暁騎士譚ーレト・レスターの告白日ー   作:117

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009 ベロンガの商売

 

 009 ベロンガの商売

 

 ベルガー商会の、いつもレトとベルガーが会う部屋。そこでベルガーは呆れたような驚いたような複雑な顔をしてレトが卸した商品を見ていた。

「……確かに受け取った。しかし、なぁ」

 チロンの花蜜は鎮痛解熱の効果を持った上で腫れを引かせる薬になる。加工後の薬は長期の保存も可能となるので、どこの医者も欲しがる良薬だが、チロンの花蜜は大森林のどこに咲いているのか分からない。奥に入れば見つかるというものではないのだ。

 岩盤火炎ゴケは火に焼べると一気に火力が増す。炉などで使う事が多く、どこの作業場や鍛冶場でも重宝される可燃物である。

 そして。

「ルンザの牙、こんな立派なものを」

「立派でも使い道はどこにも無いようなモンだけどな」

 机の上にデンと置かれた、レトが狩ったルンザのその牙を見てベルガーは苦笑いを浮かべていた。

「そうでもないさ、貴族の間では見栄も必要だからな。ハンティングトロフィーとして、ルンザの牙は貴重だよ。

 ここまで立派なのなら尚更な」

「理解は示せるが納得はし難いな」

「それは実は俺も思っていることだ」

 ハハハと笑いながら、部屋の奥にある貴重品庫から銀貨を持ってくるベルガー。

「いつもの取引分では銀貨1枚。チロンの花蜜で銀貨もう1枚。岩盤火炎ゴケは規定量の倍を卸してくれたから銀貨3枚。

 そしてルンザの牙は、こんだけ大きいモンなら俺からも心付けを出せる。銀貨3枚に加えてもう1枚だ」

 合わせて銀貨9枚もの大収入。見せられた銀貨の数を見て、レトの喉がごくりとなる。彼の人生でここまでの大金を触ったのは初めてだった。

 しかしそれでもまだ足りない。目標としている銀貨50枚には20%にも満ちてはいないのだから。

 レトは受け取った銀貨を丁寧に自分の懐にある財布にしまい、なくさないように気を引き締める。

「だが、お前さんが目標としている金額には全然足りないだろうよ。どうするんだ、レト。

 また大森林に行くのか?」

「いや、しばらくはベロンガと一緒に行動する」

「ベロンガァ!?」

 意外な名前にベルガーの声が上擦った。

「うちに出入りしている小金拾いじゃねぇか。西のアテ湖やマンドの街の辺りとかで荷卸しをしている行商人だ。

 どこで知り合ったんだ?」

「まあ、ちょっとな」

 ここでベロンガに話を盗み聞きされていたことを話せばベルガーのメンツは丸潰れだ。レトとしてはベルガーに恩を売れるかも知れないが、ベロンガの商機を奪うことになる。

 1枚の貝貨も惜しいこの状況で、ベロンガとの繋がりを失う訳にはいかないレトの事情がそこにあった。

 ベルガーも深く突っ込まず、話を進める。

「どうやらベロンガも大森林にある素材で欲しいものがあったらしくてな。

 儲けの半分を条件に一緒に大森林に連れて行ってやったんだ」

「ほぅ。思ったより骨があるじゃねぇか、ベロンガのヤツも」

 命懸けで大森林に入るという根性をベルガーは思ったよりも気に入ったようだ。そこにレトという大森林に熟練した人間と併せる辺り、抜け目がないというか。多分だが、そこもベルガーにとっては評価ポイントなのだろう。

「で、色々と売り捌きに行くからその場で半額の受け取りをしなきゃいけないだろ? バックレられたらかなわない」

「ハッハッハ。そりゃそうだ」

 豪快に笑うベルガーに背を向けて、部屋の出口へと向かうレト。

 それを見て楽しそうに声をかけるベルガー。

「ああ、そうだ。金が必要ならまた孤児院に荷を運んでくれないか?

