暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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021 マンドの街の大市場

 

 021 マンドの街の大市場

 

 9月7日の夕方にマンドの街に辿り着いたレトとベロンガ。

「思ったよりカラっとしているんだな」

「湖畔の街でやんすから、たまにアテ湖から涼しい風が流れてきて、夏はそれが気持ちいいんでさぁ」

 3台もの牛車を引いたベロンガが答える。マンドの街に卸す荷物が満載された牛車を複雑そうに見るレト。

「っていうか、その中身さぁ」

「レトの旦那が言いたい事も分かりやすが、これも商売ってモンですぜ。

 荷を卸す前に約束を卸す。それが商人ってもんでさ」

 6日間、レトとベロンガは旅を共にしていた。だからこそ、運んだ荷物を聞いたときは脱力してしまったのだ。

 牛車の荷物の多くは芋、食料品である。干し肉や木材も運んでいたが、食料品を買いに行くのに食料品を売りに出す。その矛盾に何か納得が出来なかったのだ。

 もちろんレトとて理屈は分かる。マンドの街はアレクシア共和国の一部であり、その主食を卸すのがベレルリの街の役割である。ワルリオン王国から別の食べ物を仕入れられたからと言って食料品を卸さないとなれば、文字通りに商売が成り立たない。どんな事があろうとも定期的に約束通りの品を卸すからこそ商売の信頼が成立するのだ。

 それにルトゥ嬢の成人祝いと暁騎士団長就任祝いに、珍しいワルリオン王国の食べ物や酒を口に出来るとなれば、そちらの方が大衆受けはいいだろう。

「いいんだろうけどさぁ」

「まあ、旦那は気にしなくていいでやんすよ。これはあっしの仕事でやんすから」

 ぶちぶちと言うレトに苦笑いで答えるベロンガ。

 そこで話を一つ区切り、さてとと話を進める。

「あっしは先に荷物を引き渡してきてしやいやす。旦那はそこの宿でも取ってゆっくりしてくだせぇ。

 ずっと武装しっぱなしで疲れたでございやしょう?」

「まあ、とりあえずベロンガの言葉に甘えるか」

 こきこきと首を動かして鳴らすレト。6日間、ひたすら畑や牧場の景色が続く中で気を張っていたレトは流石に疲れがたまっていた。紅い髪も砂と脂で汚れているし、蒼い鎧も少しくすんでいる。ただ、腰に帯びた武器である双剣だけは鞘までしっかりと手入れがされていた。毎日毎晩、使う事がなくても布で拭いて油を塗っていたのだ。

 ベレルリの街からマンドの街に向かう街道は比較的安全である。しかしそれはあくまで比較的であり、絶対では無い。スラム街出身の賊に落ちぶれるタチの悪い者たちの襲撃もあるし、(オーガ)が大きく北から回って襲来しないとも限らない。大金を持っている以上はハリマンのような連中に襲われる可能性もある。

 満載された牛車を3つも引いた彼らは、特に賊に見つかればいいカモとなる。それを守る護衛の役割が今回のレトの仕事でもあったのだ。

「へい、護衛料は銅貨10枚で」

「ああ、ありがとう」

 ベロンガから渡された銅貨を懐の財布にしまうレト。今回はレトの用事が噛み合っている事もあり、値段も以前よりかは良心的だった。

 そして別れてしまう前に、いちおう明日の事について聞いておくレト。

「ベロンガは明日、ずっと商談だろ? オレはどうしたらいい?」

「旦那の仕事は特にありやせん。マンドの大市場でも見てきたらどうでしょう?」

 そう言って、牛車を引いて歩き出すベロンガ。

 それを見送ったレトは、ベロンガが指さした宿へと向かって部屋を取る。

 そして宿屋の裏手で水を被り、旅の汚れを落として。久しぶりにゆっくり出来る部屋の中でじんわりと緊張をほぐすのだった。

 

