暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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016 賞金稼ぎ

 016 賞金稼ぎ

 

 春が終わり、夏が来て、もうじき秋の暦となる。

 8月25日を迎えたこの日、レトは不快な気持ちで目を覚ます。

「……後、5日」

 ルトゥ嬢が設けた銀貨100枚を見せる為の期限はもう間近に迫っていた。ボドロ卿を共犯者として銀貨50枚で済ます作戦は考えたが、そもそもレトが銀貨50枚を集めなければボドロ卿を巻き込んで破滅だ。

 最初に銀貨17枚を集めたレトだが、それだけ割のいい話を先に済ませてしまったという意味でもある。更にそのうちの奪われた銀貨7枚、差し引き5枚の損とハリマンたちに足を引っ張られた時間が痛すぎた。

 いつもは二ヶ月に一回だけベルガー商会に卸していた品を、無理して月に三回も卸した。その分何度も大森林に通い、猿人カプリにも無理を言って取引を続けた。

 それで稼いだ銀貨は4ヶ月で22枚。他にも大森林で採れる希少な素材を卸してくれという声を、ベロンガやアイトを通して拾って取引をした。命懸けの素材集めもないとは言えずに無茶な事もしたが、その甲斐があって更に銀貨12枚を追加して稼ぐ事に成功した。

 したが、しかし。

「銀貨、46枚か……」

 集めきれる予定だった銀貨50枚には4枚も足りない。やはりハリマンに奪われた差し引き5枚分の銀貨が、かえすがえすも痛恨過ぎた。

 ベレルリの街のやや北側に位置するボロボロの集合住宅。その一室を借りて住んでいるレトは、外観に見合った古いベッドの上に起きてポツリと呟く。

 届かなかった、銀貨50枚に。

 そう、取引だけでは。

「……仕方が無い」

 今までのは命懸けの仕事もあったとは言え、常に勝算を計算して来たレトだった。それも当然で死ねば全てが終わる以上、死なないように立ち回るのは当たり前という言葉では足りない。

 しかしこの期に及んでは本質的な意味で命を賭けねばならない。

 ベッドから降りたレトは側に置いていた双剣や鎧といった装備を身につけて、北にあるスラム街へと向かうのだった。

 

 ◇

 

 ベレルリの街の東に城塞があり、東の大草原を区切っている。

 草原に住む(オーガ)族がベレルリの街に入らないようにする為で、それが城塞都市の異名にもなっている。

 その城塞には太陽騎士団の精鋭である第二部隊が詰めている一方で、その城塞や防衛する騎士団も有限だ。城塞が途切れた北から(オーガ)は侵入してくる。

 だからこそ、という訳ではないが。北のスラム街にいる人間を襲い、満足した(オーガ)が東の大草原に帰るというルーティンが確立されているのであり、ある種の生贄としてスラム街の人々は怯えながら暮らしているのだ。

 もちろんそれを本質的に佳しとしているデレルレア公爵家ではなく、(オーガ)の首には賞金が懸けられている。1体につき銀貨5枚という破格の値段が。

 これによりスラム街の人間も積極的に(オーガ)を迎撃しようとする。数人がかりでも(オーガ)を倒せれば、スラム街の人間にとって望外の収入になるからだ。攻め入る事にリスクがないと思い知らさなければ(オーガ)のやりたい放題になるという事情もある。

 しかしそれでも、(オーガ)の首はほとんど獲れないのが実情であるのだが。

 そして今回のレトの狙いはまさしく(オーガ)の首であり、支払われる賞金が目当てだった。

「よう」

「リトナーさん……」

 そう息を巻いてスラム街に入ったところにいたのは、ベロンガの取引先でもある極楽彩(ごくらくさい)の副将、リトナーだった。

 相変わらずの無精髭、相変わらず普通の格好に中肉中背の特徴のない中年男。ごく自然に持たれている重量級の武器であるハルバートさえなければ特徴のない男だと皆が口を揃えて言うだろう。

 そんな無精髭の男がニッと屈託なく笑うと、レトに向かって軽薄な言葉をかける。

「オジサンは気軽にナーさんって呼んで欲しいなぁ」

「――失礼。お久しぶりです、ナーさん。

 それでどのようなご用件でここに居るのでしょうか?」

 レトは自分の双剣の柄を撫でながら問いかける。やや大きめの柄頭はとっくの昔に手に馴染んでいた。

 レトに煮え湯を飲ませたハリマンもスラムの者だった。ナーさんが所属する極楽彩(ごくらくさい)とは違い、夜鼠(よるねずみ)の犯行だったがスラムに所属するという意味では変わらない。

