掌の上の余白   作:都賀裏

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二章:ファントムブラッド
侵略者、ディオ


 ダリオ・ブランドーが死んだ。酒浸りの父親はとうとう起き上がることすらできなくなり、無骨な墓の、土の下に眠った。ダリオは死ぬ前、ディオに一通の手紙を渡した。

 

『自分が死んだらこの手紙を出して、ジョースター家に行け』

 

 ダリオはそう言った。土の下にいる父親を見下しながら、ディオは思う。

 

「一番の金持ちになれ、だと? ああ、なってやるとも。利用できるものはなんだって利用してやる」

 

 ジョースターとかいう貴族も。すべて、すべて使ってやる。

 

「クズめ!」

 

 唾を墓石に吐き捨て、ディオはその場を去った。

 

「アディ、少し遅れたが僕もお前と同じ場所に行ってやるぞ」

 

 誰にも負けない男になる。そう固く誓った。

 

 

 ジョースター家の馬車に乗り込んだ瞬間から、ディオの頭は回転を始めた。これは転機だ。自分がのし上がるための舞台が、ようやく用意されたのだ。だがその舞台に立つためには、まず完璧に「ジョージ・ジョースターの理想の息子」を演じなければならない。

 屋敷へと続く道すがら、窓の外を流れる景色を眺めながら、ディオは拳を握りしめた。貴族の世界――その空気に馴染むことは容易いはずだった。貧民街での生き方とは違えど、人を操る術は同じだ。欲望を見極め、言葉を選び、振る舞いを整える。ジョースター家での地位を確立するまで、ディオは決して気を抜かないと誓った。

 馬車が止まり、彼はさっそうと馬車から降りた。そしてすぐ、ディオを不思議そうに見つめる同い年くらいの少年がいた。青みがかった黒髪と、グリーンの瞳。この世の穢れなんて何一つ知らなさそうな、そんな印象を与える少年だった。

 

「……あっ、君はディオ・ブランドーだね」

「そういう君は、ジョナサン・ジョースター」

「みんなジョジョって呼んでるよ。これからよろしく」

 

 そう言って右手を差し出した時、少し遠くから犬の鳴き声がした。それはジョナサンの愛犬、ダニーだった。

 

「紹介するよ、ダニーっていうんだ。僕の愛犬でね。心配ないよ、決して人は噛まないから」

 

 ダニーが嬉しそうに両手を広げるジョナサン方に駆け寄ってくる。ジョナサンの隣にいるディオの足元に来た時、ディオはダニーの顎を思い切り膝で蹴り上げた。その光景に、ジョナサンは怒りを見せる。

 

「なっ、何をするんだ! 許さん!」

 

 拳を握り、構えるジョナサンに、ディオも同じく拳を握って構える。家も金も人も、全てを持った坊ちゃんが、貧民街育ちの彼に喧嘩で勝てるわけが無い。……まあ、そんなことをジョナサンが知ることはないのだが。

 二人が向き合っていると、屋敷の中から主人であるジョージ・ジョースターが姿を現した。

 

「どうしたんだね? 一体何事かね」

「すみません。急に犬が飛びかかってきたので、咄嗟に……」

 

 頭を下げながらディオは言った。これで彼に悪印象を抱くものはいないだろう。ジョージはディオを屋敷の中へと招き入れた。

 

「ようこそディオくん。今から君は私たちの家族だ。諸君、このディオ・ブランドーくんは私の命の恩人のご子息だ。ジョジョと同等に扱うよう、頼むよ」

 

 その言葉に、使用人たちは頷いた。

 

「ディオくんも、ジョジョと同じように生活してくれたまえ」

「ジョースター卿、ご厚意大変感謝いたします」

「ジョジョも母親を亡くしている。それに同い年だ。仲良くしてやってくれたまえ。ジョジョ、ダニーのことはもういいね」

「はい。ぼくも急に知らない犬が走ってきたらびっくりすると思うし、気にしてません」

 

 本当は一言謝ってほしいとジョナサンは思ったが、これから一緒に暮らす兄弟になるのだ、とぐっと我慢した。それに、ディオが悪気があってやったわけじゃないことも、ジョナサンは本当に思っていた。

 

「来たまえ、ディオくん。君の部屋に案内しよう」

「はい」

 

 そう言ってディオがジョージの後をついていく。ジョナサンはディオの荷物を持ってからその後をついていこうと思ったのだが、荷物を手に取る前にディオに手を捻りあげられてしまった。ジョナサンは痛みで顔を歪めるが、ディオは気にする素振りも見せずに淡々と話す。

 

「何してんだ。気安くぼくのカバンに触るんじゃあないぜ」

「え?」

「この小汚い手で触るな! と言ったんだ。まぬけが!」

「運んであげようと……」

「結構!」

 

 ディオはジョナサンの胸元を肘で突くと、襟元を正した。そんなやり取りを知らず、振り向いたジョージはどちらも着いてきていないことに気づき、階段下にいるジョナサンとディオに声をかけた。

 その日から楽しかったジョナサンの生活はつらいものになっていくのだった。

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