見て心配そうに尋ねた。

 

「……………………」

 

 無視するのもよくないので、トイレ男はベッド横の棚に置いてあった紙とペンを取り、

 

【記憶が戻った】

 

 そう書いて伝えた。

 

「おー、そりゃ()かったな……て訳でもなさそうだが」

 

 今のトイレ男の様子は記憶が戻った喜びとは無縁の、寧ろ逆、記憶が戻った事による様々なマイナス感情が渦巻いている様に見えた。

 

「……大丈夫か? よければ相談に乗るぜ。あ、でも先に火ぃ止めてくる」

 

 友人氏は正にスープを作っている途中なのであった。

 

「……………………」

 

 どうせ直ぐ戻ってくるからだろう、開けっ放しにされているドアを見ながら、トイレ男は立ち上がる。ベッドの上に有ったトイレを抱え、紙とペンを持ち部屋を出た。

 

「お、どうした?」

 

 キッチンに入ると、手に持っているバケツの中身を今正に火に打ち撒けようとしている友人氏が居た。

 

 トイレ男は紙に書き、

 

【気分悪いからちょっと散歩してくる】

 

「お、おぅ……解った。でも戻って来いよ! 朝飯二人分で作ってんだから!」

 

 友人氏に軽く手を上げる事で答え、トイレ男は家を出た。

 

「……………………」

 

 靴を履いて向かう先は、衛兵の詰所。

 

 この時点で、トイレ男は既にやり直す事を考えていた。

 

 襲撃が行われておらず、衛兵達が無事ならばそれでいい。トイレ男は日常に戻る。だが、そうでないだろうな、というのは解っていた。トイレ男が衛兵の詰所に行ったかどうかで襲撃の有無が変わるなんて、そんな筈が無かった。トイレ男が居ようと居まいと白女と黒女は路地裏に居るし、詰所を襲う筈だ。今回だけそうならないなんてとても考えられなかった。

 

 だから、襲撃が行われた跡を見て、次に繋げる。トイレ男の意志はそれで固まっていた。確認して、対策を立てたら、前回の最後と同じ様に、自ら頭を打つける。そうすると決めていた。そうしなければならないと思っていた。

 

 ……ここで、一つ可怪しな事が有る。

 

 別に、トイレ男に()()()()()()()()()()()()。トイレ男は自分が戻らされる様な自体にならなかった事を喜び日常に帰ってもいいのである。誰もそれを糾弾しない。

 

 にも関わらず、トイレ男は戻ろうとしている。戻って、何とか襲撃を無かった事にしようとしている。苦痛が伴うであろうにも関わらず、だ。それが何故かはトイレ男は意識していないし、そもそも彼は『見逃す』なんて選択肢を脳裏に浮かべた事すら無いのであった。それは何故か、トイレ男が知る筈も無い。

 

 道程を半分程消化した頃であった。

 

「…………?」

 

 何やら騒がしい。

 

 周囲の声を拾ってみると、『血』『死体』『路地裏』『衛兵』といった物騒な単語が聞こえてきた。何やら只事ではない事が起きている様だ。何か関係が有るかも知れない、そう思いトイレ男はこの事を調査してみる事にする。

 

 周囲を見渡すと、何人かが入っては口を押さえて出てくるという如何にもな路地が有った。

 

「……………………」

 

 あそこだ。直感し、トイレ男はその路地へ入ってゆく。

 

()めときな」

 

 しかし入ろうとした所で、丁度出てきたばかりの中年の男に止められた。

 

「見ない方がいいぜ、アレ……人間が、顔も判らない程にまでぐっちゃぐちゃに潰されてやがる。面白がって見に行くモンじゃねぇ」

 

 中年は蒼い顔をしていた。

 

「……………………」

 

 しかし中年の思いとは逆に、より一層強いトイレ男はこの奥を確かめなければならないという思いに駆られた。

 

「……………………」

 

 中年を無視し路地を進んでゆくトイレ男に、中年は溜息を吐き、そして今更ながら彼が抱えるトイレに気付いて目を丸くするのであった。

 

 

 

     ◊◊◊

 

 

 

 成程、確かに酷い有様であった。

 

「……………………」

 

