018 最終試験へ
8月30日、暦上での夏の終わり。
暁騎士団長選抜、第三次試験の成果発表日だ。
以前と同じくデレルレア公爵家の大広間で男たちが傅いている。ただし以前との違いは5人ではなく3人、2人がここに来ることが出来なかった。
真ん中で傅いているのはボドロ卿。その右側にいるのがレトで、左側にいるのはルルン男爵家の三男坊であるスイツだ。スイツは貴族で無いレトが銀貨100枚を集めただろう事実、いやさ彼が奪った分を集めるとそれ以上稼いだだろう事実を目の当たりにしていた。故に、この場に居ることに目を見開いて驚いている。
そこで以前と同じように大広間の後ろにある扉が開き、ルトゥ嬢が姿を現す。
「5ヶ月ぶりですね」
にこやかな笑みを浮かべつつ、ルトゥ嬢は数が少なくなった傅く男達を満足げに見やり、そして高椅子に座る。
「では、早速結果を見ましょう。まずはスイツ・ルルン、私の前に銀貨100枚を提示なさい」
「はっ」
名前を呼ばれたスイツはルトゥ嬢の前まで進み、その眼前に財布というには大きい袋から銀貨たちを取り出して並べ上げる。
10枚の重なりが10列。確かに銀貨100枚がそこにあった。一つ頷いたルトゥ嬢はスイツに声をかける。
「ではその銀貨を然るべき場所に」
「……かしこまりました」
スイツは苦みの走った顔で銀貨を袋に戻し、ルトゥ嬢に手を震わせながら差し出す。それを受け取ったルトゥ嬢は傍にあった文机の上に銀貨100枚をぞんざいに置いた。
「次、レト・レスター」
「は」
少し機嫌が悪そうに名前を呼ばれて立ち上がったレトは中央にいたボドロ卿に近づく。そしてボドロ卿は、素知らぬ顔でレトに銀貨50枚が入った袋を手渡した。
「は?」
スイツの間の抜けた声が響くが、場の状況は動いていく。
ボドロから受け取った銀貨と、自分の懐から出した銀貨。50枚ずつ、合わせて100枚の銀貨をレトはルトゥ嬢の前に提示した。
少し目を輝かせたルトゥ嬢は、しかし取り繕ってレトに言葉をかける。
「何故1人で100枚を集めなかったのかしら?」
「お言葉ですが、ルトゥ嬢。わたくしめは銀貨100枚を持ってこいとしか聞いておりません。1人で集めろとは条件に無かった筈です」
白々しく言うレトに、ルトゥ嬢は目を細めて満足そうに頷く。そしてスイツへかけた言葉と同じ言葉をレトへと投げかけた。
「その銀貨を然るべき場所に」
「御意」
レトは50枚の銀貨が入った袋2つを回収するとルトゥ嬢の前から下がり、それらをボドロ卿に手渡す。
表面上は神妙な顔でそれを受け取るボドロ卿。
「最後、ボドロ卿」
「…………」
ボドロ卿は無言でお辞儀をしながら、レトから受け取った銀貨をルトゥ嬢に提示した。
当然、見せられた銀貨は100枚。
三度同じ言葉を口にするルトゥ嬢。
「その銀貨を然るべき場所に」
「かしこまりました」
ルトゥ嬢の言葉を受けて、半分の銀貨50枚をレトへと渡し、残りの半分の銀貨を自分の懐にしまうボドロ卿。
それを呆気に取られながら見るスイツ。
「さて、これでつつがなく第三次試験を終了したことを宣言します」
「ル、ルトゥ嬢!!」
思わずといった様子で声を出したスイツに、ルトゥ嬢は唇を吊り上げた冷たい表情で言う。
「私が5ヶ月前宣言した条件は、レトが先ほど口上した通りに、私の前に銀貨100枚を持って来なさいと言ったのみ。
銀貨100枚を渡しなさいとは一言も言っておりません。あなたが集めた銀貨は、あなた自身が判断して然るべき場所に置かれたという訳です」
呆然とルトゥ嬢の言葉を聞くスイツ。
しかし彼の絶望はまだ終わらない。
「そして最終試験の内容は、集めた銀貨100枚を使って己の暁騎士団団長就任式のアイディアを出しなさい、というもの。
素晴らしい式典が行われる事を期待します。
式典の日付は私の誕生日である9月15日に行いますので、この後時間を取って話を聞きます。
