第三次関東会戦から1月が経った。つまりそれは、須垣明香の失踪から1月が経ったということだ。しかし、嘉手納伊予はそれほど、気を揉んではいなかった。
「いえーい。雑魚雑魚お兄ちゃん。私はこれから、高級レストランに行っちゃいます〜!!」
「やっぱ金って正義ですよね! 私はお兄さんと違ってマナーがなっているので……豪遊しま〜す!」
「なんで!? 高級フレンチを追い出されました!?」
明香から、カスみたいなビデオメッセージがちょくちょく、届いていたからだ。
明香は誰かに寄生しているようだった。10歳の少女が1人で生きていくには東京エリアは過酷過ぎる。ガストレアウイルスの蔓延に伴って、この東京エリアで最も弱い者は少女なのだ。
「蓮太郎。明香の情報は集まったか?」
「あまり芳しくないな。保護者のいない子供は、目立つはずなんだが……ビデオメッセージに映っていたフレンチは実在する店だ。だが、子供が出入りしてトラブルを起こしたという話は聞かなかった。大食いの女が、金に任せて豪遊したという話は聞いたが……」
「その女の名前は?」
「櫃間明香だと。連れの櫃間篤郎は、俺も知っているが、あいつはどうも結婚したらしい。たまたま結婚した相手が明香と同じ名前なんじゃないか?」
「どうなってるんだ?」
店側から提供された防犯カメラの映像を見ると、豊満な女性と眼鏡を掛けた男が映っていた。
「いや、誰だよ?? まあ、明香が、成長したらそんな顔になりそうだが……」
「おそらく別人だろう。年齢が合わなすぎる」
嘉手納は、少し考え込んだ。
「蓮太郎、ガストレアウイルスで急成長することは可能か??」
「考えたこともなかった。だが、自然界には急激な成長をする生物が存在する。ガストレアウイルスが、その可能性を取り込めるとしたら……」
会話を聞いていた延珠が目を輝かせる。
「妾もすぐに大きくなれるのか?? なら、蓮太郎と結婚出来るな! 明香のやつめ! 妾に黙っておって」
「延珠ちゃん。大人になるってことはそんなに良いことじゃ無いよ」
「そうだ。延珠はそのままで良い」
蓮太郎は延珠の頭を撫でて、話を有耶無耶にした。延珠が、成長したら蓮太郎が押し倒されるのは目に見えていた。
「里見くん。依頼人よ! 水原くんが、話が有るって」
「水原が??」
木更が蓮太郎に、依頼人の来訪を告げる。天道民間警備は、それなりにお金が有ったので、生活に困窮していなかった。そのため、客寄せなどはしておらず、依頼人が来るのは珍しいことだった。
水原が持ってきた話は、陰謀絡みのことだった。しかし、組織の動きはピタリと止まったらしい。水原は、一時期は生命の危険を感じていたが、近ごろではめっきり感じなくなったと言う。
しかし、腑に落ちないので蓮太郎に調べて欲しいそうだ。蓮太郎は、明香の捜索で忙しかったのでその依頼を断った。
「そっか。蓮太郎も忙しいもんな。イニシエーターが居なくなったんだろ。俺も手伝うぜ」
水原も、蓮太郎と同じくお人好しだった。彼は、蓮太郎と共に明香を探すことにしたのだった。
「櫃間のところを当たるしか無いか……」
「木更、なんか複雑そうな顔をしてないか??」
「ええ。櫃間さん、私にお見合いを持ち掛けてきたのにドタキャンしたのよ。勿論、私は断るつもりだったわ」
木更は、チラチラ蓮太郎の顔色を伺っている。嘉手納は、水原と共に延珠とティナを引き連れ、部屋を後にした。
木更と蓮太郎がどうなったかは、嘉手納には分からない。
「さ、明香ちゃんを探しましょう」
「あ、ああ。そうだよな」
木更と蓮太郎の間がギクシャクしていた。2人がこうなるのはいつものことである。
嘉手納が、2人に見えないように卑猥なハンドサインを作る。水原は、首を振った。奥手の蓮太郎が、そんなことをするはずがない。おおかたキス止まりだろう。
「里見くん。その話に、私も混ぜてもらっても良いかな?」
「お前は??」
「明香にぶっ飛ばされてた仮面の奴じゃな!」
「え? なに? お礼参り? ごめん。足撃っちゃったもんな……」
嘉手納がサイドアームのグロックを抜いた。水原と蓮太郎も銃を構える。
「私は、里見くんと戦いに来たわけではない。東京エリアがもうすぐ破滅するぞ。共闘と行こうではないか」
「仮面さん、結局あんた誰なの?」
「里見くんと同じ新人類創造計画の被験体だよ。蛭子影胤だ」
「新人類創造計画??」
蓮太郎が何かを隠していることを嘉手納は知っていた。しかし、それを深く追及していなかった。そのため、嘉手納は新人類創造計画を知らなかった。