 先に居た何人かが口を抑えて蹲っている。吐いている者も居た。ぐちゃぐちゃに潰された人間の死体を見たのだ、仕方無いだろうなと思った。トイレ男もそうしたかった。

 

 広い範囲に乾いた血が飛び散っていた。

 

「……………………」

 

 死体は服を着ていた。元は生きていた人なのだから当たり前だろう。しかし、トイレ男はその服に何だか見憶えが有る様な気がした。

 

「……………………」

 

 嫌な見憶えだった。顔が見えないので、確定しない事が救いだろうか。

 

「……………………」

 

 しかし、トイレ男は見付けてしまった。

 

 死体の脇に、鞄が有った。

 

 酷く見憶えの有る⸺自分を襲ったチンピラ共の気を引く為に落とされてそうな、鞄だった。

 

「ッ…………!!」

 

 巨女が、死んでいた。

 

 

 

     ◊◊◊

 

 

 

 間も無く衛兵が来て、人を散らし、死体(と言っても殆ど真面な形を保っていない)を回収した。

 

 紙に『知人です』と書いて見せたトイレ男はトイレの所為で胡散臭がられながらも、衛兵に同行を求められていた。

 

「……………………」

 

 道中、詰所を見た。例の、襲撃が有る詰所だ。

 

 何人かの衛兵が人(だか)りを止めている。「俺は聴いた! 深夜に戦う様な音がしたんだ!」と騒ぎ立てる男を衛兵が連行する。トイレ男と同じ様に話を聴くのだろう。トイレ男を連れる衛兵は詰所を通過し、また別の離れた所に有る詰所へ彼を連れていった。

 

「どうも、衛兵のシリコイルと申します」

 

 トイレ男への聴取を担当する事になった衛兵はとても疲れていそうだった。顔には疲労感が溜まり、時折耐えられなくなった様に溜息を漏らす。

 

【ツァーヴァスです。諸事情により喋れなので、筆談でお願いします】

 

「解りました、ツァーヴァスさん。先ず、例の死体ですが、誰か判るんですね?」

 

 確認の様に聴いてくる衛兵に、トイレ男は頷く。

 

【『リーフィア』という、個人で悪党を懲らしめている人です】

 

「なんと、リーフィアさんが……」

 

 どうやら巨女の事は衛兵の間でも有名らしい。『さん』付けしている辺りこの衛兵は『ちゃん』付けの右衛兵や左衛兵程の親交は無い様だが。

 

「……彼女が昨夜、どこで何をしていたか御存知ですか?」

 

「……………………」

 

 トイレ男は少し迷った挙句、前々々⸺二回目の記憶を話す事にした。

 

【日が暮れる前、路地裏でチンピラに襲われていたのを助けてもらった後は、何も】

 

「そうですか……」

 

【ですが、恐らく路地裏で悪党を倒していたのだと思います】

 

「そうですね、私もそう思います。きっと、その途中で……」

 

 衛兵は重くなった口を動かす事を諦めた。トイレ男もその先を強要する積もりは無い。

 

「……御存知ですか?」

 

 会話が途切れそうになった所で、衛兵がそう尋ねてくる。

 

「?」

 

「昨夜、衛兵の詰所が……ここではない別のとこなんですけど、襲われたんですよ」

 

「……………………」

 

 知っている。

 

「御丁寧に、ヒラの衛兵はほぼ無傷で無力化して、詰所の長のみを殺していました」

 

「……………………」

 

 それは知らなかった。トイレ男の脳裏に前衛兵の姿が浮かんだ。

 

「恐らく不意打ちだったのでしょうね、背後から心臓を貫かれた様な痕が有りました……」

 

「……衛兵が喧嘩を売られるなんて、只事ではありません」

 

「若しかしたら、この街に潜む闇が、我々表の者を一掃しようと動き出したのかも知れません」

 

 言い終えてから、「済みません、要らぬ事を言いました」と苦笑いと共に謝罪した。

 

「これで貴方への聴取は終わりです。先の話は聴取の協力への対価という事で……詰所の長が殺されたという話はまだ公開されていないので、それだけは広めない様に」

 

「……………………」

 

 トイレ男は頷いて了解の意を示した。





 明日は更新をお休みさせて頂いて、これまでの分の加筆や修正を行いたいと思います。
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