暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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024 そしてその日を迎える

 

 024 そしてその日を迎える

 

 大歓声。

 世間一般では休日でもなんでもない日だが、なんとか時間を作った街の人々がベレルリの大広場に集まっていた。

 新設される暁騎士団長を選抜する最終決闘に貴族でない(レト)が参加する。それだけで十分に話題性があるのに、更に夜になればデレルレア公爵家が振る舞う食事と団長叙任式、更にはレトの婚約発表まであるというのだ。

 娯楽の少ない人々がこれで興味を引かれなければ嘘というものだろう。

「超満員だな」

 見世物にされるレトは、大広場の片隅に立って苦笑しながら緊張するという複雑な事を為していた。

 大広間の中央こそレトとボドロ卿が戦う為に大きなスペースが開けられているが、それを取り囲むように外縁向かうほどに従って段々の台が重ねられており、遠くの人々も中央を見物しやすくなるように工夫がされている。

 おかげでレトの方からも多くの観客の顔が見える。遠く、一番外側の人がいる高さは建物の3階にも匹敵しそうなほどで、これを僅か十数日で差配したルトゥ嬢の非凡さが目立つだろう。金があるからといって出来る事では無い。

 特に作られた貴賓席、周囲に護衛をつけた上で見やすく設計された席では上級貴族や太陽騎士団の重鎮達が座っていた。レトに見覚えがあるのはテペス村のコレレン卿くらいだが、彼はレトの視線に気がつくとにこやかな笑みを返してくる。そして視線での挨拶が終わると、隣にいる黒い肌を持つどこかルトゥ嬢に似た青年と話を始めていた。

「さて」

 周囲を確認するのはここまでだ。紅い髪を持ち、蒼い防具を身に纏ったレト。彼が腰に帯びた双剣を抜き、そして中央に用意された地面を均しただけの武舞台へと足を進める。

 それだけで会場のボルテージが一段階上がり、次の変化で更にボルテージが高まっていく。

 レトの対面に全身鎧の騎士が姿を現したのだ。槍を持ち、面貌は鎧で隠されたその全身鎧を漆黒に染め上げた騎士は有名である。

『黒のボドロ』

 何年も前から呼ばれているその名前。戦場に出ることのない人々が見るのは初めてであろう、名の由来となった漆黒の姿にざわざわとした声が広がる。

 それを意に返さず、表情すら見せないボドロ卿は武舞台でレトに声をかける。意外にも、その声色は親しみに満ちていた。

「覚悟は出来たかね?」

「どんな覚悟だ? ボドロ卿を下す覚悟か?」

 対して好戦的な返事をするレト。それぞれの剣を握る両手に力がこもった。

 そんなレトを見て真面目な、しかし年下を諭すような口調は変わらずにボドロ卿は言葉を繋げる。

「違う、()()()覚悟だ」

「ああ。それは、まだだ。背負うものがどんなものかも分かっちゃいないからな。

 だが、背負おうとする覚悟はある」

「――良かろう」

 レトの言葉を聞き、引き締めた声色で槍を構えるボドロ卿。いやさ、黒のボドロ。

 両者が臨戦態勢に入った事を見た一人が声を張り上げた。

「これより暁騎士団長最終選抜試験を開始する」

 その声の主はあつらえられた特等席に座っていた今日の主役の一人にして総責任者、黒真珠のルトゥ。

 凜とした声で会場中に響かせるルトゥ嬢の言葉に、シンと一気に静かになった。

「試験方法は決闘。相対する二人が戦い、勝った方を暁騎士団長に任命し、敗北した方を副団長に任命する。

 審判はこの私、ルトゥ・デレルレアが請け負った。

 双方異論は?」

「「ない」」

 はっきりと言うボドロ。口元に拳を合わせボドロとの距離を測っているレト。

 2人の距離は普通に歩いて15歩といったところだろうか。

「では、始め!!」

 そんな2人を見つつ、ルトゥ嬢が始まりの声を上げるのだった。

 

 ◇

 

 開始直後は神速だった。

 遠目から見ていた観客たちが見逃すような速度でレトがボドロへと接近し、右手の剣を振り上げる。

「ぬん!!」

 対して攻撃は許さぬと、ボドロがレトに負けぬ速度で槍を突く。接近するレトの右肩を狙う、あまりに高い精度での突きに、レトは狙いをボドロ自身から彼の槍へと変える。

 槍の刃と剣の刃が交錯し、甲高い金属音が大広場中に響いた。

 打ち合った刃同士のうち、勝ったのは槍の方。レトの剣を弾き、なおもレトの右肩を狙って直進する。

「ち」

 舌打ちをしながらレトは右回りに回転しつつ、左手に持った剣ですくい上げるように槍を払う。レトの右の剣で威力を減衰させていたボドロの槍は、左の剣の力には抗えずに狙いがレトから虚空に変わってしまう。