「蓮太郎、なんか強いんだろ。よく分かんないけど」
「あ。ああ。まあ、そうだな」
超バラニウム製の義腕や義足を、蓮太郎は使っていない。使う機会がなかったからだ。嘉手納は、蓮太郎をなんか強くて恋愛が雑魚いやつと認識していた。
「そういや影胤。東京エリアが破滅するってのはどういうことだ?」
「それは、彼女から説明して貰おう」
影胤の視界の先には、眼鏡を掛けた少女がいた。
「……櫃間篤郎だ」
「いや、無理が有るだろ」
「櫃間さんは、大人の男よ。子供じゃないわ」
ロリ櫃間は、プルプル震えていた。
「蛭子さん。この子怯えているじゃない。どこから拾ってきたのよ?」
「……怯えてなどいない。怒っているんだ。嘉手納伊予! 私は、貴様のイニシエーターである須垣明香によって、このような姿に変えられた。キャリアも積み上げてきたものが全て無くなった!」
ビシッと糾弾するロリ櫃間。しかし、少女が背伸びしているようで、可愛らしいだけだった。
「櫃間くん。須垣明香の計画について、私に打ち明けたものを、話してくれないか?」
「勿論だとも」
ロリ櫃間は、明香の計画を全て打ち明けた。自分が関わっていたブラックスワン・プロジェクトがぶち壊されたことについても、勢いで喋ってしまったため蓮太郎たちから、軽蔑の視線を浴びていた。
「なるほど。理解した。明香のやつ。ここは、俺がプロモーターとして
「準備は必要だろう。明香は強い。無策で勝てる相手じゃない」
嘉手納と蓮太郎が、作戦について話合っている間、テレビを見ていた延珠が、声を上げた。
「蓮太郎、大変じゃ!? 大変なのじゃ!」
「明香が動いたのか!?」
テレビからは、呪われた子供たちの人権を守るよう民衆がデモをはじめたという報道が流れた。デモの参加者の瞳は、赤く光っていた。
さらに、飛行タイプのガストレアが発生。メガフロート刑務所を襲撃しているという。東京エリアは、パニックに陥っていた。
「くく。破滅だな。里見くん。我等の性能を発揮しようではないか」
「俺は、そう思わないんだが……」
「警視庁が須垣明香により占領されている。そこがこのパニックの中心だ。奴を叩けば止まる」
嘉手納らは、混乱の中、警視庁へ向かっていた。ガストレアウイルスに冒され赤目になった民衆は、整然とデモ活動をしていた。
しかし、そうでない民衆はパニック状態だった。ガストレアウイルスに冒された民衆を、そうでない市民が殺そうとしていた。
「すんなり入れたな」
「誰もいなかったからなぁ」
江田島警部が、警視庁の人員を逃がしていた。彼は蓮太郎たちに、未来を託したのだ。
一行はドクドクと脈打つ壁面を見ながら、コントロールルームへと向かう。抵抗はまったく無かった。
コントロールルームにいた明香は、大人の姿になっていた。しかし、嘉手納たちが部屋に入ってきたことに気が付いていない。ガストレアウイルスで生成されたであろうヘッドセットを被り、何やら操作をしていた。
ようやく、嘉手納に気が付いた明香は、締まらないことを叫んでいた。
「ちょっ、人数多くないですか? 嘉手納お兄さんに、蓮太郎お兄さんと延珠。仮面マンとイニシエーター。木更さんとティナ。なんか知らない民警のペア。え?? プロモーター6人に、イニシエーター5人! ちょっ、ちょっと待ってください!? 多い!!」
「エンドレススクリームッッッ!!」
影胤の斥力ランスが、明香に刺さる。
「痛ててて。寄って集って暴力ですか!? 行きなさい! 影狼!」
身体をふっ飛ばされて、修復したためロリ姿になった明香。彼女の放った膨大な数の黒い狼が一行を襲う。
狼たちを片付けたあとには、明香の姿は無かった。天井がブチ破られ。屋上へと穴が開いていた。
「あっ、ネットワークが瓦解しちゃった……あああ。もう。折角作ったのに……」
何も無いはずの空間から、声が聞こえる。ふさふさした尻尾が揺れていた。透明化と無音化に失敗したのだろう。本人だけが成功したと思い込んでいるのだ。
「明香。もうやめよう」
「ちょっ、お兄さん?? 抱きしめるのやめてください! ドキドキしちゃうでしょ!!」
光学迷彩が剥げ、顔を真っ赤にした明香が、嘉手納に確保されていた。
「明香、アレはなんだ?」
「悪人抹殺くんαです。私の制御下に有りません」
「じゃあ、アイツを止めれば終わりってことだな?」
「はい……」
明香は、嘉手納の胸の中で、うーうー唸っていた。