暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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014 船商人のアイト

 

 014 船商人のアイト

 

 さて、ベレルリの街に戻る前にもう一つの報酬を受け取る必要がレトにあった。

 コレレン卿の紹介で得られる人脈、ワルリオン王国で取引をする船商人との顔合わせだ。

 そしてコレレン卿は太陽騎士団の重鎮である。船商人の元に出向くより、呼び出す方が理に適っていた。

 もう1つのカップを用意して待つことしばしば。

「失礼します」

 緊張した面持ちで、日に焼けた浅黒い肌の青年が応接室のドアを開けて入ってきた。

 華美でなく、しかししっかりとした服装の彼は応接室をぐるりと見渡す。その前に口を開いたのはベロンガだった。

「ああ、船商人っていうのはお前さんかい。アイト」

「ベロンガさん、お久しぶりです。そしてコレレン卿、呼び出しに応じて参上しました。どのようなご用件でしょうか?」

 どうやらベロンガとアイトと呼ばれた船商人は顔見知りであるらしい。まあ、不思議ではあるまい。片方はベレルリの街とテペス村を繋ぐ行商人で、もう片方はテペス村とワルリオン王国を繋ぐ船商人である。両者共にテペス村に関わる商人である以上、知り合う機会はいくらでもあるのだろう。

 そのうちでベロンガは堂々としすぎている立ち居振る舞いである一方で、アイトはテペス村で最も偉いコレレン卿に呼び出されたという事で緊張を隠せていなかった。そしてコレレン卿としてはアイトの方に好感を持つらしい。微苦笑をしながらアイトに話しかけるコレレン卿。

「まあそう緊張するな、アイトよ。お主にとっても悪い話ではないと思うからの。

 まずはいっぱい、お茶を飲みなさい」

「は、はぁ……」

 話の流れについていけないアイトは、しかしそれでもコレレン卿の言葉に従ってソファーに座り、コレレン卿が注いだお茶を口にする。

 途端にアイトの目が開かれた。

「これ、今回俺が卸した中で一番良いお茶じゃないですか!」

「うむ。それを出すに値する客が早速来てくれた、という事じゃな」

 コレレン卿の言葉にレトの方を見るアイト。ベロンガが太陽騎士団第三部隊からどのような評価を受けているか知っているアイトとしては、残り一人が重要人物であると理解するのに苦労はなかった。

 変わらずに緊張の面持ちでコレレン卿に訊ねるアイト。

「この方は?」

「南の大森林に入れる能力を持つ、暁騎士団の団長選抜試験で生き残っている一人じゃ」

「レト・レスターという。よろしく」

「ア、アイトと言います。よろしくお願いします」

 レトはまだ若い、というかやや幼いと言っていい。ぱっと見で精悍なアイトの方が年上だろう。

 しかしそれでもアイトの方が敬語を使う。一介の船商人よりも、暁騎士団の団長選抜試験に生き残っている5人のうちの1人の方が、潜在能力が高いと見るのが普通だからだ。それ以上に、もしもレトが暁騎士団の団長となった時、印象が悪くてはよろしくないというアイトの考えもあった。

「それで、俺を呼んだのはどういう訳ですか?」

「うむ。ここだけの話だが。試験の話に関わるのだが、ルトゥ嬢の出したお題が銀貨100枚を持ってくる事なんじゃよ」

「は…?」

 試験の内容を開示するのはそこまで大きな話ではない。そもそもとしてルトゥ嬢も隠し通す気もなかっただろう。仮に隠し通す気なら、コレレン卿が試験内容を知ることもなかっただろうし、試験を受ける面々にも口封じをするはずだ。

