暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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012 テペス村のコレレン卿

 

 012 テペス村のコレレン卿

 

 アテ運河を遡ること3日。

 予定通りの時間をかけ、夕方の前にレトとベロンガはアテ湖のほとりにあるテペス村へ辿り着く。

「って言っても、村って感じはしないな、ここ」

「軍事拠点みたいなもんでやんすからね」

 レトのぼやきをベロンガが拾う。彼らが目にしている風景を見れば(むべ)なるかな。いわゆる村人という者達はおらず、居るのは太陽騎士団の団員ばかりだ。湖のほとりと云うことで、魚や貝を捕りに出ているのも騎士団員で、大き目の船1隻が停泊できそうな小さな港を整備しているのも騎士団員。

 湖の端にかかった巨大な水車を動かしているのも騎士団員だった。

「ベロンガ、アレは?」

「見た通りでさぁ。アテ運河は水車で水を引いていて、その動力は人力なんでやんす」

 ペットとして小さい鼠を飼う事があるのはレトも知っているし、その鼠の遊び道具として回し車があるのも知っている。

 しかし、それが巨大になって人が回しているとなると、どこか場違いなものを感じられずにはいられなかった。

 その水車が回り、湖よりも大分高い場所に崖の上に水が流し込まれている。これがそのままアテ運河へと流れて、ベレルリの街の喉を潤すのだろう。

「…………」

 街の人々が水を手軽に汲む為に、騎士団の人々が大きな苦労をしている。そしてその原資は人々から集められる税金なのは違いあるまい。

 税金を払うのはもちろんレトもイヤだが、見方が少し変わりそうな光景がそこには広がっていた。息を切らしながら水車を回す騎士団員は、ベレルリの街への水の供給を絶やさぬように、遅滞なく水車を回している。

「さてと。コレレン卿はどこにいるんでやんすかね……」

「コレレン卿?」

 そんなレトの感慨には付き合わず、ベロンガは周囲をキョロキョロと見渡しながら人を探していた。

 聞き覚えの無いその名前に、思わずレトが聞き返す。

「ええ、コレレン卿。この太陽騎士団第三部隊を預かる部隊長でさぁ。あっしに荷の依頼を出した御方でもありやす」

 それでもぱっと見でコレレン卿を見つけられなかったベロンガは、たまたまそこに歩いていた女騎士団員に声をかける。

「もし、そこの方」

「はい、なんでしょ――」

 にこやかな表情を浮かべかけた少し年嵩のある女騎士団員だったが、誰に声をかけられたのかを理解した途端に表情が引きつった。明らかにレトではなくベロンガを見ての反応だった。

「――何でしょうか、旅商人ベロンガ」

「へへへ。そう邪険にしなさんなって。コレレン卿に頼まれた品を卸しに来たんでやんすから」

 明らかに負の反応を返されながら、ベロンガはそれでも全く堪えずに話を続ける。

 その言葉を聞きながらも女騎士団員の声は素っ気ない。

「同じ手には乗りませんよ。あなたのそう言った言葉を信じて、約束がないのにコレレン卿に取り次がせてしまったのは私です。

 お話は私が伺います。どうぞ」

「信頼ゼロじゃねーか」

「いやはや、面目ない」

 レトの的確なツッコミにぽりぽりと頭を掻くベロンガ。

 しかしされとてベロンガはめげない。ギラリと目を鋭くすると、商談を開始する。

「ま、いいでしょう。コレレン卿に会うのは後回しで。

 今日卸しに来た荷物はいつもの芋焼酎や砂糖などの嗜好品、それから故障した工具の買い換え品、それから南の大森林で採れた品々がいくらか」

 最後の言葉に驚きの表情を見せる女騎士団員。

「南の大森林の!? あなたにそんなツテはなかったはず……」

「へへへ。こちらに居るレトの旦那と危険を掻い潜ってかき集めて逸品でさぁ。

 コレレン卿直々に頼まれた品でもありやす。頼まれたゴロルの樹液もたくさんありやす」

 そう言って自分が引いてきた荷車を指さすベロンガ。呆然とした様子で荷車を検めれば、女騎士団員が今まで見たことがないような木の実もあるし、10本以上の竹の水筒には水車を円滑に廻す為のゴロルの樹液もあった。

「…………」

「さて、では商談に入りやしょうか。

 いつもの品はいつも通りの値段で結構でやんす。芋焼酎や砂糖は銅貨40枚、故障した工具の買い換え品は銅貨10枚。合わせて銀貨1枚。

 それから南の大森林で採れた珍味は銀貨3枚、ゴロルの樹液も全部で銀貨3枚。合わせて銀貨7枚を頂戴したいと存じやす」

「ななっ!?」

 銀貨7枚という大金は、明らかに女騎士団員が扱える裁量を超えていた。それはもう大きく超えていた。

 それにベロンガの言う値段が適正かどうかも分からない。あまりに流通が少ない南の大森林の物品は、相場も一般的に知られていないモノなのだ。

「い、いくら何でもそれはぼったくりでしょう!?」

 それでも銀貨7枚の支払いに簡単に頷く訳にはいかない女騎士団員だったが、首を横に振るベロンガの口調の鋭さは衰えない。

「これは意外なお言葉。南の大森林に入って無事に帰って来るのがどれだけ大変か分かっていやせんね?

