パンサラッサの天皇賞(秋)を観て、またレースを追いかけ始めました。
その走り、その逃げっぷりに感謝しています。


※ 作中の実況はフジ版を参照し、ウマ娘の描写に合うように書いています。

1 / 1
ありがとうパンサラッサ

 

 

 久しぶりに友人から電話が来た。

 今度の天皇賞(秋)、現地に行くか予定あるならTVだけでも付けて観戦して欲しい、と言う話だった。久しくウマ娘のレースは観ていない。何でも今年はスゴいウマ娘がいて、きっと楽しめるとのことだった。本当に急な誘いで……それも何故よりにもよって天皇賞(秋)なのか。古い付き合いだが友人の意図を読めず困惑した。

 

 一昨年のジャパンカップは職場でも盛り上がっていたのを覚えている。

 側から聞く限りでは三冠ウマ娘が3人も集結したらしい。空前絶後、世紀の一戦。シンボリルドルフとミスターシービーが競い合った有馬記念の頃を思い起こせば、なるほど世間が熱狂するのも道理だ。だが観る気にはならなかった。

 

 ナリタブライアン、マヤノトップガン、マーベラスサンデー、シンコウウインディ、フクキタル、ドーベル、ブライト。そこでぷっつりとウマ娘熱は途切れてしまっている。

 

 黄金世代の活躍とか、覇王とか、勇者や暴君というのもピンとこない。

 ゴールドシップ宝塚記念でのやらかしと、フクキタル、ブライトと鎬を削ったステイゴールドの最後の旅路くらいはネット記事で追ったが……それくらいだ。

 

 しかし友人の頼みならと頷きかければ、当の友人は体調を崩しており療養中らしい。友人のウマ娘への想いが再燃したということではなく、ただ私に観てもらいたい一心だということは理解し、当日東京のレース場まで足を運ぶことを伝えた。

 

 せっかくの申し出と、かなりの時が経っている事もあり、何も感じないだろうと考えていた。あの頃の熱や感慨はとっくに風化し死んでいるに違いないと。

 

 

 

 

 会場はメインレースまでに相当盛り上がっていた。これだけでも人気ぶりが見てとれるが、女性や子どもといる家族連れが多い印象だ。応援にくる客層にも推移があるらしい。

 天皇賞(秋)だけに予定を合わせた、久しぶりの、たった1レースだけの観戦。

 

 購入した新聞を開き、懐かしさを感じながら目を通す。

 今年の天皇賞はダービーで四強と目されたうち3人が距離適正やその他の理由で菊花賞を狙わずに参戦してきたことで、構図的にはクラシック級ウマ娘3人vsシニア級ウマ娘勢のぶつかり合い、と言った所だろうか。

 

 飄々とした雰囲気で空を眺める「覚醒する天賦の才」イクイノックス。

 大きな王冠を被り威厳の笑みを浮かべているのが「大帝」シャフリヤール。

「金色の貴公子」の呼び名通り、騎士然とした金髪が流れるジャックドール。

 赤いリストバンドと足の飾りを誇るように悠々と歩くダノンベルーガ。

 黄黒赤が基調の古風な衣装を纏う、今年の皐月賞ウマ娘ジオグリフ。

 

 人気ウマ娘はこの辺の印象だった。しかし見事なまでにどのウマ娘も知らない。時間の流れというのは恐ろしいものだと苦笑しながら、ざっとレース展開を予想すると逃げや前目の戦術が多いなと感じた。誰が逃げるのか、縦長の列になるのか。周りの観戦客の注目もそこら辺らしかった。

 

 ゲート前、開始準備が終わりつつある中……1人のウマ娘が視界に止まった。

 波模様の勝負服。白と赤の耳カバー。同じ色の髪留めでまとめた明るい後ろ髪が揺れている。レースが待ちきれない、と言った表情だった。

 彼女の情報を新聞で読み取ろうとした時、高らかなファンファーレとともに拍手と声援が飛び交った。7番人気。海外GⅠドバイターフ勝利の実績。そのウマ娘の名は……。

 

