暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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001 レトの春

 000 プロローグ

 

 ベレルリの街にある執務館の大広間。傅いた5人の男が見上げるその先で、『黒真珠』と謳われるルトゥ嬢が口を開く。

 にんまりと楽しそうに、碧色の瞳で男達の反応を楽しみながら。

「銀貨、100枚。5ヶ月後の8月30日正午までに持って来なさい」

 銀貨1枚で1つの家族が1ヶ月生活できる額である。

 それを100枚も、たった5ヶ月で。

 絶句する者、思わず口を開けてしまう者。そんな動揺する者たちの中で、ルトゥ嬢から見て左端の紅い髪をもった青年だけは違う反応であった。

 ほのかにだが、確かにその紅い髪の男は笑ったのだ。唇の端をほんの少しだけあげる程度とはいえ、その笑みに不敵さを感じてルトゥ嬢は関心を寄せる。

 その男の名前は――

(レト・レスター)

 心の中でその名を呼ぶ。

(ヤケなのか、それとも一瞬で勝算を弾き出したのか)

 ルトゥ嬢の感覚としては後者だ。その紅い髪の男に激しい興味を惹かれるルトゥ嬢。

 5人を平等に見るつもりだったが、既にルトゥ嬢の興味は一人の男に大きく注がれてしまっていた。

(私を退屈させないでね、レト)

 まだ唇の端に笑みが残っているレトを見ながら、たおやかな笑みを浮かべるルトゥ嬢。

 

 暁騎士団団長選抜試験、第三試験が開始された。

 

 

 001 レトの春

 

 愛おしいと、そう想う。

 だからこそ、どんなに怖くとも、告白すると心に決めた。

 

 季節は春。

 ベレルリの街全体に、温かい春の陽光が降り注いでいるとある日。

 北西の端にある小高い丘。その上に建つ孤児院の庭にある椅子に腰掛けながら、仕事で荷物を運んだレトは眼前の女性に視線を送っていた。

 レトの視線の先にいる人は、この孤児院の院長でもある、ニネエという名前の女性。

 彼女は仕事とはいえ、ベレルリの街の端にある、丘の上という荷運びを敬遠したくなる立地である孤児院に定期的な納品をするレトに、いつも仕事終わりのお茶をふるまってくれていた。

 今日は、いや今日もそんないつも通りの一日だった。晴れの日にはたまに外でお茶をする。庭へ椅子と小さなテーブルを持ち出して、前庭で遊ぶ4人の孤児たちを見守りながらコップを傾ける。つい先日までは5人だった子供たちだが、年長の男の子であるレヴォルはこの春に成人して働きに出ていた。

 誇らしい理由で少しだけ静かになった孤児院に、まだ成人してから5年と経っていない若さのニネエは少しだけ複雑そうに眉をねじ曲げて子供たちを見やる。

 若さに似合わぬ愁眉は苦労した証だろうか。黒い頭巾で少しだけくすんだブラウンの長い髪を隠している、修道服を着たニネエを見てレトは思う。

 ふとした時に聞いた。彼女も孤児であり、お互いに支え合った幼馴染みが居たのだと。

 家族愛のような友情のようなその絆はやがて愛になり、幼馴染みの男の子と恋仲になり。そして立派な男になると言って5年程前に旅立ち、それからニネエに連絡もないのだと。

「生きていて欲しいと思うのです」

 その事を語った時、ニネエは子供には決して見せぬ顔をしていた。待つ悲しみに疲れて、しかしそれでも捨てられぬ愛を抱えたその表情に、成人したばかりだったレトは激しく惹きこまれた。

 そして、もしも。

 もしも、ニネエのその顔を笑顔に変える事が出来たのならば、それはどんな青空を見る事よりも素晴らしいだろう。

 そう考えたレトはチャンスを待った。ただの男でニネエの笑顔に妥協をしたくない、誰よりも素晴らしい肩書きを持ってニネエに想いを伝えたい。

 ニネエと幼馴染みと同じ事を考えていると気がついたレトはその時に思わず自嘲の笑みを浮かべたが、レトがいきなりふふふと笑みを浮かべたその意味をニネエに悟られる事はなく。

 そして随分と時を過ごした最近、とうとうそのチャンスを掴むところまでたどり着いた。

「ニネエ」

「はい。どうしましたか、レト?」

 少しだけ覚悟を持ってニネエに話しかけたレトの様子を見て、お茶のお代わりの催促ではないことを機敏に察知するニネエ。

 リラックスしていた腰を伸ばし、真っ直ぐな姿勢で真っ直ぐにニネエの蒼い瞳を見て、レトは決まった事を口にする。

「ベルガー商会の関係者として、ここに定期的に来るのは今日が最後になる」

 そんな内容の事を言われるとは思わなかったのか。ニネエは驚きの表情を浮かべた後、真面目な顔で取引相手であったレトの事を見やる。

「理由をお聞きしてもいいのかしら?」

 レトが孤児院に品物を卸すようになったのは彼が成人する前のことであり、彼とニネエの付き合いはもう3年程にもなる。このくらいの事を聞いてもいいだろうと思える程度にはニネエもレトに親近感を覚えていた。

