きっかけはあの夏の日だった。
サッカーというものには元々興味があったし、熱を持って取り組んでいたと思っていた。あの時までは。幾度も地に伏した不死鳥が、彼の一蹴りで大きく翼を広げゴールを食い破った。
「かっけぇ……!」
フィールドを蹴り上げ、回転を加えた蹴り。
そのシュートが忘れられない。
そこで俺の心は起爆したんだ。
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翌翌年。
フットボールフロンティアインターナショナルから月日が経ち、日本代表となったイナズマジャパンの大多数が中学校を卒業したのは昨年度。世界を相手に戦った
「花見にもってこいの季節だねい」
春、出会いの季節。
新品のブレザーに身を包み、特徴的な赤髪と爆ぜた前髪。日本刀の切っ先の様に鋭い切れ長の目は、風に靡く桜など気にせず歩き慣れない道の先を見つめていた。桜並木がバサバサと揺れるこの川沿いは、地元民達がよく花見に使う知る人ぞ知る名所である。
「はぁ? なにそれ、気持ち悪いんだけど。來斗は花より団子でしょ」
赤髪の一足先を歩く少女。春風が彼女のツインテールを揺らし、髪先が赤髪の頬に触れる。新品のブリーツスカートがちらり、ちらりと膝の裏を覗かせる。
「はぁ?? 気持ち悪いってなんだよ。俺だって花見に風情を感じる歳になったんだよ。お子ちゃまな知夏と違ってな!」
「はぁ!?? だーれがお子ちゃまよ!!! このバカ來斗!!! 刺すわよ!!!」
喧騒の春。今日は名久里藍中の入学式である。
彼らはその新入生であった。
やがて桜並木は車の横断に阻まれ、二人はそれに沿って橋を渡る。
「橋の先は学区外だったから、意外と来たことが少ないのよね」
「そうか? オレはよく行ってたぜ。学区内はゲーセン無いからな」
「知ってる。それで先生にしょっちゅう怒られてたことも。お巡りさんのお世話になったことも」
「なんで警察のこと知ってんだよ!」
「おばさんから聞いたのよ。見張り役、よろしくねって」
「あのババア……余計なことを」
橋を渡ると、遠くに見えていた大型ショッピングモールがすぐ近くに感じれる。
「行かせないわよ。あんたはあっち」
知夏が指したのは、正面に見えたショッピングモールから右にずれ、駅を越えた先に見える校舎。改装から日が浅く、汚れの見えない綺麗なミルキーホワイトがずっしりと構えている。彼らの新しい学び舎、名久里藍中学校だ。
「行かねえよ!」
「嘘、橋を渡ってから目が輝いてるもの。どうせ学校終わりにゲーセンに行くんでしょ」
「まぁ……部活に入るまでには行ってみてえな。制服でゲーセンは中学生の憧れだろうが!」
「校則が許すのなら、ね。あと行く相手がいるのならだけど」
「うるせー。つるんでた奴らみんな違うとこ行きやがって」
「数年前まで治安が悪かったらしいわね。今はそういった人は居ないらしいけど。イメージは簡単には変わらないわよねえ」
事実、名久里藍中は不良の多い中学校として一躍有名となった。しかし、2年目から始まった政策により、その数はグッと数を減らした。後者の改装はそういったイメージの払拭の一環の一つだ。
橋を渡ってすぐ、歩道橋を渡った先にあるのは通勤で利用される名久矢駅。朝のこの時間はもっぱら駅へと向かう人が中心で、駅から出てくる人はまばらだ。
「來斗あんたまさか、不良になるつもりじゃないでしょうね?」
「人を顔で判断するんじゃねえよ! 家から近い公立はここしかないだろ? だからここにしろって」
「知ってるわよ。私も同じ理由だし。だとしても、アンタそういった人たちのトラブルに巻き込まれそうなんだから気を付けてよね」