 お前さんは顔が柔和だからな、子供受けがいいらしい。忙しいなら無理にとは言わんがな」

「いや、近いうちに受けるよ」

 そう言って部屋から出て行くレト。そのまま事務所からも出て行き、外で待っていたベロンガと顔を合わせる。

「お疲れ様ですぜ、旦那」

「ああ、待たせたな。ベロンガ」

 揉み手をしながらレトを迎えいれるベロンガ。彼の方が大分年上に見えるが、大森林に入って素材を卸せる人間との重要度の違いを見誤ってはいない。レトが上でベロンガが下、その立場を崩すつもりはないようだ。

「じゃあまずはルルン男爵家にベツノ蝶の鱗粉を卸しに行きましょうか」

「ああ、そうだな」

 そう言って2人連れだって歩いていく。

 その先は特に話す事はない。ルルン男爵邸に辿り着いて、そこで頼まれた品であるベツノ蝶の鱗粉を執事に手渡し、その代価に銀貨1枚と銅貨30枚が支払われる。代金を受け取り、邸を辞する2人。

「……随分と渋い顔をしていやしたね、あの執事」

 望みの品が手に入った割には喜んだ様子がなかった事にベロンガが意外そうな声を出すが、その答えを知っているレトは面白そうに口を開く。

「ルルン男爵の三男坊であるスイツがオレと同じく暁の騎士団団長試験に臨んでいるからな」

「あぁ…。1枚の貝貨も惜しいのはルルン男爵も同じでやんすね」

 ベツノ蝶の鱗粉は女性の化粧に使う素材だ。キラキラと輝く粉末は、目元につけると特に美しく女性を引き立てる。おそらくはルルン男爵の奥方かお嬢様が所望した品なのだろうが、スイツ三男坊が銀貨100枚を集めるには役に立たず、逆にルルン男爵家の財布を少しでも圧迫したことになる。

 そこまで確認したところで、レトは懐から銅貨10枚をベロンガに差し出す。それを受け取ったベロンガは銀貨1枚をレトへ。銀貨1枚は銅貨50枚、そして銅貨1枚は貝貨100枚が相場である。

 つまり銀貨1枚と銅貨30枚は、銅貨に換算すると80枚。お釣りを含めてやりとりをすれば、これで2人共銅貨40枚の儲けになったところだ。

「次はどっちに行く? 北のスラムと西のアテ湖があるが」

「すいませんが、アテ湖の方には他にも持って行く荷物がありやす。

 明日一日の準備期間が欲しいので、今日はひとまず北のスラムに行きやしょう」

 ベロンガの言葉に頷いて返答をするレト。

 そもそも西のアテ湖まで行くには2~3日の時間がかかると聞いている。昼も過ぎた今日のうちに荷物が卸せるとは思っていなかった。

 話がまとまり、レトとベロンガが北へ向かう。

 

 ベレルリの街の北の方はスラム街となっている。城塞が途切れた先にスラム街があり、(オーガ)族が襲ってくるから治安が悪く、城塞で守られた人々はあまり近寄ることがないのがスラム街だ。

 一方でスラム街に住む者達も見捨てられたという自覚がある為、鬱屈した恨みの感情を南に住む人々に向けている。対外的に同じ街と括られてはいるが、北のスラムはほとんど別の考え方と力関係で成り立っていた。北のスラムを治める貴族はおらず、力で上に立った人間が暴力と恐怖で支配している。

「そこに風穴を開けたのが極楽彩(ごくらくさい)のニジ殿でさぁ」

「風穴?」

「力で上に立ったのは事実でやんすが、下に優しくて悪くない運営でスラムの一角を取り仕切っているんでやんす。

 話が通じる相手でもあるんで、あっしみたいな命知らずの金儲け目的の人間も商売の話をしにいけるんでさ」

 2人はもう完全にスラムに入り込んでいた。

 南の城塞で守られた地域は活気があったが、スラム街は陰鬱とした様相を醸し出している。

(未来のために計画的に力を出せる人々と、今日を生きるのが精一杯な人々の違いかな)

 一方で上に立った一部の人間は暴力で弱者から搾取し、自分ばかりが贅沢するようなマネをしているのだろう。そうでなければこんな沈んだ雰囲気にならない。

「それでもここら辺は極楽彩(ごくらくさい)のニジ殿が支配しているから、ナンボかマシな方でやんすよ」

「……これでマシな方なのか」

 こくりと頷くベロンガに、レトは呆れた声を出す。

 先ほどから壊れかけた家と家の間から、悪意がある視線がたまに送られてくる。スリか追い剥ぎか、その辺りのよろしくない人種がレトの持ち物を狙っているのだと予想がついた。その度にレトは剣を見せつけるようにそちらに視線を送り、威嚇をしている。しっかりとした武器を持つレトに自分の存在がバレた不心得者はそそくさと場を外すが、何せ数が多い。レトが辟易とするの仕方の無い事だった。

「あっしはニジ殿の客だって通達が回ってやすが、レトの旦那は随分と大変そうでやんすね。

 最初に来た時はあっしもそうでやした」

 シシシと笑うベロンガにレトは困ったような笑みを浮かべるしか無い。普通に考えて武力による威嚇ができないベロンガはレトよりも大変だっただろうと予想がついたからだ。そんなベロンガにかけられる言葉はなく、ただ廃墟染みたスラムを歩いて行く。

