『……すか? アークから地上へ! 聞こえますか? ラピ、アニス!』
「なんだこの声?」
どこからか甲高い女性の声が鳴り響く。
「……通信が回復した様ですね。こちらラピ。シフティー、聞こえる?」
『やっと繋がりましたね! 現在の状況はどうですか?』
「新しい指揮官と合流した。現在作戦進行中」
『良かった……! 輸送機との連絡が急に途絶えてしまったので心配してたんですよ!』
「ちょっとしっかりしてよ! 敵陣ど真ん中に輸送機を送るなんて!」
アニスがシフティーに対してぐちぐちと言葉を紡ぐ。
それを聞いたシフティーは。
『……はい? 輸送機を送った該当地域のラプチャーは対空火器を保有していなかったはずです。それでそこに輸送機を送ったんですが……』
「は? どういう事よ?」
そんなはずはない。
現に輸送機はラプチャーによって撃ち落されたのだから。
シフティーの発言と事実が嚙み合わない事にアニスは頭を悩ませた。
「シフティー、輸送機のブラックボックスデータを解析して送ってくれる?」
『分かりました! 現在分析中です! 終わり次第送るので待っていてください!』
「ありがとう、シフティー」
『……ふう、では改めて! 虎杖悠仁様、初めまして。私はアーク情報部に所属するオペレーター、シフティーと申します』
「すっげーこれ、ホログラムってやつ?」
『まあそんな所です! よろしくお願いしますね! ……!?』
「どうしたのシフティー?」
『前方にハイクラスのエネルギー反応を探知! おそらく、ロード級と思われます……!』
「嘘でしょ!? なんでそんなのが出るのよ!?」
「……虎杖指揮官。一時退却を提案します」
「なあシフティー、そのロードってどんな奴なんだ?」
『ラプチャーは本来5段階の種類に分けられるんです。ロード級とは上から2番目くらいの等級なのですが……正直に申し上げます。今のこの戦力ではロードに勝つ事は不可能です。私もラピと同じ様に、一旦退却した方がよろしいかと思います』
ラプチャーはサイズ別に大きく5段階に分類される。
一番大きい分類であるタイラント級、現在虎杖たちの前にいるとされてるロード級、次いでマスター、サーヴァント、セルフレス級。
虎杖がこの世界に来て最初に戦ったラプチャーはサーヴァント、セルフレスなどの比較的下の方のラプチャーである。
「でも、行方不明になったニケはどうするんですか?」
「そりゃ見捨てるしかないよ。地上でいなくなったニケの回収率って0,2%よ?」
このまま行方不明になったニケを放置していいのか、と考えるマリアンにアニスが厳しい現実を浴びせかける。
この世界の地上にはどこにでもラプチャーが存在し、蔓延っている。
そのため地上に出ればラプチャーとの遭遇率は100%、ニケが帰ってこないという事は珍しい事でもなんでもないのだ。
『……仮にロード級と戦った場合、勝率は24%ほどとなります。ですが指揮官の命を完全に保証は出来ません』
「どうすんの指揮官様? 私たちは頭さえ大丈夫なら何とでもなるけど、指揮官様は生身の人間。少しでも攻撃掠ったら致命傷になっちゃうよ? それでも戦うの?」
アニスが本当にやるのか、と虎杖に問いかける。
虎杖は一切迷う事なく。
「やるよ、俺。これまでだってずっとそうして来たんだ。それにあんな奴ら、俺が今まで戦ってきたのに比べればなんとでもなると思う」
「……言質取ったからね? 死んでも私たちを恨まないでよ?」
「安心しろって、俺たちなら勝てるよ」
虎杖は拳をバシッ、と当てて自信満々にそう話す。
『……では、目標前方のラプチャーもといロード級! 皆さん、気を付けてください!』
「「「エンカウンター!」」」
「指揮官は今度こそ私が守ります! 私の後ろにいてください!」
「了解!」
虎杖はマリアンの言う通りに彼女の後ろに隠れ身を潜める。
虎杖悠仁は近接戦闘を仕掛けるタイプの呪術師だが、黒閃や御厨子だけが虎杖悠仁の能力ではない。
彼にはかつて兄であった脹相や京都校の加茂憲紀の使っていた術式、両面宿儺との決戦に備え、後天的に身に着けた赤血操術がある。
そしてその両面宿儺との死闘から半年後。
──────虎杖悠仁は赤血操術のほとんどの術を覚える事に成功した。
「『百斂』」
「『穿血』!」
百斂によって虎杖の掌で圧縮された血のレーザーは音速を超え、確実にラプチャーを貫いていく。
「指揮官様!?」
「指揮官! 大丈夫ですか!? 痛っ!」
貧血で一瞬フラついた虎杖に気を取られ、マリアンが攻撃を受けてしまう。
「俺は大丈夫だ! それよりあの空に浮いてる奴! あれがロード級なんだよな、シフティー!?」
『はい、あれを倒せさえすればこの戦況を打破できるはずです!』
「分かった! ちょっと待っててくれ!」
そう言って虎杖は飛び出し、近くにあった壊れた建物の壁をとてつもない速さで上がっていく。
「人間ってあんな身体能力高かったっけ!?」
「集中してアニス! 敵の増援が来てる!」
虎杖の身体能力にひたすら驚くしかないアニスをラピが一喝。
一方のマリアンは虎杖がまた1人行ってしまった事にムッとしていた。
(私があの人を守るって言ったのに……私だけ何も返せていない……!)
