事情通系胡散臭お嬢様になりたい転生トリニティ生 作:水野 四十坂Q
それは、D.U.でのことだった。
「いらっしゃいませ……あ」
「あら」
D.U.にある大手チェーンのハンバーガーショップ。私はなんとなく、少し空きの出来た胃袋を満たしにそこへ足を運んでいた。
そして入店直後、目のあった黒髪の女性店員がばつの悪そうな表情をしたと見るや、両手を挙げて降伏の構えを取る。
「なにをしているのかしら?」
「……好きにしろ。お前に捕まるなら文句はない」
最近のハンバーガー屋さんは随分と変わった挨拶をするんですのね。0円スマイルに代わる話題造りかしら?
と、私の目の前でトンチキな言動をしている人物は錠前サオリ。アリウススクワッドの元リーダーでありエデン条約調印式襲撃の実行犯の一人。そしてトリニティ総合学園における指名手配犯だ。
……錠前サオリといえば、アリウススクワッドを率いていた関係でベアトリーチェによる洗脳教育の影響が最も色濃く、そのため調印式の後はスクワッドを脱退して自分探しの旅を兼ねた日雇い労働を転々としていたはずですわね。それであればまあ、D.U.でハンバーガー店員をやっているのも不思議な話ではないのでしょう。とはいえ、私は調印式で会ったっきりなので、実際のところ現在の彼女がどうしてるのかは存じませんけれども。
「このデカマックのセット一つと、えびサンド単品。セットはポテトLサイズとジンジャーエールMサイズで。あ、デカマックは紙で包んでもらってもよろしいかしら?」
「は?」
「……いや、は? ってなんですの、は? って。貴女今ここの店員ですわよね? 注文したから対応して欲しいんですけれども」
「いや……お前は正義実現委員会だろう。なら、指名手配犯の私を捕まえる義務があるはずだ。何より、私を恨んでいるんじゃないか」
「……あの、私今、お腹が空いているんですけれども。ハンバーガー食べたいんですけれども。貴女とお喋りに来たわけではなくてよ? 早くお願いしてもよろしいかしら?」
「……理解できない」
「もう一回注文繰り返した方がよろしいかしら?」
「……いや、そっちは覚えている。デカマックセットにポテトLとジンジャーエール、えびサンドだな」
「デカマックは箱じゃなくて紙でお願いしますわ。これ、超重要ですから」
「……ああ、わかった。こちらの番号札を持ってテーブルでお待ち下さい」
「ありがとうございます」
デカマック、本来は箱に入って出てくるんですけれど、デカすぎて紙で包んでもらわないとめっちゃ食べにくいんですのよね。食べられないことはもちろんないんですけれども、レタスが抜けたりパティが飛び出しちゃったりと、提供されたそのままの状態を維持して食べるのが難易度高いんですのよ。だから紙は絶対の絶対ですわ。
紙で包んでもらうのはイレギュラーな注文なのでしょう。注文を受けたサオリさんが厨房へ消えます。……はあ。まさかハンバーガーを頼むだけでここまでコミュニケーションが発生するとは。バイト中の知り合いに会うというのも考えものですわね。
まあ、サオリさんも通常のバイトモードに戻ったみたいですし、私もテーブルで待っているとしましょうか。
「お待たせいたしました」
「どうも」
サオリが私のハンバーガーを運んでくる。
そのまま、私の向かいに座った。
「…………何をなさっているのかしら?」
「今日限りでクビだそうだ」
「それは、お気の毒に……?」
なんなの、なんなんでしょうこの女。これが真面目系ボケの本気なのでしょうか? ちょっとコミュニケーションが独自レギュレーションで構成されすぎてて私は到底ついていけそうにないのですけれども。ちょっとは手加減してくださいまし?
「……いや、すまない。気にして欲しかったとか、謝って欲しかったわけではないんだ。単に、説明をしようと。私は元々、色々な事情を隠して勤めていたからな。レジで堂々と『指名手配』なんて言うバイトなんてクビにされて当然だろう」
「はあ。まあ、それはそうかもしれませんわね」
せ、先生!!!!
たすけ、助けてくださいまし!!!!
私この空間に耐えられませんわ!! ていうか、サオリが喋ろうとしてるから私ハンバーガーに手を付けられませんの!! 刻一刻と冷えていってますの!! 揚げたてのポテトが!! ふわふわのハンバーガーが!! 不味くなっていってますの!! 今すぐ乱入してサオリを連れて行ってくださいまし!! 貴方ならできるでしょ!?!?
「え、えーと……すみません。食べてよろしいかしら……?」
「あ、すまない。気を遣わせてしまっていたか。どうぞ」
「では、いただきます」
もぐ、もぐ……
き、気まず……
私が食べ始めた瞬間ガン見で無言になるのやめていただけます!?!? クッッッソ食べづらいんですけれども!? もうなんかハンバーガーの味よく分からないのですけれども!?
