022 9月12日
レトが大市場を楽しんだ後の話をしよう。
夕方に宿に戻ったレトを出迎えたのは、ベロンガともう一人いた。
「アイト?」
「お久しぶりです、レトさん」
テペス村で会った時と変わらず精悍な様子の青年がここにいる訳が分からず、思わずベロンガの方を見るレト。
ベロンガはやや苦笑しつつ、レトに向かって話を始めた。
「どうやらこのバカ、思った以上に買い付けが多すぎたみたいで。あっしが必要とした分以上の在庫を抱えていたんでやんす」
「せっかく船を買えたから、ちょっと借り入れをして大量に仕入れて、新しい販路を拓きたかったんですが。甘かったみたいです」
ぽりぽりと気まずそうに自分の頬を掻くアイト。自業自得の範疇ではあるのだが、レトとしてはどうやらこの精悍なアイトの事をどうにも憎めなくなっていた。人当たりがいいというか、何というか。
しかしそれとは別にアイトは懲りない性格をしているらしい。ぐっと拳を握りしめてやる気十分といった風情でレトに話しかけた。
「ま、それならベレルリの街に販路が拓けないかと思いまして。荷もレトさんやベロンガさんが買い付けて下さった分で大分減りましたし、残りでベレルリの街に顔を売りに行こうかなって」
「少しは懲りやがれ……」
思わずそんな言葉を漏らしたベロンガに、レトは苦笑する。気持ちは同じだった。
一方でアイトはケロリとしたもの。
「まあ、大事な用事もありますし。半分ついでですよ、顔を売りに行くのは。そもそも俺もベレルリの街出身ですからね。
それだから伝手ってほどじゃありませんが、アテはありますよ」
「ほう。ワルリオン王国とテペス村やマンドの街との往復しかしてなかったと思ってやしたが、そんなアテがあるのかい?」
「ええ、ベロンガさんとか」
「おい」
あまりに図太い発言にベロンガがツッコミを入れて、思わずその場に笑いが溢れる。
要するに、港とベレルリの街を結ぶ行商人なら多少の顔が利くという事なのだろう。
「俺の荷物は馬車1台分、5年ぶりの里帰りをさせていただきます。
目的の日ちょうどにレトさんの暁騎士団長選抜試験の決闘もあるみたいですし、見物させていただきますよ」
「オレは一向に構わないけど、自分の船はどうするんだ?」
「ああ、ワルリオン王国のドックでオーバーホール中です。中古品であちこち傷んでいるみたいで。
まあそれを分かって買ったんですけどね。5年間借りた船だから思い入れも大きいんですよ」
「それで儲けようと思って無茶をしてたら世話がねえって話でやんすがね」
変わらずに呆れた声を出すベロンガ。
とはいえレトとしても異存はなく、困る事もない。アイトを連れだってベレルリの街に向かう事を了承したのだった。
出発は明日早朝。今日は早めに休んで明日に備えようと言うことになり、それぞれが寝床に向かった夜となった。
◇
それから数日、日付としては9月12日。
マンドの街からベレルリの街へ向かう道中、日が暮れかけてきたこの頃。
「今日はあそこで休みやしょうか」
ベロンガが代表して言う。ベロンガが指した先には掘られた井戸を中心に地面が均された広場があった。
人通りが多いこの街道で、旅人が野宿をする為に近隣の農家の人々が作り上げた野営地だ。
そこで腰と荷物を下ろした面々は、それぞれがやるべき事をやる。
「じゃああっしは近隣の家に商売に行ってきやす」
そう言うのはベロンガ。テペス村に向かう途中であったように、旅商人は宿営地の側で宿泊する時には商売をすることが多い。だからこそ、このような野営地や宿営所を作る旨味があるとも言えるが。
「行ってらっしゃい。今日は俺が色々とやっておきます」
この儲けの機会を得るのはベロンガとアイトで1日交代ずつだ。そして商売をしない方の片割れは雑用をするのが決まり事になっていた。
井戸に向かうと手慣れた様子で水を汲み上げるアイト。人が3人分だけでなく、馬1匹と牛3匹の水も必要だ。ふぅふぅと息を上げながら、何度も水を汲み上げるアイト。その間、家畜たちは放牧をしてそこらにある草を食んでいる。
「…………」
レトは周辺の様子の見回りだ。結局、護衛をするような立ち回りになってしまったレトだが、特に不満もない。
たまにぶつぶつと独り言を言いながら見回り、万が一襲撃を受けたときにどうしたら良いのかを考えながら視察していく。毎日やっている警戒であり、レトも手慣れたものだった。
ここは街の中ではない。賊も出れば、
