世界はまだ僕達の名前を知らない   作:coconat_21

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07th.15『対、話……?』

 

 

 

 

 

 二人は店の外に出た。

 

「それで、話って何だい?」

 

 入口から少し歩いて、通行の邪魔にならないかつ通行人からはよく見える位置に来たトイレ男に、優男はそう問うた。トイレ男は返事として、これまたあらかじめ書いておいた文章を見せる。

 

【僕は貴方が心の中に抱えているものを知っています】

 

「……………………」

 

 一行目を読んだ優男の目が細まる。

 

【貴方がリーフィアさんに近付く僕を快く思わず、どうにかして僕を排除しようとしていると知っています】

 

「…………、上手く隠せてると思ったんだけどな」

 

 優男の顔から笑みが消えた。その通り、彼は本当に上手く隠せていた。トイレ男がこれを知ったのもズルをしたからだ。

 

 トイレ男は続きを読むように紙を振って促す。

 

【でも貴方が悪い人でない事も知っています】

 

「……………………」

 

【リーフィアさんに心酔できる人が悪い人な訳がないんです。そして貴方が悪い人でないならば、僕への害意も抑えられる筈です】

 

 先に書いていた文はこれで終わりだ。これからは対話である。

 

「……馬鹿にしているのか?」

 

 全てを読んだ優男の第一声はそれだった。

 

「僕はリーフィア様に近付く悪い虫を排除しようとしているだけだ。ツァーヴァス、君はまるで自分が何も悪くないかのように語っているけど、それは間違いだ。いつから自分が善人だと錯覚していた? 本来君はリーフィア様に排除されるべき側の人間なんだよ」

 

 喋っている内に、優男の無表情はトイレ男を憎む顔に変わっていた。

 

【僕が悪人だと言うならば、その根拠を教えてください】

 

「前例だよ、前例」

 

 優男は吐き捨てた。

 

「前に居たんだよ、お前と同じ義務貢献処分の奴で、リーフィア様の懐に入り込み、殺そうとした奴がな。確かオルニアとかいう名前だったかな」

 

「……………………」

 

「幸いにしてソイツが事を起こす前に僕が気付いて、ボコボコにして水路の奥に放置しておいてやったよ。その後姿を見てないから、多分出る事もできないまま死んだんじゃないかな」

 

「……………………」

 

 不覚にも、優男が過敏になるのも仕方無いと思ってしまったトイレ男。それはそれとして、トイレ男は自らの無実を証明しなければならない。

 

【僕はオルニアではありません】

 

「どうせそうなんだろ?」

 

【違います】

 

「なら根拠を見せろ。自分が絶対にリーフィア様を害さないっていう根拠をな」

 

「……………………」

 

 トイレ男は答えに窮した。根拠を出せと相手に言うのは簡単だが、いざ自分が言われると果てしなく困るという事を実感する。『決め付けはよくない』というありきたりな台詞を書こうとも思ったが、それはやめた。それを伝えたところで優男は納得などせず、根拠が出せないんならお前悪人だろと襲いかかってくるだけである。

 

「どうした? 言えないのか?」

 

 目をギラつかせた優男が問うてくる。通行人から丸見えであるという事おかまいなしに襲いかかってきそうで怖い。トイレ男はイチかバチかで書く。

 

【僕はリーフィアさんが好きです】

 

「嘘つけ。僕にはわかるぞ、お前は精々尊敬止まりだってな。軽々しく彼女を好きというな。僕の"好き"を馬鹿にするな」

 

「……………………」

 

 駄目だった。寧ろ火に油を注いでしまった。

 

「もういい、君は悪人だ。リーフィア様に取り入って悪い事を企む極悪人だ。死ね」

 

 遂に優男が殴りかかってきた。間一髪で避けるが、流れるような動作で一息つく間もなく次の拳が飛んでくる。

 

 トイレ男は顔面を殴られた。大きく後ろに倒れ、地に背中を打ち付ける。片腕はトイレを守るのに使ったので、もう片腕だけでは体を支えられなかったのだ。周りから何だ何だと人が集まってくる。

 

「ふん、殴られても悲鳴一つ上げない……気持ち悪い」

 

「……………………、」

 

 殴られた事で、トイレ男のどこかがピキンときた。

 

 思い通りに行かなかったという普段なら抑えられる苛立ち、会った事も見た事も聞いた事もない奴と同類扱いされた事への反感、こっちは穏やかに行こうと思ってたのにそれをブチ壊された虚無感、それから普通に殴られた事への怒り。それらが積み重なりに重なって、トイレ男はキレた。

 

