黄金に焼かれた
その日、ディオ・ブランドーは生まれて初めて、本当の意味で呼吸を忘れた。
十九世紀、イギリス。産業革命によって、世界経済の中心が海を渡り、大陸へと移行した時代。その波は、英国も例外ではなかった。だが闇は、その変化の陰で静かに蠢いていた。貧民街。それは、光の世界から追いやられたものたちの巣窟である。きらきらと、表で貴族たちが優雅に暮らすのと裏腹に、そこでは金もコネもない人間が、明日を生きる糧を得るために犯罪にも手を染める。ディオ・ブランドーは、そんなスラムの一角に生まれた。
彼は生まれた時から自分が恵まれていないことを知っていた。それは彼の父親に原因があった。酒に溺れて働かない飲んだくれの父。そして、まるで女神のように他者に施し与える愚かな母親。ディオの家は、そんな二人の愚かな人間によって成り立っていた。聖女のような女、薄汚れた貧民街で他者に分け与え、施し、諭すような。愚者のような聖者。
「こうすれば天国に行ける」
「それでは天国に行けない」
そういうのが口癖だった。飲んだくれで暴力的な自分の夫にも正論を説いては殴られるような、そんな女だった。ディオはそんな母親を軽蔑していたし、同時に哀れんでいた。この街で、そんな一切の穢れがないものなんて嘲笑の対象でしかない。倒れる寸前まで働き、暴力を受け、そしてディオが幼い間に本当に倒れて帰らぬ人になってしまった母親は、やはり、愚かだったのだ。
だが母親が亡くなった後で待っていたのは、父親の暴力だった。容赦のない拳が、まだ幼く小さいディオを容赦なく襲う。ディオは、父親の暴力が恐ろしかった。だからそれから逃れるために父親に酒を与えた。酔えばますます暴力に歯止めはきかなくなるけれど、それでも構わず酒を与え続ければ、次第に酔い潰れて眠ってしまえば、父親の暴力からは逃れられる。父親の酒代を稼ぐためだけに小さな体で無理のある労働をしていた。そんなディオが、大した額でない日銭の入った袋を手に帰路につこうとした時。
それに出会ってしまった。
黄金の瞳——まるで熔けた金を流し込んだような、底知れぬ光を湛えた双眸が、彼を射抜いていた。気高く、冷静で、それでいて挑発的な輝きを持つその目に見つめられた瞬間、ディオの胸が苦しくなった。肺に空気が入るのを拒まれたような錯覚に陥る。この街では奪うことがもはや正しいことである。誰もが捕食者のごとくその目をギラつかせている。ディオとて、そんな獲物を狙う捕食者のような視線なら、彼は何度も浴びてきた。だが、これは違う。捕らえられるのではない。見透かされるのだ。まるで心の奥底を覗かれているかのような錯覚に陥り、全身の血が熱を帯びる。
「誰?」
その黄金の瞳を持つ、同い年くらいの女がふと声を発した。それに答えるよりも先に、それが近づいてくる。新たに興味と好奇を孕んだその目が、ディオを見据える。
「ねえ、あなたの名前を教えてくれない?」
女はそう問うた。近づいてやはり分かる。自分と変わらない年齢の、幼い少女だ。言葉が紡がれ、その唇から白い息が漏れる。その瞬間、ディオの喉がひどく渇いた。
この女は、なんだ? なぜ、自分は息をすることすら忘れてしまった?
その黄金の瞳は、まるで月のように妖しく光り輝く。それに魅入られ、ディオはただ立ちすくむしかなかった。黄金の瞳が一瞬まばたきする。そのわずかな隙に、ディオは無意識に深く息を吸い込んでいた。やっと肺に空気が戻る。しかし、視線を外すことはできない。
「私はアデレード。どうか、アディって呼んで」
こちらの事情など一つたりとも考慮せず、勝手に名前を名乗られる。
何かが狂わされた。自分の中の何かが、壊された気がした。それが何なのかは、まだわからない。ただ一つ確かなのは――彼女の瞳に二度と囚われたくないと本能が警鐘を鳴らすのに、もう一度見つめられたいという欲望が、同じくらい強く渦巻いていることだった。