暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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010 丘の上の孤児院で

 

 010 丘の上の孤児院で

 

 翌日。

 ベロンガが西のアテ湖への荷物の準備をする一日、レトは時間が余っていた。

 そこでレトはベルガー商会から荷物卸しの仕事があったはずだと話をつけ、西の丘の上にある孤児院へと重い荷物を持って向かう。

「ふぅ」

 まだ朝の早い時間、更には初夏の前の季節という事で暑さはそこまでではないが。しかし、じっとりと汗が流れるのは止められない。

 爽やかな風が吹く草原(くさはら)の真ん中で、レトは腰にくくりつけた水筒を持ち上げる。

 竹でできた水筒を傾け、ぐびりと水を飲んで一息。

「よし」

 顔を上げれば、だいぶ近くに孤児院の姿形が見えていた。レトの愛するニネエがいる場所まであと少し。気合いを入れ直し、しっかりと足を進めていくレトだった。

 

 ◇

 

「あ、レトだ!」

「レト、久しぶり!!」

 孤児院の前庭で家庭菜園をしていた子供たち4人が丘を登ってくるレトに気がつき、わらわらと群がってくる。

 レトを言い訳にかこつけたちょっとしたサボりだと気が付きつつ、レトは苦笑いを浮かべながら4人の子供たちの頭をわしわしと撫でた。

「みんな、久しぶりだな。元気にしていたか?」

「うん。私たちもニネエ先生も元気だよ!」

 レヴォルがいなくなった為、代わりに年長者となったちょっとおませな女の子、メイナが代表して口を開く。

 ふと孤児院の方に目を向けてみれば、そこには窓からこちらを見ているニネエの姿が。ペンを持ったままの手でレトに向かって手を振っている。どうやらニネエは室内で書き物の仕事をしているらしい。

 にこやかな笑みを浮かべながらニネエに手を振り返したレトは、その後にパンと手を叩いて子供たちに話しかける。

「じゃあオレはニネエと仕事の話をしてくる。お前たちはちゃんと仕事をしておけよ。

 そうすれば今日はみんな芋が1個多く食えるぞ」

 レトのその言葉に子供たちは歓声を上げながら畑に戻っていく。

 レトが来るときはお土産として何かしらを持ってくる事が多い。それを知っている子供たちも現金といえば現金だが、食べるものも多くないこのご時世で子供たちのハートを掴むために四苦八苦しているレトの知恵とも言えるだろう。

 子供たちが働いている前庭を通るレト。2人が力を合わせて深い井戸から水をくみ上げる。くみ上げられた水を畑にまく子と、雑草を取る子。みんな真面目に働いている。

 それを満足そうに見るレトは、やがて孤児院の入り口に辿り着いた。そのタイミングで中から扉が開けられる。

「いらっしゃい、レト」

「久しぶり、ニネエ。ベルガー商会からの荷物を届けに来たよ」

 まずは仕事の話。

 この孤児院を運営しているのはベルガー商会である。将来優秀な商会員を確保する為に、孤児達に幼い頃から教育を施すのがこの施設の目的だ。

 行き場の無い孤児に食べ物や寝床を与える代わりに将来の人員を確保するという考え方をする者はベレルリの街でも少ない。この一点だけでもベルガーが優れた男だと分かるだろう。

 それはさておき孤児院の中へと入り、奥にある日当たりの悪い部屋へと進む。そこは倉庫であり、ベルガー商会から送られた食料などを保管する少し涼しい部屋だ。

 そこでベルガー商会から持ってきた荷物と、ベルガーから申し送られた手紙をニネエに渡す。ニネエは真剣な表情で手紙を開き、その内容を吟味する。

 食料品を筆頭に物資は貴重だ。荷物を運ぶ者がちょろまかす可能性は絶対に否定できず、これは運び屋が信頼できるかとかそういう問題では無い。むしろ信頼し続ける為にこういった事に目をとがらせて、お互いに今回も間違いが無かったと笑い合えるのだ。

 それなりの時間をかけて目録と品物を照らし合わせ、間違いが無いことを確認してからようやくニネエの顔がほころんだ。

「荷運びお疲れ様です、レト。お茶を淹れますね」

「ありがとう、ニネエ。少しだけゆっくりしていくよ。あ、これはオレからのお土産だ。

 今夜のご飯の足しにしてくれ」

 そう言って5つの白丸芋が入った袋をニネエに手渡す。それを受け取ったニネエはほっこりと笑いながらレトに声をかける。

「ありがとうございます、レト」

 そう言って2人で倉庫から出て、鍵をかけるニネエ。

 そのまま前庭が眺められる部屋に行き、窓際に置かれたイスに腰掛けるレト。ニネエがお茶の準備で戻ってくるまでに少しだけ時間があり、何をするでもない時間を過ごすレト。

 目の前にあるテーブルに目を向けてみれば、そこには先ほどまでニネエが書いていた手紙があった。どうやらベルガー商会への報告書らしい。

(これはあまりジロジロと見ない方がいいな)

