暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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004 ベルガー商会 会頭ベルガー

 

 004 ベルガー商会 会頭ベルガー

 

 ボドロ卿との昼食を終え、店を出たレトは北へと向かう。

 ベレルリの街の中心部は南にある。それは単純に南の方の安全度が高いからだ。

 (オーガ)族が居着くのは東の大草原だが、これに関する防備の為に、人々は大草原とベレルリの街の間に城壁を築いた。長い長い城壁こそがベレルリの街の冠にもなり、城塞都市と名乗るのに相応しい威容を醸し出している。

 しかしそんな城塞も無限に続くわけではない。ベレルリの街からみて東北に位置する場所では城塞が途切れ、そこからは(オーガ)族が侵入してくる。

 必然、そこはスラム街となり貧困層が怯えながら住み着いている。

 一方で安全を買いたい者は城壁で守られている南に居住を持ちたがるのはと当然と言えた。南は大森林との間にある深く幅広い渓谷が自然の堀となり、危険だと言われている大森林からの生物が襲ってくる心配はほとんどない。西はベレルリの街の農業地帯が広がっており、野生の獣が襲ってくる緩衝材となっている。つまりベレルリの街の南側こそが人が安心して暮らしていける状況が整っていると言える、いや人が安全に暮らせる環境を整えたと言えるだろう。

 そこから少し北に向かったベレルリの街の中央部は、全ての流通が交差する商いの地区となっている。レトが懇意にしているベルガー商会もそこに本部を構えていて、目指しているのはそこである。

 とにもかくにも5ヶ月で銀貨50枚を集めなくてはならない。1ヶ月で銀貨10枚のペースと考えれば、1秒さえも無駄に出来ないといえる程だ。

 

 ベレルリの街を歩いているレトの耳には威勢のいい声が届いてくる。

 ふとレトがそちらに目を向ければ。そこかしこで工事が行われ、古い家が壊されていた。あるいは新しい家の骨組みが出来ている。

 ここは歴史のある街だと聞いたことがある。レトにあまり興味はないが、300年を優に超える時間が経過した都市であると。そうなれば当然に家は劣化するし、過去に乱雑に造られた街並みを再建する必要もある。

 今、ベレルリの街で実権を握っているルトゥ嬢の兄であるリゾム公爵令息が着手した事業がそれだった。デレルレア公爵家の当主たちは自分の代で何かしらの大きな公共事業を成功させている事が多いらしい。

(まあ、オレもその恩恵に預かっているしな)

 ベレルリの街に来たばかりの頃は、日銭を稼ぐ為に木材を運ぶ仕事をしたこともある。そんな思い出を取り留めなく脳裏によぎらせながら。ふと街を、様子を見る。

 打ち壊した家から使えそうな木材や石材を選び出し、再加工するべく運び出している上半身が裸の男たち。

 昼食を終えた為にその炊事の後片付けをしている老若が入り交じった女たち。

 元気よく外で遊び回る子供たち。見よう見まねで踊りの身振りをマネしている。

(…………)

 ふと、自分の頬が笑みの形になっているのを気がついたレトは、その表情のまま歩を進める。

 そしてやがて喧噪が遠くなる。再開発区画から遠くなり、主に午前中に市が立つので午後は静かな事が多い中央部に近づいてきたのだ。

 そのまま慣れた足取りで立派な3階建て事務所の入り口を開け放つ。

「――らっしゃい」

 中で受付のカウンターに座っていた男は一瞬鋭い目でレトの事を見るが、それが誰であるかを確認した途端に先ほどと同じように弛緩した空気で話しかける。

 それを意に返さない様子で見たレトは、気にせずにいつも通りに話しかける。

「話は通しているはずだが、ベルガー会頭に会いに来た」

「へいへい、分かっていますよ。午前中に小銭を握りしめた丁稚が走ってきたからな。

 会頭もお会いになるそうだ。2階のいつもの部屋に行きな」

 変わらぬやりとりを済ませた後、男の横の道から進んだ先に見える階段へと進み、足をかける。そのまま2階に上がって、慣れた順路で奥の部屋を目指してそこに辿り着いた。今度は丁寧に扉をノックするレト。

「レトだろ? 入れ」

 中から聞こえてくるドスのきいた声に従って入室するレト。果たして中には想像に外れぬ人物が応対用のソファーに座っていた。

 浅黒い肌に黒い髪をオールバックにした目つきが鋭すぎる男。稼いでいる事を誇示する為か、高級な飾りをたくさん身につけた上にしっかりと服を着込んでいる。ベレルリの街は比較的温暖な気候な上に布の値段が高い。なので冬以外の季節には男は多くの肌を晒す。

 それをしないのは貴族やそれに類する財力を持つ者か、レトのように危険な大森林などに赴くためにしっかりと防具を装備している者かだ。ベルガーは言うまでもなく前者である。