建物を次々とぴょん、ぴょんと飛び渡る虎杖は、ロード級のいる付近まで接近していた。
(この距離なら届く……イケる!)
ロード級が虎杖悠仁を視認すると同時に、虎杖は百斂で全身の血液を圧縮し、構えを取る。
「『穿血』!」
ラプチャーが攻撃を仕掛けるよりも迅く、その赤い血のレーザーはロード級のコアを穿ち抜いた。
~~~
『作戦終了です! お疲れ様でした、皆さん!』
「やっべ……ちょい気分悪い……」
「指揮官、大丈夫ですか? 私で良ければ肩をお貸しします」
「ちょっと血使いすぎて貧血気味なだけだから大丈夫だと思う……きっと」
ふらつく虎杖の身体をマリアンが支える。
この世界に来てから虎杖悠仁はこれで3回ほど穿血を使用した。
少なくともしばらくは使う事が出来ないだろう。
『戦闘をこちらから見ていましたが本当に驚きました……まさかラプチャーを倒せる人間がこの世に実在したなんて……』
「指揮官様ってやっぱり人間じゃなかったりして……」
「……アニス、そういう事を指揮官に言うのは良くない」
「だって、あんな赤いレーザービームみたいなの普通の人間は撃てないよ? それにラプチャーを真っ向から戦って勝つなんて明らかに普通じゃないよ」
実際、アニスの言っている事は間違っていない。
虎杖悠仁は且つて羂索が彼を宿儺の器とするために彼の母親の肉体を乗っ取り産み出した存在であり、彼の身体には生まれつき宿儺の指が1本埋め込まれていた。
そんな存在が普通の人間な訳がない、というのはあながち間違ってはいないのだから。
「……俺が普通の人間かって言われると、本当にそう答えていいのかは分からんけど……でも、大事なのはそこじゃない。たとえ人間だろうが人間じゃなかろうが、そんな事はどうでも良くって。大事なのはどんな役割でもいいから何かする事だと思う」
「指揮官……」
「指揮官様……」
大事なのは人間かどうかではなく役割を全うする事。役割を全うして死ぬ事が正しい死だと、かつての虎杖悠仁は考えていた。
しかし虎杖悠仁は数々の絶望を味わい、多くの人たちと触れ合った事で、心身共に成長していた。
役割なんか無くても、何も残らなかったとしても。
たとえそれでも人の命に価値はあるのだという結論に、虎杖悠仁はたどり着いていた。
「……そうだよね、私たちと一緒に戦ってくれてるんだよね。そんな人を疑るなんて、私どうにかしてたよ。ごめん、指揮官様」
「いいよそんな謝んなくても。俺が人間じゃないって言うのもまあ、あながち間違ってないし」
「そろそろ行きましょう、目標地点はもうすぐそこです。シフティー」
『はい! 最後まで経路を案内します!』
シフティーの声に従って虎杖、ラピ、アニスが目標地点まで走って移動する。
そんな中、マリアンは一人だけ、その場に立ちつくしていた。
「……」
「あれ? おーいマリアーン! こっちだぞー!」
マリアンが立ち止まっている事に気付いた虎杖が手を振って合図を送る。
しかしマリアンは応答しない。
「……俺ちょっと行ってくる!」
虎杖は1人マリアンのいる方向へ戻る。
虎杖がそのまま彼女の肩を揺らすと。
「……あれ、指揮官? 私は……」
「何度も声かけたのに来ないから戻ってきたんだ。大丈夫か?」
「す、すみません……私気が付いていなかったみたいで……」
気が付いたマリアンは虎杖と一緒に移動しようとした途端、脚部からメキメキメキと、部品の折れる音が鳴った。
先ほどまでの戦闘でマリアンはラプチャーの攻撃で足をやられてしまったのだろう。
戦闘不能とまではいかないものの、これでは移動に支障が出てしまう。
そんな彼女の状態を察した虎杖は、マリアンの身体をぐっと担ぎ、自分の背中に背負った。
「し、指揮官……!? そこまでしなくても……!」
「何言ってんだよマリアン、足壊れてるんだろ? なら俺が背負うよ。俺こう見えて結構タフだし」
「で、でも私の様なニケを指揮官に背負わせるなんて……!」
「心配すんなって! 俺ならこの状態でも走れるからさ」
「……そういう事なら、お言葉に甘えて……」
虎杖は負傷しているマリアンを背負いながら、ラピとアニスのいる所まで走った。
~~~
「ここです」
目標地点はここであると、マリアンが告げる。
「本当にここなの……? 何もないんだけど?」
「ここです」
マリアンが言っていた目標地点には誰も居らず、辺りはシーンと鎮まり返っていた。
アニスの発言にも耳を貸していないのか、マリアンは1人歩き出す。
『ラピ! 先ほど頼まれていた輸送機のブラックボックスの解析が終了しました! 至急そちらに送ります!』
