おっさんは『魔法使い』   作:全智一皆

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第一話 魔法使いの家(一軒家)

 

■  ■

 時間は一瞬だった。

 律儀に腕時計をしている訳ではない釛には、どれだけ時間が経ったかなんて分かりはしないが、それでもこの移動が、あまりにも一瞬の出来事であるという事だけは理解出来た。

 一分経ったか。いや、もはや数秒の猶予すら無かったのかもしれない。とにかく、それは人の感覚で測るにはどうやっても無理な時間であった。

 

「よし、着いた」

 

 外の景色ががらりと代わり、目の前に広がるのは見慣れたリビング。一人で住んでいるからか、やけに広さを感じる寂しい居間の真ん中に設置されたソファに、怪我した少女をゆっくりと置く。

 

“さて……連れ帰ったは良いものの、ここからどうしたもんかな”

 

 少女を連れ帰った釛だが、しかし実際には完全なるノープランだった。

 少女の顔色は良くない。どこか苦しそうにしている。看護してやりたい所だが、何処を怪我しているのかが分からない以上は下手に動けない。

 かと言って、何処を怪我しているのか調べる為には少女の体を見て、触らなければならない。もし仮に少女が起き上がって叫ばれでもすれば、その時点で社会的な死は確定である。

 しかし、放置していれば怪我が悪化する。法やら罪やらがなんであれ、釛に残された選択肢は少女を看病する以外にはなかった。

 

「―――――――――」

 

 悩み続けている釛を他所に、少女は何の気なしにソファの上で眠っている。いや、怪我を負っている訳だから何の気なしに、というのも間違っているだろうか。

 しかし、先程までの顔色の悪さはない。青かった顔も色艶を取り戻しつつある。看病なんてする必要があるのか? と別の悩みを浮かべたが、すぐにそれを取っ払うり

 それが怪我が完治しているという保証にはならない。放置して傷口にバイ菌やら何やらが入り込んで悪化してしまったなら大事だ。

 

「んー……俺の魔法(コレ)でどうにか出来るか?」

 

 やはりと言うべきか、釛が頼ったのは魔法(それ)だった。

 ―――『魔法』。

 それは彼が30歳の誕生日を迎えた日に突如として発現した、埒天外(らちてんがい)の奇跡。我々がよく知るもの等とは一線を画す、神の御業が如きものである。

 まず前提として、我々がよく知る、或いはアニメや漫画等で『魔法』として見られているアレは、より正確に言うのであれば『魔法』ではなく、『魔術』というものに分類される。

 『魔術』とは即ち、人智にして世界。人の身で起こす事が出来る()()()()()()()()()()()でしかない。

 それはかつて神秘として、世界に少数ながら存在した。だが、時代が進む毎に神秘は薄れて薄れ、遂にはソレを使わずとも人は結果を出せる様になった。

 例えば、火を生み出す魔術を使うとしよう。それを使えば人間は手のひらに火を生み出すという、常人では決してなし得ない、傍から見れば奇跡も同然の現象を演出する事が出来る。

 しかし結果だけを見れば、魔術を使わずともライターやマッチを使えば火は起こせる。わざわざ知識なんか得る必要もなく、道具を使えば『火を起こす』という結果は苦労もなく得られる訳だ。

 だが―――魔法は、それには当てはまらない。

 魔法とは人智にも世界にも含まれる事のない、埒天外の孤独そのもの。神の御業を再現するのではなく、神の御業を発生させる事の出来る奇蹟(きせき)そのもの。

 

 ……はじめの一つは世界を変えた。

 ……つぎの二つは多くを認めた。

 ……受けて三つは未来を示した。

 ……繋ぐ四つは姿を隠した。

 そして終わりの五つ目、とっくに意義(せき)を失っていた。

 ―――しかしさらなる■つは、摂理(すべて)を覆す。

 

 もはや必然とすら言える程の偶然が重なって重なってしまった結果、生み出されてしまった第■の魔法。生まれる事を許容せざるを得なかったソレの効力は、世界に少ない影響を与える事となる。

 その魔法を使える様になった時、白星釛はそれを知った。いや、()()()()()()()()()()()

 それが世界にどう影響するのか。

 その後にどんな反響が待っているのか。

 その反響が世界をどう変えるのか。

 それら全てを叩き込まれた上で、白星釛は――――――

 

「…やめよ」

 

 呆気なく、決断した。

 わざわざ魔法を使うまでの事ではない―――少女の怪我を悪化させない為の転移は別―――迷いに迷い続け、悩みに悩み続けて少女を起こしてしまった際のリスクの方が大きいと、利己的に判断する。

 思考を切り替えて、少女の服に遠慮なく手を掛ける。逡巡してる暇すら惜しい、さっさと終わらせよう。最悪の場合は大人しく捕まろう。

 

“もうこうなりゃヤケだよ。どうせ捕まるなら、せめて最後くらい人を助けよう。誤解になっても、助けられたって自己満足は得られるし……はぁ、なんてくだらねぇ奴だよ、俺は”

 

 そこからは流れ作業だった。

 これまでにないくらいの手際の良さで少女の怪我を発見し、消毒し、手当をして素早く着替えさせ、足掛けを布団代わりにして掛けるという一連の作業を、数分で終わらせたのだ。