そんなちらちらと動くレトを視界の中に置きつつ、アイトは自分の仕事を続ける。馬と牛の前に水桶を用意して、そこに水を注ぐ。一日中重い荷物を牽いていた4匹は待っていましたとばかりに水を飲み始めた。
それが終わったら人間の食事の準備だ。手早くガレキを集めてかまどを作ると火を熾し、その上に水を張った鍋を置く。
いくつかの野菜や芋を放り込み、ワルリオン王国では一般的な香草や調味料を入れて一煮立ちするまで待つ。
「良い匂いでやんすね」
そこまで調理が進むとベロンガが帰還し、レトも見回りを終えて戻ってくる。
鍋の中身を軽く味見したアイトはそれぞれの器に鍋の中身をよそって配るのだった。
「ワルリオン王国のカレーって言う名前のシチューです。向こうではパンやライスを付け合わせに添えるんですが、今回は白丸芋を多めにしてみました」
「いいじゃないか。オレなんかは芋をたらふく食える方が嬉しい」
流石は芋が主食のアレクシア共和国の面々である。カレーにパンやライスを付けるより、白丸芋を多く入れた方が受けが良い。それを見越してそういった献立を考えたアイトもちょっと嬉しそうだ。
ぱくりとさっそく食べるレト。続くベロンガにアイト。
「美味い」
「旨ぇ」
「そう言って頂けると恐縮ですよ」
口々にアイトを褒めるレトとベロンガ。そんな火を囲む3人からやや離れた所に、また別の3人が潜んでいた。
「(本当に旅商人がいるな)」
「(ちきしょう。美味そうな匂いのするシチューを食べやがって)」
「(最後の晩餐だ、大目に見てやれ)」
剣呑な会話をする彼らに気がつかないレトやベロンガ、そしてアイト。
食事をしている面々の誰もが気がつかない程遠くから旅商人を狙うのは、レトが警戒していた賊だった。こちらも合わせて3人、茂みに隠れて様子をうかがっている。
そして1人は辛そうにお腹をさすっていて、空腹で腹が鳴るのを誤魔化している。彼らはベレルリの街のスラムで食えなくなって出奔した類いの賊であり、近くの農作物を盗んで飢えを凌ぐのが日課である。だが、機会があれば人も襲う。旅商人を襲う事でしか現金を手に入れられない身分であり、彼らには彼らの人生への大義があった。
もちろん襲われる方にはそんな事情など知ったことでは無いが。このような賊はハリマンのように返り討ちに殺してしまっても罪には問われなく、むしろ賞金首が懸けられているような悪辣な賊さえもいる。彼らはアレクシア共和国の対して有害であるという意味で
性悪な連中に狙われていると気がつかないレトは食べ終わった器をアイトに渡し、アイトは食後の後片付けを始める。ベロンガは火の側に3人分の寝床を整えて、せめて平らな地面に布を敷いて眠れるようにする。
食後のお茶を飲みつつ、ゆったりとした会話をするレトたち3人。それをじっと聞きながら機会をうかがう賊3人。
「しっかし、レトの旦那が婚約発表とはねぇ。あっしにもそういう相手はいないのに、羨ましい限りですなぁ」
「ベロンガはオレよりもずっと年上なのにな。結婚願望とかないのか?」
「ないない、これっぽちもありやせんぜ。あっしは小さい弟妹と年老いた両親を養うだけで精一杯でさぁ」
これまでの行動から、ベロンガの義理堅さを知っているレトとしては家族を養うことに真面目なベロンガに違和感はない。
その一方で、結婚願望がないというのは嘘だろうというのも見透かしていた。家族の面倒を見るのに精一杯というのが本当で、自分の事にまで手が回らない言い訳をしているのだろう。
見抜いたレトだったが、野暮な事は言いっこなしと、話の矛先をアイトへと向ける。
「アイト、君は?」
「俺ですか・・・・・・」
話を振られたアイトはぽりぽりと頬を掻きながら口にする。
「居ますよ」
「ケ」
やってられんとばかりに乱暴に悪態を吐いたベロンガ。そんな彼を微笑ましく見たレトとアイト。そしてアイトは夜空に目を向けると、月と星とが輝く空の黒を瞳に映しながら口を開く。
「――愛しているんです。昔からずっと、本当に心から」
「凄い、とは言わないよ。オレもそんな風に愛している女性がいるからこそ、暁騎士団の団長試験に挑んだんだ。誰よりも立派な身分で告白してやるってね」
「ははは、レトさんに比べたら俺の身分なんて大したものじゃないかもですけど、気持ちは俺も一緒ですよ。一角の人物になって、俺が幸せにしてやるんだってね」
懐かしそうに、記憶を辿るように、脳裏に浮かんだ女性に向かって恋慕の情を向けるアイト。そんなアイトを嬉しそうに見やるレト。
「――絶対に、俺が、幸せにしてやるんだ。幼い頃から一緒だった、あいつを」
