013 アテ湖のほとりでの商談
とりあえずレトとベロンガは太陽騎士団第三部隊が駐屯するテペス村に客として迎え入れられる事となった。これはコレレン卿が頼んだ品をベロンガが運んだから当然と言えば当然だ。太陽騎士団が管理する建物の客室の一つがあてがわれ、簡素な夕食が振る舞われる。
「一人一泊、貝貨10枚じゃ」
「金、取るのか」
その説明の際に遠慮無く金を請求するコレレン卿にレトはちょっと呆れた顔をする。
確かに宿泊施設を運営するのにもコストがかかる以上、金を請求するのは間違ってはいないのだが、これから銀貨の話をするのに貝貨10枚の請求も忘れないのはしっかりしているというか何というか。逆に銀貨の取引に対してこちらの容赦もなくなると思うのだが。
貝貨10枚を払いながら、レトはコレレン卿に対して何とも言えない感想を持っていたのだが、しかしそんなレトの表情を見てコレレン卿は快活に笑う。
「なぁに。儂は儂なりにベロンガ君を認めておるのじゃよ。貝貨10枚をオマケしたとして、ベロンガ君は容赦しないだろうとね。
ならば2人合わせて貝貨20枚の収益を捨てる必要はないじゃろうて」
そう言われてしまえば仕方ない。払うものを払えというコレレン卿の方が、筋が通っている。
そうして宿泊代を払ったレトとベロンガだが、どうやら間もなくワルリオン王国からの船が港に入ってくるらしい。コレレン卿は先にそちらの商談を済ませたいらしく、ベロンガが卸す商品に関しての話は明日の朝一番にしたいそうだ。
どうせ一泊はするのである。レトとベロンガは数日ぶりの布の寝台を堪能しながら眠りにつくのだった。
◇
翌朝。
ゆっくり眠り、しかし夜明けと共にぱっちりと目を覚ましたレトは窓から外を見る。
湖から朝霧が流れてくるせいで少しばかり視界が悪いが、港にはやや大きめの船が1隻停泊していた。それで他の船が停泊できない程に小さな港ではあるのだが、それはレトの知ったことでは無い。
「ふぁ~あ。レトの旦那、おはようさんでやんす」
レトに釣られるように目を覚したベロンガが朝の挨拶をしてくる。それにここ数日と同じように返すレト。
「ああ、おはよう。ベロンガ」
「あれは昨日コレレン卿が言っていた船でやんすか」
「まあ、そうだろう。他に船もないしな。
ところでワルリオン王国から卸す品ってなんだ?」
「まずは塩が基本でさぁ。ワルリオン王国は海に面していやすからね、塩が豊富に採れる一方で我らがアレクシア共和国は北で岩塩が採れるきり。
ワルリオン王国からの塩の輸入がなければやってられませんぜ。
後はまあ、海の貝とか魚とかの魚介類や真珠とかの宝石。ワルリオン染めの布とかも輸入品でやんす」
流石はアテ湖に荷物を卸す行商人のベロンガ。輸入品に関しても情報を仕入れているらしい。
ならばと話を続けて少しでも自分の勉強をしようとするレト。
「なら、輸出品は?」
「ここらなら芋やら酒やらが多いやんすね。ワルリオン王国も広いでやんすが、海に近いせいで作物が育ち難いんでさぁ。
アレクシア共和国から輸入した方が安くあがるし、最近は人口も増えたせいでやや食糧不足とか。
とはいえ、輸出入の大手はここから北にある商売の街であるマンドの方が盛んすぎやすがね。テペス村の20倍以上の規模で港が整備されてやすから。
そっちでは更に北のムオナの街から金属も仕入れて輸出しているみたいですぜ。まあ、ムオナの街の金属類はベレルリの街でも重宝していやすがね」
レトが勉強し始めている事に気がついたのだろう。追加の注釈も加え始めるベロンガ。
「アレクシア共和国は大きな3つの街が主になって運営されてやす。
南にある我らがベレルリの城塞街。大きな農耕地を抱える為に供給できる食料と、南の大森林から伐り出される木材が輸出品。
やや西にズレながらも真ん中にあるマンドの交易街。アテ湖を通じたワルリオン王国、それからベレルリの街やムオナの街との交易で成り立っている街。
そして北の山の麓にあるムオナの鉱山街。北の山から採れる素材を加工した金属品の質の高さは一番でさぁ」