 そしてレトもニネエのその言葉を待っていましたとばかりに受け取り、にこやかな笑顔で返事をする。

「暁騎士団の団長選抜試験ってあるだろ」

「ええ、私も聞いていますわ。

 デレルレア公爵家のルトゥ嬢が成人のお祝いに新設される騎士団の総帥となること。

 そしてその団長の選抜は、身分に関係なく広く全ての方に門戸を開いて優秀な人材を求めたということ」

 ベレルリの街で最も格式のある貴族、デレルレア公爵家。先代が齢43という若さで早逝し、今はルトゥ嬢の兄が老いた先々代の庇護を受けて統治している。そして、その補佐をしていた幼くして神童と呼ばれた妹のルトゥ嬢。新たな騎士団を創設して彼女に一軍を任せるというニュースが公開されたときは、驚きを以て街中を駆け巡ったものだった。

 半年ほど前の話を思い出しながらニネエが続けて口にする。

「それが何か?」

 きょとんとした顔で問いかけるニネエにレトは心が温かくなる。

 普段は頭が回る賢しき女性であるのに、こういう事に関しては勘が悪くて、どこか愛嬌があると。

 そんな愛おしい女性を見ながら、余裕たっぷりにもったいぶって答えを言うレト。

「二次試験、通ったんだ」

「……」

 一瞬、時間があきそれから間の抜けた声がニネエの口から漏れる。

「え?」

「一次試験、体力試験。二次試験、筆記試験。

 明日、三次試験の説明がルトゥ嬢直々にお達しいただけるらしい」

 ぱしぱしと目をしばたかせるニネエ。

 ぽかんと開いた口が、普段はきりっとしているニネエらしからぬ可愛らしさを見せてくれて。それがまた可愛いなとレトは思う。

「えええええ!! 騎士団長って事は貴族様で、レトは貴族様になるんですか!?」

 前庭で追いかけっこをしていた子供たちが思わずこちらを振り返った、素っ頓狂な大声。

 レトは苦笑しながら彼らに手を振り、何でも無いことを示す。ニネエも恥ずかしそうに子供たちの方を向いて笑顔で手を振った。

 ニネエやレトに何事もない事を確認した4人の子供たちはまた遊び始める。それを確認したニネエはこほんと軽く咳払いをしてレトへと向き直った。

「それで、レト……」

「それは流石に気が早いよ、ニネエ」

 穏やかな声でそう口にするレト。

「まだ三次試験と最終試験が残っている。何人が三次試験に残っているか知らないけど、ここまで勝ち残れるのは猛者ばかりだ。オレがその中の一員である事を謙遜する気はないが、暁騎士団長になると言えるほど自信がある訳じゃ無い」

 ただ。そう前置きしながらお茶の入ったコップを顔の側まで持ち上げて、レトは不敵に笑う。

「勝ち取る気では、あるけどね」

 レトの気負わぬ態度を見せつけられたニネエは、はーと感嘆の息を吐きながら次の言葉を口にする。

「ここに来たばかりの時は幼かったレトも、立派になりましたね」

「それは暁騎士団長になってから言って欲しかったな」

 笑いながらお茶を口にし終えたレトは、ゆっくりと立ち上がった。

 いつもと変わらぬレトが帰る時の様子。今日のそれが最後だと思ったニネエは、少しだけ悲しみをもった瞳で椅子に座ったまま見送る。

「そろそろおいとまするよ、ニネエ」

「ええ、レト。今までありがとうございました」

 レトが定期的に孤児院に来なくなることを重く捉えすぎている様子のニネエに、イタズラ染みた笑みを浮かべながら声をかける。

「ちなみに。仕事で定期的に来なくなるだけで、全く来なくなるわけじゃないからな?」

「…………」

 早とちりをしすぎたニネエは顔を赤くしてうつむいてしまう。

 普段しっかりしているニネエがここまでドジを連発するのを微笑ましく見るレト。孤児の年長者であるレヴォルが巣立ったのと併せて、レトも居なくなるというのが堪えたのだろうと分かっているレトは、深く触らずに一言だけ置いておく。

「ニネエ」

「な、何でしょうか?」

「暁騎士団長の試験結果が出る頃に、聞いて欲しい話があるんだ」

 真剣な様子のレトに、ニネエは今までの狼狽を忘れてきょとんと立ち上がっているレトを見上げた。

「? それは、今じゃダメなんですか?」

「ああ。その時に聞いて欲しい話がある」

 そう言ったレトの言葉に。不思議そうに首を傾げたニネエは、それでもしっかりと頷いて返事をする。

「よく分かりませんが、分かりました。その時にレトの話を伺います」

「ああ、約束だよ。ニネエ」

 快い返事を貰えたレトはにっこりと笑みをこぼす。

 出来れば大きな場で、みんなに祝福して貰いながら恋人同士になって貰いたい。そんな淡い恋心を熱く持ちながらレトはゆっくりと歩き出す。

 空は快晴、雲は白い。太陽は高く、風は穏やか。

 小高い丘の上にある孤児院から、順風を受けてレトはゆっくりと道を下るのだった。

 

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