 明けて翌日。

 日の出と共にベロンガは宿を出た。アイトとの商談を手早く済まさなくてならない以上、あまり時間は無駄に出来ないらしい。

 一方のレトが半ば休日のようなもの。ゆっくりと時間をかけて朝の支度を整えてから宿を出る。

「活気のある街だ」

 昨日は夕方に到着したから静かな街だったが、流石は交易の街。朝一番なら活気のある喧噪が耳に届き、街の人々が威勢良く大通りを歩いている。

 荷物を持った人々が多く、それぞれがそれぞれのペースで歩いている。急ぎ足の者や、大荷物を持っている為にゆっくりと歩を進める者。それらのマイペースさが独特の流れを生み出して、人の流れというものを面白く見させてくれていた。

 頭から眠気が完全に消えるまでの僅かな時間だけレトはその光景を楽しみ、頭が冴えれば今度は彼もその流れに乗るように動き出す。

 向かうのは昨日ベロンガに勧められたマンドの大市場。交易の街だけあってあちこちに小さな市場は立っているがしかし、一番の市場と言えば大市場と呼ばれる街の中心にあるそれである。マンドの街に初めて来たレトでさえ、何度もその市場の名前は耳に入ってきた。そこを見物するべく、レトは歩き出す。

 石造りの平屋が並ぶその道は、軒先で品物を出して簡単な店にしているようなところもたまにはある。湖で釣ったであろう小さな魚が大きな葉っぱの上に並べてあったり、木の実がいくつも置かれていたりしていた。

(子供の小遣い稼ぎかな……)

 店番をしているやや大きな子供、赤ん坊をあやしている小さな子供や、その様子を見守る老人たち。働き盛りの親たちは外に働きに出ているのだろうと予想が出来る。

 朝が早いから露店で買い物をするような人は見当たらないが、昼の準備をする頃になればちらほらと売れ出すのかもしれない。

 そんな事をつらつらと考えていたレトだが、進む先がどんどんと賑わってきたので思考をそちらに移す。気が付けば広場はもう間近であり、遠くの水平線では湖と空の青が混じりあっている。そんな湖を臨むマンドの街の広場に、レトは辿り着く。

 そこでレトは視線が一人に吸い寄せられた。

 ふぅふぅと息を吐きながらドスドスと市場を歩く毛むくじゃらで恰幅のいい人間。ベレルリの街では滅多に見ないが、主にワルリオン王国に居を構える獣人族の姿も交易な活発なマンドの街ならばたまには見かけるのだ。

(この暑さで毛皮を脱げないのは暑いだろうなぁ)

 代わりに冬は暖かそうだが。そんな割とどうでもいい事を考えながらレトは大市場に足を踏み入れた。

 

 ◇

 

 大市場は圧巻だった。整然と区切られた区画の中で、雑然と商品を並べる商人たち。こんなに盛況な市場はベレルリの街にはない。おそらく、作ろうと思っても作れるものではないだろう。人々が交わる交易街だからこそ実現する光景である。

 日よけの為に頭上に布を張ってテントにしているところも多い。特殊な草を育ててその繊維を織って布にするというのは、ベレルリの街の特産品の1つであると聞いた事がある。夏の間に育てた草を蓄え、冬で屋内にこもっているうちに内職で織るというのもベレルリの街での一般的な家庭の貴重な収入源だ。それらの成果がこの商人たちに買い取られるのを目の当たりにすれば、なるほど経済は回る事で成り立つという言葉も分かるというもの。肌で感じ取ると理解が進むというか、百聞は一見如かずというか。

 無論、レトは見るだけでなく聞く事でも大市場を楽しんでいた。

「さあ、安いぜ安いぜ! ベレルリの街で採れたの旬の芋、大袋で銅貨1枚ぴったりだ! 収穫したばかりのこの芋は蒸してよし煮てよしだ! 新鮮なうちに食べるといいぜ!」

「ワルリオン王国から仕入れた塩だよ! 数量限定、100瓶だけここで卸すことができた!! もう半分は売れてしまったが、残りも早い者勝ち!! 銅貨1枚のところ、なんと貝貨50枚の半額大サービスだ! さあ買った買った!!」

「夜釣りで釣り上げた大ぶりの湖魚、獲れたてだ! こんな大物、滅多に見れるモノじゃない! 銅貨3枚、銅貨3枚でどうだいそこのお兄さん!!