式典が素晴らしければ使う銀貨の数は問いません。50枚でも、33枚でも」
その言葉を聞いて完全にうなだれてしまうスイツ。彼は最終試験で必要な資金をたった今、手放してしまったばかりなのだから。
見透かされていたのだ。彼はここに来る事ができなかった2人の貴族たちと勝負をして勝ち上がり、100枚の3分の1ずつの銀貨を合算してこの場に居たのだと。
つまり彼が集められた銀貨は3分の1の33枚。あの時、銀貨をルトゥ嬢に渡さなければ、銀貨を2人の貴族達に返した上で最終試験に参加する権利はあったはずだった。
ルトゥ嬢の言葉を受け誤った彼は政治的に脱落した。騎士団の団長にはそういった腹の探り合いや騙し合いも行われる。それが試験に潜まされている事に気がつかなかった彼の不覚に相違ない話。
負けを認めた様子のスイツに、ルトゥ嬢は救いの糸を垂らす。
「最終試験を辞退する者には、銀貨100枚を渡します。
この権利はこの場の3人に存在しますが、辞退する者はいますか?」
「辞退しません」
「同じく」
間髪入れずにレトが言い、ボドロ卿が同意する。そしてのろのろと顔を上げてルトゥ嬢の顔を見たスイツは、絞り出すような弱々しい声で宣言する。
「――最終試験を、辞退します」
「受諾しました」
蚊の泣くような声とは対照的に、ルトゥ嬢の声は透き通って響いた。
そして文机の上にあった、先ほどスイツから受け取った銀貨の詰まった袋を投げて彼の眼前に落とす。
「これを励みとして、精進なさい」
「……は」
言葉も無い。そんな様子でスイツは銀貨袋を回収し、その場を後にする。
スイツが立ち去った事を確認したルトゥ嬢は、先ほどまでの様子を一転させて幼い笑顔を見せた。
「ああ、疲れた。やっぱり公爵家として振る舞うのは大変ね」
「――え?」
若き賢君という様相を完全に捨てたルトゥ嬢は、年相応に幼い少女そのままだった。
そのあまりの変わりように、レトが思わず間の抜けた言葉を漏らしてしまう。
そんなルトゥ嬢とレトの様子を見つつ、ボドロ卿は親しみのある苦笑を浮かべながらたしなめるように彼女の名前を言う。
「ルトゥ嬢」
「何よ、もう決まったようなものでしょ?」
「ワシは認めておりませんし、なによりレトが戸惑っております」
「習うより慣れろ、よね!」
「違います」
手慣れたやりとりを呆然と見るしかないレト。そんな青年に老騎士は一言で説明をする。
「レト、これがルトゥ嬢の素なのだ。
そしてお主はルトゥ嬢が素を見せるに値すると認めたのだ」
「あ、ああ……」
まだ流れについていけないレトに、ルトゥ嬢はぷくりと頬を膨らませて不満げな様子を見せる。
「何よ。ノリが悪いわね、レト」
「コレを見せられれば誰でも同じ反応をするに決まってんだろう」
思わず素で返してしまったレトは失敗したと後悔する。今の言葉使いは、間違ってもデレルレア公爵家に使っていい口調では無かった。
しかしその言葉を聞いたルトゥ嬢はからからと笑う。
「良いわね、レトも一気に砕けてくれたし。話が早いわ」
そうしてイタズラっぽい笑みを浮かべたルトゥ嬢は高椅子から立ち上がり、くるりと身を翻して後ろを向く。
その先には彼女が大広間に入ってきた出入り口があった。
「ここで話をするのもつまらないわ。場所を変えましょう」
「……この先にあるのは貴族専用の部屋なんですが」
「もう間もなくレトは貴族になるでしょう? 少しばかり時間の流れがねじ曲がったわね」
「はぁ。まあ、お館様に知られなければ大丈夫でしょう」
諦めたようにため息をついたボドロ卿は、レトに向かって話かける。
「じゃあ行くかの、レト。ワシかお主、どちらが騎士団長になるのか相応しいかを決めるために、まずは話し合おうではないか」
そう言って先に歩き出していたルトゥ嬢の後についていくボドロ卿。
それを見てようやく自分を取り戻したレトは、気合いを入れ直して傅いている体勢から立ち上がり、2人の後に続くのだった。