 100人が入って1人が生還出来るかどうかなのが南の大森林。そこでしか採れない品の依頼を出しておきながら、銀貨6枚でぼったくりとは」

「う……」

 女騎士団員も南の大森林がとてつもない危険地帯だという事は分かっている。

「いわばあっしの命の価値でやんすよ、今回の取引の値段は。それをぼったくりとおっしゃると?」

「ちょ、待ちなさい。この値段を私の裁量で決めることは出来ないわ。コレレン卿に相談して――」

「おや。先ほどはこの取引は貴女がお聞き頂けると確かにこの耳で聞きやしたがね?

 お忙しいコレレン卿を煩わせるまでもないでしょう。

 ああ、銀貨6枚は安すぎると? 確かにあっしの命をあっしが安く見積もるのはよろしくなかった。では銀貨9枚で――」

「そこまでじゃ」

 調子に乗り始めたベロンガの言葉を遮るように老いた男性の声が響く。

 そこにいた3人が、特に女騎士団員が安堵したようにそちらに顔を向ければ。髪が白くなった老人が、それでもしゃんと背筋を伸ばして立っていた。上等な布で仕立てられた豪奢な衣装を身につけた老人は、まずは女騎士団員に声をかける。

「ここは儂が受ける。お前さんは外しなさい」

「ハッ! では失礼します、コレレン卿」

 キビキビとコレレン卿と呼ばれた老人に敬礼をした女騎士団員は、素早くその場から離れていく。

 女騎士団員と入れ替わりにこの場に入ってきたコレレン卿はまずベロンガを睨め付け、次にレトを見て破顔する。

「お主は初めまして、じゃな。儂はこのテペス村とアテ運河周辺の警護をデレルレア公爵家に任せられておるコレレンと言う者じゃ。

 以後、よろしく頼む」

「お目にかかれて光栄だ、コレレン卿。オレの名前はレト・レスター」

 その名前を聞いた時、ほぅと感嘆の息を吐いたコレレン卿。

「レト・レスター。その名前は確か、暁騎士団団長選抜試験の生き残りの名前じゃったはず」

「オレの事を知って頂けるとは光栄だ」

 簡素だがしかし丁寧なお辞儀をするレトを見ながら、しかし顔に苦みが走るコレレン卿。

「いやしかし、これは困った。つまりレト君はルトゥ嬢の無茶に応えるべく、銀貨を集めている最中という事じゃな」

「その通りだ」

「そしてベロンガ君と組んで、儂が言った無茶な素材集めを見事にこなしてきた。

 これでは流石に値切る事は難しい」

「へへへ……。そういうことでさぁ」

 ニヤリと笑うベロンガを見ながら、コレレン卿はため息を吐く。

「しかし南の大森林の素材も、少なからず流通している以上、最低限の相場はある。全部で銀貨6枚とは、確かに相場の通りではあるな。相場通りなのが逆に不安ではあるのじゃが」

 そう言いつつ、コレレン卿は銀貨1枚を取り出す。

「とりあえずその他の支払いを先に済ませてしまおう。いつもの分と、工具の買い換え品の代金じゃ。受け取りなさい」

「へへへ。頂きやす」

 差し出された銀貨を両手で受け取り、それを懐に入れるベロンガ。テペス村に酒の醸造所はない為、ベレルリの街から仕入れるしかない。たまに飲めるアルコールはテペス村の騎士団員が楽しみにしている娯楽だ。ここに金を惜しむ気はコレレン卿にもなかった。

 問題は、あまりにベロンガがしつこい商売をするので、黙らせる為に言った無理難題の南の大森林から採取される品々の代価だ。何せコレレン卿も卸されると考えていなかった為、値段の設定をしていなかったのだ。一方で、確かに必要な品でもある。南の大森林に入れる希有な者たちと繋がりがないコレレン卿にとっては、水車を円滑に回せるようになるゴロルの樹液などは喉から手が出るほど欲しい品である事は確かなのだ。

「さてはて、どうしたものかのう……」

 困り果てたコレレン卿の声が、少しだけ紅くなった空に響くのだった。

 

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