「へいへい」
駅の前に差し掛かった時、陰りの中で光る自販機が平穏からずれた光景を照らしていた。
「ちゃんと聞いてるの? 何かあったらおばさんに捕まってぐちぐち言われるんだからね?」
ふっと後ろを振り返った時、來斗の姿はそこには無かった。
「ちょっと來斗! あのバカどこ行ったのよ!!」
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「ええ……と、ボクもう時間なので行きたいんですけど」
駅から少し離れ、じめっとした雰囲気を感じる休憩スペース。メガネをかけた少年が、強迫を絵に描いたような二人組に囲まれていた。
「新入生クンにもう一回だけ教えてあげよう。ウチの中学は不良が多いからなぁ……週1000円で守ってやるって言ってんだ。お分かり?」
「電話が来たらいつでも行くぜ??」
「あはは……ボディーガードなら間に合ってます……今は居ないですけど……」
「居ないなら雇わないとだなぁ?」
「お、財布はポケットだな? もーらい」
「ちょっと、困りますって」
不良の片方がポケットから顔を覗かせていた財布に気が付き、すっと手を伸ばした。
「なーにやってんだコラ」
刹那の赤。
爆ぜたようにも見えた蹴りは、メガネの少年を守るように宙を舞った。
「あぁ? なんだお前」
「げえ同じ制服。絶滅してねえじゃん」
双方の間に割り込んだ來斗は、溜め息をつき、メガネの少年の手を引っ張って二人組の間を抜けた。しかし、腕を掴まれ歩みを止める。
「待てゴラ。先に目付けてたのは俺らだぞ」
「お前も新入生か? これで稼いでいいのは俺らだけってルールがあるんだよ。やりてえなら俺らの下に入りな」
「オレは先輩方みたいなんじゃないんすよ。入学式に遅れるんで、失礼します」
切長の目が、二人の首筋を撫でるかのように一瞥する。だがそれは、彼らの地雷を踏む行為となった。襟元を掴まれた來斗は自販機へと叩きつけられる。
「おいおいおい新入生? なんだその態度は?」
「まずは指導が必要だな」
「……視野が狭いっすよ先輩。1vs2に見えてるんすか?」
「は? 何言ってんだ」
「こら──!!! 何をしてるんだ君達!!!」
「やっべえサツだ。逃げ……」
通りから自転車に乗った警察官がこちらへ向かってきている。逃争を図った二人だったが、腹部を抑えてその場に倒れ込んでしまった。警官に安否を聞かれた二人だったが、軽い状況説明をした後時間を言い訳にしてその場を離れた。
「來斗!! トラブルに巻き込まれちゃ駄目だって言ったばかりよねぇ!? 私がお巡りさん呼んで来なかったらどうしてたのこのバカ!! 刺すわよ!!!」
髪のムチが何連撃と來斗に叩き込まれるが、意に介さない來斗は歩みを止めない。
駅を抜けた彼らは、学び舎の正門に向けて進む。
「怪我はホントにないのかよ」
「うん。お陰様で。ありがとう」
にこやかに返すメガネの少年は、來斗の隣を歩く。來斗よりも背が低く、全体的に細い印象を受ける。
「ねえ、もしかして君ってあの
「お! オレの名前知ってんのか!」
「この辺でサッカーやってる同学年なら有名だよ。小学校のサッカー地区大会優勝チームのエースストライカー! まさか同じ中学校だなんて」
「てことは、お前もサッカー部に入るのか?」
「うん!
「私は
自己紹介を交えた雑談をする彼らは、ようやく名久里藍中学の目の前に到着した。正門の隣には『入学式』と刻まれたパネルが立てかかっていた。
「ボクは友達待たないといけないから、これで」
「おう、じゃあまたな」
「気を付けてね」
そうして小金と別れた二人は正門を跨いだ。
ここから、穂焔來斗の中学サッカー人生が幕を開ける。