 だから試験の内容を口にするのは問題ない。問題なのは試験の中身だ。

「ぎ、銀貨100枚ですか?」

「うむ、五ヶ月で用意せねばならぬ額らしい」

「たったの五ヶ月で……」

 アイトは哀れみの籠もった視線をレトに向けてしまう。それを素知らぬ顔で受け止めるレト。そんな視線を向けられるくらいに無茶な課題ではあるのだ。

「それで1枚でも多くの銀貨を集めたい。入り用の品とかはないか?」

「そ、そうですね」

 急な話に狼狽しつつも、頭の中にてワルリオン王国で頼まれた品を思い出すアイト。

 思い出すのは必要不可欠な物資ではない。それは絶対に手に入れなければいけないもので、無理な時は無理と言わねばならないからだ。

 一方で、機会があれば手に入れてくれと言われた、滅多に手に入らない貴重品。昔に頼まれた依頼を、埃を被った記憶の中から引っ張り出す。

「――琥珀」

「琥珀?」

 心当たりのある宝石に、思わずといった口調で同じ言葉を返してしまうレト。ベロンガも咄嗟にレトの事を振り返ってしまった。

「ええ、琥珀。海に近く、森林も少ないワルリオン王国では採れる事の無い宝石です。

 アレクシア共和国では真珠が貴ばれるように、ワルリオン王国では琥珀が珍しがられるのです」

「これとか?」

「そうそう、それぇぇぇ!!??」

 ごくあっさりと懐から琥珀を2つ出したレトに、我を忘れたような大声をあげてしまうアイト。

「ななな、なんで狙ったように琥珀を用意してるんですかレトさんは!?」

「いや、オレもびっくりだよ。偶然に南の大森林で手に入れたものなんだが、まさか琥珀の話題が出るとはね」

 気軽な様子でテーブルの上に琥珀を置くレト。置かれた琥珀をおそるおそる掴み取るアイト。

「……本当に琥珀だ」

「で、それは銀貨何枚になる? 後、いくつなら卸していい?」

「このサイズの琥珀はそこまで大きくないですけど、それでもワルリオン王国で俺が卸すなら一つ銀貨3枚では捌いて見せます。

 数は指定されませんでしたが、持って行って2つなら買い取ってくれるでしょう」

「つまりこの2つの琥珀は銀貨6枚になり」

「俺とレトさんの取り分を半分ずつにするなら、銀貨3枚ずつの儲けになりますね」

 アイトの言葉に、軽く頷くレト。

「それでいいよ。今、銀貨3枚払ってくれるなら」

「……いいでしょう。取引、成立です」

 そう言ってアイトは大切に2つの琥珀を布で包んで懐にしまい、代わりに名残惜しそうに懐から銀貨を3枚取り出してレトに手渡す。

 その重みを受け取ったレトは、合計17枚となった銀貨に頷いて笑みを浮かべた。

「……いっぱしの船商人になって、9月に帰郷しなくちゃならなかったんです。その目処が立ちました、本当にありがとうございます。これでようやく俺も船が買える」

「あの船はアイトの物じゃないのか?」

 レトの言葉に笑って返すのはベロンガ。

「アイトは商売を始めて5年ほどの若造でさぁ。いきなり船は持てないでやんすよ。

 あれはチャーター船でさぁ」

「ベロンガさんの言うとおりです。借りた船で稼ぎを出して、稼ぎの中から賃貸を出す。

 金が溜まるのは遅かったですが、今回レトさんが琥珀を出して下さった事でようやく船を買う目処が立ちました。

 数ヶ月後にはなりますが、これでようやく船商人として胸が張れます。自前の船も持てない船商人だと、ワルリオン王国と関わっているうちは手紙も出せませんからね。信用がなくて、情報を書いて外に出す事すら許されない」

「船商人は自分の船を持って一人前と呼ばれるからのぅ。

 儂としてもテペス村に立ち寄る船商人が一人前になるのは嬉しいもんじゃて」

 お互いがお互いに損がない取引ができた事で、場の雰囲気は明るい。

 その中でふとレトは気になった事を聞く。ワルリオン王国についての知識が手に入る機会は珍しいし、今を逃す必要もないだろう。

「ところでアイトはどんな品を主に扱っているんだ? ワルリオン王国からの主な輸入品は塩だと聞いたが」

「ええ、やはり塩は主商品ですね。いくら持ってきても売れます。

 他にも外国の品は珍しいですから、例えば今飲んでいるお茶もアレクシア共和国で採れるものとは風味が違って好評なんですよ」

 カップを持ち上げて見せた浅黒い肌の青年はにやりと笑う。

 そしてレトがワルリオン王国の事を知りたがっていると理解したアイトは次なる話題を出す。

「そして塩を採取するのに一般的なのはヘンスの葉の採取ですね」

「ヘンスの葉?」

 興味を持った風のレトに機嫌良く話をするアイト。

「海に根を張るヘンスっていう植物があるんですよ。海水から水分を取るんですが、当然塩気が多すぎてそのままだと毒になる。

 そこでヘンスは塩分を葉っぱに集めて切り離すんです。その葉っぱは塩分が多いので、そこから塩を抽出して売りに出す。

 ヘンスの葉の栄養分も入っていますから、海水からそのまま塩を取り出すより体にいいんですよ」

 和気あいあいとした会話はしばらく続き、そこまで遅くなる前にこの会合は解散されるのだった。

 

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