「と、ここでやんす」

 ふと足を止めるベロンガ。唐突なその行動に一歩だけ足を進めてしまうレト。

 彼が足を止めたのは、他の建物よりも土台がしっかりしたボロ小屋だった。ぱっと見は他の建物と遜色ないボロボロ具合だが、土台がしっかりしているという事は建て直すならば立派な建物が出来るポテンシャルがある場所だという事だ。

「じゃあ行きやすか」

 卸す荷物を背負い直したベロンガは目的のボロ小屋に向かって足を進める。レトもそれに追従しようとした時、がちゃりという音を立てながら目の前の扉が開く。

「騒がしいと思ったらお前さんかい、ベロンガ」

「へへへ。ご無沙汰しておりやすぜ、リトナーさん」

 やや卑屈そうにベロンガが挨拶をした相手は、無精髭を生やした茶髪の中年男。顔つきや髪型、服装は普通そうだが。しかしその手に持った武器が異様な雰囲気を醸し出している。

 長柄の武器で、先に槍斧状の刃物がついている。ハルバードと言われる重量級の武器をさも当然のように持ち運んでいた。

 リトナーと呼ばれた中年男はベロンガを一瞥した後、レトへと目を向ける。

「……おたくは、もしかして。レト・レスターかい?」

「オレを知っているのか?」

「まあ、ボチボチね」

 言いながら、舐めるようにレトの事を見るリトナー。

「――ふぅん」

 意味深な言葉を口にして自分の中で納得の様子を見せた後、リトナーは直前の様子を忘れたようにニカっと笑みを浮かべてレトに握手を求めた。

「オジサンの名前はリトナー。ここら一帯を仕切っている極楽彩(ごくらくさい)の副将ってとこかな。

 気軽にナーさんって呼んでくれや」

「どうも。オレはレト・レスター。今はしがない男だが、成り上がるために挑戦中だ」

「知っているさね。おたく、暁騎士団の団長選抜試験で生き残ってるんだって?」

 ナーさんの言葉に驚きの表情を浮かべるレトとベロンガ。

「リトナーさん、知ってやしたんですかい?」

「まあね、オジサンたちも広い耳を持っているのさ」

 肩をすくめて返答するナーさん。そこで話を区切り、ベロンガを見る。

「で、今日はどんな用向きだい?」

「え、ええ。以前話にあった山葵(わさび)が手に入りやしたので、卸しにきやした」

「ああ。手に入ったんだねぇ」

 目を細めて笑うナーさん。

「うちの大将、ニジの坊やが好きでねぇ。最近手に入らなかったんだけど助かるよ。

 たまには人生を楽しまなきゃ生まれてきた意味がないってね。そう常々言っているんだが、うちの坊やはどうにも真面目が過ぎる」

「坊や?」

 ベロンガから何本かの山葵(わさび)を受け取り、品質を確認したナーさんがこぼした言葉に食いつくレト。

 それを聞きながら懐から財布を取り出して銀貨2枚をベロンガに手渡すナーさん。

「ああ、多分年の頃はお前さんと変わらないよ、レト。

 うちの大将は若いけど、それなりにヤル奴なのさ」

「オレと変わらない年で、一つの勢力を築いているのか……」

 ちょっとした羨望の感情が漏れ出るレト。それを何とも言えない表情で見つつ、ぽりぽりと後頭部を掻くナーさん。

「さて、貰うモンは貰ったし、払うモンは払った。他に用向きはあるかい?」

「いえいえ、これだけでさぁ」

「そうかい。じゃあオジサンはこれで引っ込むよ。帰り道も気をつけなさい、ここら辺は治安が悪いから」

 そう言って開きっぱなしだった扉に戻るナーさん。軽々とハルバードを手に持ったまま、そんな異常を異常と見せない様子で。

 扉を閉める前にふと後ろを見たナーさんは、レトを見て真面目くさった顔で口を開く。

「お前さんとは長い付き合いになるだろうよ、レト」

「…………」

「じゃあな」

 バタンと閉められる扉。太陽が傾き始めた事が時間の経過を教えてくれているが、どうにもこうにも現実味のない時間だったと言わざるを得ない。

「ほい、旦那」

「ああ、ありがとう。ベロンガ」

 それでもちょっとずつ増えていく銀貨の重さが、今が現実である事を教えてくれる。

 増やした銀貨の数は11枚。

 

 目標である銀貨50枚まで、レトは順調に稼いでいるのだった。

 

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