世界はまだ僕達の名前を知らない   作:coconat_21

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07th.02『巨女の家』

 

 

 

 

 

 あれから少しして建物を出て、人気の無い道を選んで進む事暫く。二人は或る建物の前に居た。

 

「着いたぞ。私の家だ」

 

「…………?」

 

 向かっていたのはトイレ男の家ではなかったか? と首を傾げるトイレ男。もしかしてトイレ男の家=巨女の家、なのだろうか。でもそれにしては違和感があった。もしそうなら彼女は『私達の家』と言うと思うのだ。

 

 巨女はそんなトイレ男の様子に気付かずに玄関を開けた。灯りは点いていないが、採光がしっかりと為されているのか薄暗くはない。「こっちだ」とトイレ男を手招いたので、慌てて中に入った。

 

 トイレ男が中に入ると、巨女はすぐにドアを閉めた。

 

「君の記憶が戻るまで、ここに私と一緒に居てもらう」

 

「……………………(頷く)」

 

 トイレ男はトイレ男が記憶を取り戻すまで面倒を見てくれるのだと解釈して、頷いた。

 

「何かおかしな事があればすぐに教えてくれ。何が君に襲いかかったのかまだわからないからな」

 

「……………………(頷く)」

 

 トイレ男は居間に通され、ソファを勧められた。断る理由も無いので座る。トイレは膝の上に置いた。

 

「暇潰しの少ない家で済まない。正直に言って、私にとって家とは寝る為だけの施設だからな……。腹が減ったら何か作る」

 

 する事が無いという点を除けば至れり尽くせりである。

 

 トイレ男はソファに背を預けて上を見た。天井にシミがあったので数えみる。「…………」、顔に見えたのでやめた。

 

 巨女はトイレ男の向かいの椅子に座った。家主を差し置いてソファに座るのが申し訳無かったので場所を替わろうとしたが、「いや、いい。実は私は硬い椅子の方が好きなんだ」と辞退されてしまった。ならいいかと座り直す。「…………」、何だか気不味かった。

 

「……腹減ったな、昼飯を作ってこよう」

 

 暫くして、巨女がそう立ち上がりながら切り出し奥にある台所へと歩いていった。

 

「……………………」

 

 その背中をぼーっと見詰めるトイレ男。

 

 巨女は手作りだろうか、彼女の巨体に恐ろしくマッチしたサイズのエプロンを着け、棚の奥にある野菜を取り出した。

 

 それらを包丁でザクザクと切っている。

 

「……………………」

 

 トイレ男はその後ろ姿に何かを思い出しかけるも、思い出さなかった。

 

 巨女はテキパキと野菜の処理を終えると、それらを纏めて鍋に放り込んだ。そこにたっぷりの水を入れてから焜炉の火を(おこ)す。焜炉の扉を閉めると巨女はエプロンを外して戻って来た。

 

「後は暫く待っておくだけで完成だ」

 

「……………………」

 

 何が出来るのか楽しみに思うトイレ男であった。

 

 巨女は先程まで座っていた椅子に座る。「…………」、再び気不味いと感じるトイレ男。

 

 そんな時間が少し過ぎて、

 

 コンコン。

 

 玄関がノックされた。

 

 

 

     ◊◊◊

 

 

 

「! 少し待っててくれ」

 

 巨女は玄関が叩かれる音を聞き、トイレ男にそう言ってから立ち上がった。

 

 慎重に、少しずつ扉を開ける。

 

「……何だアイレックスか」

 

「はい、アイレックスです」

 

 果たして、開けられた扉の向こうに居たのは優男だった。

 

「何の用だ?」

 

「ツァーヴァスさんの様子を訊きに。今日会ったばかりなのに、いきなり本人のお宅にお邪魔はしづらいですから」

 

「っ、そうか……。一応医者に行ったが、普段の疲労が溜まってただけだそうだ」

 

 冷や汗が出るも、咄嗟に嘘を考えて答える。

 

「そうですか、よかった。なら休めば治りますね」

 

