017
レトはまじまじと
鈍色の肌を持ち、腰回りだけなめした動物の皮で覆った、体長はレトよりも頭三つ分は大きく角がある風貌。
木をそのまま伐り出したような棍棒を右手に持ち、眼前に現れたレトとナーさんを見下ろしていた。
そのうちの片方、ナーさんに近い方の
怒りを宿した瞳で、それを為したナーさんを睨み付ける。
一方でナーさんはニヤリとした挑発染みた笑みを返しチョイチョイと指を曲げて挑発を続けた。
「ガアアアァァァァァ!!」
ナーさんの舐めた態度にブチ切れた片方の
(コイツは任せておけ)
(了解)
アイコンタクトを済ませた後、ナーさんはレトから離れるように怒りに身を任せたオーガを誘導する。なるべく離れるように、お互いがお互いの戦いの邪魔にならないように。
そして自分の相棒がいとも容易く敵の挑発に乗ってしまった事を確認したもう1体の
「降伏シろ」
「ん?」
言葉が通じると思わなかったことと、その内容。両方の意外さにレトが思わずといった様子で聞き返すと同時にその瞳を見るレト。
簡単に激情に駆られたナーさんと戦っている
人間というものを見下しつつも、しかし確かに深い理性を湛えた視線でレトに向かって口を開く。
「降伏シろ。そウすれバ、楽に殺しテやる」
「しなければ?」
「死ヌことすラでキぬと思え」
相手の隙をつくものが多い妖精神の神秘術を扱えるため、隙をつくための心の機微に聡いレトである。そのレトとしてそれがオーガの慈悲なのだということは理解できた。抗わない者をいたずらに苦しめない程度にはオーガにも慈悲というものがあるらしい。
もちろん、それを受け入れるのかどうかは別の話ではあるのだが。
レトは腰に帯びた真紅の双剣をスラリと抜き、軽やかなステップを踏む。
それを見たオーガは深く腰を落とし、油断のない理性的な視線でレトの動きを観察していた。
「その言葉、そのままそっくりお返しする。
まあ、降伏しなければ戦って殺すっていうのに違いはあるが」
真っ向からレトは挑発を叩きつける。それを聞いたオーガはニヤリと犬歯を剥き出しにして笑い、そして咆哮をあげた。
「オオオオオオオオオオオオオ!!」
コフゥ。そんな吐息をつきながら、
そして地面を爆発させるような踏み込みで、一気にレトに向かって接近。棍棒を振り上げ、そして叩きつけた。
「!!」
想定以上の速さ、そして怪力。レトは大きく避けるのでなく、間一髪の間合いを見切って最小限の動きでオーガの攻撃を回避する。
レトの耳にブォンという空気を切り裂く鈍い音が届き、そして棍棒が叩きつけられた地面から振動が伝わる。
(一撃でも貰ったら死ぬな)
冷静にそう判断したレトだが、恐怖に竦むような軟な精神構造はしていない。大きく棍棒を振ったのを隙と見たレトは、オーガの懐に潜り込むように入り込む。
驚いた顔をするオーガを見ながら、右手に持った剣を振るうレト。首や顔を狙うには位置が悪く、狙いを胴に定めた。腰から肩に切り上げるように刃を滑らせる。
「ヌゥ!!」
致命的な部位への攻撃は許せないと、オーガは咄嗟に左腕を割り込ませて盾にする。
レトは問題ないと言わんばかりに狙いをオーガの左腕を変更し、切りつけた。その直前、
「っ!!」
そしてまるで石を切りつけたような硬い手応えがレトの右手に返ってきた。ガリガリガリと削るようにオーガの左腕は割かれ、そこから赤い血が噴き出して草原の緑を紅く染め上げる。オーガはほとばしる痛みを歯を食いしばる事によって耐え、目の前にいる真紅の青年に向かって頭を振り下ろした。腕を振るうには窮屈だと感じた上での頭突きだ。
岩石のような頭部が迫ってくるが、もちろんレトはそれを素直に受けるつもりは毛頭ない。走った勢いそのままにオーガの脇をすり抜け、背後を取る。
「甘イわァ!」
背後を取られて隙だらけの背中を攻撃されてはオーガとしてもマズイと思ったのだろう。頭を下げ、そして右腕も振り下ろしたオーガはあろうことか棍棒を手放して地面を右手一つで掴む。そして逆立ちをする要領で両脚を振り上げ、背後にいるであろうレトに蹴りを見舞う。
「甘いのはそちらだ」
しかし。レトはすでにそこにいなかった。背後へと駆け抜けたレトは勢いのままにその場でバク転をして上下を逆さまにしながら宙を飛ぶ。
右手一本で巨体を支えながら逆立ちをするオーガ。腕を交差させて力を溜めながら、頭を下に宙に滞空するレト。
「ア」
負けを、そして死を悟りながらもオーガはあがく。傷つけられた左腕を再度盾にすべく身構えるが、先ほどと同じようにレトの右の剣が振るわれ、今度は耐えることは許されずに切り落とされる。
動かせる部位の体がなくなったオーガだが、レトにはまだ左の剣がある。落ちる身体そのままに、自重の全てを込めた剣先が狙うのはオーガの喉。地面に近い位置にある急所に容赦なく刃を突き立てたレト。猫のように着地しつつ、油断なくオーガの様子をうかがう。
オーガは限界まで目を見開き、そしてそのまま瞳孔も開き切って生命活動を停止させ、ゆっくりと反転させた巨大な身体が地面へと倒れ伏した。
ズズンという振動がレトまで伝わったその後で、レトは倦怠感に包まれながらも動かなくなったオーガを見る。左腕を断ち、喉を裂いて致命傷を与えたのは紛れもなくレトであるが、一撃でも攻撃を喰らえば屍になっていたのはレトの方だと彼は理解していた。
「死ぬかとも思ったな……」
誰ともなしに言うレト。
「言う割には無傷だよねぇ」
だからこそ背後から返された言葉にビクリと反応し、咄嗟に後ろを振り返る。
果たしてそこには気軽にハルバードを持ったどこにでもいるような中年、ナーさんの姿があった。ただし先ほどとは違う点として、ハルバードの刃先は血に濡れており、ハルバードを持たぬ方の手には首だけになった
「勝ったんだ、ナーさん」
「
首をすくめて返事をするナーさんはどこまでも自然体。それを強敵であるはずの
そんなレトを見て苦笑するナーさん。
「ほらほら、さっさと
いつ増援が来るか分かったもんじゃない」
「あ、ああ。分かった」
気軽なナーさんの言葉に、草原の奥に目をこらせば。ざわざわと不気味に草木が揺れていた。そこにいるのは
直前まで激闘を繰り広げた好敵手が首だけになった事になんとも言えない寂寥感を覚えるレト。
「…………」
しかし、これを為したのはレト自身なのだ。そう思う資格があるはずもない。
それに暁騎士団団長になれば、
「さあ、帰ろう」
切り替えて、割り切って。レトはそう言う。
手に持った
危険地帯である東の大草原から、スラム街へ。レトとナーさんは踵を返してベレルリの街へと帰るのだった。
後に残されたのは、首のない
兵どもが、夢の跡。