 無心だ。ただひたすらに無心。それだけあれば何の問題も無い。それ以外があったら問題塗れでムショ行きだ。

 ふぅ……と、若干の不安感が混じった安堵の息を漏らして、どさっと無造作に腰を床へ下ろす。

 ここまで疲れる事が果たしてあったろうか。30にもなると、やはりどうやっても体力の低下というのは覆せそうにない。

 少なくとも、学生時代はかなり動けていた筈だと、釛は若かりし頃の自分を思い出して、そのあまりにも落ちぶれぶりに一人肩を落とす。

 老いというのは残酷なものだ。ただ過ぎ去るというそれだけで、そしてそれを思い起こすというだけで、ここまで人の気を落とせるのだから。

 

「しかし、なんだ。今を生きる若い女の子が、あんな派手な装甲(もん)身に纏って戦ってるとはな。国は何してやがるんだか」

 

 自分の事など隅に置いて、釛は寝息を立てる少女の方へと視線を移す。

 おそらくは10代後半と言ったところだろう。そんな子供が、武器を持って怪物と戦っているという現実を知ってしまった釛は、世間というものに軽い失望を抱いた。

 今時、少年兵ならぬ少女兵など……と。

 最近では魔法少女などが流行っていると聞く。だが、それはあくまでも空想だからこそ。現実で少女達が怪物と死闘を繰り広げているなど、誰が予想するだろうか。

 彼女が果たして政府公認のソレなのか、はたまた突如としてそういう役目を背負わされたのか。どちらかは分からないが、どちらにしたって彼女からすればろくでもない結末しか待っていない。

 大人というのは、なんと弱い事か。だが、それは自分も同じ事だと分かっているからこそ、それを罵ろうとは決してしなかった。出来なかった。

 自分が勝手に失望する大人と何ら変わりはない。大層な力を持っているにも関わらず、それを振るおうとはしないのだから。

 結論から言うならば、『魔法』を用いればノイズなど目の敵にもなりはしない。それこそそこら辺に転がる石、或いは雑草と何ら変わらないぐらいには、簡単に蹴散らせる。

 釛が持つ事になった『魔法』とは、それだけの事を容易にやってのける。奇蹟そのものと言う表現が間違いではない事を証明する程の奇蹟を発生させる。

 しかし、だからこそと言うべきか、釛は決して行動に移そうとした事はなかった。

 世界を守る為にそれを使う事というのは、詰まる所、世界を壊す事と同義だからだ。

 世界を守る為に世界を壊す。定められた法則(ルール)を捻り潰してしまえば、それだけで世界の在り方というものは、脆く崩れ去ってしまうのだから。

 

「情けない事この上ない。別に望んで手に入れた力でもないけど、それを戦場に身を置く子供の為に使えないとは、お笑い草だ。これじゃあ、俺なんかよりもふざけた人生を歩んじまうじゃねぇか」

 

 自分がろくでもない人生を歩いているという自覚が、釛には有った。

 子供の頃から、大してやりたいものというものが見つけられなかった。やりたいものが見付けられないから、全力というものを出せなかった。

 ()()()()()になりたいでもなく、()()()()()()()()()を開きたいでもなく。

 適当に生きて、適当に過ごして、適当に学んで、適当に就職して、適当にだらけている。そんな詰まらない人生の中で、遂には三十路まで至った。

 悲観的になるにはまだ早いと言う者も居る。それこそ、彼の両親がそれだ。

 自分には勿体ないくらいに良い親だ。幼少から今に至るまで、彼の事を心配し、思いやってくれる善良な二人。

 やりたい事なんて見付けられなかった彼が就職を選んだのは、こんな適当な人生ばかりを歩んでいる自分を心配し、共に居てくれる両親への恩返しの気持ちの現れでもあった。

 しかし、それ故に。自分は情けないのだという理解が深まるばかりだった。

 

「……そりゃ、ダメだろ」

 

 情けない自分だからこそ、と否定を口にする。

 子供は子供らしく在るべきだ。多かれ少なかれ、友達を作って、笑い合って、楽しみ合う事こそが子供の本質だと。

 戦場に赴く訳でもない凡人のお前が何を言うと言われると困るが、しかしだからと言って、その意見をねじ曲げる事は容易ではなかった。

 戦場に身を置いている事が露見して、それを素直に尊敬する人間が果たしてどれ程居るだろうか。大人になればなる程に、人間の醜さというものが嫌でも目に入るし、分からされる。

 とあるライブがノイズの発生によって壊された事故の後、ある一人の少女とその家族がニュースに取り上げられた。

 それには、もはや真実など欠片もなかった。その事故の状況から生まれた誤解による迫害だ。

 表面的な情報だけを馬鹿正直に受け入れて、実際にそれを見た訳でもないのにバッシングを浴びせるバカばかり。被災者が家族を亡くした思いを八つ当たりで少女に投げるなど、見ても聞いても失笑しか出て来ない。

 人間とはそういうものだ。そんなものでしかないのだ。だからこそ、彼は少女の未来が明るいものばかりではないと予測し、そして否定する。

 

「少なくとも……俺みたいな奴には、なってほしくない。俺みたいな奴の手助けなんて大した力にもならねぇだろうけど、それでも―――何もしないよりは、マシだろ」

 

 決意を固めて、立ち上がる。

 一人の魔法使いは、ダサい大人ながらに戦場へ介入する覚悟を決めた。

 自己満足であれ、偽善であれ、それを罵られようとも。けれど手を差し伸べない理由にも、振り払った手を掴まない理由にもならない。

 面倒事は嫌いだし、肉体労働だって得意じゃない。けれど、それをやるだけで一人の子供の未来を支える事が出来るのだと言うのなら。

 

「―――やってやろうじゃねぇか」

 

 一人の大人として、確かな意地を見せてやる。

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