暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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005 胡散臭い男達

 

 005 胡散臭い男達

 

 ベルガー商会を出れば、そろそろ陽が傾き始める時間帯だった。

(…………)

 思い返せば濃い一日だった。そして少なくとも5ヶ月はこの緊張感が続くのだろう。緊張と疲れをほぐすようにして肩を回すレト。

 そうして自分の住まいに戻るべく数歩足を進めたところで違和感に気がつく。

(……誰だ?)

 ベルガー商会の事務所の脇にあった薄暗い小道。そこからかすかな足音が聞こえ、レトの後ろにくっついてきた。

 少しだけ距離は開けているが、明らかにレトのことをつけてきている。

(心当たりはないが)

 ないが、人はどこで恨みを買うか分からないもの。ついでに言えば今のレトは銀貨という大金を何枚も持っている。一方で、ただ単にベルガー商会から出てきた相手に狙いを定めた強盗や追い剥ぎという可能性もあった。

「我に寄り添う妖しき化生。その残酷で無邪気な業をここに顕せ」

 ぽつりぽつりと聖句を口ずさみ、神秘術を発動するレト。追跡者に気がつかれないように、レトは自分の存在感を薄くする神秘術を使う。自分を見失わせない程度には薄く、しかし追跡だけに集中させてレトの仕掛ける罠には気がつかれないように。

 そして適当な角を曲がって、レトはすぐに駆けた。音しか聞こえない以上、追跡者は存在を悟られてレトが逃げたように思うだろう。存在感が薄くなっていったレトに集中していたならばなおさらだ、見失うかも知れないという焦燥は目の前の単純な行動に結びついてしまう。

 背後から聞こえる慌てた駆け音に反応するレト。やはりレトの事が目的だったらしい。

 禍根は速やかに断つのが良策。レトは即座にとって返すと同時、右の腰に帯びた剣を左手で抜き放ち、慌てて角から飛び出してきた小男の喉元に突きつける。

「っ!! ……っ!!」

 白い肌で少し痩せた小男は自分の喉に迫って止まるレトの剣を見るだけで身じろぎができない。

 そんな彼を見ながら、一息で小男の喉を刺し抜ける体勢を保ったまま、レトは彼に問いかける。

「何者だ? オレになんの用だ?」

「……っ、へ、へへ」

 無理矢理浮かべたような笑みを形作り、まずは両手を開いたままゆるゆると空に上げて無抵抗である事を示す小男。

「まずは名前を。あっしはベロンガ」

「ベロンガ、ね。記憶にないな」

「そうでござんしょ。あっしはアテ湖の周辺やマンドの街とかと、ベレルリの街を行き交っている行商人でさぁ。

 平民ながら暁騎士団長選抜試験の三次試験に駒を進めるような大人物との関わり合いなんて今の今までありやしやせんでしたぜ」

 その言葉にぴくりと反応する。

 レトが暁騎士団の団長選抜試験に挑戦中だという事を知っている者は限られている。ルトゥ嬢と競い合うレト以外の4人。そして丘の上の孤児院長のニネエと、たった今話したベルガー会頭くらいだ。

 つまり、普通に考えれば目の前にいるベロンガという小男がそれを知るわけが無い。知るわけがないのに知っていると言うことは、情報を盗まれたと言うことだ。

「…………」

「へ、へへ。旦那、レトの旦那。落ち着いてくだせえ。

 あっしも聞こえちまっただけでさぁ。ベルガー商会に荷卸しをしていた隣の部屋で、レトの旦那とベルガーが話していたじゃないですか。耳がいいあっしにその声が届いてしまっただけでさぁ」

「聞こえなかったフリをしろとは言わないが」

 はぁ、とため息をつきながらレトはそれでも剣を引かない。

 柄頭にやや大きめの半球がついた双剣の一本を揺らがせず、それでも敵意が引いた目でベロンガを見るレト。

「だいたい想像出来るが、何の用だ?」

「た、端的に言わせて頂ければあっしも南の大森林に連れて行って頂きてぇ」

 自分の喉元に突きつけられた剣の切っ先から目を逸らすことが出来ずに、しかしそれでもベロンガははっきりと言い切る。

「南の大森林で採れる素材を高額で卸してくれる得意先、3つ程心当たりがあるんでさぁ。

 もしもあっしを一緒に連れて行って下さって、取引が成立したら利益の半分を譲ってもいい!