『強力なクラシック級ウマ娘3人か、それとも歴戦シニア級ウマ娘の意地か』

『逃げウマ娘ズラリ、総勢15人! 果たしてどんな結末を迎えるのか! ハナの展開はどうなるのか。ワクワクが止まらない天皇賞秋、いよいよスタートです』

 

 一瞬の静寂。

 ゲートの上の赤ランプが灯り、一斉に扉が開く。

 

『天皇賞(秋)、スタートが切られました! ばらついたスタート! カデナ後方から! さあ注目の先行争いはどんな展開になるのか』

『パンサラッサが行く! そしてジャックドールが外から行く。バビットも来るかどうか。さあ、さらにはノースブリッジがかなりいいポジションを取っている。そこから2コーナー、向こう正面へと入っていきます』

 

 誰も前を譲らない。

 こんなに強い逃げウマ娘たちが天皇賞で集うものなのか。どの娘もG1級のスピードと瞬発力を誇っている。そしてその中でも彼女は突き抜けてハナを奪った。

 

『さあ先頭は3番のパンサラッサ。そしてイクイノックスは中団に位置しています。ジオグリフも中団、シャフリヤールも中団。ユーバーレーベンは後方から』

『パンサラッサの宣言通りの逃げ! 2番手バビット、そしてノースブリッジが3番手追走。ジャックドールは4番手です。その後ろにシャフリヤール、ダービーウマ娘。そして内を通って1番のマリアエレーナ。2番のカラテ。さらには皐月賞ウマ娘のジオグリフがいて……さらに外からはアブレイズが上がっていきました』

 

 心地よい実況のウマ娘読み。

 シャフリヤールという娘は本来の戦法よりも前目に付いているようだ。ハイペースに釣られたか……東京の直線は長いがそこまで脚を残せるか。ジオグリフは堅実な位置取りだがやや慎重なように見えた。長く観戦から離れていても、ウマ娘たちの駆け引きを読むのは楽しい。走る姿も。蹄鉄が芝を掴む音も。毎週レース場に通っていた頃と同じで、何もかもが輝いている。

 

 先頭のウマ娘が更にギアを上げてぐんぐんとリードを広げている。すごいレース展開だがこれは逃げという戦法ではない。こんな走りが出来たウマ娘を私は知っている。そのウマ娘も天皇賞を一人旅で走っていた。

 

『さらにはイクイノックス、じっくりとじっくりと前を見ている。そしてダノンベルーガ。大阪杯の覇者ポタジェはこの位置。3バ身ほど離れました11番のレッドガラン。そしてユーバーレーベン、オークスウマ娘。そしてカデナがいて……、最初の1000m、57秒4!』

『57秒4という超ハイペース! パンサラッサの大逃げだ!』

 

 実況が1000mの秒数を伝えた一瞬の間、目がくらむような感覚になった。心臓がどきりと跳ねて、汗が流れる。ウマ娘観戦が趣味って人ならほとんどが思い出したはずだ。読み上げられた通過タイム。そして天皇賞(秋)とくれば嫌でも頭をよぎる、あの沈黙の光景。

 事実、会場は波打つみたいに、どよめく声が次第に広がっていった。

 

 彼女が先頭で大ケヤキの奥に隠れ……その影から走り抜けた姿は、涙でぼやけて映った。

 

『さあパンサラッサ。もう既にケヤキの向こう側を通過して、これだけの逃げ! これだけの逃げ! 令和のツインターボが、逃げに逃げまくっている!!』

 

 滲んだ視界では彼女だけがコーナーを曲がり始めている。

 ツインターボ……確かに多くの逃げウマ娘を走り潰した七夕賞のレースとダブる所はある。でも、実況者がさっき一拍置き、言い淀んだのはたぶんサイレンススズカが重なったからだと思う。そして自分と同じように無事走り切ってくれと願ったはずだ。

 

『さあパンサラッサ! このまま逃げ切ることが出来るのか! これだけの差! これだけの差! いよいよ最終コーナーを曲がって直線コース! さあ後ろは届くのか後ろは届くのか!』