へ、平常心、平常心ですわ、私。私はお嬢様。誰もが認める模範的パーフェクトエリート正義実現委員ですわよ。お嬢様はいつ如何なる時も動じませんわ。優雅たれ(アゾット剣刺され顔)。こんな状況、イチカ先輩から激詰めされた時に比べればなんてことありませんから。なんか落ち着いてきましたわ。
ずぞぞ。ジンジャーエールおいし。なんでジンジャーエールってジンジャーでエールなんでしょうね? 生姜の発泡酒ということでしょう? 生姜っぽい味あんまりしませんし、お酒でもありませんけど。普通に甘い炭酸飲料として好きな味ですから全て許しますけどもね。
……ふう。
「……焦っていたんだ」
え!?!?
「シャーレの先生を襲撃して、手傷を与える。できれば、殺害する。それが当時の私に与えられたもう一つの任務だった」
この雰囲気で、話を!?!?
「それに失敗した。私は先生を殺すどころか、撃って行動不能にすることさえ出来なかったんだ。私は任務に失敗すればアツコ……家族を生贄にすると言われていた。あの時の私にはもう、もう片方の任務を完璧に達成して帰るしか道は残されていなかったんだ」
こ、コイツ、無敵ですの!?!? マジ!?!? 昔の私でももう少しは空気を読みますわよ!?!?
ずごっ。
ポーカーフェイスの裏に大きな大きな戦慄を隠していると、ストローが空気を吸い込むバッドマナーな音が聞こえます。無心でジンジャーエールを飲んでましたから爆速で消費しちまいましたわね……
クソが……この女、いつまで経っても離席する気配を見せませんし……え? これ、もしかして私が相手しないといけない感じですか? 突発的罰ゲーム?
「あー、えー、と? つまり? すみません、ちょっと話についていけなくて。私に何かご用なのでしょうか?」
「ああ……いや、すまない。私が語るばかりになってしまったな。謝りたかった……いや、これも違うな。吐き出したかったんだ。すまない、これも独り言だな。本題に入ろう。捕まりに、というか、自首、というべきか。正義実現委員会に身柄を明け渡しに来たんだ」
「はあ……?」
もしゃ。ポテト美味しいですわね。やっぱり世間一般で最もポテトが美味いチェーン店と言われるだけはあると思いますわ。これでテイクアウトしても美味しさが保たれるのであれば最高でしたのですけれども。ちょうどいい塩梅の塩気がいいんですのよね。トリニティでもジャンクフードに抵抗のない方なら割とウケると思いますわよ?
もぐもぐ。えびサンド、別に特別美味しいというわけではないのですが、私にとって思い出の味なんですのよね。前世の頃、親に連れて行かれる時は決まってこれを食べていたのですわ。なんか好きだったんですのよね。えびカツが特にGood。プリプリ感はぶっちゃけ全然足りないと思うですけれども、逆にそれが美味しいと思うんですのよね、私。気取ってないのが逆に美味しい、感じでしょうか?
ふう、ごちそうさま。
「では私、これにて失礼しますので……」
「……いや、待て。私は連れて行かなくていいのか?」
「え……な、何故……?」
「……いや、私はエデン条約でのことがあるだろう……? お前には、私を捕まえる義務があるはずじゃないのか……?」
「……それ、さっきも聞きましたわね」
「ああ、さっきも言ったが……?」
……
はあ。
「あの、サオリさん。私の服、見えますか?」
「……? もちろん、見えるが」
「ですわよね? 私今、私服です。正義実現委員会の制服、着ておりません」
「あ、ああ。そうだな」
「つまり、今、非番ですのよ。正義実現委員として活動してませんの。休日ですの。ですから貴女を捕まえる義務とか微塵もありませんの。ですからこのまま帰りたいんですの。よろしいかしら?」
「い、いや。待て。そんなことで済ましていい話ではないだろう」
「え……? 済ましていいのでは……?」
「……頭が痛くなってきた」
「……それは私が言いたいのですけれど」
え、あの、マジで帰ってよろしいですか? なんなんですのこの時間? 貴女ここのバイトクビになったらしいですし、こんな無駄な問答してないでさっさと職探しにでも行った方が遥かに有意義ではなくて……? 私も大切な大切な休日をこんな無駄遣いしたくないんですけれども……?
うーむ。
では、こういうのはどうでしょうか。
「ふむ。ではこうしましょう」
「ん、ああ」
「私、一般生徒です。実は連邦生徒会所属なので、トリニティとか正義実現委員会とかよくわかりません。貴女誰でしたっけ? 私物覚えが悪くて。忘れてしまってるみたいですわ。ごめんあそばせ」
「い、いやいやいや。以前会っただろう。アズサを助けるために割って入ってきたし、その後殺されかけていただろう……?」
「は!? 殺されかけていませんけれども!? 私、強いので!? 貴女ごときと戦っても死にませんけれども!? 自惚れないでくださいます!?!?」
「覚えているんじゃないか……」
「覚えていませんけれども!? いい加減帰ってよろしいでしょうか!? 貴女も次の職探しに行った方がいいのではなくて!?」
ああ、もう!
