020 夏秋の休日
アレクシア共和国の暦は年365日で、1月から12月までそれぞれ30日ずつある。
春夏秋冬の間に1日の休み、更に12月から1月に変わる時に新年の休日の5公休日で1年が成り立っている。
もちろんそんな日でも、いやそんな日だからこそ忙しく働く人はいる。レトがベロンガの元を訪ねて、食事でも取りながら話をするかと場所を移した食事処もそんな場所の1つだ。
「話は分かりやした」
もぐもぐと皮が剥かれた長甘芋を食べていたベロンガだったが、それを飲み込んだ後にレトに向かって声をかける。
対するレトは説明をし終えて、豆と野菜のスープに匙を入れて中身を掬いだし、自身の口に運んでいた。
「レトの旦那の婚約発表も加えたお祭り騒ぎになるから食料と酒を追加注文したい。
ベレルリの街でなく、マンドの街でと」
「そうなるな」
「ええ、ようござんす」
にやりと笑ったベロンガは夏の始まりにレトと一緒にアテ湖のほとりにあったテペス村に行った時の事を思い出しながら言った。
「レトの旦那はアイトを覚えていやすか?」
「アイトか。もちろん覚えているさ」
「あの若造、この前にようやく自分の船を手に入れてからちょいと調子にのりやして。ワルリオン王国からの食料品の買い付けも始めたんでやんすが、卸すのに苦労しているそうなんでさぁ」
ようやく念願の自分の船を手に入れたのだ、気持ちは分かるとレトも神妙に頷いている。
「いちおう保存が効くものを多く買ったそうでやんすが、永遠に持つ訳じゃありやせんし、そもそも倉庫を圧迫しちまう。
そこをあっしらが引き取ればお互いに良い取引になるでしょうぜ」
「ああ、ワルリオン王国の食材というのも物珍しくていい」
ほんの少しだけ出された干した羊肉を口に入れて、もぐもぐと味わうレト。それに習ってベロンガも同じものを口に入れて噛み始める。
2人の口の中に、肉の旨味と強い塩味、そして羊肉独特の風味が広がった。
「あっしらの出発は明後日でやんすね」
ポツリと言葉を漏らすベロンガ。
「今日は夏秋の休日でやんす。無理に話を進めようとすれば出費が激しくなりやすし、あっしも方々に借りを作らなくちゃ行けなくなりやすから。
日数には余裕がありやす。銀貨50枚の食料や酒を集めるとなれば、流石に牛車か馬車が必要になりやすから、その手配もしときやす。
マンドの街にいるアイトへの早馬も明日に出しやしょう」
「ああ。差配はお前に任せるよ、ベロンガ」
「へへ、お任せくだせぇ。レトの旦那」
ひひっと品のない笑みを浮かべながらベロンガが虚空を見ながら計算をする。
「明日に全部の準備を終えて、明後日に出発。牛車馬車なら歩きよりも時間がかかりやすから片道6日、往復12日。マンドの街での商談に1日かかるとしても・・・・・・ギリギリで間に合いやすね」
「大丈夫そうか?」
「ええ、大丈夫でやんす」
言い切ったベロンガに、レトは懐から銀貨が入った袋を取り出す。その数は25枚、レトが5ヶ月で苦労して稼いだ分の半分だ。
中身を確認したベロンガは困惑しなから口を開く。
「旦那、これは?」
「今回の商売の、半金払いだ。残りはマンドの街に着いてから払う。
どうせベレルリの街からマンドの街へ向かうのに、空荷で向かうつもりはないんだろう?」
見透かしたレトの言葉に、見透かされたベロンガはぽりぽりと自分の頭を掻く。
「旦那には敵いませんね。確かにその金をどうしようかとは思っておりやした。
あっしから金の無心もしにくいでやんすし」
「お前の権利なんだからしっかりしとけ」
レトが呆れたような声を出して、この場はようやくお開きになりつつあった。
本日の食事代、1人貝貨10枚也。
◇
食事を終えたベロンガと別れ、レトは手土産を買って孤児院へと向かう。
今日の土産は奮発して揚げパンに砂糖をまぶしたもの、要するにドーナッツだ。子供たちの分の4個と、大人の分の2個。合わせて6個で貝貨30枚。先ほどの食事よりも合計で3倍も高いが、今のレトには懐に余裕がある。
暁騎士団第三選別試験でレトが必要とされたのは銀貨50枚だったが、集めた銀貨は51枚だった。差である1枚の銀貨はレトが自由に使える金である。先ほどの食事こそ普通の値段で済ましたが、ニネエに大事な話をするのに手土産を妥協するつもりはなかった。
暦の上では夏と秋の境目。まだまだ夏の暑さが強い頃合いである。
汗を流しながら西の丘の上を登っていくレト。
「ふぅ」
腰にくくりつけた竹の水筒を外し、中に入れた水をごくごくと飲む。
「……この水も、太陽騎士団がアテ湖から送ってくれているんだよな」
最近知った事実に、ぽつりと呟くレト。ボドロ卿との決闘で死なない限り、レトは暁騎士団の一員として働くことは決定している。
街を維持するインフラ。そういった事柄にも触れていかなくてはならない。そう思いを強くして、レトは残りの道を力強く歩いて行く。
そして辿り着いた孤児院。前庭で子供たちが遊んでいた。
「あ、レトだ」
「レト、お土産はなに?」
「甘い匂いがするよ!」