 だ、旦那は金が必要なんでしょう? 悪い取引ではないと思いやすが」

 だいたい想像通りだったベロンガの言葉に、一応の念押しで言葉を投げかける。

「命の保証はしないぞ? オレ自身も安全かどうか分からないんだ」

「百も承知でさぁ」

「なら、いい。明朝、南のウィム大橋の手前に集合だ。1週間ほど潜る予定だから、そのつもりで準備をしてくれ」

 そう言って、ようやくレトは剣を鞘に戻す。

 そして興味をなくしたように歩き出したところで、呆然としていたベロンガはレトに向かって声をかける。

「待ってくだせぇ、まだ旦那の口から旦那自身の名前を聞いていませんぜ。正面から旦那の名前を聞かせてくだせぇ!」

 ベロンガのその言葉に、少しだけ彼に関心を持ったレトは自分を向き直し、右腕を自分の胸に当てて己を名乗り上げる。

「レト・レスター」

 

 ◇

 

 明朝早く。

 多めの荷物を持ったレトが南のウィム大橋に着いた時には既にベロンガはそこにいた。

 多少の荷物と採集したモノを入れる為の空の袋。旅慣れた様子を見せながら、しかし表情には隠しきれない卑屈さが浮き出ている小男。

 そこには特に触れず、軽く手を上げて挨拶をするレト。

「待たせたな」

「へへ…ちっともでさぁ。こんな良い儲け話があるんでやんすから、身体の調子も良くなるってもんでさぁ」

 楽しそうに笑うベロンガにちょっとだけ肩をすくめたレトはウィム大橋に向かって歩き始める。それに追随するベロンガ。

 ウィム大橋に入るところでつまらなそうに立っていた見張りに、通行料の貝貨5枚を黙って支払うレトとベロンガ。愛想なく受け取ったその男から顎でしゃくられる事で通行の許可を貰った2人は、何も言わずに先を行く。

 少しだけ無言歩いた2人だが、沈黙に耐えかねたベロンガがあっさりと口を開く。

「しかし人間ってのは凄いものでやんすな。こんな橋を100年以上前に造ってしまうんですから」

「100年?」

 利用回数は多かったレトだが、その歴史は知らなかった。

 それを感じ取ったベロンガがしたり顔で語り出した。

「ダメですぜ、旦那。騎士団長になろうお方が、自分の使うウィム大橋の歴史も知らねぇんじゃカッコがつかねぇ。

 あっしの言葉で良ければ暇つぶしに聞いて下せぇよ」

「ああ、頼む」

 実際する事がなくて暇だったレトはベロンガに話の続きを促す。

 視線は周囲の慣れた絶景に、渓谷に架かった大橋から臨む空中散歩のような光景から動かさずに、ベロンガの話を聞くのだった。

 

 曰く。

 昔、ウィム大橋がかかっていなかった頃は、南の大森林に行くのも一苦労だった。

 西にあるアテ湖から流れるセセト川によって巨大な渓谷ができ、渓谷を渡るのも命懸け。西のアテ湖を通って向かうのが一般的だが、日数がかかるし何よりアテ湖を渡るのも安全とは言い切れない。

 大森林の立派な木々は資材としてとても貴重なものであったし、自生する植物は薬や塗料といったものに加工される為に人々の文化に貢献する。

 だがそれを甘受するにはもどかしい思いを人々はしてきたのだ。

 そうした事情を重くみた当時のデレルレア公爵家当主であったウィムが、その生涯の大事業としてセセト川が作り出した渓谷に橋を架けた。渓谷をまたいで北と南を繋いだその橋は、100年以上経った今も改修を繰り返して人々の交流を支えている。そしてその偉業を讃え、この橋はウィム大橋と呼ばれているのだそうだ。

 

「ってなもんでさ。あっしらが払った通行費もウィム大橋の修繕費などに充てられているそうですぜ。

 他にも景色がいいもんだから、ちょっとシャレたデートスポットとしても最近人気が出ているとか」

「ああ。カップルがたむろしている事があるなと思っていたが、そういう事だったのか」

 基本的に大森林に行く屈強な人々が使うのがウィム大橋だが、たまにチラホラと仲よさそうな男女が見えるなとは思ってはいたのだ。

 今は早朝過ぎる為かそういった人々は見ない。大森林から木材を運ぶのももう少し時間が経過してからだろう。

 つまり今はレトとベロンガ以外にウィム大橋を渡る者は普通いないという事だ。

 そんな事を思ったり話したり。時間を潰している間に対岸が見えてきた。

 時間を潰すにしては良い勉強になったと、レトが満足する頃に大森林の側に辿り着く。

 と、そこで不自然な男が目についた。ウィム大橋の向こう側につく寸前で、欄干に背を預けた男がニヤニヤとこちらを眺めていたのだ。

「・・・・・・・・・・・・」

 その不躾な視線に不快さを感じ、キッとにらみ返すレト。しかしそのニヤニヤとした不快な笑みと視線をやめない男。

 レトは視線でベロンガに問いかける、知り合いか? と。

 ベロンガが首をすくめて返事をする。あっしは知りやせんぜ、と。

 どこか居心地の悪さを感じつつ、しかし足を止める必要のない2人は歩を進める。

「レト・レスター」

 囁くようにレトの耳に声を届ける不快な男。ピクリと眉をひそめたレトは、視線だけを不快な男に送る。

「なるほど、金を稼ぐなら大森林に行くのは良い判断だ。生きて帰れるならな」

「――誰だ、お前は」

「そうだな、ハリマンとでも呼んでくれ」

 ニタニタと笑いながら欄干から背中を外したハリマンとそう名乗った男は、ベレルリの街に向かって歩き出す。

 そしてレトは足を止めてハリマンの事を見送っていく。

 ただただ薄気味の悪い予感だけを運んできたハリマンを、睨むように見つめるのだった。

 

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