 他にも貝貨5枚の魚も仕入れているよ! 今夜の夕食の彩りにどうだい兄さん!」

 遠くからでは混ざった怒号で何を言っているのか分からなかったが、近づけば意味は通じる。広場を気ままに歩き、ふと気に留めたものを購入するレト。

 塩を一瓶買い、貝貨を50枚支払う。買った塩はやや大きめの陶器の瓶に入れられおり、割れないように布でくるまれてレトに手渡された。

 また少し歩いて、巻いた貝殻を細工した装飾品に目を留めて即買い。貝貨で5枚を支払って受け取る。

(これはニネエの土産にいいかもな)

 そして更に歩みを進める。暑さと人々の熱気で喉が渇いてきたなと思ったところで、目についたのは果汁売りの少女の姿。

 市場を楽しんでいるレトは気兼ねなく少女に声をかけた。

「果汁を絞ったものか、それは?」

「へへ、いらっしゃい兄ちゃん。汁気が多くて甘い瓜、スイカっていう果物の果汁を絞って濾したものさ。

 冷たい井戸水で冷やしているから暑いこの時期にぴったりだよ!」

 まだ幼いのに一端の商人といった油断のならない笑みを浮かべる少女。その顔を見ながら懐に手を伸ばすレト。

「いくらだ?」

「貝貨2枚、って言いたいが、あたいがカワイイと思うなら貝貨3枚でもいいぜ?」

「はい、貝貨2枚な」

「ちぇ。しっかりしているな、兄ちゃんは」

 冗談なのか本気なのか。少女は遅滞なくスイカを絞った果汁を木彫りのコップに入れて渡してくる。

 見れば近くに簡素な洗い桶も用意してあり、そこにはいくつか木彫りのコップが浮いていた。ここで果汁は飲み、コップは返せばいいということだろう。

「貝貨3枚を払うやつとかいるのか?」

「0じゃねぇな。面白がって払う奴も居なくはねぇ。貝貨1枚で粋な気分にひたれるなら安いものって考えるお大尽も少なくはないってことよ」

「なるほどねぇ」

 ちらりと少女が分けている2枚の貝貨を見る。それは彼女が余計な一言をかけ続けて儲けた分という事だろう。

「貝貨2枚、2人の客が気前良かった訳だ。いつからの儲けだ?」

「一昨日。一日貝貨1枚があたいの稼ぎだな。3日に1回、余分に1個の芋が喰えるならやらない手はねぇってことよ」

 へへっ、と笑う少女。それを見てレトは貝貨1枚を余分に出した。

「……兄ちゃん、これは?」

「面白い話を聞かせてくれたお礼だよ」

 そう言って、レトは少女の脇に置かれた貝貨の数を2枚から3枚に増やす。それと同時にスイカの果汁を飲み終わり、木彫りのコップを少女へと返した。

「じゃあな」

「あ、ありがとう、兄ちゃん! あたいの名前はポロって言うんだ。兄ちゃんは?」

「レト」

「そっか! レトの兄ちゃん、ありがとう!!」

 ちらりと去り際に遠くから少女の表情を見れば、彼女は子供らしい笑みを浮かべて貝貨を握りしめていた。3枚の貝貨があれば、今晩は余分に1つの芋も買えるだろう。いつもよりも腹を満たせるともなれば笑みを浮かべるというもの。

(こういうのはあんまり良くないんだけどな)

 ポリポリと自分の頭を掻きながら思うレト。

 誰かに余分に貝貨1枚を渡せても、困っている全員に十分な施しが出来る訳ではない。

 暁騎士団長になるのなら、いやさ副団長でも冷酷な判断を求められる事もあるだろうに。

「まあいいか」

 その思考を切り替えるレト。

 救えない者は救えないが、たまにの気まぐれで貝貨1枚分人の為になることをしてもいいだろう。

 そうした方がレトとしても心が洗われる気持ちになるのだから、悪い話ではないはずだった。

 

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