 図らずとも両手が、武器が流されてしまった両者。レトから見れば右側に両手が振り上げられ、ボドロから見れば左上に槍を突き上げた格好になる。

 そして両者とも、下半身は生きている。

「しっ!!」

 右回りに回転をしていたレトはその勢いのままボドロに一瞬だけ背を見せて、右足を振り上げての回し蹴りを放つ。具足と勢いをつけたその右足は、鈍器として立派に作用する。

「なんの!」

 それを受けるボドロの脚にも鎧が纏われている。脚を上げて打点をずらしたボドロ。

 本日二度目の金属音が響く。今度は先ほどとは違い、低く鈍い打撃音。

「っ!」

「…………」

 衝撃に顔をしかめるレト。一方でボドロの表情は面貌で見る事が出来ない。

 そこでいったん距離を取るレト。開始時と変わらない程度まで高速で後ろに引き、ボドロの様子をうかがう。

 追撃は、ない。

 

―ォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ―

 

 そこに至ってようやく観客は大きな歓声を上げ始めた。

 詩人に詠われるボドロの武勇を目の当たりにして、更にそれに拮抗するレトがただ者でないことを認識する。

『レト・レスター! レト・レスター! レト・レスター!』

『ボドロ卿! ボドロ卿! ボドロ卿! ボドロ卿!』

 観客達は武舞台で戦う2人の名前を叫びながら精一杯の歓声を送る。

 四方八方から送られる声援が聞こえているのかいないのか。レトはその場でとーんとーんと跳ね始め、横の動きから縦の動きに変えた予備動作を始めた。

 一方のボドロは変わらずの不動。ひたすらに槍の穂先をレトに向けて、待ち続ける。襲いかかる敵を迎撃する構え。

 そして。

「――ふっ!!」

 高く高く、レトが跳ぶ。いやさ、飛ぶ。脚に全力を込めて、自身の何倍もの高さまで跳躍して、上からボドロへと迫る。

 ボドロはそれでも冷静に槍を上に向けた。上空から飛びかかるレトはもう軌道修正は出来ない。つまり突きの狙いはもう変わらない。

 今度の狙いは眉間。まごうことなく殺すつもりで槍を突き上げるボドロ。レトは両の剣でそれを受ける。今度は空中で、三枚の刃がぶつかり合う。

 その違和感に気がついたのは、ボドロ。

(――軽い?)

 襲いかかるレトの攻撃に重さが無い。上空から重さを付加して叩き斬ろうという勢いがない。

 敏感にそれを察知したボドロは槍を引いた。押し切るのでなく、間合いを取ったのだ。それが正しいと判明するのは1秒に満たない時間の後。

 レトは、両の剣を起点にして更に跳ぶ。脚で空を駆けたように、槍に()()したレトはもう一段跳ねたのだ。僅かな推進力を得たレトは、転げ落ちるような不格好さでボドロの後ろに膝を付ける。

 二段の奇襲で、レトはボドロの背後を突く事に成功した。

「貰った!!」

「甘い!」

 膝をついたレトは、立ち上がる勢いを利用して自分に背を向けるボドロに斬りかかる。一方で一歩引いたボドロには動き出す余裕があった。振り返る時間がないと理解したボドロは、穂先の逆である石突きで迎撃する事を選択。レトの左の剣と、槍の石突きが交わった。

 続けざまに右の剣を振るうレト。石突きで受けた勢いを利用して反転するボドロ。防御は間に合いきらない。

 槍で弾こうとした右の剣は、弾かれきらずに僅かにズレるのみ。それはボドロの左肩にぶつかり、その漆黒の鎧にキズをつける。

「ぬぅ…」

「まだまだぁ!!」

 そしてこの間合いは槍のそれでなく、剣のそれ。槍を振るうには窮屈だが、剣を振るうには申し分ない。

 これが好機と言わんばかりに連続して左右の剣を振るい続けるレト。

 しかし見事なのはやはりボドロか。窮屈な中、槍を振るい、そしてある時はあえて鎧で受けて致命傷を避ける。

 レトの一方的な攻撃は、やがて攻め疲れた彼の隙を突くボドロの一撃で終わりを迎える事となる。

 両の剣を振り上げたレト。ほんの一瞬、レトの胸の防御がおろそかになった事をボドロは見逃さなかった。攻撃が間に合う槍の石突きでレトの胸にある蒼い鎧に突き出す。

「かは…」

 苦悶の息を漏らしながらレトは両手を振り上げたままたたらを踏み、一歩後退する。そしてそこはもはや剣の間合いではない、槍の間合いだ。

 この瞬間を待っていたとばかりに槍で横に薙ぐボドロ。槍の重量が思いっきり乗ったそれは、しかし素早く背後に更に2歩撤退したレトに届く事は無かった。

 実に濃密な戦闘を見せられた観客たちの興奮は最高値だった。全員が全員、武舞台で戦う2人の名前を叫び上げる。

『レト・レスター!! レト・レスター!! レト・レスター!!』

『ボドロ卿!! ボドロ卿!! ボドロ卿!! ボドロ卿!!』

 幾筋もの汗を額に流しつつ、レトは息を荒げる。攻めて攻めて攻め続けたあげく、反撃を喰らったのは予想外だった。胸を突かれた衝撃はまだ残っており、ずきずきと痛む。スタミナも大分失ってしまった。