「ラジャー」
ラピの目が一瞬赤く点滅する。
それと同時に、カチャリと銃を構え。
──────ラピはマリアンに対し銃口を向けた。
そんなラピの姿を見た虎杖は動揺を隠せなかった。
「何してんだよ……ラピ!」
虎杖の声に一瞬ラピが反応するも、すぐに視線をマリアンの方へと戻す。
「……マリアン、正直に答えて。輸送機を撃墜したのは貴女?」
「……は?」
「なんだよ……それ……」
アニスと虎杖は驚愕の事実を突き付けられ、まともな判断が出来なくなっていた。
「いいえ」
しかしマリアンはいいえ、と答える。
無表情で、私は何もしていませんと言うかの様に。
「二度も輸送機の中で爆発が起きた。今回の作戦で使う予定だったあの爆弾は、外部の起爆信号無しには絶対に爆発しない。そしてその起爆信号の識別コードは────────」
「……貴女よ、マリアン」
「いいえ?」
「……答えて。貴女は何が目的なの?」
「ここです」
「ここです」
「ここです」
「ここです、ここです、ここです、ここです、ここです、ここですここです」
マリアンはひたすらに同じ言葉だけを発し続ける。
それはまるで、壊れたラジオカセットの様に。
『……! 浸食反応を確認! そんな……!』
「チッ……!」
「浸食ってなんだよ……マリアンはなんであんな事になってんだよ……!」
『ラプチャーに中枢神経を乗っ取られたという事です! ……コーリングシグナルを感知! 阻止してください!』
「指揮官! 今のうちに命令を──────」
次の瞬間、地響きの様な強い振動が地面から広がった。
『この振動パターンは……まずいです! タイラントモデルコードネーム、ブラックスミスが来ます!』
「ここここここここででですすすす」
地面から突如として這い出てきたそのラプチャーは、あっという間にマリアンを触手で捕らえ、建物の向こうに消えていった。
『ブラックスミスは地上に上がったニケを捕まえてラプチャーの部品にする特殊モデルです! 実力もさきほど私たちが戦ったロードとは比べ物になりません!』
「……まだ間に合うかもしれない。マリアンも、先発隊のニケ達も生きてるかも」
「ちょっとラピ、何言ってんの!?」
「指揮官、良く聞いてください。あのラプチャーは捕獲したニケを暫くの間保管します。おそらく時間的にはまだ生存しているはずです。助けに行くのか、このままマリアンを見捨てるのか、決断してください」
「……」
「待ちなさいよラピ! あんなのに私たちと指揮官様1人で勝てる訳無いでしょ!? 本当に今度こそ死んじゃうかもしれないんだよ!」
「行くか行かないか、決めるのかは指揮官よ」
「でも……!」
虎杖悠仁は1人、考えていた。
かつて自分が正しい死とは何かについて探していた時の事を。
自分の祖父や兄であり最期まで自分を守ってくれた脹相、そして死刑になるはずだった自分を助け、最期には満足して死んでいった恩師の五条の事を。
きっと彼らにとっては悔いのない死だったのだろう。
脹相は弟を護り、五条は
だが彼女は違う。
好きで浸食されて、こんな目に遭った訳じゃない。
きっとこのまま何もしないまま死んでいいはずがない。
多分、きっと。
─────間違った死だ。
「……シフティー、1つ聞いていいか?」
『なんですか?』
「浸食をされたニケは……元に戻れるのか?」
『……申し訳ありません。浸食から3時間以内なら記憶消去を行う事で治療できるのですが……あの状態では、おそらくもう……』
「……そっか、ありがとう」
「……指揮官、答えは決まりましたか?」
「ああ、決まったよ。このままマリアンを助けてあのブラックスミスをぶっ壊す。それが今の俺のやるべき事だと思うから」
「指揮官様、本当に行くの……? もう助からないとしても?」
助からないとしても助けたいのかと、アニスが虎杖に問いかける。
それでも、虎杖悠仁の答えはもう決まっている。
「それでも……こんな形で死ぬのは、あいつの望んだ死じゃない。マリアンはラプチャーに浸食され素材にされて死にましたなんて望んでないはずだ。だからせめて……助からないとしても、ちゃんとした形で死なせてやりたいんだ」
虎杖の答えを聞いたアニスは、頭をがしがしとかきながらも。
「……いいよ、やってみよう」
『それではこれより、タイラントモデル003、コードネームブラックスミスとの交戦を開始します!』
『エンカウンター!』
多分そのうち伏黒と釘崎の話をやります。
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