 勢いよく立ち上がり、脳内で白女をボコる。

 

「違うって言ってんだろ!」

 

「っ」

 

 突然口を開いたトイレ男に優男は息を呑んだ。

 

「人の事を来歴だけで悪者扱いしやがって。しかもなんだ、一番の根拠が俺と全く関係の無い過去の人物ぅ? 笑わせんな!」

 

 感情に任せて喋っているせいで口が酷く悪くなっている。

 

「来歴だけなんて……大体君だって義務貢献処分だろう、何かしたからそうなんだろう!」

 

 一瞬たじろいだ優男だが、負けじと叫び返した。

 

「それはお前もだろこの半釈放!」

 

「僕は違う。僕はリーフィア様に救われた!」

 

「自分だけ特別扱いすんな半釈放! 俺が更生したってのは考えねぇのかよ!」

 

「だからその証拠を見せろと、」

 

「そんなの無ぇ! ならお前だって救われたっつう証拠見せろ!!」

 

「っ、自分が劣勢になったら急に喚き散らし出して」

 

「それがどうした別にいいだろうgァッ!?」

 

 叫ぶのに夢中になり過ぎて白女ボコしが疎かになってしまった。たちまち脳の無意識的な部分からブレーキが掛けられ、先程までの勢いはどこへやら、胸を押さえてうずくまるトイレ男。

 

「…………何なんだ君は」

 

 優男は呆れていた。トイレ男の勢いに圧倒されて、先程までの激情は消えたようである。

 

 しかしトイレ男の方は未だ憤懣遣る方なく、

 

【トイレを抱えた善人だけど何か文句ある????????】

 

「……トイレの話はしてないんだけどね」

 

 そこへ、騒ぎを聞き付けた打ち上げに参加していない衛兵達がやってきた。

 

「どうした? 何の騒ぎだ?」

 

「あぁ、すみません。酔った勢いで」

 

 優男が打ち上げの行われている店の方を指差すと、衛兵は「あぁ」と納得したように、そしてどこか悲しそうに言った。

 

「でも酒なんて入ってるように見えないが……」

 

「僕の方は醒めたんですよ。ほらツァーヴァスさんの方を見てください、今にも吐きそうです」

 

「……………………」

 

 いや胸が痛くてうずくまっているだけだが。

 

「確かにそうだな。騒ぐのも程々にしろよ」

 

「えぇ、お手数かけてすみませんでした」

 

 衛兵達は去り、人々も酔っ払いが真っ昼間から騒いでいるだけかと知れると興味を無くしたように、或いは厭むように解散した。「…………」、トイレ男は酒を飲んでいない、断じて。

 

「……まぁ、今の所は信じておくよ。悪人と言われて普段できない事をできてしまうぐらいにキレられるんなら十分な根拠になると思うし。本当に悪人なら適当な根拠をつらつらと述べる」

 

【お前何勝手に終わらせようとしてんの? 俺のブチギレはこれからだぞ】

 

「さて戻ろうか。お腹空いちゃった」

 

【おい待て】

 

 書くが、優男は見もせずに店に戻ってしまった。流石に店の中で暴れる訳にも行かず、大きく深呼吸をして心を落ち着かせてから店に入るトイレ男。

 

 二人で騒いでいる間に起きた黒女がトイレ男の顔の痕を大層不思議がり、彼を質問攻めにしたのは言うまでもない。

 

 

 

     ◊◊◊

 

 

 

 前衛兵達衛兵のトップ勢との会議を終えた巨女は打ち上げの会場へ急いでいた。

 

 仕方ないとはいえ、結構長い時間トイレ男から目を離してしまった。打ち上げの場は人が多いので流石に優男が事に及ぶとは考えづらかったが、それでも万が一がある。

 

 衛兵達に訊いて特定した、トイレ男が居る大部屋の扉を大きく開いた。

 

「ツァー……ヴァス?」

 

 大きくトイレ男の名を呼ぼうとしたら、彼とその隣に居る人物が目に入り尻すぼみになってしまう。

 

 トイレ男はもっしゃもっしゃと野菜を食べていた。その後ろで黒女が寝てるのは、まだいい。問題は彼の右隣、まるで何事も無いかのように肉を食べる優男だ。これだけなら優男が一方的にトイレ男の隣に座ったとも取れるが、にしてはトイレ男の様子が穏やかだ。優男に怯えた様子は一つも見えない。名前を呼ばれた事に気付き、巨女に手招きしては周囲に席が空いていない事に気が付いてオロオロしている。

 

 一体何があったんだ? と首を傾げる巨女なのであった。

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