025 縺れた運命の糸が紡ぐ先
決闘が終わり、剣を腰に戻すレト。落とした槍を拾うボドロ卿。
そして二人はがっちりと握手を交わし、敗れたボドロ卿は会場に一礼をしてその場を去る。
代わりに大広場の中央に姿を現したのはルトゥ嬢。唇の端を吊り上げ、楽しそうに嬉しそうにレトの側へと歩み寄り、声をかける。
「ご苦労様でした。レト」
「お言葉、誠にありがたく」
本日成人するルトゥ嬢に傅く若き俊英、暁騎士団長になる事が内定したレト。
大勢の前で麗しき二人が絵画のような姿を見せた事に、会場から大きな拍手のコールが沸き起こる。
『ルトゥ嬢! ルトゥ嬢! ルトゥ嬢』
『レト・レスター! レト・レスター! レト・レスター!』
そんな騒がしい中でも、ルトゥ嬢がしとやかに笑いながら手を上げるだけでざわめきが急速に静まっていく。
立ち上がったレトは、暁騎士団の総帥となるルトゥ嬢に並び立ち、観衆たちに向かって誰が団長になったのかをアピールしていた。
「これにて暁騎士団の団長を決定します。
選ばれしは、レト・レスター!」
少しの時間、怒号のような拍手と騒ぎが響いた。しかし今度は素早く静まる。
民衆が一番楽しみにしていたことの発表が間もなく行われるからだ。
「今晩、私の成人の祝いとレトの団長就任を祝い、この大広場で祝祭を行います。
我らがアレクシア共和国の食事とお酒、そしてレトが集めたワルリオン王国の食事とお酒。
それらを給しますので、どうか楽しんで下さい」
大歓声が爆発する。
今度の大歓声は収まる様子が見えなかった。食べる量が少ない日々を生きる中で、デレルレア公爵家が負担して好きなだけ食べていいという祝いの席を設けてくれるのだ。これを喜ばない者はいないだろう。
『デレルレア公爵家、万歳! 暁騎士団、万歳! ルトゥ嬢とレト・レスター、万歳!』
それを微笑ましく見たルトゥ嬢は、その場をレトに譲る。
静まる様子がない大広場だが、しかしレトも言うことは言わねばならない。これは他でもないレトが言わねばならない事だからだ。
「その際、オレの婚約も同時に発表する。
将来の契りを結んだ相手をこの場に連れてくるので、一緒に祝ってくれると嬉しい」
この騒ぎでは聞こえないだろうと思ったが、しかし騒ぎは少しだけ大きくなった。多少は騒ぐ群衆に聞こえた事で満足するレト。
どうせ今日はこの話で持ちきりであろう。話は広がりこそすれ、収まることはないはずだった。
話すべき事を終えた二人。そしてルトゥ嬢は笑いながらレトに話しかける。
「では、後はお任せなさい。あなたは夜までに恋人を連れてくれば、それでいいから。
盛大なお祝いで迎え入れてあげるわ」
「相変わらず人の恋話に興味津々だな」
苦笑いで答えたレトは、しかしそれでも謝意を持った礼をしてその場を去る。
結局、貴族としてデレルレア公爵家としてのルトゥ嬢の仕事はまだ続くのだから、当然ながら敬意を払うことに否はない。
◇
大広場を出た先の街並みでも、もう噂話が広がっていた。
「――ボドロ卿が負けた?」
「勝ったのは平民のレト・レスターとかいう奴だってよ」
「平民で大丈夫かねぇ。ルトゥ嬢の顔に泥が塗られなきゃいいけど」
「ルトゥ嬢が課した試験をクリアしたってことだろ。心配要らないよ」
レトの顔さえ知らない人々がそこらで噂をしていた。それを耳にするレト。
(仕方ないか)
自分の実績が無いことはレト自身が一番分かっている。この前評判は仕方の無い事と割り切っていた。
レトのやるべきは、この評価を覆す事。そう思えばやる気も出てくるというもの。
そして自分で気合いを入れた後、くーという空腹の音に気がつく。
「そういや腹が減ったな……」
決闘が終わり、昼も過ぎた。腰を据えて食事をするのもなんだか落ち着かなかったレトは、適当な露天に近づいて店番に声をかける。
「すまないが。蒸かした甘長芋をひとつ貰えるか? 大きいやつ」
「はいはい。貝貨3枚、ね……」
店番をしていた中年の女性は、レトの紅い髪と蒼い鎧と腰に帯びた双剣を見て言葉を詰まらせる。
「……もしかして、レト・レスター?」
女性の声はそんなに大きくなかった。しかし周囲の視線と興味が一気に募ってくるのをレトは肌で感じ取れていた。
「そうだよ。はい、貝貨3枚分」
レトが芋のお代を渡すと、女性はやや呆然としながら商品の甘長芋を渡す。一番大きいものを手渡したのは、果たして意識的なものか無意識か。
「あの、えっと、その……」
レトに向かって何を言って良いのか分からない女性の様子を見て、微笑みながら言葉を紡ぐレト。
「ありがとう」
「! え、ええ。あなたも頑張って!!」
その声を聞きつつ、レトは芋にかぶりつきながらその場を離れる。追ってくるのは視線ばかりで、そして無言だった。
