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男は現在進行形で、荒事に巻き込まれている最中だった。
男の名前は白星釛。誕生日は6月6日。年齢30歳。独身である。
つい最近までは近場の工場で働いていたのだが、この世界に突如として現れた―――或いは発生した―――人を飲み込んで炭素に変えるという性質を持った、『ノイズ』と呼ばれる特異災害によって、それが破壊されてしまった。文字通り塵と化した訳だ。
結果として彼は無職となり、それからというもの、彼は自堕落な生活を送っていた。
どれだけ自堕落になったのかと言えば、起床時間が朝の6時30分だったのが12時過ぎとなり、三食だった食事が1食になるくらいには酷い生活だ。怠惰ここに極まれりと言う他ないだろう。
そんな彼だが、今日は珍しく9時という早い時間帯に起床してコンビニまでお菓子やらジュースやらを買いに行って、今はその帰路に着いた所だったのだが。
『――――――――――――』
まるで粘土をこねくったかの様な酷い出来の体をした何かが、大勢で何食わぬ顔で―――顔と呼べる様な部分もよく分からない―――街を闊歩していた。
悲鳴、悲鳴、悲鳴。連なってばかりの悲鳴と慟哭。耳鳴りがするそれに対して、しかし男はただ、
「うるせぇな……」
と、顔を顰めながらそれだけを呟いて、なんでもないかの様に歩を進めていた。
誰もが逃げ惑う中、しかしこの男だけは背を向けて逃げる事はなく。ただ気だるそうにしながら、一歩一歩と家への帰り道を歩いていたのだ。
はっきり言って、男は異常だった。
死への恐怖がない。生への執着がない。かと言って、生きる事に絶望している訳でもなければ、死ぬ事に希望を見出している訳でもない。
男は、ノイズというものに対して『危機感』というものを全く抱いていなかった。
あぁ、なんか出てきたな、くらいの感情しか抱いていない。人間が道の横やら公園やらに居る猫に対して『あ、猫が居る』と思う程度のものでしかない。
だが―――それには、呆気なく人の命を奪う事が出来る脅威を脅威として認識しないという異常には、それをそうは思わないしっかりとした理由があった。
否、この場合となってはそうは思わないではなく、
『――――――――――――』
「あ?」
大きな影が、男を呑む。
眼前にノイズが立ちはだかる。人間には決して理解出来ないであろう
「なっ――――――おい、お前ッ!?」
誰かが叫ぶ声がした。だが、男は気にする素振りもない。それが自分に対して掛けられた声であるかなど、確認しようともしなかった。
ノイズの腕が迫る。5cm、10cmと、徐々に迫っていく。
触れられれば死ぬ。確実に。
その皮膚から骨、果ては血流から神経までもが悉く炭と化し、小さな風に煽られるだけで吹き飛ぶゴミと成り果てる。
だが、男は恐怖を感じてはいなかった。
「邪魔だっつの」
空いた右手で、差し伸べられた死神の手を振り払う。
僅かな静寂の後、
迸るそれは稲妻の様に。しかし音すら立たず、造作もなくノイズの体が消滅する。相手諸共、炭化する筈のノイズが自滅する様に炭化して、風に舞って遥かな空へと飛んでしまう。
「なっ――――――」
少女は絶句した。分かりやすく口を開けて、目の前に広がった現実味のない現実に言葉を失った。
なんだ、今のは。
男が手を払って暫くして、突如として宙に幾何学的な模様が走り、青い燐光を放った次の瞬間―――ノイズが消滅した。
あまりに理解し難く、現実味がない。
理解不能。不可思議な現象と言う他にないそれを目の当たりにした少女ではあるが、しかしある意味では彼女もまた同類ではあった。
「ん? おい、ガキンチョ。完成度高いコスプレ見せ散らかしたい心は理解するが、此処は止めとけ。危ねぇぞ」
「は、な――――――はぁッ!?」
男と少女の目と目が合って、開口一番に出てきたのはそんな言葉だった。
人の身に合った機械的な装甲、赤いボディスーツに武器を身に付けた銀髪の少女。
確かに、一般人の目線からすればその姿はコスプレに見えるのかもしれないが、実際にそれを口に出すというのは、些か失礼だろうに。
「てんめぇ! アタシの『シンフォギア』をコスプレ呼ばわりしやがったな!?」
「へぇ、名前まで付けてんのか。随分と設定練ってんだな。けど、流石にそうもボディラインを強調し過ぎるのは、おっさんどうかと思うがねぇ。もしかしてあれか、そういう癖でもお持ちで?」
ケラケラと言ってのける。まるで、と言うか、確実にからかっている。
「ばっ…!? んなもん持ってねぇよ! つか、逃げるべきはてめぇだ! さっさと此処から、ッッ…………」
顔を赤に染めたかと思えば、それは一瞬に過ぎなかった。数秒にも満たない僅かな時間で、少女は赤かった顔を苦悶の表情に変えて、がくりと膝から崩れ落ちる。
「ちょ、おいおい。大丈夫か?」
先程までの余裕は消えた。焦燥を顔に浮かべて、男は崩れ落ちる少女を何とか受け止める。
機械的な装甲とスーツが光と共に少女の体に吸い込まれて、生身をさらけ出す。抱え込んだ少女の体は小さく、柔らかい。
“うわ、きっしょ。何考えてんだよ。今それどころじゃねぇだろ”
頭を振って、下らない邪念を払う。
幾ら三十路に入ったとは言え、こんな年端もいかない少女に邪な感情を持ったとなれば、それこそいよいよ救えない。それは、笑いものにすらならない愚行だ。そんなカスに成り下がるな。
それはそれとして、これからどうしたものか。男は思考を切り替えて、それを考え始めていた。
はっきり言ってしまえば、男が少女を助ける道理などない。別に顔見知りでもなければ、命の恩人という訳でもない。
少女は怪我を負っているらしい。目に見える、出血している怪我だ。放っておいたら、状態を悪化しかねない。
病院に連れていく? 足もないのにどうやって?
119に電話? 仮に電話をしたとして、果たして病院が救急車を出してくれるのか? 今この瞬間にもノイズが跋扈していこの場所まで?
“有り得ないな。助けに来る訳もない。となると、俺がどうにかするしかないんだよなぁ……”
ノイズが危険である事など誰もが知っている事だ。そも、災害後であるならば兎も角として、現在進行形で災害が活発になっている場所まで救助は送れない。被害が拡大するだけだ。
自分が彼女を助ける他に、彼女が助かる道はない。
見知らぬ他人を助けるか? 関係者でもなんでもない少女に手を差し伸べるのか? 自分もノイズに襲われるかもしれないのに?
男は面倒事が嫌いだ。とくにこの歳になってくると、ただ女性と話したというだけで世間から疑いの目を向けられる。冤罪なんぞ御免だ。
だが、そうであるからと言って。
目の前で人が死にかけているのを見過ごしてしまう様なクズではなかった。
“……周りに人居ないし、少なくとも通報される事はないよな。このまま死なせるのも目覚めが悪りぃし…はぁ。これ誘拐とかにならねぇよな? そこだけが怖いわ”
全く別の事を心配しながら、男は慣れない手つきで乱雑に少女を抱え込み、
「
―――■間■■、
■■歪■、修正。座標■■■■、確定。
■理法■を改訂……
■■理論展開。■ナ■タ■■による■の損害、■■類の損害を概算。推定数字■■■■■■■■■■■■■■。
■■■・■■■双方の生存確率、極低。存在証明、不可能。
■■からの認定・了承を授与。
白星釛を第■の『魔法使い』へと昇格。