 そう思ったレトは視線をずらし、窓から前庭を見る。そこからは威勢良く働いている子供たちがよく見える。

(ニネエがここで仕事をするのも分かるよな)

 そう思っているレトの前にことりとお茶のコップが置かれた。

「お待たせしました」

 ニネエがレトの分のお茶を置いた後、自分もレトの向かいに座って己の分のお茶を置く。

 そして手早くテーブルの上に広がった書き物を集めてしまい、代わりに先ほどのレトが持ち込んだ荷物の目録にニネエのサインを入れて眼前にいる紅い髪を切りそろえた青年に手渡した。

「ベルガーさんによろしくお伝え下さい」

「承ったよ、ニネエ」

 穏やかな顔でニネエから書類を受け取るレト。これで仕事は終わりであり、荷物を運んだ証拠であるニネエのサインをベルガーに見せれば報酬が貰えるという訳だ。

 レトは自分の眼前に置かれたカップを持ち上げ、口に運ぶ。ベレルリの街ではどこにでも咲く、はっきり言ってしまえば雑草の一種でもあるハーブ。それを煮出したハーブティーだ。この孤児院に来た時はいつもこのお茶が差し出される。

 それを口に運びながら、愛しいニネエを見るレト。彼女を見てレトはニネエを愛した時を思い出す。

(懐かしいな・・・・・・)

『私も孤児だったんです』

 昔、レトが自分の身の上を明かしたときにニネエが言ってくれた言葉。

『悲しいですよね、苦しいですよね。自分に親がいないって。

 自分の血を分けた存在が見えないって、守ってくれないって』

 ニネエは自分の事と前置きをしつつも、口にした言葉は確かにレトの心情に寄り添ってくれていた。ベルガーでは決して理解出来ない感情、血を分けた血族がいないという恐怖と寂しさ。それを悲しげに言葉に乗せながら、不安定なレトを案じてくれる確かな優しさ。最初は、そんなニネエに惚れ込んだのだ。

 それからというもの、ニネエをよく目で追うようになった。子供たちを温かく見守る横顔や、レトが持ち込んだお土産に無邪気な笑みを見せる年上の女性。そんな彼女にレトが夢中になるのに時間はかからなかった事も続けざまにレトの脳裏に浮かぶ。

 それと同時にニネエの黒い頭巾にも視線が寄ってしまう。彼女の幼馴染みである恋人から贈られたというプレゼント。痛みやすいニネエの髪を守る為にという心配が込められた、ニネエの宝物。

『毎朝、これを身につける時に彼を思い出すんです』

 嬉しそうに寂しそうに語ったニネエの表情が、鈍くレトの心に突き刺さった時もあった。

 そんなことを思い出しつつ、どこか心落ち着くまでになったレトは穏やかな心持ちでカップを置く。

 そしてニネエが知ることがなく心配しているだろう、この春にベルガー商会に勤める事となった少年についてを話題にする。

「レヴォルは頑張っているよ」

「そうですか」

 レトと同じくハーブティーが入ったカップを口に運んだニネエは、ほぅと温かい息を吐き出して答える。

「心配だったんです。私の初めての教え子ですし、上手くやれているのかって。

 ベルガーさんを疑うわけじゃ無いですけど、やはり商会は厳しいですしね」

「まだ当分は丁稚扱いだろうけど、休みが取れたらここに顔を出すように伝えるよ。

 あいつもニネエやみんなに会えば元気も出るさ」

「ええ。あの子にとっての育ちの家である自負は私にもあります」

 茶目っ気を含めて笑いながらレトに向かって返事をするニネエ。

 またちびりとお茶を口に運んだニネエは、こんどは彼女からレトに話題を振る。

「暁騎士団の団長選抜試験はどうですか?」

「そりゃ厳しいよ。ルトゥ嬢も無茶を言う」

 苦笑いであるそれより重い表情で答えるレト。

「ちなみにどんな内容かお聞きしてもいいですか?」

「5ヶ月で銀貨100枚を集めろってさ」

 肩をすくめながら言うレトに、ニネエは呆気にとられた表情を浮かべる。ぽかんと表現できるだろう丸く開いた口が塞がれないあたり、彼女の受けた衝撃の大きさを物語っていた。

「…………それは、また」

「ま、なんとかするしかないけどな」

「…………。なんとか、できるのですね」

 疲れたように自分の目をもみほぐすニネエ。くすくすと笑いながら、以前にボドロ卿に語ったような事を言うレト。

「暁騎士団の団長になればそういった無理難題をどんどんと押しつけられるんだ。いちいち無理だと言い訳はできないよ」

「それはそうですが……」

「それに」

 それでも無理なものは無理だと言いたげなニネエに、レトが被せるように口を開く。

「ニネエに話を聞いて欲しいから」

 騎士団長となって、立派な男になったと胸を張れるようになった時に。ニネエの満面の笑みを見るために。

 そんな思いを隠したレトの言葉を聞いてくすくすと笑うニネエ。

「レトの話ならいつでも聞きますのに」

 その言葉を聞きながら、ゆっくりとお茶のカップを口に運んだレトは言葉を返さなかった。

 ただ、今はその時では無いと思っていた。

 

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