暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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011 アテ運河

 

 011 アテ運河

 

 更に翌日、その早朝。

 レトはベロンガと約束した場所に来ていた。ベレルリの街の西、だんだんと街の家々が農耕地や牧草地に変化する場所に建てられた、質素な門。

 木で出来たそれは一般的にはアーチとも呼ばれ、扉も何もない。ただ潜るだけの建造物であり、ただしここからは明確に街の外と中を区切るという意味もある。

「お待たせしやした」

「マジか、お前」

 そこに姿を現したベロンガに、レトは少々驚かされた。

 ベロンガは荷車を引いて現れたのだ。街の外では獰猛な獣や北のスラム出身の盗賊などがいるというのは、行商人をやっているのならば知らない筈がないだろう。それなのに鈍重な荷車に金目の物を山積みして、極めて逃げにくい荷物を持って現れたのだ。せめて牛や馬に引かせるなら速度も出るだろうが、引いているのはベロンガ本人である。

 そんな感想を持つレトにシシシと笑みを見せるベロンガ。

「何せあっしと一緒に旅をするのはもうすぐ暁騎士団の団長になるお方だ。身を守るのに不足はないでござんしょ?」

「オイオイ」

 これにはレトも呆れるよりも先に感心してしまった。どうやらベロンガはレトを自分の護衛として使うつもりらしい。しかも大森林で得た素材を売った分の半分を渡すという約束を盾にして。

 上手く使われたと思うレトだが、上手く使われすぎてむしろ清々しい気分になる程である。

 ここで護衛しないと言えばベロンガも困るが、大量の銀貨を必要とするレトも収入が減って困るのだ。

「まあ、アテ湖まで3日程度の道のりでさぁ。それよりも長くかかるようなら、旦那に延滞金を払いやすぜ」

「本当に強かだな、ベロンガは。いいよ、それで」

 問答する時間も惜しければ、する意味もあんまりない。

 レトはそう言うと歩き出し、ベロンガも荷物を満載した荷車を引いて歩き出す。

 道は案外しっかりしている。(なら)された土は歩きやすく、大きな岩や邪魔になる木もない。ただただ長い一本道が続いているだけだ。

 前ではなく左右を見れば、そこには川が見える。数代前のデレルレア公爵家が公共事業で作り出した運河、アテ運河だ。人口が増え続けるベレルリの街の水不足を解消する為にアテ湖から水を引いて、街の人々の喉を潤している。2本の運河はメンテナンスなどの間、片方の水が干上がってももう片方が水を流し続けられる為だ。

 細かいところでも人間の知恵が光っているとはベロンガの談。

「ふう、ふう……」

 額に汗を流しながら荷車を牽くベロンガと、自分の荷物だけを持って進むレト。

 しかしレトとしてはベロンガを助ける訳にはいかない理屈もある。先ほど言った通り、もしも何者かの襲撃があれば、それに対応するのはレトだ。その時に荷物を運んで体力がありませんでした、なので殺されましたでは身も蓋もない。レトは体力を温存することが仕事なのだ。

 ただただひたすらに歩くだけの時間。大森林のように危険な動植物はなく、見晴らしもいいので奇襲を受ける心配も少ない。

 暇である。暇ではあるのだが、これは人間が苦労して作り出した安全だ。

「もうすぐ橋ですぜ」

「そうか。要注意ポイントだな」

 ベロンガの言葉に答えるレト。運河に挟まれたこの道は、襲撃をする人間にとっても厄介だ。何せ襲った後に左右に逃げられないのだから。

 そこで運河を渡れるように作られたいくつかある橋のところで襲撃する。終わった後、速やかに道から外れて逃げられるように。

 ガラガラと音を立てながら進む荷車に、緊張を少しだけ高めるレト。

 注意深く、左右の木で出来たそれなりに大きい橋の様子を見るが違和感はない。そのまま素通りしていく2人。

(・・・・・・・・・・・・)