今日は休日であり、子供たちに課される仕事や勉強の免除の日である。ちなみにだがアレクシア共和国の暦は1週間6日であり、最後の1日は休日となっている。なので季節間の休日では連休となるのだ。
子供たちは2日の休みを存分に満喫しているようであり、そんな可愛らしい動作にレトの頬も緩んでいた。
「お土産はドーナッツだ。一人一個あるぞ」
レトの言葉に歓声を上げる子供たち。
遊んでいた前庭から孤児院へと突撃し、前庭に繋がっている窓から見守っているニネエへと群がっていく。
そこで言葉を交わした子供たちは、一斉に孤児院の中に入っていった。恐らくはニネエに言われて手洗いとうがいをしているのだろう。
それはともかく、ニネエに向かって大声を出すレト。
「ニネエ! お邪魔するよ!」
「いらっしゃい、レト! 今日も来てくれて嬉しいわ!」
窓から身を少しだけ乗り出したニネエも大きな声を出す。
「悪いんだけど、2人で話をしたい! 大切な話があるんだ!」
「分かったわ! 今日は休みですもの! ゆっくりと話しましょう!」
大声は段々と小さくなる。それは2人の距離が近づいたからこそ、大きな声を出す必要がなくなったということ。
やがて窓の前に立ったレトは、窓際に座るニネエに向かって微笑むのだった。
その後は少しだけ大変だった。
騒がしい子供たち4人にドーナッツを食べさせ、きゃいきゃいとはしゃぐのを必死になだめる。
庶民が食べられる甘いものと言えば、ほとんど甘長芋か果物である。それ以外の、砂糖の甘さを堪能した子供たちはご機嫌な様子でまた前庭に繰り出して遊び出した。
それを見守れる定位置と言える窓際に2人で座るレトとニネエ。
この光景を守れてよかったと、ハリマンから孤児院の襲撃計画を聞かされたレトは心底思った。
「ようやく私もゆっくりできますね」
そう口にして、いただきますと行儀良く言ったニネエ。レトのお土産のドーナッツを口に運び、その甘さに顔がほころんだ。
そんなニネエの様子を見て微笑みレト。彼はニネエが用意してくれたハーブティで口を湿らせて、言葉を紡ぐ。
「ニネエ、聞いて欲しい事があるんだ」
「――なんでしょうか」
真面目な様子のレトに、ニネエの表情も真剣なものになる。
そんなニネエの蒼い瞳を見つつ、はっきりとレトが言う。
「君が好きだ」
「…………へ?」
あまりに真っ直ぐな言葉に、ニネエの声が裏返る。そんなニネエを苦笑いで見るレト。
「全く気がつかなかった訳じゃ無いんだろ?」
「…………」
図星を指されたニネエは顔を赤くして俯いてしまう。
心のどこかで気がついていた、レトが自分の事を好いてくれている事を。そして自分の心のどこかでレトを好きになり始めている事も。
でも。だけど。しかし。
「私の、私の心の中にはまだあの人がいるんです」
心底申し訳なさそうに、幼馴染みである彼から贈られた黒頭巾に触れながら言うニネエ。
そう、ニネエはレトが好きだというのは嘘じゃない。けれども幼馴染みの彼が好きだという事もまた嘘じゃ無いのだ。
そんなニネエに、しかしそれでもレトははっきり言う。
「それでもオレを選んで欲しい」
「っ!」
真摯にニネエを見つめるレトに、先ほどとは違った意味で顔を赤くするニネエ。
「暁騎士団長選抜試験、最終試験に残る事が出来た。団長になれなくても、副団長になる推薦を貰った」
「つまりレトは貴族様になるのが決まった、と?」
「その通り」
死ななければね、と心の中だけで呟くレト。
「オレは君の傍に居れる。君を独りには絶対にしない。だから――」
少しだけ言葉を選ぶレト。心の底からの本心を探して、ニネエに向けてぶつけた。
「だから、これ以上悲しい思いをしないで欲しい」
その言葉を聞いたニネエは目をつぶる。穏やかなその表情の裏で、流れている感情は何なのか。それを知る術はレトにはない。
やがて目を開いたニネエは、レトに向かって口を開く。
「約束があるんです」
「…………」
「5年前にもルトゥ嬢の誕生日祝いがありました。彼が旅立ったのはお祝い事が終わった9月15日の夕方。『5年間の間に俺は立派になる。5年後、夕日が沈む前に迎えに来るから待っていてくれ』と、そう言い残して」
「…………」
「その約束だけは守らせて下さい。返事は9月15日の、日没にさせてください」
「…………分かった」
頷くレト。問題は何もなかった。
むしろちょうどいいとすら言えた。
「ルトゥ嬢の誕生日である9月15日の昼が最終試験日で、その夜に騎士団長就任式がある。
オレはそこで婚約発表もするつもりだ」
「まあ」
その日は成人式の兼ねたお祭りが行われるというのはニネエも聞いている。さぞや多くの人が集まる賑やかさになるはずで、それらの人々から祝福されて婚約されるというのは恥ずかしいような喜ばしいような不思議な高揚感を与えてくれる。
そんなニネエに微笑んで、レトは言葉を続ける。
「9月15日。夕方に会いに来るよ。暁騎士団長になって」
「ええ、お待ちしていますわ。レト」
そう言ってドーナッツを口に運ぶニネエ。それに習ってレトもドーナッツを一口囓る。
とびきり甘い味がしたのは、きっとレトの気のせいではないのだろう。