「ああ、軽くは知っている。神秘術の話も含めてな。
ムオナの街で主に信仰されているのは大地に住まう職人神。信仰する者に繊細な器用さと力強い腕力を与える。更には物質に影響を与える神秘術があり、技術者が多い。
マンドの街の信仰は、湖の底に住まうと云われる闇の蛇王。破壊を得意とする神秘術が主で、水と闇に破壊の力を与えて放つのが得意とか。
そしてベレルリの街では雲の上から人々を見守る翼を持つ女神。風と癒やしの力を持つ神秘術を扱えるようになる」
「どんな神秘術を使えるようになるのかは初耳でやんすね。ま、あっしが神秘術にあんまり詳しくない事も差し置かなくてはならないでやんすからな。
そして森の民が信仰する、旦那が扱える妖精神の神秘術もあると」
もちろん
一方でレトの妖精神の加護を得ている者はアレクシア共和国にほとんど居ないと言っていい。何故ならベレルリの街の人々と森の民との交流がほとんど無い為、妖精神の存在を知らないからだ。知らない神を信仰することはできない。
そんな事を話しながら情報交換をしていたレトとベロンガだが、やがてコレレン卿に呼び出される。
昨日の商談の続きが始まるのだった。
◇
「待たせたの」
建物の中、応接室に呼び出されたレトとベロンガ。ソファーを勧められた2人は遠慮無く座り、目の前に置かれた甘茶を口に運ぶ。
「美味いお茶でやんすな」
「飲んだことのないお茶だな。甘みの中に旨味が絡み合っている」
「ワルリオン王国の茶葉に、砂糖を溶かし込んだお茶だ。一番の客に出す特級品だよ」
そう言って笑いながら自分も甘茶を啜るコレレン卿。
全員がひとまずお茶を口にしたところで、早速話を始めるコレレン卿。
「さてと。まずは南の大森林の珍味とゴロルの樹液を卸してくれた事に礼を言わせてくれ。
おかげで我が太陽騎士団第三部隊の士気もあがり、そしてより円滑にベレルリの街に水を送れる事じゃろう。本当に助かった」
その始まりはコレレン卿が頭を下げる事によって始まった。そしてそれを当然のことにさせないのが世の処世術である。
「いえいえ、こちらこそ良い商売をさせていただいた事に感謝しておりやすぜ」
うさんくさい笑みを浮かべながらもベロンガがそう言う。もちろん次の言葉を言うための布石である。
「さて、問題はお代の方でやんす。いくらで卸すという話をしていなかったのは確かにあっしにも不手際があったと言えやすね」
「ほう、認めるのか」
「認めざるを得ないでしょう、これは」
意外そうなコレレン卿の言葉に、肩をすくめて返答するベロンガ。
「南の大森林の素材は数が少なく、相場のブレが激しい。それでも相場がある以上、銀貨5枚から7枚が妥当かのう」
銀貨2枚の差をたったと受け止めてはいけない。銀貨1枚で一家族が1ヶ月暮らせる価値があるのが銀貨である。軽々しく扱えるモノでは無い。
「あっしが請求したのは銀貨6枚。ちょうど真ん中でやんすな」
「それじゃ」
目を鋭くしてベロンガを見据えるコレレン卿。熟練の商人が、相場が分からない相手に適正価格を提示するのは落とし穴がある事を心配しなくてはいけない。
もちろん信頼の置ける誠実な商人ならば不思議はないが、少なくともベロンガはそういう類いの商人ではないとコレレン卿は判断していた。
「どういうつもりじゃ?」
「適正価格で商売する事がそんなに不思議ですかい? コレレン卿」
コレレン卿はベロンガを睨めつけるが、ベロンガは柳に風。にやにやとした笑みを浮かべながら受け流す。
ラチが開かない。そう思ったコレレン卿はレトへと視線を向けた。
「レト君」
「オレ、関係あるか?」
他人の商売話にクチバシを突っ込むのは不利益しかない。まがりなりともベルガー商会に品を卸しているレトはそれをよく知っていて、あまり関わり合いたくないと言わんばかりにそう口にする。
しかし引けないのがコレレン卿だ。ベロンガの真意を知らなくては、今後どんな罠が仕掛けられるか分かったものじゃない。