「あ、あぁ。悪いが、用が済んだなら帰ってくれないか? 作業の途中だったんだ」

 

「おっと、それは失礼。要件はもう一つあるんです。マエンダ氏から、ツァーヴァスさんに伝言です。明日か明後日に詰所に来て欲しいと」

 

「わかった、本人に伝えておく」

 

「ありがとうございます。では、この辺で」

 

 優男は一礼して去っていった。

 

「……ふぅ。そういえば詰所で様子を見に来たのもアイレックスだったな……偶然か?」

 

 安堵の溜息を吐き、そうボヤきながらドアを閉めた。……今更ながら、ドアを開放したのは下策であったと思う。中が見えてしまうのだ。幸い優男はトイレ男が居る事には気付いてない様子であったが。巨女の巨体がいいカーテンになったのだろうか。

 

 部屋に戻るとスープがいい頃合いになっていたので焜炉に水を掛けて火を消す。スープを二つの椀に()いで、パンを二切れ持ってからトイレ男の所に向かった。

 

「待たせたな。来客が来てたのと、丁度昼飯が出来たんだ。このパンをスープに浸して食べてくれ」

 

「……………………(頷く)」

 

 トイレ男は心得たというように頷いて椀とパンを受け取った。パンをスープに入れる時にうっかり指も浸らせてしまい熱そうに慌てて抜いている。「…………」、記憶を失うと行動も幼くなるのだろうか? 取り敢えず巨女の中の母性とかいう感情が少し(うごめ)いた。

 

 相手は成人男性、と必死にそれを抑えつつパンを貪る。スープの味は薄い。というか味がない。何も調味料を入れてないのだから当然だ。巨女はこの無味が好きだった。味の付いた料理もいいが、その感覚の処理に少し頭を使う。食事の時ぐらい頭をゆっくり休ませたいと思う巨女なのであった。

 

 食べ慣れている巨女は瞬く間に器を空にしたが、慣れていない或いは記憶と共に経験も無くしたトイレ男は苦戦しているようだ。「こうだ」と子供にやるように手に手を添えて教えてやる。「…………」、つい母性が出てしまった。トイレ男は気にしていないようだが。

 

 巨女は一方的な気不味さを咳払いで払って、

 

「スープを作るのに汗を掻いた。着替えて来る」

 

 そう言って、奥の寝室に入った。

 

 

 

     ◊◊◊

 

 

 

「……………………」

 

 ガチャリ、とドアが閉まる。

 

 着替えると言って奥の部屋に入った巨女を見送り、トイレ男はスープの残りを豪快に飲んだ。正直味が薄過ぎてパンなんて付けられたものじゃなかったのであった。

 

 隣室から衣擦れの音がしている。トイレ男は特に何も反応せず、背凭れに全体重を預けて上を向いた。天井のシミを数える。「…………」、顔に見えたのでやめた。

 

「……………………」

 

 する事が無いのである。

 

 仕方無しに隣の部屋から聞こえてくる音に耳を傾ける。スルッ、シュルッ、ススス……。至って一般的な、強いていうならやや筋肉質な衣擦れの音だ。筋肉質な衣擦れって何だ。無論、筋肉質な衣擦れである。

 

 聞き飽きたのでトイレを鑑賞する。座る部分に六つの罅があるのが特徴で、他は至って普通な⸺いや、待て。何だ、この美しさは。全体としての計算し尽くされた形状は勿論として、サイズ、質感、重量、その他諸々の全てが美しく感じる。確かに一見しただ(中略)しかしそれでも他の評価をものともしない確固たる美が(中略)あぁ⸺美しい。

 

 今更ながらトイレの美しさに気付き見蕩れていると、いつの間にか巨女が戻ってきていた。

 

「……君は……あ、あぁいや、いいんだ、気にしないでくれ……」

 

 彼女は何かを言いかけたが、気にするなと言われたのでしない。

 

 そしてトイレと二人だけの世界に入り、見詰め合う事暫く⸺

 

「……………………!」

 

 トイレ男は記憶を取り戻した。

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