『このまま逃げ切るのかパンサラッサ! 「世界のパンサラッサ」の逃げ!』

 

 すでにどよめきは地面を揺らすほどの大歓声に変わっていた。

 G 1の、天皇賞の、後続を引き離した大逃げの、実況と観客を盛り上げる幾つもの要素があったが、ただただ単純に見応えがある素晴らしいレース。

 この熱狂を生み出している中心、いや先頭の彼女はそれを分かっているのかどうか。ワクワクした、歯を食いしばった笑みを浮かべてひたすら逃げに逃げの粘り込みに入っている。

 

『残り400mを通過しています。さあ、バビットがいて、さらにその後ろからはカラテ、ダノンベルーガも上がってくる』

『さらには9番のジャックドール。さらに外からはイクイノックスも上がってくるがもう残り200mを通過している!』

 

 最終直線。はるか先の彼女を捉えんと懸命に追う後続。

 この大逃げの超ハイペース。先行ウマ娘たちも差しも追込みもまとめてロングスパートせざるを得ない勝負へと巻き込んだ凄まじい展開。彼女を抜けるウマ娘は果たしているのか……少なくともこの状況までレースを作ったサイレンススズカに届くウマ娘はいなかった。

 

 頑張れ。無事に。粘ってくれ。最後まで。先頭で突き抜けろ。

 

いけ! パンサラッサ!

『さあ届くのか届くのか。逃げ切るのかパンサラッサ!』

『外からイクイノックス、イクイノックス届くか。そしてダノンベルーガ、ジャックドールも来ている!』

 

 止まった時を動かすように、自然と声が出た。

 もちろん彼女はスズカじゃない。またタイプの違う大逃げ、他の誰でもない走りを見せている。パンサラッサはパンサラッサだ。そしてあの日の沈黙を切り裂くのも……私の知る誰でもない、規格外の末脚で飛び込む黒髪のウマ娘だけだった。

 

『イクイノックス! 届いた届いた! 大逃げパンサラッサをここで捕らえた!』

『クラシックの悔しさはここで晴らした、天才の一撃!』

 

 パンサラッサを捉えたのはイクイノックスただ1人。

 最後の瞬間まで手に汗握る大逃げを追い切った脚は、上がり3ハロン32.7。

 まさに「天才の一撃」と言える。イクイノックス……他も天皇賞に恥じない、すごいウマ娘ばかりだった。こんなにも彼女たちの走りは進化していて、こんなにも熱く盛り上がれるのか。

 

 周りの観客とともに、惜しみない拍手を送る。

 どのウマ娘もキラキラと輝いてる。パンサラッサも一度二度、頭を深く下げて応えていた。ああ、夢みたいだ。こんなにも感動に満ちあふれた日曜日を……また迎えられるなんて。

 栄光の空に、拍手と歓声がどこまでも続いていくようだった。

 

 

 

 

 

 

 あのレース以来、止まっていたウマ娘熱が戻ってきた。

 昔以上に彼女たちの活躍を見るのが楽しい。頑張れと声をかけたくなる。そして日常を戦うための勇気をほんのちょっぴり貰うのだ。

 

 天皇賞に誘ってくれた友人とは、以前みたく週末にレース観戦をするようになった。

 それと、スズカを含めた黄金世代からの映像も空いた時間に見ている。キタサンブラック、サトノダイヤモンド……知らなかった世代を知るのはいつも新鮮な気持ちになる。今年のトゥインクルシリーズもきっと盛り上がるだろう。

 

 海外遠征の情報も耳にしている。

 春までにサウジアラビアやドバイのレースに、多数の日本ウマ娘がエントリーしているようだ。

 パンサラッサはダート1800mのサウジカップ。

 イクイノックスはドバイ シーマ クラシックにそれぞれ挑む。

 TVでの観戦になるがまた楽しみが増えた。ぜひ今回も応援させて欲しい。

 

 

 

 誰もまだ見ぬ大海の果てまで、彼女の走りは続いていく。

 ありがとう。パンサラッサ。

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。