 ただし、レトだけはねっとりとした視線が送られている事に気がついていた。しかしながら今は襲ってくる気配もなく、荷物を運ぶベロンガを置いて視線の主を確認する余裕もない。結果的にレトたちをみる不審者を見逃すほか無い。

 結局この日はそれ以外に特筆する事無く、夕暮れ前まで歩き続けられたのだった。

 

 ◇

 

 この道を使う者は少なくない。となれば普通、3日の日程のうち2日夜を明かす事となり、そこでは宿場町染みた事になるのも不思議では無いだろう。

 とはいえ、この道を通る者は金を落とす者は少ない。どちらかというと金を稼ぎに来ているものばかりだからだ。

 だからこそ、金ではなく物を落とす。そしてこの周囲で農業を営んでいる者たちは、街まで時間をかけて必要品を買いに行かなくても行商人から購入する事ができるのだ。

「へい、いらっしゃいやせ」

 簡単な野宿をする為に用意された、だたっ広い空き地。レトはそこで野宿の準備をするだけだったが、ベロンガは周囲の農家へと走って物売りに来た事を通達。それを聞いた人々がちらほらとこの場に現れた。それを期待していたベロンガは一部の荷物を解き、地面に敷いた布の上に商品を広げている。

「ベロンガさん、いつもありがとうね。今日はどんな品があるのかしら?」

「以前来た時に打ち身に効く薬や熱冷ましが欲しいと聞きやしたんで。医療薬を中心に仕入れてきやしたぜ」

 にこにこと愛想のいい中年の女性と、ニコニコと愛想笑いをしている若者というには歳を取り過ぎているベロンガ。

 ベロンガは布で包んだ二枚貝の殻の片割れを取り出す。貝貨よりも随分と大きいその貝殻には軟膏が詰まっており、そちらは打ち身に効く薬。

 油紙に包まれた緑色の粉薬は熱冷ましの薬。油紙も安いものではないので、こちらはそれも含めた値段設定になっている。それぞれ、貝貨30枚と銅貨1枚の売値だ。

「手持ちの薬がなくなってたから助かるわ。ウチの子はよく熱出すし、旦那は打ち身が多いし。……でも、高いわね?」

 提示された金額を見て眉を顰める中年の女性に、人当たりの良い笑みを浮かべながらベロンガが言葉を口にする。

「安心を買う為に金ってモンはあるんですぜ?」

「口が上手いわねぇ。でも、本当に死んでからでは遅いからね」

 しぶしぶといった様子で貝貨30枚と銅貨1枚をじゃらじゃらと手渡す。農家の人々にとっては決して安い買い物では無いが、命の危機に瀕した時に薬がないとなれば本当に命に関わる。必要経費と割り切るしか無いのだ。

「へい、毎度」

 一方のベロンガといえば、そのお金を心底嬉しそうに懐にしまい込む。品物を必要とされてそれを卸すのは商人冥利に尽きるし、それで利益を得られれば尚更だろう。このお金で飲む酒はよほど美味いに違いあるまい。

「ちなみに、次はどんな品物が欲しいとかのご要望はありやすか?」

「そうねぇ。旦那は農具が傷んできたとか言っていたけど、私は農具の事は分からないし。

 ただ、そろそろウチの末っ子の誕生日のお祝いがあるのよ。年に一度の事だし、甘いものか砂糖でもあれば助かるわ」

「へいへい、祝いに甘いモノ、と」

 ベロンガはどこからともなく木簡を取り出し、注文をメモしていく。それを見てにっこりと笑った中年女性は買った薬を大事そうに抱えてこの場を後にする。

「次はワシがいいかな?」

「ミロノの爺さん、毎度ありがとうございやす。釘をいくらかご所望でしたね?」

「仕入れられたかの?」

「もちろんでさぁ」

 ニヤリと笑ったベロンガが布の袋を取り出す。それを受け取り、中を確認したミロノと呼ばれた老人は満足そうに笑うのだった。

 