(……頑張らないとな)
平民が貴族職である騎士団の団長になるのである。これからレトは様々な好奇の視線を向けられるだろうし、結果論で語られる仕事もしなくてはいけないだろう。
頑張る。
女性にかけられた一言が真理をついている気がした。
◇
歩き慣れた道を進み、やがて辿り着いたのは愛しい人がいる孤児院。ニネエが居る、丘の上。
そこに近づくにつれて子供たちの元気な声がレトの耳に届いて来た。予想通りに子供たちは大人しくしていないのだろう。
孤児院の中に入ると同時、室内で騒がしく動き回っている子供たちが目に入る。
「あ、レトだ!」
「レト、知ってる? 今日はお祭りなんだって! お腹一杯食べていいんだって!」
「はいはい、知っているからちゃんと準備しような、お前達」
適当でいて適切に玄関で騒いでいる子供たちの相手をするレト。
本来その子供たちの相手をすべきニネエはというと、奥の部屋から顔だけ出して来訪者がレトであることを確認していた。
「あ、レトさん! ごめんなさい、今はこっちの子を着替えさせるのに手がいっぱいで……」
「分かってるって。他の子供たちの世話は任せておけ」
ルトゥ嬢の成人祝いと暁騎士団長就任式は祝祭である。祝祭に出席するのにボロを着てという訳にはいかない。それはこの孤児院を経営するベルガー商会の恥にもなる為、それなりに小奇麗な服に着替えさせる必要があるのだ。
そして子供たちといえば。これからあまり出させて貰えない外に出れる上に、そこではお腹一杯に好きなものを食べていい。その上で綺麗な衣服を着せてもらえるとなれば、落ち着く訳がない。わーわーきゃーきゃー言いながら孤児院中を駆け回る現状の出来上がりである。いつもはなんとか面倒を見られているニネエが手に負えない程に騒がしくなっていた。
「こらっ! まだ着替え終わっていないのにあっちに行かないの!」
奥の部屋から聞こえて来るニネエの大声を聞きつつ、レトは子供たちが勝手に外に飛び出さないように入り口の扉を背にしてゆっくりと待つ。
そうしてニネエが子供たち全員を着替えさせた頃になって、レトの背中にある入り口がコンコンコンとノックされた。
「こんにちは、レヴォルです」
「ああ、レヴォルか」
入り口のドアを開ければ、そこには今年の春に孤児院を卒業してベルガー商会に勤める事になっているレヴォルが姿を現していた。
半年前までこの孤児院で悪ガキをしていた彼は、世間の荒波に揉まれて随分と大人びたように見える。昔、やんちゃをし続け居たこの孤児院に居るのを見れば、その感想は尚更か。
「あ、レトさん。今日はおめでとうございました」
「お、おう」
正しいがちょっと変わった言い回しに笑いそうになりながらレトが返事をする。
それによって子供たちもレヴォルに気がつき、わらわらと群がってきた。
「お、レヴォル兄。元気してたか?」
「あんま元気ないな、レヴォル兄。また追いかけっこするか?」
「わーい。じゃあレヴォル兄が追いかけて!」
「だー! やめんか!!」
久しぶりに会ったレヴォルに容赦なく絡んでいく子供たち。そんな元気が有り余っている子供たちに大人の一年生であるレヴォルはたじたじである。
奥から自分の身支度を整えたニネエが出て来る。今日の彼女は黄色くて少しだけ装飾がある服を着ており、そして頭にはいつもの黒い布巾を被って茶色い髪を隠していた。そんなニネエは、立派になった上で子供たちのオモチャと化したレヴォルを何とも言い難い笑顔で見る。
「久しぶりね、レヴォル」
「ニネエ先生、お久しぶりです」
「あら、レヴォルがそんなかしこまった言葉使いをするなんて」
ほんの半年前を思い出してくすくすと笑うニネエだが、一方でレヴォルの背中は煤けていた。
「ハハハ。ここを出てから随分と長い時間が経った気がする……」
「それが大人になるという事だな」
知ったような事を言うレトの事を恨めしそうに見るレヴォル。とはいえ、今現在のレトは色々な意味でレヴォルにとって雲の上の人だ。
言いたいことを飲み込んで、レヴォルは子供たちに向き直る。
「よっしゃ。今日の祭りには俺が連れて行ってやる。みんな、はぐれるなよ」
「了解だよ!」
「レヴォル兄にお任せ!」
「ニネエ先生、行こ?」
レヴォルについて歩く子供と、ニネエとも一緒に行こうと促す年長のメイナ。ニネエはにっこりと笑ってそんな子供たちに声をかける。
「私は用事を済ませてから後から向かうわ。みんな、レヴォルを困らせないでね」
「分かった!」
「先に行ってるから早く来てね、ニネエ先生」
そんな言葉を騒がしくまくしたてながら、レヴォルに連れられて子供たちは披露宴が行われるベレルリの街の広場へと向かう。
「お前ら、勝手にあっちこっちに走り出すな! みんなで手を繋げ、手を!」