「そうか。幸せにしてやれよ、アイト」
「レトさんもですよ? 貴族になったからって、婚約者をないがしろにして浮気をしないで下さいよ?」
「言ったな、アイト。そんな事をする訳がない。オレは心から彼女を愛しているんだからな」
「ケッ! ケッ! ケッ!!」
惚気合うレトとアイトに、心底つまらなさそうに悪態を吐き続けるベロンガ。思わずそんなベロンガに笑い声を漏らしてしまうレトとアイト。
そんな2人の笑い声を聞いて、やがてベロンガも笑い出す。3人が笑い合う、旅の夜。
そして段々と眠りに落ちていくアイト、ゴロンと横になるベロンガ。彼らを眺めて、やがてレトもゆっくりと目をつぶって寝息を立て始めた。
茂みに隠れていた賊の3人は、それを辛抱強く待っていた。獲物たちが油断するのを、ひたすらに。
「行くぞ」
「見張りすら立てねぇとは、油断が過ぎるヤツラだぜ」
「仕事が終わったら、まずは腹一杯食いてぇよ」
小声で会話をして、音を立てないように進む賊たち3人。彼らはスースーと寝息を立てる剣士やゴーゴーと豪快なイビキをかく小男が起きないように祈りながら、ゆっくりゆっくりと火の側に近づいていく。やや手際が悪いながらも、手慣れた様子が彼らのこの行動が初めてではない事を示していた。
そしてやがてそれぞれが眠りこけている男達の前に辿り着く。誰か1人を殺している間に、他の者が起きては面倒だから同時に仕留めるという道理。
彼らはお互いに視線で会話をして。一人は斧を、一人は剣を、一人はナイフをゆっくりと掲げて。
「「「せっ!!」」」
かけ声と同時に、眠りこけている3人の首や背中に向かって振り下ろした。
柔らかい肉に向かって各々が武器を振り下ろし、しかし返ってきた手応えはガキンという硬いもの。
「は?」
何が起きたか分からない。ナイフを持った賊は痺れる手をさすりながら顔を上げれば、何故かそこは火から離れた何もない場所だった。
近くに居た斧を持った仲間は首を断たれているし、剣を持った仲間は後ろから剣で心臓を衝かれて絶命しているところ。そんな信じられないような風景が飛び込んでくる。
それを為したのは獲物だったはずの男。双剣を持ち、それぞれを血に濡れさせて。冷厳な瞳でナイフの男を見やっていた。
「ひっ!」
襲撃の失敗と、仲間2人の死。それを理解したナイフの賊は双剣のレトに背中を向けて駆け出そうとする。
しかしそこに居たのは、またもや双剣士のレト。背後にいたはずなのにいつの間にか眼前に出現する悪魔のような男に目を広げて恐怖する賊。
その腹部に、思いっきりレトは蹴りを入れた。激痛に喘ぎ胃液をまき散らしながらその場に倒れ伏す賊。
それを見届けた、護衛を為したレトはぽつりと口を開く。
「ハルシオン・ミスト。解除」
誰にも感知されなかった無味無臭無色透明の霧が晴れていく。
それは吸った者に錯誤を起こさせて、五感を狂わせる妖精神の神秘術。
襲われるかも知れない場所で警戒をしないレトではなく、アイトが夕食の準備をしている間にこの神秘術を使って襲撃者を惑わせる準備をしていたのだ。もちろんこれは毎日やっている事であり、今日だけ特別では無い。こういった警戒をしているからこそ、レトは浅くとも睡眠を取れていた。
それはいざという時にきちんと働くためであり、正にその真価が発揮されたと言って良いだろう。
「もういいぞ」
レトは火の方に向かって声をかければ、そこには強ばった顔で短剣を持って構えるベロンガとアイトの姿が。
「旦那、終わったんでさ?」
「ああ、2人は殺して1人は捕らえた。ベレルリの街に戻ったら太陽騎士団に突き出すぞ」
余計な荷物が増えたとだけ考えている様子のレトに、アイトは呆然としていた。
彼も商人をしているのである。切った張ったは初めてではない。しかし、これだけ一方的に襲撃者を返り討ちにしてしまい、そしてそれが当然という風情の男は初めてだった。
「ふぁ…」
眼前で呑気にあくびをしているのは、直前まで賊の人生を奪っていた男である。
その事実にゾクリとした悪寒が背中に走るアイト。
レト本人はというと。生き残った賊を手早く縛り上げると、火の側に座って彼の愛剣の手入れを始めていた。人を斬ったのできちんと洗浄しておかないと刃が傷んでしまうのだ。
「警戒はオレがしておく。ベロンガとアイトは早めに休んでおけよ」
気軽にそう言う、紅い髪を持った年下の青年。
そんなレトを見て、アイトは畏怖と同時に仲間と認めた者に対する優しさを感じ取り、どこか憧憬染みた敬意を感じるのだった。