世界はまだ僕達の名前を知らない   作:coconat_21

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07th.23『白女の秘密』

 

 

 

 

 

「で? 何で行けなかったの?」

 

 焦りという助けが無い今、敬愛する白女にキツい語調で問うのは抵抗があった。黒女は白女の全てを知っている訳ではなく、黒女の知らない部分で何かあったのだろうとは簡単に予想が付いた。

 

 でも、黒女にはトイレ男を襲った相手との関係がこれで終わりだとは思わなかったし、そうするつもりも無かった。トイレ男を虐めていた奴がアクションを起こしてくるなら全力で迎え撃つし、してこないならこっちから襲う。そうなった時に、白女が動けないというのは困るのだ。だから、知らなければならない。黒女がどういう理由で、彼らに近付けないのか。

 

「……ごめん、言えない」

 

「何で?」

 

「……………………」

 

「言っとくけど、その答えが何であろうと、私が白姉を嫌いになる事はないし、ハミー達も絶対にそうだから。そこを躊躇する必要は無いわよ」

 

「ごめん」

 

 彼女に言いやすくさせるつもりで言葉を使ったのだが、何故か彼女は黒女に背を向けて行ってしまった。

 

「っ、待っ⸺」

 

「〈閉眼〉」

 

 追い駆けようとするが、白女の呟いた一言によりそれは不可能となる。

 

「!?!?」

 

 黒女の視界が、暗転した。気絶した訳でなければ目を閉じた訳でもない。なのに目が見えなくなった。その他の感覚も全て軒並み消え、意識のみがあった。

 

(これは……!!)

 

 黒女はこの現象に心当たりがあった。白女の使う、相手の感覚を封じる能力だ。彼女はこれまでこの能力を敵にしか使わなかったが、今初めて黒女に向かって行使した。それほどまでに隠したい事なのだ、と思う前に、激しいショックを受けた。

 

 幸いにして、五感はすぐに戻ってきた。

 

「っ…………」

 

 何の予兆も無く感覚が解放されたためか、頭が痛い。

 

 黒女は床に倒れていた。腕を突いて上半身を上げるが、白女の姿は見えなかった。どこに行ってしまったのか、黒女に知る術は無い。

 

「……………………」

 

 壁を頼りにして立ち上がる。自立する気力もなく、そのまま壁に背を預けた。白女に拒絶された⸺その事は、黒女の心を大きく揺さぶっていた。

 

「終わったぞー」

 

 ドア越しでは今の遣り取りはわからなかったのか、そう呑気に黒男がドアを開けた。

 

「怪我は上半身に集中してて、下半身はほぼ無傷だったからすぐ終わったぞ。爪の間に詰まった汚れを取るのに苦労したぐらいだな」

 

「……そう」

 

「どうした? というか白姉は?」

 

 黒女は答えずに、黒男を押しのけて部屋に入った。

 

 大黒男がトイレ男の体を支えて、小黒男とやさぐれ男が包帯を巻いていた。止血まではできたようで、包帯に付いた赤が広がる様子は無い。さっき掛けた騙界術により血の量も回復してきている筈なので、後は何もしなくても時間経過で健康体になる筈だ。

 

「……………………」

 

 どうして騙界術は物理的に存在しないものには掛けられないのだろう。どうしてあれを表す具体的な言葉が無いのだろう。

 

 そんな栓のない事を考えてしまった黒女は自分の頬をグーで殴り、包帯を使い切りかけている小黒男に新しいそれを取って渡した。

 

「……何でこんな事になったんだろうな」

 

 する事が無く壁にもたれている黒男が呟いた。

 

「……さぁね……」

 

 黒女は何も知らなかった。

 

 そう、何も知らないのだ。白女の事だけではない、トイレ男の事も、何も知らないのだ。彼があそこまでトイレに固執する理由も、黒女の家族になった理由も、彼の背景も、何も知らないのだ。何かあるというのは茶男や白女の振る舞いでわかったが、何があるかというのは全く知らないのであった。一体彼の正体は何で、一体どういう経緯で今回の事に至ったのか。白女と異なり全知の能力を持たない黒女には、わからない。

 

 孤独感に苛まれる黒女は椅子の上に三角座りになり、膝に顔を押し付けた。

 

 

 

     ◊◊◊

 

 

 

 何事も無くトイレ男の包帯は巻かれ終わり、やさぐれ男と大黒男はトイレ男の服を洗う事にした。黒女は寝ており、黒男と小黒男は館に茶男への報告とトイレ男の新しい服を取りに行っている。トイレ男は股間こそ包帯で隠されているが、それ以外は全裸という有様なのであった。

 

「ったく、ペテルが尋常じゃない様子で呼びにくるから来てみればやる事は洗濯かよ……」

 