 一方のボドロにも余裕はない。一歩間違えれば鎧の隙間に差し込まれる剣戟の嵐を捌ききったのだ。相応に集中力と精神力を消耗しており、もはや若くないボドロにとってこの先の戦いでは精細を欠きかねない。

 お互いに余力は無い。長期戦はお互いに不利。ならば。

(ボドロ卿、どうせあなたも神秘術を――)

(――お主も使えるじゃろう、レト)

 不思議な信頼があった。ここまで自分と戦える相手が、神に愛されない訳がないだろうという信頼が。

 距離を取った二人は神への聖句を朗々と詠いあげ始める。

「我に寄り添う妖しき化生! その残酷なる無邪気な業をここに顕せ!!」

「我に重なる闇の蛇王! 血を求めるその暴虐なる敵意をここに示せ!!」

 レトの神秘術は妖精神の加護。一方でボドロの神秘術は闇の蛇王、破壊に優れた攻撃的な神秘術だ。

 滅多に見られない神秘術、しかもその打ち合いが聖句つきで眼前で繰り広げられる。その事実に一瞬で観客たちは静まりかえった。聖句の一言さえ聞き漏らさぬよう、息さえも止めて戦いの最後を見届ける。

「惑わせ、狂わせ、混迷させよ! 幻を今ここに、見る者聞く者感じ取る者を全て欺き騙せ! 『ミラージュ・ゲンガー』!!」

 先に聖句を完成させたのはレト。その直後の光景は、観客だけでなく敵対するボドロまでも目を見開かせる結果となった。

 レトが、二人に増えた。左右に分かれたレトは弧を描きつつ、ボドロへと剣を掲げて迫っていく。

 しかしその間でもボドロの驚きは最小限だった。神秘術同士のぶつかり合いである、不可思議なことが起こるのは当たり前。故に驚きは最小限。

 問題はボドロの目で見ても左右のレトのどちらが本物かの判断がつかない事だ。響く足音は実体があるかのように聞こえるし、何よりも鬼気迫る闘気は先ほどまで敵対していた者となんら遜色がない。

 そう感じ取ったボドロは迷うことなく次の行動に移る事ができた。

「前を壊せ、後ろを壊せ、全てを壊せ! 黒き衝撃は集い束ねて怨敵を打ち砕く鏃とならん! 『ブラック・アロー・レイン』!!」

 ボドロが聖句を完成させる。

 ボドロの眼前に闇が集まり、それは一瞬だけ爆縮するような動きを見せると、二股に分かれて左右から迫るレト二人に襲い掛かった。

 どちらが本物か分からないなら、両方ともを射抜けばいい。即座にその判断を下したボドロはその神秘術を選択し、漆黒の姿の分身であるような闇の術で左右の敵を同時に攻撃した。

 突撃に全力を注いでいたレト二人はその闇の術に対応することは適わず、回避しようと身を捩らすも躱しきることはできなかった。

 それぞれ右の肩と左の脇腹に闇の鏃が突き刺さり、そしてその両方が呆気なく幻のように消え失せる。

「なっ!?」

 これには流石のボドロも驚きの声をあげた。

 どちらも偽物であり、本物がそこに居なかった事は思慮外のことであった。

 その動揺を、レトは決して見逃さない。

「隙、ありぃぃぃ!!」

 まるで空中から溶け出るように本物のレトは現れた、正にボドロの眼前正面に。

 レトはその右手に持った剣を大きく振りかぶり、反応することが出来なかったボドロの頭を目掛けてその刃を振り下ろす。

「がっ!!」

 迫りくる刃を見る事しか許されなかったボドロは、甘んじてその一撃を受ける事となった。

 兜に吸い込まれた刃はそれを両断し、しかしそこで止まる。顔を出すのは初老の騎士の顔。剣を受けて兜を割られた衝撃にやや朦朧としつつ、ボドロは槍を突き出そうと力を込める。

 しかしそれよりも速く。レトは左手に持った剣の刃筋をボドロの首にあてがっていた。油断なくボドロの挙動を見るレトは、抵抗すれば殺す事を躊躇わないだろう。

 やや呆然としながら、その光景を見るボドロ。彼の瞳に映るのは、詩人に詠われる存在である自分を下した、息を切らして苦戦の果てに勝利を掴んだ若き俊英の艶姿だった。

「ふ」

 どこからかこみあげて来る喜びを一瞬だけ顔に浮かべたボドロは、指に込めていた力を抜いて槍を地面に落とすと、ゆるゆるとした動作でその両手を天へと上げる。

「それまでっ!!」

 戦いの終焉を見届けた審判であるルトゥ嬢が大声で勝者の名前を詠いあげる。

「勝者、レト・レスター!!」

 

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