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駆け付けた街は、酷い有様だった。
道路に散らばった黒い灰。それはノイズによって炭化した人間の遺灰。逃げる事も叶わず、殺されてしまった人間の残骸だ。
胸糞悪い。釛は湧き上がる不快感を抑え込みながら、深く呼吸して右手を水平線まで振り翳す。
「人をなんだと思ってんだ、カス共が」
恨みと苛立ちの籠った言葉と共に、空を裂けば―――
釛には、魔術を使用する為の『魔術回路』が存在しない。彼は生まれた時から魔術回路を持っておらず、そしてその素質も無かった。
魔術師の家系の生まれでもなんでもない彼が、魔術を用いる為のそれを持っている訳もないのは当然だろう。だが、そんな小さな現実は奇跡によって呆気なく覆される。
イメージするものなど何もない。ただ虚空を握る様に動作を行えば、それだけで奇跡が起こり世界を変える。
まるで掌で押し潰されたかの様に空間が圧縮されていき、遂にノイズ達の障壁が音もなく砕かれた。
ノイズが特異災害として認定されている最たる理由は、炭化能力などではなく、その防御能力だ。
ナイフも銃も無意味。果てはミサイルですら、物理的な攻撃はノイズに何の効力も発揮しない。
―――『位相差障壁』。
ノイズは『現世に存在する比率』を
『位相差障壁』とは即ち、そのノイズの特性によって創り出される絶対的な盾。自分は触れられる、相手は触れないという理不尽を具現化したかの様な能力だ。
それがあるからこそ、人間ではどうやってもノイズに対処する事が出来ない。その障壁の前では、それが物理法則に従うものである限り全てが無意味と化すのだ。
だが、その障壁は今この時、この場で以て―――奇跡によって破られた。
「
少女を連れ帰った時とは変わって、雲の様な白い魔法陣が重なり合う。
魔力を通すだけで術式を起動させる
陣の中心から槍の鋒が顔を出す。魔術としてはあまりにも不細工で、決して良い出来と言えたものではないが、彼の前ではそんな事は大した問題にはなり得ない。
パキンッ、と。何かが砕ける音が鳴り響いた瞬間、
不細工だった槍が形を整えて、醜い蛹から美しい蝶に孵る様に完成へと至る。光を放ち、輝く鋒は今か今かと獲物に飛び掛からんとする獣そのものだ。
「
猟犬が牙を揃え、大地を駆ける様に空を穿つ。
もはや阻むものなど何もない。敵を護るものなど何もない。物理法則という世界における絶対的なものに囚われながら、しかし世界すら騙る神秘の槍だ。
数にして五つ。たったそれだけの小さな槍は、しかし必ず心臓を穿つ魔槍の如く、敵を斬り抉る。
勢いは止む事を知らず、猟犬は獲物を選ばず牙を立てる。のんきに歩くものも空に浮かぶものも地を泳ぐものもお構いなく、遠慮無しに殺し尽くした。
『――――――』
「うぉっ、集まってきやがった。マジかよ……」
まるで火による羽虫の様に、ぞろぞろと迫る雑音達。標的を
「
自分一人に的が集中した。若干の恐怖を振り払う様に毒づき、大きく後退してすぐに次弾を装填する。
『――――――』
「うっそだろっ!?」
直後、雑音が鳴った。
ハッと気が付き、咄嗟に
肩に乗せられた紺色の手を振り払い、制作途中だった槍を解き放って斬り抉る。
気が付けば四方八方を囲まれ、完全に袋の鼠に成り果てている。油断、慢心とはまさしくこれだ。それを証明するかの様に、
ぐにゃり、と世界が
時が止まる。赤い影が、鋭い目で睨んでいるのを目に写した瞬間、鎮まっていた心臓が大きく跳ね上がる。
「あーっ、ダメダメダメ!!!!