 そのまま幾人もの客を捌いたベロンガは、疲れた顔色の中にも満足そうな笑みを浮かべて店じまいを始める。

 もう太陽はほとんど沈んでおり、空の一方は黒くなっている。それを見つつ、手持ち無沙汰だったレトは夕食の準備をしていた。

 大森林では色々と神経を使ったが、ここでは火を熾すのにも注意は要らないし、水も近くにあるアテ運河からいくらでも汲める。白丸芋を蒸かしたものを4つ準備したレトは、そのうち半分をベロンガへと差し出した。

「へへ、旦那に雑事を任せてしまうとは恐縮ですぜ。暁騎士団次期団長さまに給仕をさせるなんて、贅沢過ぎて罰が当たりそうでさぁ」

「まだまだ。確率は5分の1さ」

 熱々の白丸芋の皮をぺりぺりと剥がし、それを口に入れるレト。皮も関係なく、蒸かした白丸芋にかぶり付くベロンガ。

 闇夜を天井に、熾した火を囲んで食事をする2人。

「しかしベロンガも随分と顔なじみが多かったな」

「まあ、アテ湖との行商を始めて……もう5年になりやすか。多少は顔も広くなって貰わなくちゃ困るってもんですぜ」

 くっくっと笑い、もぐもぐと口を動かすベロンガ。一方のレトとしては南の大森林には詳しいが、西の方面やアテ湖の情報には疎い。

 これからベレルリの街を護る騎士団の団長になろうという身である。護るべき対象の事を知っても損はないだろう。

「……この辺りのことを詳しく聞いてもいいか?」

「お? 勉強ですかい、旦那。結構結構。あっしの話で良ければ聞いて下さい」

 

 ベロンガは語る。

 ベレルリの街の西側、アテ湖との間にある広大な土地はそのほとんどが農耕地や牧場であり、ベレルリの街ならずアレクシア共和国全体の胃袋を満たしている。

 主な生産品は主食である芋。旨味の強い白丸芋と、甘みの強い長甘芋の生産が盛んである。

 その他にも豆や野菜や着物の元となる麻などの生産もされており、雪が降る冬には家に閉じこもって布を織ったりしながら雪解けの春を待つ。

 アレクシア共和国の食料庫であるからして食料品に困る事はあまりないが、一方で鍛冶や細工といった分野は不得手であり、農作物を売って鉄具や薬などを買って生活する。その仲介をするのがベロンガなどの行商人だ。

 また、広大な土地があるとはいえ、それが支える人口もまた多い。飼育に広い土地と多くの飼料が必要となる家畜の育成は多くはなく、肉はやや高級品となっている。

 ところどころに林や森も残っており、そこでは野生動物も数多く棲んでおり、畑に対する獣害も深刻。一方で薪などの燃料もそこで補充しているので一長一短。

 そして最後に。ここの辺りの警護は太陽騎士団第三部隊が任されており、今回のベロンガの主な商売相手となっている。

「とまあ、こんな感じでやすかね。

 太陽騎士団第三部隊はアテ湖の傍にあるテペス村。そこがあっしらの目的地っていうのはもう話してありやしたね」

「そこを聞かないと話が始まってないからな」

 そう言いながら闇夜で見通しが効かない周囲を見るレト。

(……そうか)

 ここが、この場所こそがベレルリの街を含めたアレクシア共和国全ての食を支えている場所であり、それを護っているのは騎士団である。

 暁騎士団の団長になるという事は、その一翼を担うと言うこと。

 多くの人に認められる立場というのは、その分責任も大きくあるのだ。

 自覚していなかったその重さの一端に触れ、レトはぶるりと小さく震えた。

 

 それは夏が近づく夜の寒さで無いことだけは理解できていた。

 

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