「……君は暁騎士団の団長になろうという男だろう? 太陽騎士団第三部隊の隊長である儂と良好な関係を築けるのは決して損にはならないと思うのじゃが」
「否定はしないが、まだ弱いな。そもそもオレが暁騎士団の団長になると決まった訳じゃ無い」
「ついでに銀貨集めの役に立つか分からんが、ワルリオン王国とパイプを持つ船商人を紹介しよう。港に入ってきた船で商売をしておる男じゃよ」
「まあ、そのくらいが妥当か」
そのコレレン卿の言葉に頷き、レトはベロンガを見る。今度はにやにや笑いを消して真剣な顔をしたベロンガがレトの顔を見ていた。
「こういう訳だ。コレレン卿の頼みで、この取引における不安を取り消しておきたい。ベロンガ、お前はコレレン卿に何を企んでいる?」
「なにも」
レトの言葉に真剣な表情で返事をするベロンガ。
「なにも企んじゃいませんぜ、コレレン卿には」
「…………」
「ただ、コレレン卿はあっしに不気味さを感じてレトの旦那に助けを求めた。そしてレトの旦那はコレレン卿から貸しを得た。
そうでやんすね?」
「……まあ、そうなるな」
「つまり、レトの旦那はそういう風に仕向けたあっしに借りがあるでやんすね?」
ベロンガの言葉に目を丸くするレトとコレレン卿。
「狙いはオレか」
「まあ、そうでやんす」
呆れた声を出すレトに、大きく頷くベロンガ。
両手を挙げてまいったという動作をするレト。
「確かにベロンガには借りが一つできたかもな。で、その借りで何をしたい?」
「あっしの話を聞いて頂きたい。レトの旦那としてではなく、レト・レスターとして」
真剣なベロンガの言葉に姿勢を正して話を聞く体勢に入るレト。そんなレトを見て、より一層ベロンガの視線に鋭さが宿った。
「――レト・レスターとして聞こう。何の話だ?」
「もしもレト・レスターが暁騎士団団長になったら、あっしを暁騎士団の商団員として迎え入れて頂きたい」
ふむ、と口にするレト。ほぅ、と感嘆を漏らすコレレン卿。
真剣な眼差しで、ベロンガが続きを口にする。
「デレルレア公爵家が抱える騎士団の、商団員になれる機会なんてこれが最初で最後でやんす。
あっしはこれでも賭けているんでさぁ」
「ベロンガのそれは単なる頼みだろう? オレが断ったらどうするつもりだ?」
「レトが断ったら……」
そこでふと、こぼれるような笑みを浮かべるベロンガ。
「……断ったら、仕方がないでやんすねぇ」
結局、ベロンガとしてはレトに頼む事しか出来ない。将来、暁騎士団の団長になるかも知れない相手と仲良くなって恩を売り、お願いすることしか出来ないのだ。
しかしそれでも頼まなくては、可能性は0である。ほんの僅かの可能性に賭けてベロンガが些細な、有効かどうか分からない仕掛けを出来る限り打っていた。
その審判が今、下される。
「――保留だ」
訳ではなかった。
レトは少しだけ困った顔でベロンガに対して返事をする。
「急に聞いた話だからな。今すぐに返事をするって訳にもいかない。ただ、こういう話があったという事だけは覚えておくよ」
「へへへ。今はそれで十分でやんす」
真面目な顔を崩してにやにやと笑い始めるベロンガ。それを見たコレレン卿はため息を漏らした。
「つまり儂はうまく使われただけ、という訳か」
「まあ、そういうことになりやすね」
しれっと言うベロンガに対して銀貨6枚を渡すコレレン卿。
「なら代価はこれでいいな?」
「もちろんでさぁ。ではレトの旦那、約束通り半分は旦那のものでさぁ」
「ああ、ありがとう」
受け取った銀貨の半分、3枚をレトに手渡すベロンガ。
これでレトが集めた銀貨の数は14枚。目標の50枚まで3分の1といったところ。
(ここからだな)
気を引き締めるレト。順調なように見えるが、稼げる部分は最初に使って稼げたのがこれだけである。
これから先はうまくいかないだろうという予測が立っていた。
残り36枚の銀貨をどう集めるか。苦みのある思考を廻しながら、甘茶を口にして味覚を甘さで満たす。
組み合わさった苦みと甘みの狭間で、レトは思考を回すのだった。