途端、ぐにゃりと歪んだ世界があるべき姿を取り戻し、赤い影が空に溶け込む様にゆっくりと消え失せた。
「っっっっぶねぇ!?!?!? マジで危ねぇッ!? 本当の意味で世界がバグっちまう所だったッ! 人間に対するヘイト高過ぎねぇか世界!?」
力任せに跳躍し、塀の真上に着地してダラダラと流れた冷や汗を拭う。
人は世界を憐れんでいる。人が人の手によって世界が破壊され尽くす事を悔やんでいる。だが、それはただその気になっているだけであり、寧ろ憐れんでいるのは世界の方だった。
星は霊長類の存在を許容した。しかし独り立ちした彼らは、遂ぞ母たる星を侵略する生命体へと成った。だからこそ、その意思は人類自らを殺す影を生み、星は他の星に助けを望んだ。
人の姿をしながら、神の奇跡を操る魔法使いの暴走を許容しない抑止の赤い影。■■を書き換えるという埒外の奇跡は、一歩でも道を踏み間違えれば即座に影を呼び出す。
「そりゃ、やってる事は
書き換えた幾つかの■■を訂正し、再び■■を書き換えて槍を完成させ、障壁を破壊する。
「チンタラしてたら終わらねぇしな! さっさと片付けて、俺はあのガキが起きたのか確かめなきゃなんねぇんだ!
雁首揃えて唸りをあげるは、三十にもなる白銀の
我が物顔で闊歩するノイズ目掛けて解き放たれた猟犬達が、
抉る。
躊躇なく、容赦なく、抉る。
もはや跡形も残る事なく、町を闊歩していた筈のノイズは約三分という僅かな時間で、殲滅された。
「っしゃあッ! 途中マジで危なかったけど何とかなったぜバァカッ! 人間舐めんなっつーの! つか、マジでスゲェな魔法!」
『
それは、人の手によって
智慧による発見。
発見による発想。
発想による実験。
実験による解析。
解析による開拓。
開拓による叛乱。
叛乱による暴力。
暴力による虐殺。
虐殺による平和。
人がこれまで積み上げた、摂理への叛逆の象徴。それまで絶対であるとされていたものは、しかしたかが霊長類によって呆気なく崩されるのだという、星への挑戦状。
無論、本来ならばそんなものが許容される筈もない。『抑止力』と呼ばれるソレが、必ずや赤い影を送り込む。だが、そうしなかった。
―――勘違いしてはならない。決して、抑止力が働かなった訳ではない。
正確には。
ただ、それだけの事なのだ。
何故なら、それは本当にただの偶然なのだから。
あまりにも不自然に思える偶然の産物。奇跡の様な偶然は、本当に奇跡であり、偶然でしかなかったのだから。
「はぁ……死にかけた。マジでアレは危なかった。魔術師だったら絶対に死んでた。容量とか制限があるにはあるけど、魔法ってスゲェんだな。『 』? とかはぶっちゃけよく分からなかったけど……」
魔法を得た者は、本来なら二つに分けられる。
魔法とは根源の渦から引き出された神秘。つまりは、根源に到達すれば必然的に魔法を得る事が出来る。
その逆もまた然り。魔法を開発する事が出来れば、それは根源の到達したも同然だ。
だが、どちらにせよ。
魔法を手にしたその時点で、既にその存在は人ではない。魔法使いとは、人の身では決して起こし得ない奇跡そのものを扱う怪物に他ならない。
しかし、そんな事を知る由はない。彼にとっては、心底どうでもいい事でしかないのだから。
「じゃ―――帰るか」
呑気に、そう口にした瞬間。
「――――――Imyuteus amenohabakiri tron」
「っ……Balwisyall Nescell gungnir tron」
天を斬り裂く美しい歌声が、鳴り渡る。
「ほぉ…これは、何とも。不思議な事があるものだな。いや、ある意味では必然と言うべきか? 人間というのはいつも、全く予想も予測もつかない出鱈目な事を仕出かす」
「なになに? なんかとんでもない案件でも見付けちゃった感じ?」
「おめでとうとでも言っておこう。君の後輩が出来たぞ」
「えっ? うそっ、もう新しい魔法使い出たの!? じゃあ私、もう『最新の魔法使い』名乗れないじゃない!」
「しかも偶然だ。もはや必然とすら言える偶然が重なりに重なった結果、ソレを創り出した。世界が世界なら即刻、封印指定だろうな。凡人とは思えん」
「うわぁ…なんか可哀想。それで? なんかした方が良い感じ?」
「ふむ…いや、放置で構わんだろう。そもそもの
「何それめっちゃ面白そう」
―――二人の魔法使いの会話