 警戒心を(あら)わにするレトに、笑みの種類を苦笑に変えたナーさんはハルバードを持っていない方の手をふりふりと振る。

「早とちりをしなさんなって。少なくとも、おたくを邪魔しようって訳じゃ無い。

 むしろ援軍さ」

「援軍?」

 思わずといった様子で訊ねるレトに背を向けるナーさん。そして北へ向かって歩き始める。

(オーガ)がスラム街に侵入する場合、1体の時もあれば複数体の時もある。

 もしも2体が襲ってきたら、片方はオジサンが相手になるよ」

「…………」

「聞きたいことがあるなら聞くよ? たくさんあるだろう。

 幸いここはスラム街の中でも南側だ。(オーガ)に出くわすまで時間がある」

 歩き出したナーさんの後ろを、警戒しながら歩き始めるレト。

 言葉に甘えて、レトはまず最初にあまりに不気味だったことを訊ねる。

「何故オレが今日ここに来ることが分かった? 誰にも何にも言わなかったはずだが」

「ああ、それ。簡単だよ。うちの大将、ニジの坊やが言ってたのさ。

 今日、レトが(オーガ)の首を狩りに来るってさ」

 首だけ振り返り、ニカッと笑みを浮かべるナーさん。

「ニジの坊やは未来が見えるのさ。オジサンが下に付いている理由の一つさね」

「……聞いたことのない神秘術だな」

 そういうレトだが、彼はそれを言う資格があまりないことも理解している。レトの扱う妖精神の神秘術もアレクシア共和国ではほとんど知る者がいないからだ。

 表情を曇らせるレトに対して飄々とした様子で言葉を続けるナーさん。

「そのニジが言うのさ。レトの事を注意深く見ておけ、きちんと学んでおけって。

 未来を知るニジの坊やにとって、レトは特別なんだよ」

「…………」

 良い意味でも悪い意味でも取れる言葉にレトは沈黙する。

 黙ったレトに対して、予想される問いの答えを先に言うナーさん。

「ちなみに(オーガ)が3体以上いたら逃げるよ。流石に数の不利を背負っちゃ死ぬ確率が高くなる」

「そういう意味では2体でも相手に出来るのは嬉しい誤算だよ」

「こちらにも得があるのさ。(オーガ)を撃退すればスラム街の中で極楽彩(ごくらくさい)の評価が上がる。

 地盤を固めるのを早くするのに越した事はないからねぇ。

 お前さんが夜鼠(よるねずみ)のハリマンを仕留めてくれたのを含めて、こちらとしては打算に染まったお礼の1つもしたいと思ったのさ」

 夏の終わり。じりじりと太陽の熱い光が降り注ぐ中、歩き続ける。

「ふぅ」

 汗をかいて額に張り付いた前髪を鬱陶しそうに払うナーさん。腰につけた竹の水筒を口に運び、ごくりと水を飲むレト。

 スラム街の人々がたまに視線を寄越してくるが、ナーさんを見ると即座に引っ込んでいく。悪いことを企んでいようとも、彼にちょっかいをかける勇気が要る人物はそうはいないようだった。レトとしてはこれだけでも大分助かる話である。

 一方で、(オーガ)はまだ出てこない。

(オーガ)の出現頻度は?」

「毎日って事はないよ。スラム街には5日に1回出るかどうか」

「じゃあ今日襲来するとは限らないのか」

「でも、それじゃあ君が困るんだろ?」

 軽い調子で言うナーさんは、段々と歩く方向を変えていた。北から東へ。ボロボロでも小屋が建っていた外観から、テントのような布で雨風を凌げて壊されてもすぐに直せるような簡素な様相の住居へと変わっていく。

 レトからナーさんの顔は見えない。しかしそれでも、凄く楽しそうなのはその声色と様子から読み取れる。

「大草原まで出れば、あいつらの縄張りまで行けばイヤでも戦う事が出来るさ」

 その言葉に頼もしいと思えばいいのか、恐ろしいと思えばいいのか。レトはすぐに判断がつかなかった。

 だがしかし、レトにとって都合が良いのも確かである。黙ってナーさんの後を着いて歩いて行く。

 そして。

「着いたよ」

 テントの先には瓦礫になった建物や朽ちかけた木材が転がっていた地区があり、そこでは人は全く住んでいない場所だった。

 そこを通り過ぎた時、視界が一気に開けた。

 草原の緑と、大空の青。ところどころ見える大地の茶色に、遠くに浮かんでいる雲の白。

 耳を澄ませば、がさがさと腰よりも低い草むらが動いている。ネズミかウサギか、野生動物も豊富にいるようだった。もしもここを狩り場に出来れば、ベレルリの街の人々はたらふくの肉を得る事が出来るだろう。

「さて、おでましだ」

 そう言ってハルバードを構えるナーさん。右手を見れば、大きな樹木の影から2体の巨体がヌッと姿を表す。

 ここは我々の縄張りであると。そう主張するように2体の(オーガ)が姿を現し、レトとナーさんに向かってのっそりと歩み寄って来ているところだった。

 

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