「仕方ねぇって諦めてくれよ、おっさん。緊急事態だったんだから」

 

 あの時は誰もが焦っていた。白女が何かあった時のためにランプを持ち歩いていなければ、暗闇の中水路を進む事になっていたであろうぐらいに。

 

 黒女がトイレ男を攫った後、黒男が『やーい!』『ばーか!!』『光が怖くて暗闇に隠れるのに結局は光に頼らざるを得ないざーこ!!!!』などと相手を挑発したが、相手は全く動じなかった。同時に、黒女を追う事も無かった。黒男はそれでも叫び続けたが、結局相手が反応する前に大黒男達が追い付いてきたので戻る事にした。そもそも挑発の目的は黒女を追わせない事であり、相手が黒女を追う素振りを見せない時点で挑発の必要性は無いと判断できたのだが、黒男はついムキになってしまっていた。そこを大黒男達が諌めたという訳だ。来た道を戻るだけなら黒男だけでもできたので、やさぐれ男の脳内の地下水路地図は全く必要とされなかったのである。

 

 途中で再合流した白女に黒女はもう水路を出たと言われれば彼女を探して水路を歩き回る必要も無く、やさぐれ男は何で呼ばれたんだとやや怒っていた。

 

「そういえばキイラちゃんは?」

 

「家出る時に気絶させといた。まだ起きてねぇ筈だ」

 

「うわぁ虐待……」

 

 やさぐれ男(女?)が保護した少女は彼にたいそう懐いており、当然今回もやさぐれ男に付いて行こうとした。やさぐれ男は宥めるのが面倒だったので、腹を蹴り上げて気絶させたのだ。紛う事なき虐待行為である。大黒男は服をタライで(ゆす)ぎながらドン引きた。

 

 それからは取り留めの無い話をして、トイレ男の服を粗方洗い終えた時であった。

 

 ドンッドンッという足音がしたかと思えば、部屋のドアが勢いよく開かれる。

 

「うおっ!? ペテルか、驚かすなよ……」

 

「襲われてる!」

 

 ドアを開けた人物である所の小黒男は、その身に似合わぬ大声を張り上げて黒女を飛び起きさせた。

 

「え? え? 何?」

 

「だから、襲われてる!!」

 

 二回目で、漸く三人はその単語を意識した。

 

「館が、襲われてる!!!!」

 

 

 

     ◊◊◊

 

 

 

 黒女は状況がよく呑めぬまま館に走った。

 

「ッ……!!」

 

 そして見たのは、館の入口で黒い服を来た人達⸺地下水路でトイレ男にナイフを突き刺そうとしていた奴と同じで装いをした多数の人物を黒男が抑えている光景だった。とはいえ黒男一人ではどうにもならず、黒服の奴らは窓から館への侵入を試みている。

 

「何やってやがる!!」

 

 黒女の後ろから来た大黒男が素手で彼らの一つの塊に飛びかかった。小黒男も辺りを駆け回り、すれ違いざまに彼らを斬ってゆく。

 

「っ、我が論を聴け、世界(エウレカ)!」

 

 黒女も助力しようと、騙界術を発動しようとする。

 

 が、

 

「あら、ごめんなさい。それは使えなくしてもらったの」

 

「ッ⸺!!」

 

 背後からの声に振り向けば、そこに居たのは白い装束に身を包んだ女。

 

 白女に似た彼女をどこで見たのか、黒女はすぐに思い出した。

 

「貴方ツァーヴァスを……!!」

 

「あぁ、やっぱり貴方だったのね。騙界術を使える子は珍しいからここの子だと思ったのだけど」

 

 黒女は相手の言葉を無視した。

 

我が論を聴け、世界(エウレカ)! 突風疾く剛く、如何にか我が拳然らざるや!!」

 

 言葉を一部省略して発動速度を速める。具体性を失い不発になる可能性があるので普段はあまり使わないが、今回は相手が目の前に居る。いちいち唱えていては時間がたりない。

 

 が、突き出した拳はぽふっと相手の腹に当たっただけで、本来望んだ効果は出なかった。

 

「言ったでしょう? 使えなくしてもらったって」

 

「…………!!」

 

 騙界術が使えない。

 

 それは即ち黒女から戦闘力が失われたという事を意味する。

 

 今までこんな事態になった事が無かったため理解が遅れたが、力を持たないただの少女になった黒女はそれでももう一発相手を殴った。

 

 ぽふっ。

 

「ふふっ、健気ね」

 

 ぽふっぽふっと半泣きになりながら拳を出す黒女だったが、相手には全く効いていなかった。

 

「私はフィリアというの。貴方は?」

 

「うるさい!」

 

「そう……じゃあ、ごめんね」

 

 どす。

 

 黒女はそんな音を聞いた。

 

 それとほぼ同時に、彼女は意識を失った。

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