なんですのこれ!? まるで歯車の凹凸が全部潰れて空回りしているような感覚! 私をここまでただの会話でイラつかせられる人そうそういませんわよ!? 私、この後D.U.で服やアクセサリー眺めてめくるめくショッピングの時間を楽しもうと思っていたのですけれども!?
「いい加減! 伝わっていないようなのでハッキリ言いますわね!? 私、貴女のこと恨んでおりません! 休日なので捕まえる義務とかも一切ありません! ので、見逃します! ていうか今後も捕まえる予定とかないので、適当に過ごしてください! よろしいかしら!?」
「……意味が分からない。何故、あそこまでの仕打ちを受けて、恨んでいないなんて言えるんだ」
「貴女、詐欺は実行犯だけ捕まえればいいと思ってるタイプですか? あの時悪かったのは貴女方ではなくて、背後にいたベアトリーチェ……あー、マダムでしょうに。あの女のことはそりゃ恨んでますけど、別に貴女方に関してはどうとも思っていませんわよ……今こうして足止め食らってることにはクソムカついていますけれど……」
「そういう、ものなのか?」
「そういうものです。貴女、人生経験が薄いからその辺分からないんでしょうけど、価値観が自分とは全然異なる人って普通にいますから。もしかしたらあの時私達の立場が逆なら貴女は私のことを恨んでいたのかもしれませんが、私は恨みません。何故なら、私は貴女と違ってそういうことでは恨まない価値観を持っているからです。理解できなくても、『そういうもの』として、適当に受け取ってくださいまし。ていうか私は早くショッピングに繰り出したいです。早く私を解放してください」
「あ、ああ。なんだか、すまなかった」
「了承! 今、了承しましたわね! 言質取りましたからね!? じゃあ私帰っていいですわよね!? 付いて来なくていいですからね!?」
「あ、ああ……」
ヨシ!!
さっさと逃げますわよ!! もうなんか、この女に付き合ってたらいくら時間があっても足りなさそうですから! 明日はまた普通に業務がありますし! この、超絶貴重な休日を普通に満喫したいんですの!
……
あー。
やば、良心が。
「……そうです。これ、お気持ちですが……」
「……、……!?!? いや、なぜそうなる!?」
「いえ、曲がりなりにも貴女、私のせいで職を失ったみたいですし……私にも人の心というものがあるので……」
サオリさんにあげたのは一枚の紙幣。普通にお金ですわね。一万円分。まあなんか、私からしたら彼女の思い込みのせいで一方的に迷惑を被っているような状況ですけれど、言うて休日の時間がいくばくか潰れた程度ですからね。逆に言えば彼女は職を失うとかいう、割とガチの死活問題に直面してしまっていますし。流石に補填くらいはした方がよくなくて?
いや、まあ、元ブルアカプレイヤーとして
「……待て。流石にこれは受け取れない」
「あ、私もう貴女と問答する気ありませんから。疲れましたので。それももう受け付けませんから。適当に財布にでも入れておいてくださいまし。お気になさらず。私、貴女と価値観違いますので。それ、私にとっては百円玉くらいの価値しかありませんから。別に一枚くらい他人にあげてもなんとも思いませんから。それでは」
返事が来る前に逃走! 話している間に荷物をまとめ、早歩きで退店します!
ある程度距離が出来たら後方確認! よし、追ってきてませんわね! 休日に戻りますわよ! D.U.で見ておきたい場所、事前にチェックしておきましたの! 今から全部回りますわ!
トリニティ、確かに高級なものが入手しやすいですし、まあなんなら商人の方から私達に売りにくるぐらいですから、まあぶっちゃけ買い物なんてトリニティで全部完結できるんですが、私がジャンクフードを欲していたように、庶民の場でしか入手できないものというのも往々にして存在するんですのよね。例えばすごい昔に生産されてそれっきりのアイテムとか。こういうのって価値が分かる人が集まっている場所ではすぐに売り切れてしまいますけれど、逆に価値があんまり伝わっていないのであれば無造作に店の片隅に置かれてたりするんですのよ。今回の狙いはそれですわね。田舎のカードショップにありえんぐらいのレアカードがありえんぐらいの安さで売られてる、みたいな? 紙はあんまり詳しくないから雑な例えですけれど。
……もう一度だけ後方確認。よーしよしよし、今度こそ本当に安心して良さそうですわね。アリウスの訓練を受けた狂犬にストーキングされた日には落ち落ち紅茶も飲めませんから。
……まあなんか、運命の神様とかいうクソゴミのせいで変な人に絡まれ散らかしましたが、さっさと忘れてお買い物を楽しみしょうか!!