 明らかに堅気ではない雰囲気を出したその男は入ってきたレトを見て面白そうに笑った。

「暁騎士団の団長選抜試験を勝ち抜いているからウチに来るのは少なくなるかと思いきや、どういう風の吹き回しだい?」

「人生はままならない、って事だよ。ベルガー」

「ハッハッハッ。そりゃあいい。テメェはまだ若いんだ。苦労は買ってでもしろ」

 成人して1年程度しか経過していないレトならば、既に30を超えたベルガーと呼ばれた商会を大きくした男にとっては半人前と扱ってもおかしくない年齢だ。

 しかしレトが大森林から貴重な素材を入手することと、更には単純にレトという個人を気に入ったベルガーは彼を友人のように扱う。

 誰がどう騙してくるかも分からない商人や貴族の世の中では、貴重な仲でもあった。

「まあ話は茶でも飲みながら話そうや」

 言いながら手元にあったベルを鳴らすベルガー。レトも慣れたもので勧められもしないのにベルガーの向かいに座る。

 程なくしてレトが入ってきたドアが開き、ひょろりと背の高い少年が緊張した表情で紅茶が入ったカップを2つお盆に乗せて入ってきた。

「お待たせしました」

 そう言った少年は、中にいたレトを見て思わず声をあげる。

「あ、レト」

「レトさん、だ。俺の客人を呼び捨てにしてんじゃねぇよ、レヴォル」

「! し、失礼しました。レトさん、お茶です。会頭も」

「オウ」

 そのやりとりを苦笑いで見やるレト。紅茶を運んできた背の高い少年であるレヴォルは、丘の上の孤児院出身で成人したこの春からベルガー商会で働いている。孤児院にいた時は子供として必要な物資を納品に来たレトに気安い態度を取っていたが、社会人である今のレヴォルにそんな態度はもちろん許されない。

 この商会のトップであるベルガーにしっかりと怒られて、紅茶を置いて出て行くレヴォル。

「多少は加減しろよ? ベルガー」

「してるだろうよ、十分。俺がガキの時にアレを言ったらその場で殴られている」

 しれっと言うベルガーに、やはり困った笑みしか返せないレト。彼の言うこともやはり正しいからだ。

 閑話休題。レトはここにレヴォルの様子を見に来たわけでは無い。お互いに紅茶を一口飲んでから話を始める。

「で、何事だ? レト、お前は暁騎士団の団長選抜試験で忙しいんじゃないのか?」

「その選抜試験の事だよ」

「だろうな。今のお前はそれに全力を注ぐべきだ。どんな課題が出た?」

 興味半分、実利半分で聞くベルガー。商会を運営する彼は情報というものに機敏である。もしもその情報を知っていたら儲け話の1つや2つを捕まえられるかも知れないのだから。

 その様子を見て真面目な声でレトは口にする。

「他言無用だぞ? 三次試験の内容は金集めだ。指定された額の銀貨をルトゥ嬢に見せること」

「ハ。そりゃまた平民にはキツイ課題だな。で、何枚の銀貨を見せろって? 10枚かい? それとも大きく30枚か?」

「100枚」

 ピキリとベルガーの笑みが固まった。驚きとともに表情を真面目に直し、レトの事を見る。

「おい、そりゃあ冗談だろ? そこらの貴族の当主や商会の主でも簡単に動かせる額じゃねぇ。当然、俺も無理だ」

「冗談だと思ってルトゥ嬢になんて言う? 『ご冗談を、お嬢様』か?」

 レトのからかいのこもった声に、ベルガーはここに居ないルトゥ嬢に呆れの感情を浮かべた。

「何を考えてるんだ、ルトゥ嬢はよぉ……」

「ま、無理難題が出されるのは予想の範疇だ。そこでオレは大森林の奥深くに入ることにした」

 その言葉にベルガーの表情が引き締まる。

 レトは慎重な男だというのがベルガーの評だ。故に今まで自分の分を超えた危険な地帯に入った事は一度も無い。

 それを翻して、大森林の更に先に進むという。そこには確かにベルガー商会が欲した貴重な素材もあるだろう。銀貨何枚になるかは分からないが、今までと同じように1枚になるかならないかという値段では済まないはずだ。

「それで、高額買い取りのリストがあれば先に欲しいと思ってな」

「ああ、そういうことか。いいぜ、すぐに用意する」

 そう言ってベルガーは立ち上がり、奥にある書棚からの普段使わない書類を取り出した。無茶な納品を頼まれて、いつか手に入ったらと言い訳しながら2度見る事がなかった依頼書の束。それを掴んでレトに渡す。

 レトもそれを見ながら、自分のメモに調達できそうな素材を書いていく。この情報もベルガー商会の貴重な財産であるから、ただで写させてくれるだけありがたいと思わなくてはならない。

 感謝の思いは互いに忘れずに。それが友人と付き合うコツであろう。

「――ありがとう、ベルガー。だいたいの目星はついたよ」

「こちらこそありがとう、だ。溜まった不良債権を儲けに変えてくれるって言うんだからよぉ」

 右手を差し出すレト。右手で握り返すベルガー。

 お互いに笑みを浮かべながら、打算にまみれた友情で握手を交わす2人だった。

 

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