掌の上の余白   作:都賀裏

4 / 10
等価ではないもの

 日も暮れ、街が闇に覆われる頃二人は並んで歩いていた。アデレードの足取りは軽く、まるで踊るようにステップを踏んでいる。ディオはそんなアデレードを横目で見た。彼女はまだ子供だ。その身に宿す黄金の瞳も、その存在感も、すべてにおいて子どもでしかない。けれど、それでもなお――彼女の存在には何かがある気がした。それは決して悪いものではないと直感が告げるのだ。

ふと視線を感じ、そちらに目を向ければアデレードと目が合った。何か言わなくては、そう思った彼が言葉にしたのは嫌味のような、少し棘のある言葉だった。

 

「お前のせいで今日の稼ぎがゼロだ」

 

 ディオの言葉に、アデレードは目を瞬かせた。それから少し考えて、彼女はぽつりと呟く。ディオは、アデレードのその一言に虚を突かれた。彼女の口から紡がれた言葉は、まるで想像していなかった言葉だったから。

 

「それがどうしたの?」

 

 アデレードのその一言は、まるでディオの心を暴くような言葉だった。彼女はただ純粋に疑問に思ったことを口にしただけだ。けれど、それはディオにとって衝撃的だった。この街では、貧困にあえぐここでは、たとえ子どもだろうがなんだろうが「自分の食い扶持は自分で稼がなければならない」そんなのは常識だ。それなのに、彼女はそれがどうしたのかと問う。

 ディオは、思わず足を止めた。アデレードもそれに倣い足を止める。そして彼は、自分の中に渦巻く感情に名前をつけることができなかった。

 

「お前は、なんなんだ」

「なにって、私は私よ?」

「子どもでも稼ぐのが普通だ。それなのに、お前は」

 

 ディオはそこまで言って言葉を詰まらせた。アデレードはそんなディオを不思議そうに見ていたが、やがて何かに気づいたようにその目を大きく見開いた。そして彼女は少し背伸びをして、ディオの頰にそっと触れる。その指先は、とても温かかった。まるで日なたで日向ぼっこをしているかのような心地よさだった。思わず目を細めたディオを見て、アデレードはその口元に笑みを浮かべる。

 

「ああ、今日遊んだ金はどこから出たの、と聞きたいの?」

 

 アデレードのその一言に、ディオは息を飲んだ。彼女が何を言いたいのか、一瞬で理解してしまったからだ。そして同時に愕然とした。彼女は子どものくせに聡いのだ。いや、それとも自分の考えが浅はかだったのだろうか? ディオにはわからなかったが、それでも彼女の言葉に衝撃を受けたのは事実だ。アデレードはそんなディオを気にも留めず、淡々と言葉を紡ぐ。それはまるで歌うように軽やかだった。

 

「欲しいものは周りが勝手にくれるの。私は何もしていないわ。ただ笑って、『ありがとう』って言えばいいのよ」

 

 ディオはその言葉に絶句した。それはあまりにも衝撃的な言葉だった。彼女は「周りが勝手にくれる」と言ったのだ。つまり、アデレード自身が何かするまでもなく、その笑みと言葉だけで周りの人間が彼女に与えるということだ。それが真実なのか、それともただの虚言なのかはわからない。けれど彼女の言葉は確かにディオの心を打った。

 

「ねえ、ディオは何をもらったら嬉しい?」

「……金だ」

「そう。ふふ、そうよね」

 

 アデレードは楽しそうに笑った。そうして、彼の手にそっと何かを握らせた。それは金だった。

 

「勘違いしないでね。これは施しじゃないわ。友人だからでもない。お金をあげることが私たちの関係の理由になったら嫌だもの」

 

 ディオは、その言葉に思わず目を見開いた。アデレードのその言い方はまるで――まるで、自分が特別な存在であるかのように聞こえたから。けれどすぐに、手の上にある金を彼女に突き返そうと、そう考えた。だが、できなかった。他者からの施しなんて受けたくないのに、その金を突き返すことができなかった。けれど「金を渡される」っていう行為そのものが侮辱的だ。

 

「なんでこんなことをする」

「今日は付き合わせたから」

「金は貰ったのか」

「ええ。欲しい? って聞かれたから、欲しいわって答えたらくれたのよ」

 

 アデレードは当然のように言う。ディオは頭を抱えたくなった。手の上にある金は突き返さずに酒代に使うことにした。そうだ、これはこの女からの施しではない。この女がやる、と言ったのだ。だから、自分の意志で受け取った。それだけだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。