レヴォルの苦労を耳で聞き、子供たちを見送ったニネエはレトへと向き直る。
「お待たせしました、レトさん」
「待った気はしないよ、ニネエ」
微笑みあった2人。続けて口を開くのもニネエ。
「外に、出ましょうか」
ニネエはそう言って先に孤児院から出て、その後ゆっくりと彼女に続くレト。
孤児院から出た外の風景は、段々と日が沈み始める青空だった。レヴォルに連れられて道を下っていく子供たちを静かに見守る。
やがて彼らの声も聞こえなくなり、空も赤くなり始める頃。ニネエは静かに孤児院の裏手に回る。そして、それについていくレト。
遠くを見通せるこの場所からは、西にあるアテ湖がよく見えた。
沈黙したまま、ただただ黙々と静かにある二人。最近の暑さとはうってかわり、今日は涼しい風が軽やかに通り抜けている。雑然と生えている木々がさわさわと音を立て、傾いた太陽は優しい日差しを振りまいていた。
「孤児だった私と彼は、廃墟だったここに住んでいたんです」
ぽつりと呟くようにニネエが呟く。
「ベルガー商会で日雇いの仕事を受けて、徐々に自信をつけて。ベルガー会頭に直談判をして孤児院を運営する話を持って来たときは驚きました。
彼に、そんな商才があるとは思わなかったから。だから私も背中を押してしまったんです、きっと素晴らしい商人になれるよって」
それは独白だった。ニネエのせいではないけれど、ニネエが背負う罪の形。
幼馴染みの彼を送り出してしまった結果、約束をした今日まで帰ってこない、帰ってきていない彼への悔恨がにじんでいた。
そんな立派にならなくても、共に生きてくれただけで良かったのだと。
そしてレトはニネエを見る。レトから見て、彼女はまだ完全に吹っ切った訳ではなかった。レト自身へと淡い感情を抱いているのは分かる。だけどそれと共に、かつて約束した幼馴染みにも大きな未練があるのだと理解できてしまった。
レトにその心の裡が見通されていることは、ニネエも何となく察してはいた。それでも黙って自分の決断を待ってくれている年下の青年には感謝しかなかった。
日が、沈む。約束の刻が終わる。
静かにニネエは瞳を閉じた。そして自分の髪を隠していた、幼馴染みとの思い出の品でもある黒い布巾を取り去り、湖から流れる風に少しだけ傷んだ長い茶髪が梳かさせる。
ニネエはゆっくりとまぶたを開くと、アテ湖とレトが共に見えるように歩み始める。それを目で追う紅い髪のレト。湖と太陽を背負ったレトと、少しだけ暗くなって月が薄っすらと見え始めた東の夜空を背負うニネエ。
「私は今日からまた進みます」
レトを見つつ、ニネエの言葉はレトに向けられたものではなかった。記憶にある、結婚を約束した幼馴染に向かってニネエは口を開く。
「さようなら」
そして絞り出すように、幼馴染みの名前をこの場に置いた。
「アイト」
レトの思考が停止した。その名前を聞いて、記憶にある浅黒い日に焼けた肌を持った青年を思い出して。
「ニネエ!!」
ニネエの後ろの道から、その声が響く。
レトが視線を向ければ、そこにはたった今想像したばかりの男が居た。テペス村で知り合い、先日はマンドの街から共に旅をしたワルリオン王国にも伝手を作った船商人。
その声を聞いたニネエは驚きに目を見開き、後ろを振り返る。彼女の目にも映っただろう、レトが見たその青年を。
駆け足で丘を登ってくる青年の目にはニネエしか見えていないらしく、レトに気が付いた様子はない。その青年、アイトは丘を登りきると、ニネエの前に立ってその両手を握りしめた。
「ニネエ、本当にニネエだ! 5年も待たせちまった、すまなかった!!」
「アイト、どうして……」
「5年で立派になって帰ってくるって約束しただろう。俺はワルリオン王国に渡って、商売の下地を積み上げてきた。この街でいっぱしの商人としてやっていける自信も出来た。胸を張ってお前を、ニネエを嫁に迎えられるようにしてきたんだ。でも、本当にすまない。5年もお前を1人にしちまった!」
5年ぶりにようやく恋人に出会えて興奮したアイトには、その場の雰囲気を即座に理解することが出来なかった。
だけれどもアイトは鈍い男ではない。狼狽するニネエに気が付いて周囲の様子をうかがえば、分かりやすくそこに異物が居た。アイトにとって彼とニネエしかいない筈の空間に、今日の昼に暁騎士団長になることが決まったレトがそこにいた。
「レト、さん……」
「アイト……」
お互いに想像もしなかった邂逅に、呆然とした声しか出せない。硬直したその場に、眼下の先にあるベレルリの街の大広場からあがった歓声が届く。
ここからは遠いベレルリの街の大広場で、ルトゥ嬢の成人式と暁騎士団長の就任式。そしてレトの婚約披露宴が始まった。